下唇の効果

 

辻 和人

 
 

下唇を突き出した
気に入らないことがある時のコミヤミヤのサイン
こかずとんはまだお昼寝中だがコミヤミヤは覚めてしまった……
観音様みたいだった頬っぺの線が硬くなってしまった

見守ってくれてるかと思いきや
ああ、かずとんパパはテーブルに座って読書に夢中
ここでウィェーンと声をあげれば
かずとんパパは慌ててこちらにやってくる
「ウィェーン、ウィェェーン、イェェーン」
ほうら、本を放り出して椅子から立ち上がった
かがんだぞ、腕を伸ばしてくる
抱っこだ、抱っこ
しかも縦抱き、お腹がパパのお腹とくっついて気持ちいいー
ところがところがかずとんハパパ
どうしても続きが読みたいらしい
お部屋をぐるぐるしてるうち
ちょっと目をつむってみたら
途端にマットに向かってそろーりそろりと下降
寝かせる気だな
そうはさせるか
下唇突き出してやる
そうら
びくっとした
目をぱちくりさせて
タテタテ抱っこし直して
またお部屋ぐるぐる思案中
おっ、宙を見上げた
なんかいいこと思いついたか

抱っこ紐を取り出して
下唇突き出てるコミヤミヤをそおっと押し込む
コミヤミヤのお腹
かずとんパパのお腹
お腹とお腹がくっついた
そのままテーブルに移動
抱っこ紐のコミヤミヤと向かいあったまま
かずとんパパは読みかけのご本を開きます
突き出した下唇、ゆるゆる引いて
静かな眉とふっくふっくした頬っぺたが復活
観音様コミヤミヤ
タテタテ抱っこ紐に包まれて
あったかい、おやすみなさい

 

 

 

社長椅子に座るこかずとん

 

辻 和人

 
 

もう横じゃあない
時代は縦
縦抱き抱っこでなくちゃ満足できないんだ
コの字型授乳クッションも使い方が変わったよ
横に寝たカッコでミルクを飲むのはもうおしまい
クッション床に置いて
開いている側が足
頭をフカフカもたれかけて
お手手は左右にバランスよく置いて
深々コの字に納まったこかずとん
えっと、ただ納まってるだけじゃないよ
首は縦
お腹は縦
重力に逆らって縦
2つの目はまん丸で
ぼくが手にする哺乳瓶の揺れを追って

重力に逆らう
哺乳瓶の先端を含ませた途端
頬っぺむぎゅむぎゅ夢中で動かした
視線は縦
「あー、飲んでる飲んでる。まるで社長さんの椅子に座ってるみたいね」
横からミヤミヤが言うけれど
ふんぞり返ってはいない
背は縦
シュッと伸びて
この姿は雇われじゃない、創業社長だな
何を創業したかわからないけど
重力に逆らって
生後4ヵ月後の未来を見据えている
縦、縦
時代はもう横じゃあない

 

 

 

息を抜く

 

辻 和人

 
 


抜く
抜くぞ、やっと抜く
「コミヤミヤもこかずとんもお昼寝入ったから2時間外行ってていいよ。
帰ってきたら私が休憩行かせてもらうね」
ってわけで行きつけのファミレスへ
ドリンクバーのアイスティーきゅーっ口に含んで
頭の湯気冷やす
コミヤミヤとこかずとんから切り離された孤独な時間
孤独ねえ
昔はふんだんにあったけど
今はとっても貴重
息、抜くぞ

ゆっくり音楽聞く時間なんて皆無だから
気合い入れてイヤホンを耳に押し込んだところ
「すっごーいっ、ほとんど合ってるじゃない、感心感心」
サルサの代わりに甲高い声が聞こえてきた
20歳前後のメガネかけた女性と中学生くらいの色白の男の子
「この因数分解、ケアレスミスでしょ。
本番だとミスじゃすまないから気をつけて。
それにしても完璧。先生、中学の時こんなに解けなかったよ」
家庭教師に勉強みてもらってるのか
夏休みの過ごし方で点数が開くっていうしな
「じゃあ、数学はおしまい。
今度は英語のミニテストやるから、それ終わったら休憩しよっ」
数学も英語もみられるなんて先生結構優秀なんだな
耳元でコンガがツクパクツツトト
あー、久しぶりのサルサ、痺れるなあ
抜こうよ

沸き立つ歌の掛け合いに身を委ねてると
また甲高い声が
「えーっ、haveの後は過去分詞にしなきゃだめだよ。
うーん、数学あんなにできるのに英語はもうちょっと基礎頑張んなきゃだね。
とにかくちょっと休憩しよ」
得手不得手なんて誰でもあるさ
そんなことより息、息

軽快なピアノソロが始まった
その直後
「先生、この抹茶パフェってのがいいなあ、F君は何にする?
おかあさんからお金いただいてるから何でも頼めるよ」
「いいです。もう少し英語勉強してからにします」
テストの出来の悪さにショック受けてるか
「えーっ、まだ受験1年先だし大丈夫だよ、それより息抜きしよっ」
「ぼくいいです。先生食べてていいですよ」
思わず、息、止めちゃった

おいおい、それはないだろ
キミからは先生は大層な大人に見えるんだろうが
実際は6つ7つくらいしか離れてないんだぜ
まだまだ女のコなんだよ
おかあさんが勉強中に何でも好きなもの頼んでいいって言うから
新商品のスイーツ食べるの楽しみにしてたんだぜ
それを何だよ
人生経験が少ないから仕方ないかもだけど
ここでケーキの一つでも頼んでやれば
先生嬉しいんだぜ助かるんだぜ
溜めた息は
抜く
のが正しいんだぜ

コミヤミヤとこかずとんはさ
生まれてもう4カ月半
肺しっかり首しっかり
コミヤミヤが大きなあくびすれば
注入された息はみるみる小さな体を膨らませ
そうして一気につぼんだ口の隙間からぷへっと抜かれて
はい、今度はこかずとんに伝染
両手をわなわな持ち上げて
横向きの顔を仰向けに直し大きく息を吸って
おおーあくびー、開いた口とともに顔が縦長に変形変形
ぷすーっと抜かれてまあるい頬っぺに戻る
吸ったら
抜いて
自由に、好きに
そんなの出がけに見てきたんだ

ところがさ
先生もさるもの
「へぇ、じゃあ先生先に頼んじゃうよ」
ピッとパネル操作して注文終えて
ロボットが運んできた抹茶パフェ
抹茶アイスに白玉、粒あんこ、マンゴーやら何やらてんこ盛り
こんなデカいの一人で食えるのか
ところが口紅薄めの小さな口ぐわぁっと開けて
「うんうん、おいしいね、おいしいね、友だちから聞いてた通り。
F君も早くこの問題解いておやつタイムにしよっ」
巨大な緑の山みるみる崩れていく
おいおい先生、生徒が課題終えるまで待てないのか
息、抜き過ぎなんじゃないのか?

なんて光景に見入っていたら
イヤホンから流れてた曲、もうエンディングだ
トトットトットッ
あらら、終わっちゃった
音楽聞く貴重な機会だったのに
集中できなかったぞ
息って不公平
抜ける人は抜けるし抜けない人は抜けない
チクショー
今度こそ、抜いてやる
吸って吸って
肺を限界まで膨らませて
ぷへぇー、よし、別の曲スタートだ

 

 

 

キガキ ガキガキ

 

辻 和人

 
 

キガキ
ガキガキ
ガキ
じゃない

ころっ寝返りいつでもできるようになったコミヤミヤとこかずとん
夜中見守り用ベッドから見る2人の姿が
顔マットに向けてグーグー
うつ伏せまずい、窒息しちゃう
胸と足の下に腕を入れてコミヤミヤ持ち上げる
熟睡中のコミヤミヤ空中で回転させマットに下して仰向けに
すやすや、これで安心
と思いきや
寝返ってころっ
うつ伏せに戻る
するとさっき仰向けに直したこかずとんも
ころっ寝返って
うつ伏せうつ伏せ
顔は横向きになってるからとりあえず呼吸は大丈夫か
せめて顔を少し上向きに角度つけとくか
やわぁーらかな頭2つ動かして
はい、ひとまずこれで様子見

仰向けに直しても直しても
コミヤミヤがころっ
こかずとんがころっ
気道が塞がれて
息が苦しくならないか
まさか死んじゃうんじゃないか
かずとんパパはとっても心配
ころっといっちゃったらどうしよう
キガキ
ガキガキ
ガキ
じゃない

顔が下を向いてると落ち着くね
マットが頬っぺたにくっついてるのって落ち着くね
すーはー、すーはー
ほらね
吐いた息が逃げないで
すぐ傍にあるよ
あったかくて安心できるね
湿っぽくて安心できるね
薄暗くって安心できるね

すーはーすーはー規則正しい2つの寝息
うつ伏せ横向きの顔眺めて
かずとんパパもごろっ見守りベッドに仰向けになる
コミヤミヤ開いた両手の先をちょこちょこさせてたな
こかずとん首をゆっくりふりふりさせてたな
これも息してるからできること

そういやぼくも息はしてるんだった
暗い天井見上げながら
すーはー、すーはー
吐いた息は規則正しく上へと逃げては消えていく
コミヤミヤ、こかずとん
上がポカンと開いた仰向けってのも悪くないよ
ひと眠りしてから
また様子見
キガキ
ガキガキ
ガキ

 

 

 

保育園ひょろっ

 

辻 和人

 
 

ひょろっ覗く
ひょろっ隠れる

今日は保育園見学の日
ぼくもミヤミヤもいずれ職場復帰するからね
今日見学に来た保育園はふるーいビルの1階
端が綻びたエプロンぱんぱん叩きながら
「暑いところ足をお運び下さりありがとうございます。園長のNです。
園内を歩きながら案内致しますのでご質問があればいつでもどうぞ」
ごましお髪揺らしのっしのっし歩き出す
その時だ

「こんにちは」
声、立っていた
ひょろっ4歳くらいの男の子
抱っこ紐の中で眠ってるコミヤミヤとこかずとん凝視して
ひょろっ姿消す
お客さんに挨拶できるなんてすごいね

「ここが1歳児クラスです。今はブロックで遊んでいます」
大きなバケツに入った色とりどりのブロック
細っこい手てんでに握って
てんでな物体作り上げる
細っこいガニマタ足てんでに動きてんでに新しいブロック取りに行く
へぇー1歳児ってこんなに歩けるんだ
ミヤミヤと感心しながら見ていたら
ひょろっ影が
さっきの男の子だ
窓ガラスからひょろっ覗いて
ひょろっ行っちゃった

「ここは2歳児クラスです。今塗り絵やってます」
しぃん
どの子もすっごい集中力
チューリップさん、メロンさん、トラさん
みるみる紙の上で舌を出す
「すごい、はみ出さずに塗れるんですね」とミヤミヤ
「2歳になるとびっくりする程器用になりますよ。
急にイヤイヤスイッチ入ってクレヨン投げちゃう子もいますけどね。
こちらの小部屋はトイレトレーニングに使います」
ちょこんと白い幼児便座微笑んだ
保育園ってこんなこともしてくれるのか
その時、ドアの隙間から
ひょろっ
そしてタタタッと走っていった

「園庭に出てみましょうか。丁度3歳児クラスが水遊びをやっています」
ひろーい園庭におーきいゴム製プール置かれて
水しぶき、水しぶき
手、足、頭、お尻、弾ける
細っこい手キラキラ掬いあげて
細っこい足パシャパシャ逃げる
甲高い声、声、入り乱れる
「泳ぐってとこまでいきませんが水遊びはみんな大好きですよ」
周りで4人の先生見張ってる
そこに裸足の男の子駆けてきて園長先生の背中にドン
「もう、この子いつも元気良すぎてね、ほら、お行儀良くしなさい」
頭軽く小突いて放す
あら、滑り台の脇にひょろっ
見慣れてしまった影

「ここで給食を作っています。
ウチは外注しないで自分のところで安全な食材を吟味しています。
水曜日は麺類の日で園児たちはみんな楽しみにしています」
忙しそうに野菜刻んでる白衣のお姉さん
あれはこれから茹でるうどんかな
「外から安全確認できるようにガラス窓をもうけてるんですよ」
大鍋ぐつぐつおいしそう
ホワイトボードにチェック入れて段取り確認か
さて、そろそろくるかな

くるかな、くるかな
きたっ
ひょろっ柱の陰だ
涎垂らしたコミヤミヤとこかずとんじっと眺めて
ひょろっ消えた

「丁寧なご案内ありがとうございました。
おかげで園の様子がよくわかりました」
頭を下げるミヤミヤとぼく
「ざっとした説明ですみません。後でご質問がありましたらお電話下さい」
ようやく半目を開けたコミヤミヤとこかずとん
2つの抱っこ紐の中でふわぁ2つのあくび
おうち帰ったらオムツ替えてミルクにしようね
スリッパから靴に履き替えて園を出ようとしたら
「さようなら」
ひょろっ声がする
ぼくたちの先回りをして
玄関の壁に背を凭れかけて座ってる

赤ちゃん、いる
ちっちゃいなあ
かわいいなあ
見たい、覗きたい
もう年長さんだもんね
赤ちゃんだった時代は遥か昔
もう赤ちゃんではない自分にとって
赤ちゃんは興味津々
かわいがるべき対象だ
ウチの子たちに興味を持ってくれてありがとう
建物も設備も古いけど良い保育園だったな
ひょろっ

 

 

 

ひやっと7月

 

辻 和人

 
 

コミヤミヤの目探す
キュヨロキュヨロ
こかずとんの手伸びる
ゴゥウルゴゥウル
掴めない
でも、いる
通りすぎていく
体全体撫でていく
今は

暑さ真っ盛り7月半ば
赤ちゃんの体温高い
赤ちゃん汗っかき
暑くて暑くて
口歪んでふぃぇーっふぃぇってなっちゃいそう
そうだ、確か戸棚にあったはずの

商店街のお祭りでもらった団扇
あったあった
爆発しそうなコミヤミヤとこかずとんの上空から
ホゥオッホゥオッーーッ、ホゥオッホゥオッーーッ
力いっぱい扇げば

コミヤミヤこかずとん一瞬静止
見えない掴めない
けど汗で濡れた髪の毛
ひやっと蹴散らしていく
真っ赤になった頬っぺ
ひやっと引っぱたいていく
探した目ひやっとなぶられる
伸ばした腕ひやっとはたかれる
捕まえられないのに
圧力がある
ひやっと圧力
お腹からくる
腋からくる
腿からくる
ひやっとくる
何だかわからないけれど圧力ある奴が
コミヤミヤとこかずとんの肌から熱を奪い去っていく
これでもか
ひやっひやっと奪った先に

えふっえふっ
笑ってる
かずとんパパが手にしたうっすいひらひらしたモノが
宙をジグザグに踊る
圧力ある奴がひやっと飛んでくる
そいつ、誰?
探しても伸ばしても確かめられないけど
そいつ、いる
ひやっと遊んでくれる
こかずとんもコミヤミヤも口あんぐり開けて
確かめられないそいつの飛来、喜んでる
かずとんパパ、ちょっと腕が疲れてきたけど頑張るぞ
ホゥオッホゥオッーーッ、ホゥオッホゥオッーーッ
暑さ真っ盛りひやっと7月

 

 

 

深夜の練習

 

辻 和人

 
 

むっくり起き出した
夜の一番ふかーいこの時間
マットが微かに震え
震えがだんだん大きくなり
見守り用ベッドで寝てたぼくを睡眠から追い出す
バタッパ、パタババッ
こかずとんが体を反らせて
こかずとんが肩をくねらせて
こかずとんがお尻を突き出して
パタッバッバッバッ
やってるやってる
コミヤミヤが遂に体得した寝返りの術
一度コツを覚えれば後は何てことない
コミヤミヤはころっころっ気持ち良さそうに回転している
焦るよねえ
すぐ横であれやられちゃあ
それからこかずとんは来る日も来る日も
練習練習
でもコミヤミヤより重いこかずとんの体は
ころっとは転がってくれない
バタッパ、パタババッ
思い切り勢いをつけてるけど
肩が十分内側に向いていない
バタッパ、バタッパ
せっかくの力が上に向いちゃって回転に使われないんだな
ウィ、ウィ、ウィエーン
ああ、泣き出しちゃったよ
そんなに悔しいか
このところコミヤミヤもこかずとんも夜まとめて寝るようになっていた
真夜中に目が覚めるなんて余程のことだ
このまま遅れを取ってちゃいけない
ずっと寝返りできなかったらどうしよう
練習しなきゃ、練習しなきゃ
こんなに一生懸命なのに報われない
でもね、こかずとん
これ、大人の世界ではしょっちゅうなんだよ
頑張ったからその分成果が出るかと言えばそんなことはない
残業して作った資料がデータの取り方間違ってるってわかって全部やり直し
こかずとん、君はそういう人生の真実を
ちょっと早い時期から経験してるってわけだね
バタッパッパ、ウィエーン
試練は続く、が
おっと、今のなかなかいいぞ
右肩がちゃんと内側に入ってる、右足も使ってるな
これでもう少しでお尻を浮かすと回れるか
ウィ、ウィ、ウィエーン、ウィ
涙流しながら静かになっていくこかずとん
さすがに疲れたか
寝よう、寝よう
明日もあるし近いうちに絶対成功するよ
こかずとんは眠り
かずとんパパももうすぐ眠り
寝返りころっころっコミヤミヤはぐーぐー熟睡中

 

 

 

寝返り成功

 

辻 和人

 
 

ころっ
できた
ころっ
またできた
右肩浮いて
まあるいまあるく
ころっ
まあるい頭初めて持ち上がった
初めての
頭を上げた姿勢だ
きょろきょろ
周りを見渡す
でも真正面にいるぼくを見てない
ベビーサークルのシーツに落ちた小さな埃
ころっと発見
ガラス窓の外
雑草ぼうぼうのお庭のシダのそよぎ
ころっと発見
まだぼくの方見ないな
頭をまあるく横に動かして
上に伸びてくスケルトン階段とんとんとん
ころっと発見
あっとお隣過ぎて気づかなかった
仰向けで口ぽかんしてコミヤミヤを見上げてる
こかずとんのまあるい顔
ころっと発見
そしてようやく
真正面にいるぼくを発見
まあるいまあるく
見開いた目が
見上げることしかできなかったぼくの姿を
真正面から見ている
見えているんじゃなくて
見ている
ああ、そういうことなんだ
ぼくもコミヤミヤのまあるいまあるくな顔を
「見ている」んだな
顔起こした同士のコミヤミヤとぼく
右肩からころっと
発見
また発見

 

 

 

背中から始まる

 

辻 和人

 
 

背中から
始まろうとしている
ヒョクッ、ヒョクッ
仰向けのまま
コミヤミヤが体を反らす
くねらす
足は
こかずとんが上げているのを
何度も何度も見てるから
真似して上げてるのかもしれない
でもお尻もちょっと持ち上げてるぞ
おっと、これは
こかずとんがやってないことだ
ヒョクッ、ヒョクッ
右肩浮かせた
おっと、これも
こかずとんはまだやってない
手をバタバタさせて
左肩の方に傾いて
まだ仰向けのまま
ちょっと休んで
首を左右に振る
首が座ってるから振れるんだな
ヒョクッ、ヒョクッ
今度は首も振って勢いつける
お尻のひねりが足りないか
背中浮かない
まだ仰向けのまま
疲れたか
ふぃぇっ
顔が崩れてちょい泣きに入ろうとするから
任せとけ、ここはかずとんパパの仕事だ
ひょいっと抱き上げて高い高いして頬ずり
機嫌直したコミヤミヤ
空中高くひぇっひぇっ笑う
これからちょっと眠って
起きたらまた
背中から始まる
ヒョクッ、ヒョクッ
ころっと回転できれば
何が起こるか
コミヤミヤ自身はまだ知らないが
コミヤミヤの背中は知っている
背中から始まるってことがあるんだよ
その横で
こかずとんが足を高く上げながら
ヒョクッ、ヒョクッ
隣で起こりつつあることを
じっと
見つめている

 

 

 

母乳卒業

 

辻 和人

 
 

これが、あの
ミヤミヤのおっぱい
丸々した丘から黒紫の鎌首がギュン
もたげる
奇怪、だ、禍々しい、だ
ミヤミヤのおっぱいと言えば
さらっとした平地にピンクのボタンがチュンって乗ってるのが
定番の姿
これが、あの、だ

今日はコミヤミヤとこかずとんが母乳卒業する日
赤ちゃんには母乳が一番ったって
いっぺんに2人分だからね
鎌首差し出せばコミヤミヤ夢中でしゃぶる
こかずとんも夢中でしゃぶる
でも口に含んで乳の出が悪ければ
ギャンギャン泣いちゃう
それでもミヤミヤはただのミヤミヤじゃなくてミヤミヤママ
母の愛の乳を
ちょっとでも飲ませたい
だから寝静まった後の薄暗い光の下で
1人黙々搾乳機で乳しぼり
黒紫の鎌首がギュン
絞っては冷凍
パックに詰めて冷凍したら解凍
レンジでチンして哺乳瓶のミルクに混ぜる
混ぜちゃったら市販のミルクと区別できないだと?
そんなの問題じゃない
母の愛が問題だ
絞って絞って3カ月
だけどもう卒業してもいいかな

今日は絞った奴じゃない、ナマのをどうぞ
今コミヤミヤの口がミヤミヤの黒紫の鎌首に
吸いつく、吸いつく
コミヤミヤ、目つむってちゅぱちゅぱに集中
お口に流れ込んでくるものにうっとり
実はコミヤミヤは鎌首くわえるだけでもうっとり顔なんだ
お次はこかずとん
こかずとんは何たってミルク飲み
乳の出が悪いと大泣きしたりするけど
今日は出る出るぅ
右手で鎌首しっかりキープして力強くちゅぱちゅぱ

ちゅぱちゅぱがピンクを黒紫に変えてきた
ちゅぱちゅぱがボタンのチュンを鎌首のギュンに変えてきた
コミヤミヤとこかずとんの口に母の愛が白く流れ込んで
母の愛が母の形を変えてきた
母の愛がボタンのチュンを鎌首のギュンに変えてきたんだ

「ミヤミヤ、お疲れ様でした」
胸元拭いてるミヤミヤはちょっと寂しい笑顔
「お疲れ様。
 最後の授乳だったけど2人にはいつもと同じだったね。
 明日からは少し余裕ができるかな」
仕上げの粉ミルクも飲み干したコミヤミヤとこかずとん
お腹いっぱいになって爆睡してる
その爆睡の裏に
かずとんパパが幾ら頑張っても手の届かないものがある
ママはやっぱりパパとは違うんだね
心の中で呟いたら
黒紫の鎌首がギュンっと頷いた
丸々した丘から首をもたげているものは
これから徐々に平地のピンクのボタンのチュンに戻っていくだろう
ミヤミヤママ、ありがとう
奇怪で禍々しい、ありがとう