広瀬 勉
#photograph #photographer #concrete block wall
アスファルトの空に
横切る
列なす彗星
多摩川土手の自転車道
月曜の炎暑の道に
身をジッと擦り付け
ひと刷毛の
尾を伸ばす
雨後の朝
蚯蚓たちは息継ぎに出て
白昼に干からび
踏まれ踏みつけられ
証しを地に残す
赤茶の沁みが
箒のような尾を引き
いくつもいくつも
点在している
垂れ糞とも螢火とも
脳漿と内臓が沁み入る
地の神の目ん玉として
夜空の彗星も
擦り付けているのだろうか
地の星の尾っぽは
執念、邪念とも呼ばれ
みっともないわけだが
あらゆる染みは死体である
あらゆる死体は作品である
どうすり込もうか
頭からおろす
足先から入れ込んで
脊髄を伸ばす
土を食(は)み沃土を放(ひ)る
蚯蚓
潜ることで残せたら
足先に垂線の涙を伸ばし
核を溶かし尾へ導く
茶色の体液の箒星よ
家族で関門トンネルを歩いた
隧道で蚯蚓になる
何を残したのか
空洞を走る空音(からおと)
また小田急と田都が蚯蚓であるのなら
不愉快な乗客はすべて土塊(つちくれ)の糞であり
沃土である
新宿駅を下痢のように降りる
私たちは沃土である
擦り付けなくとも
すでに干からびつつ
潰されつつ
アスファルトを
擦過している
こころのなかは
いつも 雨
雨は 乾いた こころを
潤してくれる
赤いトカゲが
濡れた土から
ひょっこり 顔を出した
人の足が 通ると
顔を引っ込めた
小さな自然は
わたしに 密やかに
話しかけてくれる
わたしは ざらついた手で
季節はずれの紅葉を
そっと撫でる
すると 萎れかけた紅葉が
ひらひらと
ぬかるんだ 水たまりに
浮かんだ
水鏡のように
美人を映し出す
夏のなかの秋景色
そんな 夏の優しさに
わたしは あらためて
恋をした
神田鎌倉河岸にある、とても小さなビルで働く仲間たちと一緒に、
第2次関東大震災直後の、帝都駅の近くまで歩いて来た。
蜘蛛巣城のように高く聳え立つプレミア超幹線のプラットホームを見上げると、最後尾の13号車に、善良な市民や俸給労働者の貌をした、町内会、自警団、愛国婦人会員らが群がっている。
またしても大勢の伊藤野枝や大杉栄、孫文や周恩来やBTSを、鎌や竹槍や出刃包丁で殺戮し、その返り血を浴びて全身血塗れのまま、吊革にぶら下がって「君が代オマンタ音頭」を高唱している。
今日は、そんな帝国の臣民を慰労するべく、シン帝国政府が特設した、「全国プレミア新幹線13号車無料の日」なのだ。
いままで一緒に歩いてきた、人事のウチダやナカザワ課長、総務のごますりワタナベや広報のカトウ嬢たちは、「今からでも急げば、あの最後尾の13号車に滑り込めるはずだあ!」と、口々に叫びながら、蜘蛛巣城のように高く聳え立つプラットホームを目指して、「イチニノサン! ゴオ!」で駆けていったが、私らはそうしなかった。
熱血ラッシュアワーであんなに混んでいる列車に、彼女を乗せるわけにはいかない。
「ぼくたちは、次のが来るまで、しばらく待っているよ」と彼らに言って、
線路と並行している狭い野道をずんずん歩き始めると、彼女も後を追ってきた。
ラララ、2人だけの野道だ。
ラララン、2人だけの夜道だ。
知り合ってまだ日も浅いのに、いつの間にか2人は手をつないで
ゆっくり、ゆっくり、一本道を歩いて行った。
初めて手をつないだが、手をつなぐことがなぜか恥ずかしく、
そのうえ、手に汗が滲んできたのが気になって、
ぼくは彼女の掌の真ん中を、中指で一回だけ、チョンと突っつくと、
彼女も一回だけ、チョンと突っつき返してきた。
「しめた!」と思って、
今度は掌ぜんたいを、2回連続で、グッ、グッ、と握りしめると、
彼女も2回連続で、グッ、グッ、と握り返してきた。
「やったあ!」と思って、
今度は間を開けて、3回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握りしめると、
彼女も3回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握り返してきた。
「超ウレピイな!」と思って、
今度は回数を間違えないように、「イチ、ニー、サン、シー」と頭の中でカウントしながら、10回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握りしめると、彼女も10回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握り返してきた。
それからぼくは、「生まれてこの方、これ以上幸福な瞬間は知らなかったなあ」と思いながら、もうすっかりうれしくなって、彼女の手を握り締めながら、
暗い線路沿いの一本道を、どこまでも、どこまでも、歩いて行ったのでした。
ゆれる空をみる
みどりと黄の葉が横切り
あめんぼの動きにあわせて
円が描かれる
包み込む空とゆれる空は
小さな祝福の連続を見守って
雲のそばでいちょうの葉が泳ぎ
光があたる
耳にとどく 葉の触れ合い
子どもの泣き声 笑う声
色雫を奏で 唯一になる
かたちになった過去は
余韻を残して静かに通り過ぎる
空がゆれて
円をえがいて
共鳴の鼓動に
透明が調和するように
からっぽの宇宙が
ほのかにゆれる
まぶたを閉じると
美しい虹が広がっていた
たぶんあの光は生命だろう
きてはいなくなる光
淡い球体
やわらかい卵たちの空間で
ふわふわと
地球は重いこととも隣り合わせで
ギザギザと向き合う季節もある
そんなことを伝えると
楽しそうにきらきらと
入り組んだ次元の隙を潜り抜け
仲間と一緒に色をつけるの、と言った
ギザギザも色がつけばかわいいと
軽やかなお裾分け
またねの合図は
透明の密度にカラフルが宿る
赤の表情を瞳に
自分の手をみた
何十年かけて犯し続けた犯罪なのか
世の中を騒がす性犯罪者のおぞましさに
じぶんのなかで闇に葬ったことがよみがえりそうになる
落ちついて、深呼吸する
可愛い子ではないと変質者にはあわないなどと
大人が言うじだいにわたしは居て
可愛い子ではない私にはそんなこと起こるはずがないと笑う母をじっと見るしかなかった
違うのだよ、変質者は顔で対象を選ぶばかりではない
大人しそうにひとりでいる子が好きな場合も多いんだ
それに当てはまってしまうわたしに
何が起きたかなどもういい
わたしにとっての変質者を呪うのは終わったんだ
眼の前の被害によりそえたらいいんだ
嘘だと決めてかからず
笑い飛ばさずに聞いてこころを傾けたいと思う
いつでもそう生きていられたらと思う
悪夢は短い方がいい
信じるよ、私はというスタンスを
わたしはこれからもまもり続けたいのだ