広瀬 勉
#photograph #photographer #concrete block wall
赤い早咲き桜が満開になってたので、
ちょっと離れたところで眺めてたら、
小学校一、二年生ぐらいかな、
いかにも子どもって感じの女の子がやってきて、
「わあ、きれい」って声に出して言いながら、
花に近づいてったわけ。
で、ちょうど一輪分の花を根本からちぎって
下に落っことしたんだよね。
そうこうするうちに、
弟らしいもっと小さな男の子と
母親も桜の木の近くにやってきたもんで、
女の子が「ねえ、見て、きれいでしょ」って
言ってるわけ。
それから視線を下に落として、
ちぎった花を拾い上げ、
「落っこってた花見いつけた」
なんて言うものだから、
男の子の方が、
「いいなあ、花取ってもいい?」
って母親に言うわけ。
母親はもちろん「だめよ」って言うよね。
「落ちてる花ならいいけど」。
でも、男の子はすぐには引き下がらないわけ。
「えー、いいでしょう」って諦められない様子でね。
母親が「だーめ」ってもう一回言って、
お姉ちゃんも「落ちてるのならいいけど、取っちゃだめよ」
って言うもんで、男の子も諦めて、
気がつくと三人ともいなくなってた。
ガラスの破片が散らばって
庭はキラキラ光っていた
花の咲かない庭 乾いた庭
うすっぺらい ちっぽけな死体がひとつ落ちていて
風が吹くと少しだけ揺れる
土の下に種はあるのか
手をつっこまないと わからない
何年も経ってみないと わからない
古い羽根が落ちている 鳥は来ない
窓はこわれ とっても悪いことをした人が
反省もしないで 窓によりかかって外を見ている
庭を見ている 花の咲かない庭を
吹きさらしの廊下に
幽霊のように立って
子どもも 虫も 遊ばない庭
その上に広がる青くない空
ポケットに手を入れて 見ている
斜めに差し込む冷たい光
割れたガラス 割れた土
庭を見ている
花を待って 庭を見ている
ガラスを持っている
ポケットに 尖ったガラスの破片と
夢のかけらを持っている
悪いことをしたくせに
ポケットに夢を持っていた
小さな夢を持っていた
反省もしないで
言えない夢を持っていた
窓によりかかって 黒い炭のような心で
悪いことをした人が
とんでもない人が
キラキラ光った
ガラスが刺さっている
夢を持っている
光っている
誰も見ていない
(3月某日、奥戸4丁目ガラス工場近くで)
街角ピアノの夢を見た
たまたまテレビで何回か見たことがある
駅の構内や公園 それこそ街角に
どなたでもご自由にと置いてあるピアノ
見始めると そこにある小さなドラマ
なかなかいいのです
今日、夢に見た街角ピアノ
違う場所にいくつか 置かれていたが
どれも普通のピアノとは違っていた
だれかの手作りピアノ
工作で作ったような木造りの
黒く塗られた 小さなピアノ
見た目はピアノの形をしていたが
細部はまるでピアノではなく
合板をカットして貼り合わせたようなもの
だれがなんのためにおいたのか
近寄って蓋の部分をあけてみると
なかは空っぽで ただの函
外形は ピアノの形だが なんだろう
蓋に小さく aという文字
サインなのか 商品記号なのか
夢は続いていた
二番目のピアノはもう少し大きめで
細工も丁寧 細部もピアノに近づいているが
やはり工作で作ったような 合板貼り合わせ
都会では珍しい 長い生け垣の曲がり角
そっと置かれていた
蓋をあけると やはりがらんどう
ぽっかり黒い穴
蓋には小さく rai とアルファベット
だれがなんのために
街角ピアノ なぞめいている
三台目は早朝の井の頭公園の野外ステージ
さらに精巧につくられていたが
やはり工作室の作者苦心の作品だろう
不審そうにステージに上って
ピアノにさわる おんなの子とお母さん
鍵盤もなければペダルもない
首をかしげて 去っていった おんなの子とお母さん
蓋には小さく shin とアルファベット
四台目は わりと瀟洒な住宅街
煉瓦と白壁の欧風の家の玄関脇に
一段とクオリティをました
黒い光沢もピアノらしいものが鎮座している
御婦人が玄関をあけて外に出る
「あらこんなところにピアノが!」と
嬉しそうな声をあげ 蓋をあけた
見た目はほぼほぼピアノに近かったが
やはり なかは黒い空洞であり
御婦人は 「あらまっ」とつぶやいて蓋をしめ
なにごともないかのように
ユーミンの「春よ、来い」を歌いながら
出かけてしまった
蓋には ichiとイニシャルのような
アルファベットが 金文字で書かれてあった
夢のなかで 振り返ってみた
ローマ字で置かれた イニシャルを
つなげてみると
a rai shin ichi となった
ア ライ シン イチ って
知り合いにひとり同じ名前の男がいる
彼が?
僕は彼の住んでる浅草の家を
はじめて訪ねてみた
すぐに見つかったarai shinichiの家
思った以上に広いアトリエに住んでいて
床には木の切れ端や 木工の工具や塗料
酒瓶やグラスが 乱雑に広がり
作りかけの 木工のピアノ型のものが
まさにピアノとしか見えない形状に仕上がっていた
僕に気づいたのか 気づかなかったのか
arai shinichiは ピアノの蓋をあけると
そこには鍵盤までついていて
いきなりショパンのワルツを弾き出した
彼のテナーサックスは聴いたことがあるが
ピアノは初めてだった
あまりうまいとは言えないし
音色もホンキートンクだったが
なかなか愛らしいピアノだった
蓋を見ると arashin と金文字のイニシャル
部屋を見渡すと 画集のような書物と
好みで蒐めたような フィギュアのなかに
僕のつくったテラコッタの可愛いのが置かれてあり
一枚、見慣れた写真が貼ってあった
それは 有名なバンクシーのグラフィティ
花を投げる少年のポスターだった
なぜか赤いバッテンがつけられていた
そのあとの委細はわからない
arashin とイニシャルされたピアノは
どこにどうやって運ぶのか
夢から覚めてしまっちゃ わからない
というより ここまで書いて
テレビをつけたら
街角ピアノ京都編がはじまったところ
ピアノを学ぶイケメン青年が
ショパンのノクターンを弾いていた
やってくれるなあ、arashin!
* arashinは、彼が1980年代に「仁王立ち倶楽部」というカルト的ミニコミ誌を編集していた頃からの付き合い。美術家であり、過激なパフォーマンス・アーティストとして国内外で活動する、酒と蕎麦が好きな男。
そこにいた
そこに
いて
しばらく
横に
なっていた
白い脚を伸ばしていた
緑色の
爪が
きれい
一瞬
空の蝶を眼が追っていた
空に雲が流れていた
・・・
** この詩は、
2024年3月27日水曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第3回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life