終活(Ending Note3)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

詩作最優先の生活と、離婚しようかと、考えている。
そして、生活の中から聞こえる詩と、結婚するのだ。

1991年から2018年まで詩集を出して──。
その間30年詩を最優先する生活と共にあったのだが。

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詩集の制作費は、もう尽きてしまった。

ところで、詩集を出していないと、詩人ではないのだろうか?

僕は、1918年に今のところ最後になる詩集をだして以降、詩人・さとう三千魚さんが主宰するウェブ誌「浜風文庫」に詩を寄稿させて頂いている。

ここに載せている僕の詩は、僕の死後「未完詩篇」として、纏めるつもりはない。詩集化することもなければ、さとうさんに強くお願いして、「浜風文庫」内に、アーカイブしていただくことも、前提にはしていない。この数年、特にテーマも無く取り留めもなく書いてきているので、散乱したものをいかにも綺麗に整理して、纏めるつもりはないのだ。

ネット上に遺しておいて、どんな1篇であっても、どなたでも読めるように配慮しておくのが、作者としての誠意、時代の趨勢なのかもしれないが、それは、やらない。僕は、僕が、自信を持てる作品だけを、自分が考えられる限りの方法を持って、遺す。

だから、僕の死後は、予めさとうさんにお願いさせていただいて、「浜風文庫」の目次から、僕の名前を抹消してもらうつもりだ。だからといって、僕が詩を書く人でなくなることにはならない。僕が、死ぬ間際まで書いていた事実はぎりぎりこの世に遺そうと思ってはいるのだから。体を張って詩作をしたことには、しっかりと、誇りを持ちたい。

………………………………。

1991年から2018年まで詩集を出して──。
その間30年詩を最優先する生活と共にあったのだが。

………………………………。

僕は、寝食を忘れて、詩作を続けてきた。通勤電車に乗っている時も、仕出し弁当を食べている時も、会社のトイレに入っている時も、煙草休みのひと時も、そして、とうとう勤務時間にまでさえ詩作をするようになってしまい、それが会社の知るところとなり、解雇されてしまった。(一方で、精神の病気の進行もあったのだが、)その時、僕が真先に考えたことは、「やった!これで毎日満足のいくまで、詩を、書くことができる!!」というものだった。

その頃、僕は、紛れもなく、詩と「結婚」していた。解雇後、多少の貯金と退職金はあったので、再就職する気持ちなんて、さらさらなかった。病気療養中に社会に出てしまったので、再就職することなど、到底無理だったのだが。

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2018年以降、だんだん貯蓄も尽きてきて、新しい詩集を出せる見込みは、遂に失くなることとなった。紙媒体=詩集、雑誌、同人誌。電子媒体=ネットオンライン、電子書籍など。僕は、詩集の刊行によって、詩作の道を歩んできたので、紙媒体の良さ=手の上の重さや、紙から漂う匂いなどは理解しているつもりだが、媒体の変遷の話に戻ると紙媒体から後の詩の発表媒体は、ネットに移行してゆくとは、ずっと考えていた。そこに、大きな不安はなかったが、驚いたことに、さまざまな分野でネットに、各々の作品を上げて、どこからでも配信することが標準になってきているのに、詩についてはかなり異なっていた。あくまで昔ながらの紙媒体への固執。ことに同人誌への執拗な拘りには、つくづく驚かされてしまった。ある程度、理由はわかる。例えば、縦書きの詩が、横書きになるのが嫌なんでしょう?だったら、時代の変化とともに、「好き」になれば良いのではないか?大概の人がパソコン、スマホを所有している時代になっているのだから、それらを使って、いつでも、詩を書ける、発表できる媒体に移行していけば良いだけだ。編集会議したり、会費を払ったり、発送作業したりする時代はもう終わりだ、と言ってしまおう。

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とは言え、作者本位、読者本位を満たす優れた個人メディアを立ち上げて、集客して、運営するのにはかなり特別な能力が必要だ。読みやすくないデザイフォーマットには、人は集まらない。僕自身、何度か、個人メディアを立ち上げようと試みてみたが、自己満足に終わってしまって、どうにも駄目だった。

── そんな時、知ったのが、詩人・さとう三千魚さんが主宰・運営していたウェブ誌「浜風文庫」だった。それは、僕には、とても眩しく感じられた。ネットの宙(そら)に延々と作品が伸びているように感じられたし、読んでいくと作品の質はとても高かった。僕は、早速さとうさんにお願いして、「浜風文庫」に詩を掲載させていただいた。自分が作品を掲載させてもらっているから言うのでは断じてないが、「浜風文庫」は現在リリースされている詩の媒体の中で群を抜いている、のではないか、と推測する。閲覧しない人は、損をする。

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「浜風文庫」に詩を掲載している多くの詩人たちは、自らのテーマに添って、やがて詩集に纏めることを考えて、書き続けているのだと思う。
但し、僕の場合は、詩集にまとめる行為はすでに終了してしまっているので、「浜風文庫」で、何を、どのように書き継いでいくのか、戸惑ってしまった。まさに、低空飛行である。自分で納得できる作品を書けているかどうか……実に怪しい。

………………………………。

そんな折、僕は2023年9月に精神疾患者を対象としたグループホームに、幸いにして入居することができた。そこは、東京都の福祉事務所が運営しているところで、そこでのグループホームスタッフとの出会いが僕の曖昧としていた気持ちを決定的に変えた。彼らは徹底的に「人に尽くす」のである。長い期間、自我に拘って生きていた僕には、それは、あまりにも大きな驚きだった。何か困ったことがあると、すぐに駆けつけて来てくれて、最善の解決方法を一緒に考えてくれる。特に感激したのは、忘れもしない2024年2月29日に、「新型コロナ」に感染してしまった時のことである。通所している作業所で寒気と筋肉痛が出て、ふらふらになって帰宅した後、着替えもせずにすぐにベッドに横になり、グループホームスタッフに携帯で連絡をした。するとほどなく体温計と水枕と食糧と飲み物を持ってグループホームスタッフが僕の居室に訪ねて来てくれたのである。熱は非常に高温でなるべく早く病院へ 、という状態だった。スタッフの1人が車を出してくれて、駅前の内科クリニックまで搬送してくれた。その時は、もう手足が思うようには動かず、ストレッチャーが必要なほどだった。── 速攻検査の結果、「新型コロナ」と診断された。薬局に行ったら、薬局はとても混んでいて、かなり待つこととなったのだが、その時、スタッフの1人が僕に深々と頭を下げて発した「言葉」に、僕は感銘を受けたのである。「……お待たせしてしまって、本当に、ごめんなさいね」。それは…、僕が、発するべき「言葉」だろう。

………………………………。

このような出来事があってから、僕とグループホームスタッフの関係は、ぐっと親密になっていった。入浴支援、買い物支援、洗濯・掃除支援のほか、僕の具合が悪い時には、郵便物を郵便ポストに投函しにいってくれたり、クリーニング屋さんに洗濯物を持って行ってくれたりした ── 。
そして、何よりも感激したのは、ある日のこと、僕がグループホームに謹呈した第1詩集『SWAN ROAD』の読み合いが、事務所で、行われていた、ということである。作者冥利に尽きるとは、このようなことを言うのではないだろうか。

………………………………。

徹底的に「人に尽くす」。このようなことを、僕は60歳にして学んだ。彼らにしても、良い歳をして、僕のような、自己満足人間がいることに、驚いたかもしれないが…。
「自分の為に書く」というのは、表現の基本かもしれないが、手渡す以上、「相手の、為にも、書く」ことも、とても重要なのではないか。── 僕は、目が覚めた思いだ。

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これから、僕は、幾つまで生きられるかわからない。不摂生をしてきたから、70歳くらいが良いところかもしれない。70歳を過ぎても生きられていたら、デーサービスに通うことになるかもしれないな。
いずれにしても、僕には決めていることがある。「死ぬまで、詩を書くということ」、そして、対象とする読者には、少なくとも、「かならずお世話になっていく、福祉担当者」を含めていくということ」である。

 

(2024/04/21 グループホームにて。)

 

 

 

終活(Ending Note2)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

萌黄色の花が、あつまっている。

萌黄色の着物の端切れのように。

あの方とはもう逢わないだろう。

僕は、もう60歳に達してしまったし、

あの方は、後期高齢者になる。

慈しみあったことも、あった。

狂ったようにいさかいあったこともあった。

でも、手と手は温かかった。

あの方の手の方が、温かかった。

僕は、もう、平和が、いい──。

墓が、2つ並ばなくていい。

萌黄色の花が、あつまっている。

そのときに、思い出されればいい。

 

(2024/04/20 グループホームにて。)

 

 

 

疑似夫婦(Le Couple,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

これから、型式的なことを、書きます。

将来性など、ゼロの、僕が
24歳エス嬢に、婚姻を申し込む──。
「こんな、真正エムの僕ですが
100分間だけ、夫婦になってください」
「まあね、良いわよ!」
グループホームのベッドの上が聖なるチャーチ。
「僕は、生涯に1度だけ、結婚してみたいんです」
「分かったよ。何度も、うるせえ、な」

聖なるチャーチの中で、僕は
なつめさん、の左の薬指に銀の指環を嵌める。
なつめさんは、身長170cmのスレンダーな美貌の人。
「真正エムは、先ずわたしの指令通りに徹底的に御奉仕すること!」
仰向けになっている、なつめさんの上へと、僕はしなしなと跨がってゆく。
「よしゆき。わたしの股間を
これから、徹底的に、お掃除しなさい!」
「はい。なつめさん!」
「それから、お尻の穴を、徹底的に、お掃除しなさい!」
「はい。なつめさん!」
「まだまだ、御奉仕の仕方が足らないね。では、千切れるほど乳首を噛みなさい!」
「はい。なつめさん!」
僕は、ことごとく、なつめさん、の指令に従ってゆく。悦びの、ひと時。時々、烈しい蹴りや平手打ちなど浴びながら…。
「今度は、倍返しで、わたしが、よしゆきを嬲ってやる番!真正エム野郎!」

── エスエムなんて、あまりに型式的なプレイだということは、もちろん承知しているつもりだ。けれども、僕は、なつめさんにどうしても躰を委ねてしまうのだった。全方位的に、誰かに躰を委ねてもよい空間なんて、この世には、滅多に存在しない、と思うからだ。

「お前、アナルセックスは好きか?真正エム野郎!」「はい。大好きです、なつめさん!」なつめさんは、僕の首根っこを摑んで繰り返す。「お前、アナルセックスが好きなんだな。真正エム野郎!」「はい。大好きです、なつめさん!」「じゃあ、四つん這いになって、わたしの方にケツを向けて、なつめさん、ください!と、心からお願いしろ!」「はい。承知致しました、なつめさん!」

「なつめさん!お願い致します。僕のお尻の穴をめちゃくちゃに犯してください!」
「ペニスバンドにローションをたっぷり塗って今からめちゃくちゃにしてやるから、大きな声を出して、よがれよ!」「はい。承知致しました、なつめさま!」……………
それから、僕は、突かれて突かれて、躰が、どうにかなりそうになり、「あーん、あーん!」と烈しく啼いてしまった…。

そんな時、僕は…ふっと思い出してしまった…のだ。グループホームの優しいスタッフ、山神さんのことを。
山神さんは、僕と同年代の御婦人で、毎週木曜日の午後2時に僕の居室に来てくれて僕の渡したメモに添って近所のスーパーで1週間分の食料品の買い物代行をしてくださる方だ。その山神さんが、今の僕の姿を見たら「醜態」だと思って、僕のことを永遠に毛嫌いすることになるだろうか。「福祉」のちからは、個人の至極プライベートな「性癖」までもは、守り切ることはできないものなのだろうか?僕には、山神さんに烈しい悲鳴を浴びせられない、自信というものがない…。

100分間だけの結婚期間の終わりを告げるベルが鳴った。
「なつめさん、どうもありがとうございました。とても嬉しい時間でした。結婚期間は終わったので、銀の指環は外して、そこら辺に放り投げていただいて結構です」
「いえ、わたし、この指環、いただいておくわ、今日の記念に。こちらこそ、ありがとう!」
それから、僕たちは、着替え、手を繋いで、デリヘルの営業車の待つ駐車場へ駆けていった ──。

 

(2024/04/10 グループホームにて。)

 

 

 

ジェームズディーンのように(Bicycle,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

チーム今井の、実が、なり始めた。
それは、グループホームスタッフからなる
「愛」の行為のグループ。

チーム今井の実は、5人からなっている。

リーダーの相澤さんは、
精神保健福祉師。グループのリーダー。
まだ40代を少し過ぎたくらいで、支援の仕事全体を統括する。

それから、まだ勤務歴3年の西原さんは、僕の支援代表をしてくれている青年。

それから、山神さんは、僕と同年代の買い物代行をしてくださる女性。

それから、北條さんは、僕の入浴支援をしてくださる中年の男性。

そうして、津川さんは、居住者に月に数度
格安のお弁当を提供してくださる主婦。

彼ら5人は、早朝から、自転車を漕ぎ廻して5棟からなるグループホームへ支援に行く。居住者は皆、精神世界を病んでいる。

スタッフは皆それぞれに有資格者で、協力し合って、精神世界のさなかで暮らしを営んでいる。彼らの業務は主に支援計画を立てることと日毎の支援で、それで生活を営んでいるのだろう。

「愛」で行われている彼らの行為を、僕は、「純度の高い愛」──と常に、呼んでいる。それ以外の他の言葉が、見つからない…。

それが、彼らの行為の、本質だ。

………………………………。

あるよく晴れた春の朝。

僕がグループホームの居室間近の作業所へ行こうと小さな通りに出たところ、
「おっはよう、ございまーす、今井さん!」僕の支援代表をしてくれている西原さんが、自転車に乗って、僕に手を振ってくれている。
「やあ、西原さん、おはようございまーす。」

西原さんの後ろには、自転車に乗った、山神さん、北條さん、津川さんが、小さな扇型になって続いており「おはようございまーす。」と口々に挨拶の言葉をかけてくれる。「おはようございまーす、皆さん!」と僕も元気よく挨拶をかけている。(ところで、あれ?精神保健福祉師、グループのリーダー、相澤さんは、どうした?)

不思議に思って振り返ってみると、「重要書類」を束ねてあるらしい「ドラえもん」のバインダーを置き忘れたらしい相澤さんは、急いで事務所戻り、全速力でチームに合流しようとしているところだったのだ。

その猛スピード、誰かを、思い出すな…。アメリカの俳優ジェームズディーン。1955年に愛車ポルシェで激突事故。わずか24歳で急逝してしまった、現在でも大変な人気のある男さ。そのジェームズディーンと相澤さんを比較するのは無謀、というものだが、全速力で駆け抜ける「純粋さ」だけは、しっかり認められるべきだろう。顔はちっとも似てないし、捲り上げられた足に靡くすね毛は清潔とは言えないが、とにかく、走る、走る──。

相澤さん。ジェームズディーンのようには死なないでくれ。僕たちも、頑張って、できることを、精一杯、やり抜く、からさ!

 

(2024/04/19 グループホームにて。)

 

 

 

人生のキス、場合のキス(Lips,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

くちびる、
人生のキスは、生涯に1度限りのキス。
忘れ去らない。

その、厚みを。

くちびる、
場合のキスは、生涯に何回かの、キス。
時には薄れる。

その、時間を。

場合のキスが、「相手」の人生を
打ち壊したことがあった。

僕は、すべてのキスを忘れたくはなかったが。

でも、人生のキスも、
場合のキスも

をんなの髪に纏わりつく花びらように

千々に咲き残っていることがあったのだ──。

 

(2024/04/14 グループホームにて。)

 

 

 

人間の屑(Star Dust,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

僕は、人間の屑を見た、そこで。
葛飾区に唯一という、その場所。
精神病院というのは、いつも星屑の瞬く夜だ。

僕の、閉鎖病棟の、病室には
2人、拘束されている患者が居る。
大暴れして、叫ぶので、彼らには手枷足枷、口には猿ぐつわ…。
食事の時だけ、それは、解かれる。

僕は、と言えば、彼らのことを言うことはできない。
両腿の筋肉が恐らく強い抗鬱剤の影響で断裂し全く歩けなくなり、ストレッチャーで
ここに運ばれてきた。

臀部には、ぐるぐると分厚いおむつ。寝返りを打つ時くらいしか動けない。うんちが漏れる、おしっこが漏れる。定期的に看護師が巡ってきて僕のおむつを交換する。
「ああ、一杯出てるなあ!」

僕もまた、窓辺の、星屑に照らされている、人間の屑、なのだろうと、嘆息する。

人間の屑、と断罪してはいけないのかもしれないが、この場所よりも酷い場所って
日本にあるのだろうか…?収監されたことは無いけれど、刑務所の中よりも酷いんじゃないか…?

…と、夜明けまで悩んだ挙げ句には薄紫色の朝が来る。時が進んで、朝8時、朝食の時間になる。配膳係が、部屋に入ってきて、朝食のお盆を配る。

「田中さん、朝ごはんですよ!」
配膳係が、隣で拘束されている患者に声を掛ける。隣で拘束されている人は、「田中さん」というのだ。田中さんは、手枷足枷と猿ぐつわを解かれて、電動ベッドを食事できる角度まで起こされる。田中さんの食事内容は、窒息しないように、とろみのついたお粥とおかずの刻み食だ。

僕はと言えば、丼に盛られた普通食の白ごはんと深海魚か何か知らないが、魚の切身の照り焼きときゅうりのお新香とワカメの味噌汁。ほぐした魚の身で温かい白ごはんを食べると、僕の中には、少しだけ力が湧いてくるのだった。

2人並んで、飯を食っている2つの星屑たちは、そんな時、例えば、一緒に思いを浮かべることだろうか?

…………青春は、短かった、な。

「田中さん?」と、僕は、田中さんに語りかけてみた。田中さんは、スプーンを休め僕の方を振り返り、何か喋ったが、何を言っているのか、さっぱり解らない。栄養が脳まで届いていない、という感じなのだ。

恐らく田中さんは、生活保護受給者で、この病院に1年居ても2年居ても医療費は無料という立場だろう。その一方で僕は精神障害者年金受給者なので厳格に3割負担。
高額医療費還付制度があるにしても、1年居たら、何十万もの負債を抱え込むことになるだろう。

飯を食いながら、僕は、「何とか、ここを、脱出しなければならない」と思った。

飯は、まだ、湯気を立てている。

きゅうりのお新香をパリパリ噛りながら、僕は、単なる、人間の屑かもしれないが「まだまだ、希望のようなものは、持てるぞ」と考えたのである。

 

(2024/04/07 グループホームにて。)

 

 

 

公園に、時の、降る。(Spring Has Come,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

千本桜の公園の、しなだれかかる
染井吉野をくぐり抜けながら…

僕は、時が、花を開かせたと想いを巡らせ

時の、降る。
仰ぎ、観る。

僕は……大手を広げながら、花びらの色彩を吸い込む。

時の、降る。
仰ぎ、観る。

千本桜の染井吉野が、花びら達のアーチに
成っている。

「桜まつり」の、午後。
グループホームの係の人達が、
テントを張って、浅利や昆布のおにぎりを
売っている。

前の晩から、事務所に泊まって
おにぎりを拵えたのだ。

「売れていますか?」と
僕は、何気なく声を掛けた。参加は、強制では
ないのだ。

「売れてますよ」と
グループホームのリーダーが微笑った。
参加している7、8人ほどの居住者たちも
微笑った。

「今井さん、折角ですから
おにぎり、食べていきませんか?」と
或る女性が、僕に言った。

彼女は、40歳くらいで、顔の右半分に
大きな血管の浮腫がある人だ。

彼女は、僕に2個入りの
浅利のおにぎりのパックを、手渡した。

彼女の話し方は、とても清潔で心地よく
クリスマス会の時から好きだった──。

時の、降る。
仰ぎ、観る。

咲き誇る染井吉野を背景に
彼女の姿が記念写真のように映る。

 

(2024/04/07 グループホームにて。)

 

 

 

終の棲家(Home,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

僕の、終の棲家は、何処だろう…。
僕は、いま、グループホームで暮らしています。
そこは、ほぼ新築マンションで、25人が、1DKの、個室を与えられています。
此処は、精神疾患者の集合体。光のような部屋で、僕は、いま、とても幸せです。
くるう、とは、くるいきれない、こと。
その日々に、生活支援を受けて、お買い物代行をして頂いたり、入浴支援を受けて、お風呂に入れて、頂いたり。
でも、このグループホームは「通過型」と言って、3年経ったら、出て行かなければならない、の…。
そうしたら、新しくアパートを、探さなければ、ならない、の…。
僕の、終の棲家は、何処だろう…。
グループホームに入居する前の、アパート暮らしは、苦々しかった。太陽が無かったし、畳は、ささくれだっていた…。
そんな中で、僕は、病んで、入退院を繰り返して、しまったのさ。
入院生活は、管理されていて、とても悲しかった、よ。
……生活保護法では、月限度額53,000円の住宅扶助が、支給されることに、なっております。
高いか、安いかは、当事者の感性に
よるのかも、しれない、ね。
でも、グループホームに比べたら、確実に、住環境は、落ちる、の。
僕は、自己破産しているから、審査に通りづらい、ブラックリストに、載ってしまって、いる、の…。
だから、僕は、自分で、住環境を、探し求めて、いかなかれば、ならない、の…。
北向きの部屋にも、光あれ!屋外洗濯機置き場にも、光あれ!そこが、フローリングでなくとも、光あれ!
…………………………。
時には、娼婦や男娼が出入りできるような、清らかな世界を創造できていくと、良いなあ!

 

(2024/03/17 グループホームにて。)

 

 

 

結婚(Life,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

わたしは、大谷翔平さんの、妻に成りました。
そして、わたしは、大谷真美子に成りました。
そして、わたしは、ぼく。ぼくは、明け方まで、翔平さんに、抱かれていたいのだ。
それは、時代錯誤、でなく、
ぼくは、翔平さんに幾度も幾度も射精されて、子どもを孕みたい。
一生を棒に振ったりなどしないで、
わたしは、翔平さんの肉体の為にも、人間のじんせいを終えて、
そうして、ぼくは、仏に、成りたいのだ。

 

(2024/03/16 グループホームにて。)

 

 

 

詩2 Dental Man(白い花)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

僕の口腔内に踏み込もうとするのは
誰?── それは、Dental Manだ。
ゴムの手袋をして、顔はマスクで覆われ、手には金属の器具を持っている。
「クリーニングは久しぶりですか?」「はい。入退院を繰り返していたので、多分、2年振りくらいです。」
「ブラッシングの習慣は、できていますか?」
「僕は、重い鬱病を患っていて、着替えたり、入浴したり……、はみがきをしたりすることが、うまく、できません。」
「……、そうですか。それでは、お口の中をよく調べて、少しずつクリーニングをして、いきましょう。」
空間の中には、しばしば白い花が咲いている。
Dental Manの年齢は、僕よりもふた周りくらいは歳下、30歳代後半に差し掛かっている、という感じかな。ちょうど働き盛りという感じかな。
この歯科医院はとても広くて、Dental Manは、複数働いている。それぞれのDental Manの周りには、美しい制服を身に着けた若い女性── 歯科衛生士たちが居り、明るく動き回っている。
伝え聞いている……、キャバクラのような場所ではないのか、此処は?あ、いかんいかん。僕のいつもの妄想癖だ。
空間の中には、しばしば白い花が咲いている。
そう、僕は……、歯の治療に訪れたのである。
「はい。口を、大きく、開けて。」
僕は、Dental Manの言う通りに、子どものように口を、大きく、開けた。
「そうそう、そうですよ。ざっと見た感じ、長い間、放置していた割りには、口腔内は、綺麗に保たれています。ポラロイド写真を取りますから個別に確かめていきましょう。はい、ポラ!」
Dental Manは、すぐ傍に待機していた
キャバ嬢……、いや歯科衛生士のお姉さんに言った。
「はい、先生!」
キャバ嬢……、いや、歯科衛生士のお姉さんは、Dental Manに大きなポラロイドカメラを渡した。
Dental Manは、僕の大きく開けた口腔内を、さまざまな角度から歯科医用カメラで撮っていった。そして、出来上がったポラロイド写真数枚を僕に見せてくれた。
「ほら、過去に治療した銀歯のほかには、新しい虫歯はできていませんよ。良かったですね。来週からは、先ず歯垢除去をして、患者さんの口腔内を清潔に保つことから、始めていきましょう。」
「はい、先生。」
Dental Manの見せてくれた、数枚のポラロイド写真。そこには、確かに大きな損傷はなく、歯は、白く、僕の口腔内には、ぬらぬらしたピンク色の粘膜が、広がっているばかりだった。それは、艶めかしく蠕動運動をくり返している、海の生物のようでもあった……。
「先生……。」
「……、どうか、しましたか?」
僕は、その時、(口の中って、随分と、官能的な空間なのですね……。)という言葉を飲み込んだのだった。
「では、来週の予約をお取りしましょうね。」
キャバ嬢……、いや、歯科衛生士のお姉さんが、そう僕に、語りかけた。

 

(2024/03/10 グループホームにて。)