michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

人間の屑(Star Dust,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

僕は、人間の屑を見た、そこで。
葛飾区に唯一という、その場所。
精神病院というのは、いつも星屑の瞬く夜だ。

僕の、閉鎖病棟の、病室には
2人、拘束されている患者が居る。
大暴れして、叫ぶので、彼らには手枷足枷、口には猿ぐつわ…。
食事の時だけ、それは、解かれる。

僕は、と言えば、彼らのことを言うことはできない。
両腿の筋肉が恐らく強い抗鬱剤の影響で断裂し全く歩けなくなり、ストレッチャーで
ここに運ばれてきた。

臀部には、ぐるぐると分厚いおむつ。寝返りを打つ時くらいしか動けない。うんちが漏れる、おしっこが漏れる。定期的に看護師が巡ってきて僕のおむつを交換する。
「ああ、一杯出てるなあ!」

僕もまた、窓辺の、星屑に照らされている、人間の屑、なのだろうと、嘆息する。

人間の屑、と断罪してはいけないのかもしれないが、この場所よりも酷い場所って
日本にあるのだろうか…?収監されたことは無いけれど、刑務所の中よりも酷いんじゃないか…?

…と、夜明けまで悩んだ挙げ句には薄紫色の朝が来る。時が進んで、朝8時、朝食の時間になる。配膳係が、部屋に入ってきて、朝食のお盆を配る。

「田中さん、朝ごはんですよ!」
配膳係が、隣で拘束されている患者に声を掛ける。隣で拘束されている人は、「田中さん」というのだ。田中さんは、手枷足枷と猿ぐつわを解かれて、電動ベッドを食事できる角度まで起こされる。田中さんの食事内容は、窒息しないように、とろみのついたお粥とおかずの刻み食だ。

僕はと言えば、丼に盛られた普通食の白ごはんと深海魚か何か知らないが、魚の切身の照り焼きときゅうりのお新香とワカメの味噌汁。ほぐした魚の身で温かい白ごはんを食べると、僕の中には、少しだけ力が湧いてくるのだった。

2人並んで、飯を食っている2つの星屑たちは、そんな時、例えば、一緒に思いを浮かべることだろうか?

…………青春は、短かった、な。

「田中さん?」と、僕は、田中さんに語りかけてみた。田中さんは、スプーンを休め僕の方を振り返り、何か喋ったが、何を言っているのか、さっぱり解らない。栄養が脳まで届いていない、という感じなのだ。

恐らく田中さんは、生活保護受給者で、この病院に1年居ても2年居ても医療費は無料という立場だろう。その一方で僕は精神障害者年金受給者なので厳格に3割負担。
高額医療費還付制度があるにしても、1年居たら、何十万もの負債を抱え込むことになるだろう。

飯を食いながら、僕は、「何とか、ここを、脱出しなければならない」と思った。

飯は、まだ、湯気を立てている。

きゅうりのお新香をパリパリ噛りながら、僕は、単なる、人間の屑かもしれないが「まだまだ、希望のようなものは、持てるぞ」と考えたのである。

 

(2024/04/07 グループホームにて。)

 

 

 

公園に、時の、降る。(Spring Has Come,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

千本桜の公園の、しなだれかかる
染井吉野をくぐり抜けながら…

僕は、時が、花を開かせたと想いを巡らせ

時の、降る。
仰ぎ、観る。

僕は……大手を広げながら、花びらの色彩を吸い込む。

時の、降る。
仰ぎ、観る。

千本桜の染井吉野が、花びら達のアーチに
成っている。

「桜まつり」の、午後。
グループホームの係の人達が、
テントを張って、浅利や昆布のおにぎりを
売っている。

前の晩から、事務所に泊まって
おにぎりを拵えたのだ。

「売れていますか?」と
僕は、何気なく声を掛けた。参加は、強制では
ないのだ。

「売れてますよ」と
グループホームのリーダーが微笑った。
参加している7、8人ほどの居住者たちも
微笑った。

「今井さん、折角ですから
おにぎり、食べていきませんか?」と
或る女性が、僕に言った。

彼女は、40歳くらいで、顔の右半分に
大きな血管の浮腫がある人だ。

彼女は、僕に2個入りの
浅利のおにぎりのパックを、手渡した。

彼女の話し方は、とても清潔で心地よく
クリスマス会の時から好きだった──。

時の、降る。
仰ぎ、観る。

咲き誇る染井吉野を背景に
彼女の姿が記念写真のように映る。

 

(2024/04/07 グループホームにて。)

 

 

 

遺忘的夜晚

 

Sanmu CHEN / 陳式森

 
 

遺忘的夜晚
東方的天空充滿了絲綢;
鐵線燒,粗麻布!
禁書的清單,數烏鴉。

公園。漸漸恢復
黑色的光燒焦了書籍。
在街道原來的位置,椅子虛度。
你的年齡,我的年齡,世界的年齡。

眼珠子,乳液,金箔,亂麻線
鐵釘子焊接在策蘭的碎頭髮上
未出生的人,六翼。
軌道盡頭,有梯,有爐。

古老的靈魂緩步
就像天上遙遠的庭院枯萎一樣
⋯跌下來了⋯從其他星球墜落;
沉浸在孤獨中。

憂鬱的老虎打開了淚雨的城門
龍津沉睡的螺旋槳;
哦,不可能!
日記𥚃的落日餘暉已經沉寂。

椅子,鏡子的碎片
木炭、稻草、火焰還有鉛⋯⋯
對,之後還有鉛。
痛苦之後,我的眼睛在哪𥚃醒來?

 
2024年4月10日九龍城南

 

 

 

 

おぼえておく人

 

野上麻衣

 
 

くらす人は
いつも記憶があいまい。

さいしょの頃は
わすれちゃった、
とばかりいうので
嘘つきなのだと思っていた

だからみるのは、からだだけ。

はじめての山の夏。
窓にクワガタやってきて
夜のみどりにつれだされる
よっつの耳がきいた
にぎやかで、
やわらかな、陽のない庭

からだにその夜をたずさえて
声をめぐり、
息をつなぎ、また次の夏。

おぼえている人がいるから
ぼくはわすれても、いい。

 

 

 

絶対零度-273°C*

 

佐々木 眞

 
 

ある日男は、「ありのままの世界が聞こえる音楽」をつくろうと思った。
3つの休止符からなる「4分33秒」のフレームの中では、
偶然の音楽が、次々に生まれては、消えていく。

ある日彼女は、「人の心が映る服」をつくろうと思った。
構想10年、実践10年、それは本当に出来てしまった。出来ちゃったのよ!
そのとき服は、秘められた夢を映し出す透明なフレーム。

ある日わたしは、「誰にも見えない冷蔵庫」をつくろうと思った。
絶対零度-273°Cの冷蔵庫の中には、
二十歳の秋に堕した嬰児が、微笑んでいる。

 

*ビデオ作家の小金沢健人によれば、ジョン・ケージの「4分33秒」とは273秒であり、おそらく絶対零度の数値-273°Cに由来する数字らしい。
(神奈川近代美術館鎌倉分館「小金沢健人×佐野繁次郎ドローイング/シネマ」展会場配布資料「433 is 273 for Silent Prayer」に拠る。)

 

 

 

駅前に立つ

 

さとう三千魚

 
 

昨日
午後に

静岡駅の
北口の

地下広場の
市立美術館のポスターの

前にいた
立っていた

月の最初の日曜日に
いつも

駅前に佇ち

通る人たちの
花の名を聞き

詩を書き捧げる日だった

駅前にいた
立っていた

 “戦争、やめれ!”
 “すぐ、やめれ!”

 “殺すな。”

そう叫んでいた
そう拡声器で叫んだ

一昨日も
東京の水道橋の駅前にいた

立っていた
叫んでいた

高橋朝さんが足元に横たわってくれた

駅前の道路に
横たわってくれた

どうだろうか

声は届くだろうか
その声は届くだろうか

ガザの人びとに届くだろうか
蝶は羽ばたくだろうか

駅前を人びとが通り過ぎていった
夕方には吐く息が眼鏡を白くした

 

 

 

#poetry #no poetry,no life