3人娘が来る!

 

辻 和人

 
 

イチ
ニィ
サン
3人の

来る
来るぞ
やって来る
どうしよ
「ドーシー、ヨォーヨォーヨォー。」
輪っかの形でぷかぷか浮かぶ光線君ののんびりした声
光線君は「お客さん」の重みなんかわからないもんなあ
どうしよぉーよぉーよぉー

互いの家族は別として
結婚してからお迎えするお客様第一号
3人ともミヤミヤの職場に関係する方たちだ
同僚のHさんとWさん
以前職場の医務室に勤めていたMさん
皆さん独身
「これから私の大切なお友だち3人をお迎えしますからね。
かずとん、粗相のないようにしてね。」
イチ
ニィ
サン
3人娘だ

ぼく、慣れてないんだよね
「お客様」ってのに
思えば祐天寺のアパート、誰も入れなかったなあ
母親が一度様子を見に来てくれたきり
ファミちゃん、レドちゃんは毎日来てくれたけどさ
そんなぼくにホスト役が務まるのかな?
昨日は念入りにお掃除
普段サボッてる床の拭き掃除もバッチリやった
散らかり気味だったかずとん部屋も片付けた
約束の正午まで1時間
「かずとん、かずとん。
私、お料理頑張るから飲み物買ってきてくれる?
それから連絡きたらバス停まで迎えに行ってあげてね。」
はーい、はいはい
いなげやで白ワインとウーロン茶とオレンジジュースを買って帰ると
ジィー、ミヤミヤの携帯が鳴った
観念だ

「カーンネン、ネーン、ネン。」
輪っかの輪郭をぷっくぷっくさせながら光線君がついてくる
お気楽でいいな、光線君は
バス停には2人の女性が立っている
あれ、3人じゃない
「辻さんですか? 今日はありがとうございます。
実はWさん急用ができて1時間ほど遅くなりそうなんです。」
小柄で丸顔のH さん
メガネをかけて長身のMさん
3人娘のうちの2人娘
やって来ちゃった
キンチョーしてる場合じゃないぞ
「今日はわざわざ足をお運びいただきありがとうございます。
家はすぐそこです。」

3人娘のうちの2人娘
にこやかだけど
キョロッと目力強し
背丈も髪型も全然違うのにどことなく感じが似てる
「かずとーん、2階を案内してあげてーっ。」
キッチンでいまだ奮闘中のミヤミヤが叫ぶ
「えーっと、ではこちらへどうぞ。階段は急なのでお気をつけてください。」
好奇心をキラキラさせてついてくる3人娘のうちの2人娘
「セボネー、セーボーネー、ザウルスーッ、ココ、セーボー、セーボー。」
工事中の家が恐竜だったことを知ってる光線君
ゆっくり階段を昇る2人の頭上を輪っかになってくるくるくるくる
「ここはフリースペース、このパキラはミヤコが10年育てたものです。」
「ザウルスーッ、アゴー、アーゴー。」
「ぼくの書斎です。
本棚に入りきらなかった本は恥ずかしながら箱詰めして積んでます。」
「キバー、スルドーイー、ザウルスーッ、キバー、バー。」
「こっちが寝室で、ミヤコの部屋も兼ねてます。」
「メーダーマー、ガンガン、ガンキュー、キュー、ザウルスーッ。」
光線君も頑張ってお客さんにお部屋をご案内している
「お客さん」をいつのまにか理解している光線君、えらいぞ
「素敵なお家ですねえ。明るくて周りも静かですねえ。」
説明する方向にキョロッ、キョロッと首を動かす
3人娘のうちの2人娘
礼儀正しいし、フレンドリーだし
さすがミヤミヤのお友だちだ
「ご飯できたので降りてきてください。Wさん遅れるので先に始めちゃいましょ。」

スパークリングワインとウーロン茶で乾杯
チーズと干しブドウをつまんでからアボガトとトマトと生ハムのサラダへ
「お庭素敵ですねえ。植える植物は自分で考えたんですか?」とHさん
「すっごく小さい庭だけどねえ。木は庭師さんと相談して決めたんですよ。」
「このサラダおいしい。生ハムとアボガトって最高の組み合わせよね。」とMさん
「ありがとう。アボガトって、私、昔から好きなのよ。」
ほめてくれる
何でもほめてくれる
にこにこほめてくれる
おりゃ?
ほめられると
空気がにこにこするんだな
「コーニー、コーニー、コニコニココッ、ニーニー。」
体を球状にコニコニッと弾ませ
丸い黒い目をすばやくあちこちに移動させる光線君
コニコニッ、コニコニッ
「周りは静かで緑も多いし、私もこんなところに住みたいなあ。」
ま、東京にしちゃ田舎ってことだけどね
Hさんにこにこ
Mさんにこにこ
ミヤミヤにこにこ
光線君はコニコニ
とくれば
ぼくもにこにこしないわけにはいかない
にこにこをにこにこで返し続ける
にこにこした時間
ここには否定ってモンがつけいる隙がない
「お客さん」を迎えるってこういうことなんだ

HさんとMさん、海外旅行が大好き
「前にMさんと北欧回ったことあったんですよ。オーロラきれいだったなあ。」
ミヤミヤより6つ年下のHさんが軽く宙を見上げる
「ネパール行った時困ったことあったよね。
山に登るつもりだったのに天候が悪くて2日も足止めされちゃったんです。
でも現地の人みんな親切で助かりました。」
ミヤミヤより1つ上のMさん、自らうんうん頷く
3人娘のうちの2人娘
旅の話になると目が輝きを増していく
キョロッ、キョロッ
「仕事で外国人の方とお話することがあるんですが、
するとすぐその国に行ってみたくなっちゃったりするんですよ。」
というHさん
私、世界をいろいろ旅したくて。
看護師という仕事を選んだのも職場に縛られることが少ないからなんです。」
というMさん
ミヤミヤも負けていない
「日本の外に出ると解放感が半ぱじゃないよねえ。
グアムの海に潜ってウミガメが一緒に泳いでくれた時は感動でしたよ。」
キョロッ、キョロッ
キョロッ、キョロッ
皆さん、祐天寺のアパートに閉じこもってばかりいたぼくとは大違い
れれれ、それでも
話聞きながら、ぼく
「へえ、トルコの絨毯、現地で売ってるとこ見てみたいですね。」
なんて返してるぞ、おい

良くは知らかなった人を
家に招いて
ワイン飲んでフリット食べて
お喋りして
にこにこして
ほめて、ほめられて
その輪の中になぜかぼくがいるんだよ

3年前の冬休みの朝
いつもはダラダラ寝坊しているぼくは
「よし、結婚してみるかな。」とガバッと起きた
ガバッと
ガバッと
ガバッと、だ
生身とメールして
生身とお話しして
生身と歩いて
生身と触れ合って
生身が収まる空間を作って
それから、それから
ついに、ついに
3人娘のうちの2人娘という生身が
というぼくとミヤミヤ以外の生身が
キョロッキョロッと歩いてきた
仲良く飲み食いしてお喋りして
でもって
今、にこにこした空気が流れている

おっと話題が変わった
「私、猫好きなんですよ。今度生まれ変わるとしたら、
かわいがられている家の飼い猫がいいなあ。」だって!
そんなHさんの言葉とともに
ファミとレドが空気の淀みとしてぽっと現れ
背を丸っこくさせて互いの体を舐め舐め
鼻筋をそっと撫でてやるとふにゅっと暖かくしなる
こりゃ生身だ
あったかい
チリビーンズが
Hさんの口に吸いこまれ
ワインの雫が
Mさんの口に流し込まれ
パンの欠片が
ミヤミヤの口に放り込まれ
そして
カップラーメンの器に注いだミルクが
ファミとレドの喉にピチャピチャ掬い取られ
せわしない
騒々しい
ガバッと起きてから
ついに、ついに
ぼく、こんな場面に辿り着いたんだ

「すみません、実はこれからジャムセッションに行く用事があって、
外に出なくちゃなりません。
Wさんにお会いできなかったのが残念ですが、
皆さん、ごゆっくりお話しなさってください。Wさんによろしくお伝えください。」
以前から誘われていて予定が動かせなくてね
丁寧に頭を下げて席を立つ
イチ
ニィ
サン
3人娘には会えなかったけど
3人娘の中の2人娘には会うことができた
キョロッ、キョロッ
生身だった
「ありがとうございました。セッション楽しんできてください。」
楽器を背負ってドアを開けると
11月も終わりの冷たい空気が流れ込んできた
それを搔きわけていくのは
あったかい
ぼくの生身だ
「コニコニーッ、コニ、コニーィ。」
唯一生身の存在じゃない光線君が円盤みたいな形状で回転しながらついてくる
イチ
ニィ
サン
3人の

の中の2人娘
来た
来たぞ
やって来た

 

 

 

新 骨ッの世界

 

辻 和人

 

 

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

自転車走らせ
建設中の小平の家へ
お仕事中のミヤミヤに代わり建設の進み具合を見に行く
頭上に
鯉のぼりみたく
ハタ、ハタ、ハタめく
ほそ、ほそ、ほっそながい光線君を従えて
走った、走った
すると
鉄パイプの足場とシートに囲まれた巨大な影
「辻様邸」
うわぁ、ぼくんちだよ
感動
見て見て、光線君
「ツジサマー、サマー、サマーティーイーイー。」
興奮した光線君
平べったい体を痙攣したように高速度で折り曲げ
大きく広げたお目々を左右にグリグリ
あのー、まだそんなに驚かなくていいから

「こんにちはー。依頼主の辻です。」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりご覧になって下さい。」
仮設ドアを開けると
うわぁ、いきなり

コツッ
コツッ
骨ッ
の世界
横にも縦にも
おっと斜めにも伸びる
四角い木、木、木
これって
恐竜の骨組そっくり
ぐねぐね
きゅるきゅる
横にも縦にも
おっと斜めにも
骨ッ
コツッ
コツッ

弱いライトに照らし出された骨の群
玄関からそろりそろりと伸びて
ここ、トイレか
「くの字」に並んで
尻尾が軽くとぐろを巻く
う、う、
微かに
ぴっくぴっく
伸びていく伸びていく
だんだん太くなっていくぞ

がーん
突然ぶち当たった
ぶっとーい腰
ここ、キッチンか
長方形に、ちょいと不均等に並んだ骨
冷蔵庫と食器棚を置くスペースを広く取ったので
圧倒的なボリュームだ
尻尾と釣り合いを取りながら
ゆーらゆーら
重い重い体を揺らす
ゆーらゆーら
恐る恐る骨の一つに触れてみると
ひんやりした皮膚のざらざらした硬さが感じられて
ぞぞっとしちゃったよ
あ、今
リビングの上を黒い影がよぎって
電球が揺れた

とすると、足は
ここ、ベランダの隣の壁
埋め込まれた木が頑張ってる踏ん張ってる
よーちよーち
体が重いのでよちよち歩きしかできないけど
歩幅は大きい
前のめりに前進して獲物を追う
土をえぐって
よちっ
分厚い爪が空中に飛び出す
危ない
避けろ
けろ

1階を見尽くして改めて辺り見渡すと
何と何と
光線君が床にぺたっとへばりついてるではないか
おいおい、大丈夫か
「ピックピクー、ユーラユラー、ヨーチヨチー、
サマーティーイーイー、メー、マワールールー。」
中身のない目をくるくる回して正方形にノビている
心配しないで
肉は食べるけど光線は食べないよ
さあ、気を取り直して2階に上がろう

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

長い長―い背骨をつたって
胴から首へ
ぐねっぐねっ
不意に起こる屈曲
遙か下方で
尻尾が床を叩いている
その振動が骨をつたって
ぼくの手の甲を震わせる
振り落とされたら大変だ
必死にしがみついていると
回復した光線君、すっかり平気顔
骨の間をスィースィーと飛び回りながら
「イコーイコー、ウエー、イコー。」
飛べるって強いな
さ、もう少しで2階だ

よいしょ、最後の段を上がると
おおっ
す、すごい
コツッコツッコツッ
木の香りをぷんぷん立ち昇らせながら
長短の骨が
立って立って立ちふさがって
そうか
ぼくは背から首を通って喉元を抜けて
でっかい口の中
ってことはこりゃ歯か
上からも下からも
ぐわっと攻めてくる
フリースペース、クローゼット、書斎と
攻めてくる長短の骨を避けながらそろりそろりと移動する
コツッ
コツッ
興味津々の光線君
体を紐状に細くして一本一本の骨に巻きついては
ささくれた感触にいちいち驚いて
空中でくくっと旋回

ここ、寝室
高い位置に窓を配置したんだけどどんな感じかな?
足を踏み入れる、途端に
白い強い光
薄闇をぱーっと切り裂いて
目玉だ
獲物をぐりぐり探すレーダーだ
ぐりっと見据えられたらどんな獲物も腰抜かしちゃう
いつの間にか頭部に入り込んでた
同じ光の体をした光線君もこれにはびっくり
ぴたっと空中に止まって
円状に体をぴんと張って
甲高い声で叫んだんだ
「ザウルスーッ、ザウルスーッ、シュツゲンナリィーッ。」

そう
小学生の時初めて博物館なるものに連れてってもらったんだよね
ナンダ、ナンダ
コレ
ナンダ
散らばった骨を集めて復元された巨大な恐竜たちの姿
天井を掻き回す縦のライン
床に亀裂を入れる横のライン
骨と骨の間の
ぽかーん空間に
小さな目を凝らすと
古代がみるみる大きくなった

そうだ、そうなんだ
梯子を降りてもう一度できかけの家全体を眺めると
骨が骨を呼んで
連なって、大きくなって
わぉ
恐竜
尻尾を揺らし
目玉をぐりぐりさせ
鋭い牙を研ぐ
狙ってる
肉食だから狙ってる
巨大恐竜、立っている
歩け
歩き出せ
骨ッ
コツッ
コツッ

「雑然と見えるかもしれませんが、工事中の今だけですよ。
もう少したつと内装が仕上がって家らしく見えるようになります。」
工事責任者の方はそう言ってくれたけど
いえいえ、とんでもない
白い壁に覆われる前の姿を目に焼き付けることができてラッキーでした
近くのコンビニで人数分の缶コーヒーとお菓子を買って渡しましたよ

コツッ
コツッ
骨ッ
光線君
このことはミヤミヤには内緒だよ
暮らし始めた時にこの家が
昔、恐竜だったなんて
知られたくないからね
ミヤミヤには「順調に進んでいた。」とだけ報告するつもりさ
でも
ぼくは骨の世界の中で呼吸ができて
楽しかったよ
外から見る家は
どっからどう見ても荒い息吐く恐竜
困ったなあ
でもちょっと嬉しいなあ
走る自転車を体をきゅるきゅる回転させながら追いかける光線君
「ナイショー、ナイショー、ザウルスーッ、ショー、ショー。」
骨ッ
コツッ
コツッ

 

 

 

かずとん部屋の奇跡

 

辻 和人

 
 

いるんだって、この部屋に
誰が?
かずとんが
名づけて
かずとん部屋
広さは四畳半
パソコン机に小箪笥
愛用の楽器(トランペット)
東の壁は窓
西はドア
南は本棚
北は本棚に入りきらなかった本を詰め込んだ半透明のケースの山
北の壁の上方に目を向けると
ぽっかり

四角い穴
寝室につながってる
空気の流れを良くして1台のエアコンで2部屋分まかなうんだと
こんなところにいるんだね
かずとん

ミヤミヤがぼくのために作ってくれたかずとん部屋
詩を書く人間には個室はやっぱり必要だろうって
ミヤミヤがいつもいるのは隣の6畳の寝室
窓3つ、ベッドが2つに鏡台に机、整理棚
いつも片付いてて清潔だ
それに引き替えかずとん部屋
「かずとん、読んだ本すぐ片付けてね。新聞も床に落ちてるし。」
はーい、はいはい
かずとん的には多少散らかってる方が落ち着くんだけど
片付けてるとミヤミヤ
インターネットを介しての英会話レッスンのお時間だ
先生はフィリピン人
家のことだけじゃなく自分のこともしっかりやってる
「エーラーイー、ナーナー、かずとん、ヨリヨーリー。」
正四角形の形で浮かんでいた光線君がのんびりした口調で言う
うん、確かにえらいよな

と、かずとん、おもむろにパソコンに向かいヘッドフォンつけました
何やってる?
youtubeで猫ちゃん動画の検索だ
ノラ猫だったファミ、レドたちとのつきあいを通じて
ネットにあがってる猫動画の世界に一気に目覚めたってわけ
数ある猫ちゃん動画の中から
そら、お気に入りのが出てきましたよ
ノラの白猫のために魚を釣ってやってるおじさんの動画
おじさんが湖に向かって歩き出すと
草の茂みの中からニャーニャーと出てきて後をついていく
おじさんが立ち止まると白猫も止まる
おじさんが近づいてご機嫌取ろうとすると
シャーッ!
すごい剣幕でおじさんを威嚇
まさにノラ
でも、慌てない慌てない
おじさんはゆっくり水辺に降りていって竿を振る
しばらくして釣れたのはオイカワだ
伏せの姿勢でじっとしていた白猫
魚が釣れたのを見て突然ニャーニャー騒ぎ出す
おじさんが針をはずして魚を鼻先に持っていく
ビュッ!
白猫はいきなり鋭い爪で魚をひったくる
口にくわえて茂みの中に消えちゃったぞ
その姿を見て満足そうに釣り道具をしまうおじさん
その一部始終が動画に収められている
いいなあ
祐天寺時代から何度リプレイしても見飽きない
ぼくが釣り人だったら絶対同じことしてるな
ありがとう、おじさん
「オージー、オージー、アーリー、ガートーゥーゥー」

何だ?
いる
いるいる
このかずとん部屋には
かずとんの他にも
いるいる
いるよ

釣りのおじさん
「ちょっとごめんよー。」
かずとん部屋の真ん中に猫缶を置いて
近づいてきた白猫の頭を撫でてやろうと手を伸ばす
シャーッ!
引っかかれやがった
「見ろーっ、血が出ちまったじゃないか、このー、バカ猫。」
苦笑いするおじさんはどこか嬉しそうだ
ぼくも嬉しい
こんなこともかずとん部屋で起きるんだ
「ファミーチャーンモー、レドーチャーンモー。」
四角形の体をハタハタさせながら光線君が叫ぶ
よっしゃ、呼んでやろう
前足をむぐっむぐっと動かして空気の淀みを掻き分けるように
ファミが、続いてレドが現われましたよ
いきなり白猫と睨み合い
ウーゥグゥー、ゥグゥー
「おらおらー、お前ら喧嘩すんなよ-。」
おじさんがのそのそ歩いてきて間に割って入る
途端、3匹の猫ちゃん、クールダウンして毛繕い
「オジー、オージー、サスーガー。」
床に降りてきた光線君
何やら猫っぽいような、っぽくないようなふっくらした形状になって
猫ちゃんたちのマネして毛なんかないのに毛繕い

突然、ドーン
地響きとともに落ちてきたのは
ガタついた学習机
これ、小学校3年の時に買ってもらってつい最近まで使ってたんだよな
祐天寺から引っ越さなかったら絶対死ぬまで使ってたな
ファミとレドは勝手知ったるといった感じで
下の引き出しを前足で器用にあけて潜り込む
興味津々の白猫はぴょーんとてっぺんに飛び乗る
一瞬のうちに猫ちゃんハウスだ
「まあ、猫ってのは小さい城みたいな場所が好きだからねえ。」
おじさんが目を細めて言う
おりょりょ、直ってるぞ
この左のところ、留め金がなくなって机を畳めなくなってたのに
かずとん部屋、やるねえ

ふわっふわっ、今度は舞い降りてくるものが
こりゃー、ソニー・ロリンズのポスター
5年前に閉店したなじみのCD屋さんがオマケにくれた
東側の壁に貼ってた奴だ
ロリンズのサックス、すごい音だよなあ
ライブを2回聞きに行ったよ
このポスター、端っこ破れてたし、これまでだと思って処分しちゃったけど
今見ると破れてないじゃん
三角錐の形に変形した光線君
舞い降りてくるポスターを下からちょんちょん押し上げる
もう一度高いところから落ちてくるポスターと一緒に
光線君も長方形の紙の形状になってひらひら空気の階段をゆっくり降りる
すばらしいスカイダイビング
3匹の猫ちゃんたち、爪に引っ掻けようと飛びつく飛びつく
ボゥッ、ボッボボボゥーー
上下に飛び跳ねるカリプソのメロディー
「いいねえ、俺も若い頃聞いたよ。」とおじさん
「スーゴー、スーゴー、スーゴーイー、オートー。」

いるいる
いるよ
小平の四畳半に
祐天寺の部屋がまんま、いる
いるいる
いるよ

かずとんとその仲間たち
あの時はぼくはまだかずとんじゃなかったけど
とにかく仲間たち
いるいる
いるよ
釣りおじさん
白猫ちゃん
ファミちゃん、レドちゃん
机ちゃん
ポスターちゃん
その他、どやどや
昔ミュンヘンの駅で買った人形とかお土産にもらった光るナントカ石とか
やあやあ
また会ったね
いるいる
いるよ
みんな、いる
かずとん部屋には
みんな、いる
ぼくが祐天寺のあの部屋からいなくなってもう2年たつんだよね
ミヤミヤという伴侶を得て
新しい家で新しい生活をスタートさせて
祐天寺、永遠にサヨナラーって思ってたけど

まだ厳しい残暑
北の壁の上方
ぽっかり

四角い穴
ここから涼しい息が吹き込まれてくる
エアコンの風の姿をマネした
ミヤミヤの息だ
生身の息
「かずとんは詩を書く人なんだから、やっぱりお部屋はいるよね。」
鍵はかからない
寝室と穴でつながってる
そんなかずとん部屋目指して
仲間たちが旅してくれたんだ
小平のまま、祐天寺
祐天寺のまま、小平
ミヤミヤの涼しい生身の息が
優しくそれを許してくれた

「英会話のレッスン終わったよ。ーロン茶でも飲まない?」
いつのまにか背後にミヤミヤが立っている
「いいね。あのクッキーも食べよっか。」
ガヤガヤしていた祐天寺がフンッニュッと姿を消して
小平の四畳半だけが残った
この佇まいも落ち着いててなかなかいいじゃないか
ミヤミヤと一緒にトン、トン、トンとスケルトン階段を降りて
お湯を沸かす
「トントーンー、トン、イールーイールー。」
階段の段をマネようと試みる光線君が目をキョロキョロさせながら叫ぶ
ほんとだね
いる
いるいる
みんな、いる
ミヤミヤの優しい息のおかげでみんないる
お茶飲み終わったらまた遊ぼうね

 

 

 

ケロちゃんとコロちゃん

 

辻 和人

 
 

ケロケロ鳴いていますよ
コロコロ鳴いていますよ
でもって
コロコロ転がっていますよ
ケロケロ転がっていますよ

新居に引っ越してひと月
ミヤミヤが薬局のオマケでもらってきた
ケロちゃんとコロちゃん
小さなアマガエルのマスコットで
マツゲのある赤い洋服のケロちゃんは多分女の子
マツゲのない青い洋服のコロちゃんは多分男の子
両手を広げにっこり顔で突っ立っている
「かわいいでしょ。ここに飾っておくね。」
キッチンの縁に置かれたケロちゃんとコロちゃん
ご飯食べている時もソファーでくつろいている時も
ぼくたちをちょっと上から見下ろす感じ
「あ、また落ちちゃった。かずとん、拾っておいて。」
軽い軽ーい彼らはちょっとした振動でも転がって
すぐ床に落ちちゃう
何気に存在を主張してるんだなあ

ミヤミヤは国分寺の丸井に買い物に出かけて
ぼくはお掃除
ひと息入れようとコーヒー沸かしてたら
「ゥグゥーー、ゥグゥー、コイツラー、ナニー、ナニー。」
新居までついてきた光線君
体をタオル状に変形させ
ふらーりふらーり家中を回遊してるうち
ケロちゃん、コロちゃんの存在に気づいたらしい
「アヤァー、アヤァー、アヤァーシィ、コイーツラー、シィー、シィー。」
ケロゃん、コロちゃんの周りをぐるぐる旋回しながら光線君が叫ぶ
どうやら対抗意識を燃やしているらしい
光線君、お前も十分怪しいんだがなあ
「ただのオマケだよ。気にするようなもんじゃないよ。」

っとっと
触ってないはずなのに床に落ちちゃった
光線君の念が落としたのか?
よいしょっと拾ってキッチンの縁に置き直す
定位置に戻ったケロちゃん、コロちゃん
仲良さそうだ
両手を広げ目をぱっちり開けて
ケロケロ鳴いているよう
コロコロ鳴いているよう
安心したのかなあ
でもまた落ちちゃうんだろうなあ

そう言えばここに越す時に
いろんなモノが処分されてったなあ
「かずとん、この小型の電気ストーブ、今にも発火しそう。危ないから捨てるね。」
「かずとん、このジャージ、くたびれてるから捨てるね。
かずとんって何でモノを買い換えないの?
大切に扱わない割に
モノ持ち良すぎるんじゃない?
このジャージだって、あたしが言わなかったらおじいちゃんになるまで着てたでしょ?」
ああ、そうだよ
今着ている「welcome!」ってTシャツもそうだよ
15年くらい前に買ってまだ着てる
着ない理由が特にないから
着るなって言われなかったら
60になっても70になっても着てるだろう
ああでも、これもそのうち処分されちゃうな
「かずとん、今度一緒に、丸井に新しい服買いに行こうね。」

服や日用品に対してさっぱり思い入れがないんで
買ったら買いっぱなし
同じ奴をいつも着たり使ったりして
その他は捨てるのもめんどくさいから放置
そんな暮らしの臭いが
前の引っ越しではまだ少しは残っていたけれど
今回の引っ越しで根こそぎになりそうだ
見ろよ
このリビング
明るいだろ?
面積は狭いけど
無駄なモノがないし、無駄な仕切りもないから
広々と見える
棚の上には
グラジオラスとウイキョウと名前のわからない黄色い花
勤務先の華道部でお稽古した花を活けたんだそうだ
「ね? 部屋がぐっと華やかになるでしょ?」
窓の外の3坪半しかない庭は更地のままだけど
今度ウッドフェンスを立てるらしい
昨夜、ミヤミヤは
取り寄せたカタログをそれはそれは熱心に見てた
ページから目を離すと振り向きざまに
「ちょっと高いけどずっと使うものだし、ある程度材質の良いものにしないと。
植える植物もこれから考えなくっちゃ。」
うぉ、すごい気迫
不意を突かれたぼく
「ああ、いいんじゃないかな、きれいになるんなら。
ぼくとしてはできるだけ安くあげたいもんだけどさ。」

落ちちゃうモノがあって
拾われてくるモノがある
それもこれもみーんな
生身との接触のおかげ
強い意志を持つ生身にはかなわない
かなわなくてもいいさ
接触して変化する
うん、自然
すごく自然だ

てなこと考えてたら
せっかく淹れたコーヒー、少し冷めちゃったよ
生身と接触しなくても
変化する時は変化するんだ
これはこれで自然なこと
ズズッとひと口啜って
うん、まあまあうまい
ちょっとは落ちたけどちょっとは拾えた
落ちて、拾って
こんなことが
この明るい、狭いけれど広く見える空間の中で
姿を変えながら
繰り返されていくんだろうな

ケロちゃんとコロちゃん
今のところまだ静かに立っている
ケロケロ鳴いていますよ
コロコロ鳴いていますよ
でもって
何かの拍子に
コロコロ転がっていますよ
ケロケロ転がっていますよ
になるかもしれない
「ゥグゥーー、ゥグゥー、コイツラー、
オーマーケー、、アヤーシィクー、ナーイーイー。」
三角の目を丸に変えた光線君が叫ぶ
そうそう、その調子
光線君、いつまでも仲良くしてやってね
ぼくとミヤミヤも
落ちたり拾われたりしながら
仲良くやっていくからさ

 

 

 

飲み込まれちゃう

 

辻 和人

 
 

飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃう
遂に、遂に

お家ができちゃって
引き渡しの日
ミヤミヤと自転車を一生懸命漕ぐ
緑むせ返る5月の終わり
10時ぴったりに新居に着く
うわぁ
真っ白な壁
真っ白な屋根
緑の熱気をひんやりなだめる
建築事務所の方に鍵を渡してもらったミヤミヤ
「入りますよ。」
一瞬息を止め、深く吐き出して
記念すべき
カチャリ
あ、開いた

足を踏み入れると
外観とおんなじ
きりっと真っ白白
ああ、家だよ、ホンモノの家だ
上がったり下がったり
ジグザグになるように配置された大小の窓
うん、この窓がこの家の特徴なんだ
ついてきた光線君
閉まる寸前のドアの隙間から
薄く四角く延ばしていた体をヒューッと潜り込ませ
球のようにまあるくなったかと思うと
窓枠に沿って
つるん、つるん
「ウエー、ニ、イッタリィ、サガッターリィ、ツッルーーン。」
目玉をジグザグに動かして喜んでる

ミヤミヤはゆっくり歩きながら
険しい目つきで部屋の中を見渡す
集中してる時の表情だ
ダイニングとつながってるキッチンでは
できたばかりの料理を縁に乗せればすぐに食卓に運べるようになっている
その白い縁の部分にそっと手を置いて滑らせながら
キッチン周りを子細に点検し終えたミヤミヤ
「2階に行ってみましょうか。」
とんとんとん、と
スケルトン階段
昇ってる途中
おっ、ミヤミヤ、立ち止まって
厳しい表情を解いて
ようやくようやく
にっこり
何だろう
「ねえねえ、かずとん、ここからの眺め、とってもいいよ。」

右手にあっかるい大きな窓
前方にベランダとフリースペース
そして見下ろした先には赤褐色の床がノビノビ
壁真っ白で柱もないし
だから床の個性が引き立つんだな
面積は狭いんだけどなあ
家がパカッと口開けて
呼吸してるみたいじゃん

吸い込まれる
吸い込まれちゃう

あれもこれも
ミヤミヤが望んで計画したもの
毎日毎日隙間時間を見つけては設計図とにらめっこして
いやいや
もしかしたら
ぼくとつきあう前からミヤミヤの中にずっしーんとあったかもしれないもの
掌を広げ壁をそっと押し当てて
鼓動をうかがうように
感触を確かめる
この家は
ミヤミヤの魂そのもの
面積は狭いけど
床板の赤褐色は
広くて深い
かずとんなんてさ
この赤褐色に
飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃう
そうだよ
飲み込まれちゃえ
飲み込まれちゃえ

「がっしりできているでしょう。
ウチは頑丈さには自信があるんです。
ちなみにこのブラックチェリーという床板は
時がたつほど赤味が出てきて味わい深い色になるんですよ。」
設計士の方が説明してくれた
「はい、良い家を作っていただきありがとうございました。」
深々と頭を下げるミヤミヤ
おっと、思い出したぞ
この床板を決めたのはぼくだったな
床はどの板にするか、ミヤミヤから選択を求められて
明るすぎず暗すぎず
そんな色を迷いもせずに指定して反対されなかった
ぼくの選択の結果が今、ここにどーんと存在してるってわけ
ミヤミヤの魂の一部にもなってるってわけ

「かずとーん、センタクー、ノーミー、コマレー。」
体を丸くした光線君がボールのように転げ回りながら叫ぶ
右の壁にぶつかっては左の壁に跳ね返り
天井にぶつかっては勢いよく床に落ちる
落ちた先に広がっているのは
赤褐色の世界
ミヤミヤとかずとん、これから2人仲良く
飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃえ

 

 

 

骨ッの世界

 

辻 和人

 
 

コツッ
コツッ
骨ッ
肋骨だよね
脊椎骨だよね
大腿骨だよね
頭蓋骨はどこかな?
座骨はどこかな?
骨ッ
コツッ
コツッ

自転車走らせ
建設中の小平の家へ
今日お仕事のミヤミヤに代わり建設の進み具合を見に行くってわけ
頭上に
鯉のぼりみたく
ハタ、ハタ、ハタめく
ほそ、ほそ、ほっそながい光線君を従えて
走った、走った
すると
鉄パイプの足場とシートに囲まれた巨大な影
「辻様邸」
うわぁ、ぼくんちだよ
感動
見て見て、光線君
「ツジサマー、サマー、サマーティーイーイー。」
興奮した光線君
平べったい体を痙攣したように高速度で折り曲げ
大きく広げたお目々を左右にグリグリ
あのー、まだそんなに驚かなくていいから

「こんにちはー。依頼主の辻です。」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりご覧になって下さい。」
仮設ドアを開けると
うわぁ、いきなり

コツッ
コツッ
骨ッ
の世界
骨の世界
横にも縦にも
おっと斜めにも伸びる
四角い木、木、木
これって
恐竜の骨組そっくり
ぐねぐね
きゅるきゅる
横にも縦にも
おっと斜めにも
ティラノザウルスの骨
ブロントザウルスの骨
骨ッ
コツッ
コツッ

弱いライトに照らし出された骨の群
コツッ
動き出しそうだ
コツッ
大きいの小さいの
縦横関係しあって
しっかり組を作ってる
ここはトイレか
骨が「くの字」状に並んでる
コツッ
コツッ
ここはキッチンか
骨が行く手を阻むようにちょっと不均等に並んでる
コツッ
コツッ
ここは
ベランダの両隣の壁
埋め込まれたふとーい骨が頑張ってる踏ん張ってる
コツッ
コツッ
ここはリビングか
何本も長短の骨が立てかけてあって
ずっしーんって感じで斜めの線を自慢してる
コツッ
コツッ
2階に行ってみましょう
ちょっとぐらぐらする梯子を注意深く昇る
おおっ
こりゃすごい
コツッコツッコツッ
長い骨、短い骨が
太いのも細いのも、香りをぷんぷん立ち昇らせながら
立って立って立ちふさがってる
ああ、2階は寝室と書斎と収納スペースがあるから
いろんな種類の骨でいちいち区切ってるんだな
コツッ
コツッ

興味津々の光線君
体を紐状に細くして一本一本の骨に巻きついては
ささくれた感触にいちいち驚いて
空中でくるくるっと旋回
ひととおり旋回し終わると
今度は骨の連なりのボリュームに圧倒されたみたい
ぴたっと空中に止まって
円状に体をぴんと張って
目をグリグリさせて
甲高い声で叫んだんだ
「ザウルスーッ、ザウルスーッ、シュツゲンナリィーッ。」

そう
小学生の時初めて博物館なるものに連れてってもらったんだよね
ナンダ、ナンダ
コレ
ナンダ
散らばった骨を集めて復元された巨大な恐竜たちの姿
天井を掻き回す縦のライン
床に亀裂を入れる横のライン
骨と骨の間の
ぽかーん空間に
小さな目を凝らすと
古代がみるみる大きくなった

コツッ
コツッ
骨ッ
そうだ、そうなんだ
梯子をぐらぐら降りてもう一度できかけの家全体を眺めると
適材適所の骨が骨を呼んで
連なって、大きくなって
恐竜
歩け
歩き出せ
骨ッ
コツッ
コツッ

「この家は基本的に壁だけで重みを支えられるようにできていますので、
完成した時にはこんなに柱はありません。
雑然と見えるかもしれませんが工事中の今だけですよ。」
現場責任者の方はそう説明してくれたけど
どういたしまして
白い壁に覆われる前の姿を目に焼き付けることができて嬉しいです
近くのコンビニで人数分の缶コーヒーとお菓子を買って渡しました

コツッ
コツッ
骨ッ
光線君
このことはミヤミヤには内緒だよ
ミヤミヤには「順調に進んでいた。」とだけ報告するつもり
暮らし始めた時にこの家が
昔、恐竜だったなんて
知られたくないからね
でも
ぼくは骨の世界の中で呼吸ができて
楽しかったよ
走る自転車を体をきゅるきゅる回転させながら追いかける光線君
「ジュンチョー、ジュンチョー、ザウルスーッ、ジュンチョー。」
骨ッ
コツッ
コツッ

 

 

 

ヤーヤァー、ヤーヤァー

 

辻 和人

 
 

や、や、や
やや
太い
やや太い
指輪をはめたミヤミヤの薬指の
節のところ
指はほっそりしているのに節だけが
やや太い
図面を押さえるミヤミヤの左手を見て改めて
やや驚いた
頭上を浮遊する光線君も
「ヤーヤァー、ヤーヤァー、ヤーヤァー。」
お目々クリックリッだ

今日は建築設計事務所での2回目の打ち合わせ
建築士さんが作ってきた叩き台の図面に
鉛筆でチェックを入れてきたミヤミヤ
「玄関の位置は西ではなくて東でお願いします。」
え?
「トイレは奥でなくて玄関入ってすぐのところにして、
その近くに収納棚をつけていただけますか?」
は?
「キッチンの奥行きはもう少し取ってください。
ここに冷蔵庫と食器棚を置きますけど、
外から見えないように仕切り戸を作ってください。」
りゃりゃ?
いつのまにそんな細かいところまで考えてたんだ
聞かされてないこともいっぱい出てくる
ぼく、一言も口を挟めないじゃないか
「かずとん、アワレー、アワレナリィー。」
光線君が嬉しそうに叫ぶ
うっるさいな、何でついてきたんだよ

「それでは、この洗面所のミラーはどのタイプにしますか?」
建築士さんが聞く
「これは主人の意見を聞いてみます。どれがいいですか?」
あ、今、「主人」って言ったな
ホントは絶対そんな風には思ってないだろ?
「シュジーン、シュジーン、かずとん、シュジーン。」
目玉を消して口だけをおっきく広げた光線君が天井から床へと駆け抜ける
涼しい顔でお茶をくいっと飲み干すミヤミヤ
どれがいいって言われても似たような奴の三択じゃないか
「えーと、それじゃCタイプを。」
「Cタイプですね。かしこまりました。蛇口のタイプはいかがなされますか?」
「これも主人に決めてもらいましょう。どれがいい?」
「うーん、じゃ、Bかな。」
なーるほどね
こういうどうでもいいのはぼくに決めさせて
「主人の意志」も大事にしてますよー、とサラリとアピール
「男を立てる」のがうまいねえ
「本音と建て前」を使い分けるのがうまいねえ
その後もミヤミヤと建築士さんの間で
やりとりは続くよどこまでも
建築士さんは最早ぼくの方には目をやりもしないで
忙しくメモを取るばかり
「主人」は完全に蚊帳の外だ
おお、窓の位置が決まっていくぜ
おお、2階のフリースペースの間取りが決まっていくぜ
イカ状に変形した光線君
建築士さんの頭を体の先っちょでちょんちょん突きながら
「カヤー、ノ、ソトー、ソトー、カヤァー、ソトー。」
いやあ、早く終わんないかなあ

「あ、大事なこと言い忘れてました。
主人の書斎の位置ですが、
向かいの収納スペースと逆にしてくれませんか?
このままだと西陽が差して主人の読書の邪魔になってしまいますから。」
へ?
そんなところに気がついてくれたのか
こりゃ、ちょっと嬉しいね

「ありがとうございました。お世話様でした。」って打ち合わせはニコニコ終了
図面を畳むミヤミヤの指は
節のところだけ
やや
太い
図太い
都合によって
ぼく、かずとん、を
やや
「主人」
に仕立てては
本音の中に畳み込む
でも、その
やや太い指の導きによって
ぼく、かずとん
きつい西陽に悩ませられずに
本が読めるってわけだね
ありがたや、ありがたや
光線君もそう思うだろ?
「ニーシービィー、キーツーイ-、キーラーイー、
かずとん、ラッキー、アリガーターヤーヤァー。」
干したTシャツみたいなカッコで宙に浮かぶ光線君
クリックリッの2つの目玉をせわしなく上下させながら
ほう、もともと「朝の陽光」である光線君は
「夕の陽光」とはライバル関係にあるようだな
「さ、早く帰りましょ。」
ぼくの先を歩き始めたミヤミヤの踝は
その上に伸びる足に比べて
やや
太い
ミヤミヤ
節のところはみんなガッチリできてる
や、や、や
やや
太い
やや太い
「ヤーヤァー、ヤーヤァー、ヤーヤァー。」
かずとんも
やや
「主人」のフリして
ミヤミヤの後を追いかけますぞ

 

 

 

たたたたたっ

 

辻 和人

 
 

秋が深まってきたたたたたっ
ミヤミヤと玉川上水沿いをお散歩だだだだだっ
いつもの散歩道
お気に入りの散歩道
「こんな素敵な散策の場所があるなんて、
ここに家を建ててほんとに良かった。」
紅葉はまだだけど紅葉寸前の秋ってのもいいいいいっ
葉っぱの青に黄色が混じってるるるるるっ
つめたーくなってきた水のちょろちょろろろろろっ
歩道に浮き出た木の根っこに足を取られそうううううっ
津田塾大を過ぎて鷹の台駅
「ここでひと休みしましょ。」
昭和っぽい造りのケーキ屋兼喫茶店
おかっぱの昭和顔の娘さんに席を案内してもらい
コーヒーと一緒に本日オススメのスイーツを注文
運ばれてきたのは・・・・・・
皿に盛られたシュークリームの小山、その天辺で
クッキーのオバケさんが手を振ってるぞぞぞぞぞっ
オバケさん
ウィンクククククッ
そうかあ
ハロウィンの季節
TRICK OR TREATなんてやらない
祝祭の意味なんて知らない
日本人のハロウィンの味わい方
ぼくもそんな平均的な日本人の一員に
なりきってやろうじゃないのののののっ
ぬぬ、シュークリームの中はカボチャあじじじじじっ
「あら、かわいいお菓子。秋はカボチャおいしいよね。」
八百万のオバケさん、ウィンクククククッ
平均的な日本人、ウィンクククククッ
玉川上水、ウィンクククククッ
鷹の台駅、ウィンクククククッ
秋が深まってきたたたたたっ

 

空白空*今回は番外編です。

 

 

 

ムックムックは上下する

 

辻 和人

 

 

ムックムック
ムクムク
クククッ
骨の奥から目覚めて
ゆっくり、けれど力強く
湧き上がってくるものがあったんでしょう
いや、ぼくじゃないですよ
ミヤミヤですよ
ムック、ムック、ククク・・・・・・

ベッドに入って手握って
「おやすみなさい」を言おうとしたその瞬間さ
「ねえ、かずとん。
そろそろ家を買おうと思うんだけどどう?
結婚前にも話したでしょ?
いつか自分の家が欲しいって。」
そう言やぁ
江ノ島デートの時にだいぶ熱を入れて喋ってたな
「うーん、まだちょっと早いんじゃないの。
ヘンなのつかまされちゃいやだし。
じっくり情報収集してからにしようよ。」
ミヤミヤ、ガバッと半身起こす
「かずとん、約束違うじゃない。
結婚するなら家は欲しいって言ったでしょ? 
もおぅー、来週は不動産屋さんに行くからね!」
買う気ないとは言ってないのに
言ってないのに
ミヤミヤ、怒りで鋭い三角形に変形
ムクムク
ムックムック
ムキキッ!
はい、わかりました
来週ね

はい、来週の土曜日になりました
不動産屋さんの車に乗ってます
「マンションっていうのはピンキリなんですよ。
今日お見せするところは中古ですが作りはしっかりしていますよ。」
経験豊富そうなその人は通りがかったマンションをあれこれ批評
これはまあ、ピン
残念、これはキリ
ミヤミヤ、ムックムックと頷く
はい、着きました
緑豊かな庭つきのおしゃれなマンション
にこやかに迎えられて早速拝見
3LDKの清潔なお部屋
白い囲いがあってこれは今お散歩中のワンちゃんのお部屋だとか
予算的にも丁度いいし、駅からも近いよな
おや?
ミヤミヤ
ゥムークゥ、ゥムークゥ
風船が空気抜けるみたいにしぼみ中

「良いマンションだったけど私が欲しいのこれじゃないってわかっちゃった。
次は中古住宅見に行きましょう。」

だそうで
はい、翌々週になりました
一橋学園のお宅へ
敷地は狭いけれど明るい陽射しが差し込む
2人の小さなお子さんがいるらしく
カーテンの柄といい置物といいかわいいインテリア
連れてきてくれた元気印の女性の不動産屋さんは
「造りがしっかりしている割に格安な物件ですよ。
建ててから急に転勤が決まられたということでまだ新築同然です。」
床に、天井に、階段に、目をキョロキョロさせるミヤミヤ
悪くはない
悪くはないんだが
振り返ると
ミヤミヤ、突然ムシューッ、細くなる
カチン、固まってしまったぞ
「ありがとうございました。検討させていただきます。」

「やっぱり他人が建てた家っていうのは
趣味がいいものでも私のものじゃないって気がする。
私が良く利用するお店に住宅部門があって
今度見学会やるので足を運んでみましょう。」

はい、その翌々週になりました。
荻窪駅から歩いて15分、あ、あの白い家?
1階がアトリエと寝室、2階がリビングとキッチン
すすすーっと伸びるスケルトン階段には
きれいな絵が何枚も飾ってあって
いかにもイラストレーターさんのお家らしい
仕切りが少なくて柱もなくて
部屋の奥までパーッと見渡せる
面積以上に
ひろびろーっ
そして
床、がっしり
壁、がっしり
何でも高度な構造計算による工法を採用していて
耐震性に優れているそうだ
断熱性も高くてエアコンに頼らなくても快適に過ごせるそうだ
さて、ミヤミヤのご様子は?
部屋を子細に見渡す視線は厳しい、けどけど
ムックムック
ムックムック
目の奥が踊っているじゃあありませんか
おや、足にすりっとした感触
まあまあ
ピンクの首輪をつけた茶色の猫ちゃんだ
随分とかわいがられてるんだな
よしよし
がっしりしたお家に守られていると
安心しきって人懐こくなっちゃうのかな
あ、そろそろ見学会終了

はい、帰りの中央線です
結構混んでます
ミヤミヤの様子、ちらりと見ると
電車が揺れても
窓の外を眺める横顔は微動だにしません
そうかあ
ミヤミヤは気に入った
ミヤミヤは決めた
この顔になったらもう覆らない
一見クールだけど中は
ムック、ムック、ムック

わぁー、このままじゃ
一軒家建っちゃうよ
冗談じゃないよ
このぼくが家建てるって?
祐天寺のアパートの光景が浮かんでくる
本の山の間に敷いたセンベイ布団の上で
目をカーッと開けたまま
独りで死ぬんじゃなかったのかよ

でも
ミヤミヤがあんなに
ムックムック
なんて、何だか
楽しいな
横でぽーっと突っ立って
ムックムックを一歩下がって見守るって、何だか
楽しいな
一歩下がるには
下がるという動作をするための意志と力が必要なんだよ
ぼく、かずとんは
ムックムックと
一歩下がってついていく
ムックムックしたい人に道を譲ると
一歩遅れてちゃーんとムックムックがやってくる
そのことを
ぼく、かずとん
知らず知らずのうちにちゃーんと学んでたってわけさ
ムックムックは
ミヤミヤとかずとんの間の回りもの
生身と生身の間の回りもの
さて、かずとん
改めてあなたに問います
家、建っちゃってもいいですか?
うん・・・・・・いいよ
決まりですね!

はい、その翌々週
若い男性の不動産屋さんに連れられて小平市に土地を見に来ました
草ボウボウの33坪
バス亭とスーパーマーケットが歩いて3分
おしゃれな店なんか何にもないけど静かで緑は豊か
ぼくが育った神奈川県伊勢原市の雰囲気に似ているな
土地の前の道路の一部がまだ私道で
そのため若干割安になっているという
悪くない
っていうか、いいんじゃない?
不動産屋さんにお礼を言いマンションまで送ってもらう

はい、それでさ
マンションに辿り着いた途端だよ
「私、さっきの土地もう一回見に行くから。
駅からの時間も計っておくね。
かずとんは掃除機かけててくれないかな。じゃね。」
すたすた自転車置き場に歩いて
よいっしょ
ムッック、ムッック
腰を浮かせて自転車を漕ぎ出し始めた
ムキィーク、ムキィーク、ムキィーク
7月の午後
うっすら汗を浮かべて
自転車を漕ぐミヤミヤの後姿が
ムックムック
ムックムック
上下する
力強くて美しい
上下する背中が
ムックムック
一歩遅れて
見送るぼく、かずとんの視線も
ムックムック
美しい
美しい

 

 

 

ファミちゃんが1番

 

辻 和人

 

ファミちゃん、ファミちゃん
レドちゃん、レドちゃん
ファミちゃん、ファミちゃん
レドちゃん、レドちゃん

「かずとん、かずと-ん。
んもぉ、またぶつぶつ言ってる。
自分で気がついてるの? 会社とかでも口に出してるんじゃないでしょうね?」

ついついつい
掃除機かけながら
ついついつい
いやあ、困った、困った
困ったちゃん
ファミちゃん
レドちゃん

一人暮らしが長かったせいで
すっかり独り言が多くなっちゃった
「どれ、コーヒーでも飲むか。」
「さて、風呂にでも入るか。」
聞かれてもいないのに
相手もいないのに
言葉が出てきちゃう
壁や机やカーテンに向かって
いくらでも話しかけちゃう
どう思う?
「ヘンダァー、オカシィヨォー、アリエナィー。」
薄っぺらい体を電球にクルクル巻きつけたり解いたりしながら光線君が答える
だよなー、だよなー
困ったちゃん
「また何か独り言。もおぅー。」

外では大丈夫なんだが
一人になると
ついついつい
口を突いて出てくる
その代表格が
「ファミちゃん、レドちゃん」
これ
声に出すのを我慢する方が難しい
実は会社でもトイレに立つ時とかに小声で
ついついつい
困ったちゃんしてるんですよ

ではでは
そっと声に出してみましょう
「ファミちゃん、ファミちゃん、偉いねえ。」
「レドちゃん、レドちゃん、かわいいねえ。」
ぽっ
声に出した途端に
ぽっ
ほら
ぽっ
ほら
出現したでしょ?
ぽっ
では
撫でる仕草をしてみますよ
手首をひねって、5本の指を柔らかく柔らかく動かして
ふわっふわっ
もふっもふっ
ツーッと鼻筋を撫でると
目を細くしてうっとりする
顎に手を伸ばすと
首筋をぐっと伸ばしてもっともっとと促す
光線君も触ってみたら?
ぼくが指し示した場所を
薄い四角い体の先を紐のように細くして恐る恐る突っつく光線君
チョン・・・・・・チョン
ほら
ふわっもふっ
「ホントー、ホントー。」
光線君、体を扇子状にパタパタさせて驚いてる
だよねー、だよねー
いる、みたいな、感触
声に出しただけで
ふわっもふっな姿が
空中にしっかりちゃん

このマンションでは猫は飼えないし
第一、実家に馴染みきった彼らを今更他の場所に移すのは酷なこと
ファミ、レドとは離れて暮らさざるを得ないけど
ついついつい
名前を呼べば
現れる
ついついつい
名前を呼べば
賑やかになる
名前、名前
名前っていいなあ
「ナマエワァー、
ヨブヒトノォー、
ココロモチヲォ-、
アラワスナーリィー、
コエニダセバァー、
スガタモアラワレルナーリィー。」
光線君、よく言った!
その通りなりぃ

食後のお茶を飲んでると
ミヤミヤが不意に湯呑みを置いてぽろり
「かずとんはいつでもファミちゃん、レドちゃんなのね。
ファミちゃんが1番、
レドちゃんが2番、
ミヤミヤが3番。」

えーっ、困ったちゃん
「そんなことあるわけないよ。」ってすぐ返したけど
ぼくに向ける視線にどことなく不満が宿ってる
本当にそんなことないんだよ
だいたいレドはファミと同じくらいかわいがってるし
あ、そういう問題じゃないか
そりゃさ
新婚旅行にスペインに行った時
地下鉄の行き先を確認しようとしてミヤミヤに
「ねえ、ファミちゃん」って話しかけちゃったことはあるさ
「昔の彼女の名前を呼ばれるよりもショック」と睨まれたさ
でもそれはね
ミヤミヤなら
何を聞かれても大丈夫
ってことなのさ
かずとんとミヤミヤは一緒に住み始めて6ヶ月
オナラの音を聞かれても「ま、いっか」って感じになりつつある今
ミヤミヤが傍にいても
一人でくつろいでいるのと同じなのさ
「オナジィー、オナジィー。」
裾をきらきら翻しながら光線君がぼくとミヤミヤの間をさぁーっと走り抜ける
「ミヤミヤが1番に決まってるじゃない。
それより今度の日曜日、小金井公園にウォーキングに行こうよ。」

ウォーキングに行っても
周りに誰もいなくなれば
ついついつい
傍にミヤミヤがいても
ついついつい
ファミちゃん、ファミちゃん
レドちゃん、レドちゃん
ファミちゃん、ファミちゃん
レドちゃん、レドちゃん
名前を呼べば
困ったちゃん
みんな一緒に暮らしてるのと
「オナジィー、オナジィー。」