いつまでも

 

佐々木 眞

 
 

ヨハン・シュトラウスⅡ世の「無窮動」op257を振り続けながら、
あの懐かしい指揮者、カール・べーム翁は「いつまでも」というた。

京都府綾部市西本町25番地の履物店に「品良くて、値が安うて、履きやすい、買うならことと、下駄は“てらこ”」と書かれた看板があったので、同級生のコガネ君とフマ君が「まだ売ってますか?」と尋ねたら、コタロウさんと、シズコさんと、セイザブロウさんと、アイコさんと、マコっちゃんと、ゼンちゃんと、ミワちゃんが、口を揃えて「いつまでも」というた。

夕方、鎌倉市十二所の光触寺の山門に愛らしいコダヌキが目を光らせていたので、「お前さん、いつまでそんなとこで油を売っているんだね」と尋ねると、「いつまでも」というた。

「さて問題です。我が家の太陽は誰でしょうか?」と尋ねたら、コウ君が「お母さんですお」というので、「では、ここでもう一つ問題です。太陽はいつまで輝くでしょうか?」と尋ねたら、「いつまでも」と答えた。

緒方貞子さん、中村哲さん、今井和也さん、柴田駿さん、巽光良さん………
今年も忘れがたい多くの人々がちょっと遠い所へ行ってしまった。

でも青空の彼方に思いを馳せるとき、彼らはまっすぐ地上に降りてきて、ただちに私らの胸によみがえる。

ああ天上にいます父よ、母よ、ムクよ、大勢の親戚、友人、知己たちよ!
できることなら、この不毛の荒地で懸命にもがき続ける私たちを、どうか温かく見守っていてください。

いつまでも。

 

 

 

「夢は第2の人世である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第79回 

 

佐々木 眞

 
 

 

「こちらは某国の王女様であるが、今日から1ヶ月間お前たちと一緒に仕事をして下さることになったから、万事よろしう頼むぞ」といわれたのだが、それから1ヶ月間、私らはてんで仕事にならなかった。なぜなら王女様は全裸の美女だったから。10/1

チューターとしての私は、意外にも結構まともなこととを喋ったとみえて、聴衆の中の1人の女性は、私の言葉にいちいち深く頷いていたので、私はゼミが終わってから彼女を隣の部屋に連れ込んで接吻したが、彼女がまったく抵抗しなかったので、性交しようとしたが、その時彼女に下半身がないことに気付いた。10/1

その頃の私は、毎朝無垢の人からの電話があるのを唯一の楽しみにしていた。その声を聞くと、なんとなく清らかな心持ちになるのだ。10/1

新米披露会に出席した私は、はじめは最後列に座っていたのだが、だんだん前の席に移動し、最後は最前列に躍り出て、出来たての新米を試食しみたが、とても美味だった。要するに腹が減っていたらしい。10/2

電通がデベロッパーになって、高田馬場早稲田辺の大開発をするという話を耳にして、それではまた、地下鉄にただで乗ったり、学バス利用者を実力で阻止したり、半日で5万円のカンパを集めたりできるのか、とぬか喜んだりした。10/2

私は生まれて初めて芝居の演出をすることになって、役者にいろいろな指示を与え、「さあ行ってみよう!」と叫んだが、なにも起こらなかった。それもそのはずで、まだ脚本が出来ていなかったのだ。10/3

12時から試験だというので、学友諸君と一緒に教室で待機していたが、担当教官のヒラオカが来ないので、みなメシを食いに行った。30分遅れでやって来た彼奴は、「半からだと思っていた。みんな戻ってくれよ」と、泣きながら訴えたが、みな知らん顔していた。10/4

新曲の録音でスタジオに缶詰になっていたら、突然頭が痛くなった。他のミュジシャンもそうだというので、神主を呼んでお祓いをしてもらったが、全然効果がないので、結局別のスタジオで録音することになった。10/5

曾祖父なんか知らないけれど、祖父と祖母が死んで、父と母が死んで、伯父伯母叔父叔母みんな亡くなって、私ひとりが取り残された。10/6

私の名前が、私が作製した文書からことごとく失われたので、2台のパソコンと3個の外付けHDDの中を大捜索して、見つけ出そうとしているところだ。10/7

お昼にランチを食べようと、会社からかなり離れた定食屋に入ったら、私の課のY嬢が、営業部の男たちに交じって女一人でサンマを食べていて、「お前はどうして自分の仲間とメシを食わないでここに来るんだ」と聞かれて「ほっといてよ」とそっぽを向いていた。10/9

台風の被害に遭った私の寺は、軍の移動テントのすぐ傍にあったので、兵士たちはすぐに修復してくれた。10/10

「家族A」は「家族B」に対して、かつて天人許すべからざる残虐行為をなしたことがあったので、しばらくは慙愧の念から大人しくしていたが、しばらくすると何事も無かったかのような顔をして、傍若無人に振る舞うようになってしまった。10/11

50行に及ぶ彼の大長編詩の冒頭は、「それから私は」という言葉だった。10/12

諸君、喝采し給え。若き天才建築家の登場だ。10/13

ボクは、毎晩世界のラグビー選手が集る居酒屋で呑み食いしていたので、段々彼らの強さの秘密について知るようになっていった。10/14

ストックホルムだかヘルシンキだかで、母が列車に乗っている、という情報に接したので、急いで追いかけたのだが、ついに見つからず、返す返すも残念だった。10/15

私の職場では、怒り狂った社員が、朝から晩まで滅茶苦茶に電話を掛けまくるので、煩くてたまらないが、私だけ何もしない訳にはいかないので、取り合えず5か所に電話した。10/16

障碍者の親の会の打ち合わせに、どういう風の吹き回しか、成人後見人を名乗る男が登場し、自分がその後見依頼者ともども仏蘭西に行った折りの話をベラベラしゃべり出したので、皆の顰蹙を買った。10/17

初めて中国を訪問したら、周恩来首相が3千年の過ぎ来し行く方を懇切丁寧に解説してくれたが、その言い方では、過去から現在までの道行が絶対化されてしまうので、現政権に対する批判が出来なくなってしまう危険がある、と思った。10/18

もういいだろう、と思って外に出ると、例の男の子と女の子が、私を捕まえて、どこにも行かせてくれないので、私はエンエンと泣いた。10/19

私たち6人兄妹は、3人の伯父叔父の家に別々に引き取られて、お互いに会うことも無く育ったが、半世紀ぶりに再会したら、それぞれが能や歌舞伎や文楽の歌舞音曲にかかわる仕事をしていたので驚いた。10/20

「机の上の余分な物は全部捨ててください」と言われたが、昔の手帳だけは捨てられなかった。10/21

夜の11時から、池袋のスカラ座で試写会があるのだが、山手線が駅の手前で止まってしまい、焦りまくっている私。しかし、池袋にスカラ座なんてあるのだろうか?もしかして新宿の間違いではないのだろうか?10/22

ふと気がつけば、万人が万人に対する戦争の時代に入っていたので、及ばずながら、私も武装したのだった。10/23

インフルエンザからセキリ、エキリ、コレラ、エイズまで、何にでも効く万能予防注射が発明されたので、全国民が皇居前広場に集まって、「早く注射しろ!」と叫んでいるが、希望者があまりにも多く、長蛇の列になっている。10/24

オレが、ブッシュにからまったPCを探していると、5時から6時ごろに、不意を突いてオレをやっつけようという僚友たちのひそひそ話が、耳に入ってきた。10/25

原住民たちが、思いがけず我々に反抗したので、私は部下に対して、全員から武器を取り上げ、抵抗するようなら即銃殺するよう命じた。10/27

昨日エイギョウから依頼があって、なんたらかんたらフェアをやるので、その製作物を、という話だったので今朝シゲハラ印刷の担当者に来てもらったのだが、それを具体的に詰めようとしても、なんたらかんたらの実態が分からないので、手のつけようもないのだった。10/28

世界の終りが迫っていた。私は妻と一緒に電子辞書だけ持って、着のみ着のまま裏山に逃げ出し、「世界名言集」を検索しながら遺言を考えていたのだが、突然辺りは真っ暗闇になり、液晶も切れた。それが世界が終った瞬間だった。10/29

バルカン半島の緩衝地帯で衝突があり、現地駐在の日本大使館が「日本資本主義」という旗印を掲げていたので、私は急遽「日本国憲法」に差し替えた。10/30

ソロス君は、自分の子飼いの部下を、破格の高給で、自分が管理運営する秘密プロジェクトのメンバーに任命して、ますます実権を積み重ねていった。10/31

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その44

 

佐々木 眞

 
 

 

ええとお、お母さん、「巣だちの歌」印刷して。
分かりましたあ。

お母さん、シャッターチャンスって、なに?
ちょうどいいときよ。

同窓会って、なに?
同じ学校出た人が集る会よ。
ドウソウカイ、ドウソウカイ。

蓮の花見るだけにするの?
どうしたいの?
見るだけにしますよ。

停電怖かったですお。
そう。どうしてたの?
懐中電灯ついてたお。
そうなんだ。

二人乗り禁止だよ、と言ったよ。
誰が?
ヒロシさんが。
いつ?
むかし。

ヤブコウジ、お正月でしょう?
そうだね。

お母さん、たかみねの花って、なに?
どんな字を書くの? あ、それは高見の花。手が届かない所に咲く花よ。

お父さん、停留所は止まるところでしょ?
そうだよ。

電車は、ホームの中ほどで待つんでしょう?
お父さんは、いつも端っこで待つんだけど、誰が言ったの?
駅のおじさんが。放送で。
あ、そうなんだ。

―小林散髪屋でトイレを借りて
おばさん、ネコいますお?
うちのネコだよ。
うちの息子は犬とか猫が怖いんです。
そうなの。

さて問題です。耕君がジュースを買いに玄関を出たとき、まずどこを見るべきでしょう?1番まんなか、2番右、3番左。
1番!
ブブー。
2番!
ブブー。
3番。
ピンポン。左からやってくる車を見ないと轢き殺されちゃうよ。
分かりましたあ。

お母さん、もうすぐ「なつぞら」終わりますよ。
そうね。今度何をやるのかしら?
「スカーレット」ですお。
そうなんだ。

ハスは、水張ればいいでしょ?
そうね。
どうやって張るの?
水を入れればいいのよ。
じゃああ、と入れるの?
そうよ。お水をじゃああ、と入れるのよ。

お父さん、日光、東照宮でしょ?
そうだね。

解消って、なに?
元に戻すことよ。
停電解消だってよ。
そう、良かったね。

途中下車って、なあに?
途中で降りることよ。

お母さん、ぼくムクゲ好きですお。
お母さんもよ。
うちにムクゲある?
ありますよ。庭に咲いてますよ。

クイズタイムショック、好きでしたお。前。
そうなんだ。

お父さん、「しかし」の英語は?
Butだよ。

ぼく、薔薇の花、好きですよ。
お父さんも。

お母さん、疑うって、なに?
ほんとのことかなあ?よ。

 

 

 

カルタゴ、滅すべし!

 

佐々木 眞

 
 

在天のH・Mさん、その後いかがお過ごしですか?

こちら下界はいま晩秋。今日は少し寒いけれど快晴ですが、そちらの雲の上でも四季はあるのでしょうか?
季節はなくても五風十雨、もう毎日原稿を書くこともないし、高い税金を納める必要もないからいいですね。

きっと穏やかであるだろうそちらに比べて、下界では大変なことになっていますよ。

アメリカでは再選を目指すトランプ大統領が、民主党の対立候補をやつけようとウクライナの大統領に頼んだり、二酸化炭素を抑制する国際的な取り決め、パリ条約を脱退したりの大活躍。
これによって地球温暖化の勢いは加速され、アメリカではより多くのハリケーンが、わが国ではより多くの台風が、列島を襲撃することになるでしょう。たまったものではありません。

最近ホワイトハウスでは、全政府機関における「NYタイムズ」と「ワシントンポスト」の定期購読の廃止を命じたそうですが、自分に不都合な情報をすべてフェイクニュースとして退けるという前代未聞の狂気の振る舞いは、世界をますます分断し、余計な対立と混乱をまき散らしていくに違いありません。

そうそう、生前あなたが活躍されていた香港では、中華人民共和国による民草への民主化規制が一段と強化され、「5大要求」の実現を求めて立ち上がった学生や市民への弾圧は、丸腰の学生に対して武装警官がいきなり拳銃を発射するところにまでエスカレートしています。あのジャッキー・チェンも、さぞや驚いていることでしょう。

もしもあなたが香港に在住いていたら、きっと学生たちと一緒に戦っていたことでしょうね。いや、きっとあなたの魂は、香港理工大学のバリケードの中にあるのでしょう。

横暴と専制では、わが国の安倍首相も負けてはいません。
公職選挙法なにするものぞと、地元の後援会の大勢のメンバーを「桜を見る会」に送り込んだり、先日行われた天皇就任祝賀パレードでは、なにを勘違いしたのか、自分も車に乗り込んで沿道に向かって手を振ったり、最早やりたい放題なのに、誰も止めようとはしません。

金八先生の「3年B組」に出演して有名になり、自民党の参議院議員になって国会で「八紘一宇」礼賛演説をしてさらに名を上げた元女優は、「この国の政権を握っているのは、総理大臣だけですよ」と断言し、全国民を唖然とさせました。

外交・安保、経済などの誤謬に満ちた政策展開にもかかわらず、三権を利権と忖度で固める強権維持体制を確立したことによって、陰険かつ凶悪な安倍独裁体制は当分続いていくのでしょう。

でも、暗くて憂鬱な話ばかりでもありません。
先日はラグビーのW杯で日本チームが思いがけず善戦健闘して全国を沸かせましたし、野球チームが世界選手権で見事優勝しました。

我が家では、昨日の午後、庭で芝刈りをしていたら、子狸と鉢合わせしました。
「ほらこっちへおいで」と呼びかけたのですが、子狸はちょっと小首を傾げてから、納屋の裏手にトコトコ歩み去りました。

それがあんまり可愛かったので、私は「タンタンタヌキのタヌサブロー」と名付けてやりました。またタヌサブローと交歓できたら、とひそかに願う今日この頃です。

とりとめのない手紙になりましたが、詩一篇を同封しましたので、ご笑覧ください。
またお便りいたします。それまでどうか愚かな私たちを温かく見守っていてください。

 
 

カルタゴ、滅すべし!

 

香港は、いま真夏、
秋も終わりだというのに、
朝から真っ赤な太陽が、
ギラギラと燃え盛っている。

百千の雨傘は、ワラワラと花開き
「自由」と「民主」の理想は、
地上で最後のオオムラサキのように
虹色に輝く。

カルタゴ、滅すべし!
巨悪は、腐敗しているぞ。
カルタゴ、滅すべし!
正義は、君らの頭上にあるぞ。

戦え!
戦さ上手のカルタゴと戦え!
殷鑑遠からず
君らの内なるカルタゴとも戦え!
さらば自立への道は、
おのずから切り開かれん。

目を開け!
走れ!
どこからも、助けなんか来やしないぞ。
遠くまで走り続けよ。
彼方へ! 彼方へ!

カルタゴ、滅すべし!
いま君らの高鳴る心臓が、夢見ているものは、
まだ誰もみたことがない、新しい時代の到来の予感か。

もしかすると、これが民主主義というやつか?
いくたびも多くの国で人々が味わい、
味わっては、やっぱり挫折してきたという。

そう。
あの奇跡の高揚を、
おそらくは、生涯でたった一度の瞬間を
君らは、その戦い疲れた全身で、抱きしめよ。

カルタゴ、滅すべし!
カルタゴ、滅すべし!

若者よ、行け!
いまは迷うことなく、
ジャッキー・チェンのいない国際警察に向かって、
クリストファー・パッテン総督のいない香港政庁に向かって、
まっしぐらに突撃せよ!

 

 

 

「夢は第2の人世である」或いは「五臓六腑の疲れ」である。第78回

 

佐々木 眞

 
 

 

母とり名人Aの元のBよりすぐにチョットコイと鳴かせ上手の犬だった。9/1

悪の権化のような現政権に忠義立てしたお陰で、思いがけず立身出世した私は、高官を退任したあとも、某民間企業の参与となって、何の働きもしないのに高給を支給され、それこそ、濡れ手に粟の人生を送っていたが、何故か虚しかった。9/2

主人公と、おばあさんは、死んでいるのに、みるみる甦っていく。9/3

500円のオカキと、千円のオカキの、どちらが総合的に美味しくて、お買い得かを厳しく問うたはずの私の修士論文は、次第に論考の切っ先が厚い岩盤を外れて、回転が鈍くなり、ついには論旨自体もあやふやとなって、空中分解してしまった。9/3

たった2人だけの美人幹部社員が、マムシに咬まれて青白い顔で息を引き取っていくのを、社長の私は、ただ見守ることしかできなかった。あんなに若くて美しかったのに!
9/4

S君とB君は、オオニシマネージャーの元で、新規巻きなおしの最出発をするというので、いろいろアドバイスをしてから、市ヶ谷で別れた。どうやら私は、彼らとは別に、マルキン担当になるらしい。9/5

その男は、施設で暮している息子の食事の中に、覚せい剤を入れて、鈍い脳の働きを、活性化しようと企てたのだが、あえなく捕まってしまった。9/6

セイさんの詩集を作成した、シゲハラ印刷の社長のシガハラ氏は、セイさんが、亡くした父親を悼む詩を読みながら、思わず落涙したのであった。9/7

新橋駅のプラットフォームのごみ箱の中の日経を探している姿を、電通のヨシタケ氏に目撃され、翌日その話を聞いた上司から、私は嫌みを言われたが、その悪癖は、依然として毎朝続けられた。9/8

くの字の姿をした黒い木だけが茂っている緑の大草原を、私たちは、黙々と歩んでいた。その半年後には、北陸の厳寒のニシン棟に押しこめられ、一人ひとり引きずりだされて、全員斬首される運命にあると知る者もなく。9/9

誰かに後をつけられているのではないか、という気がしたので、それをマクようにしながら、横浜市内のあちこちを逃亡していた私だが、突然カマキリのような顔をした男にぶつかった。カマキリが眼で合図すると、彼の手下たちが私を取り囲む。ヤバイ、北朝鮮へ送りこまれるのではないだろうか。9/10

イケメンを愛した処女は、手に手をとって南洋の離島へ駆け落ちし、たった一夜の情交で一児を孕んだが、誰ひとり、それを知る者はなかった。9/10

構想10年、私は抗争するヒロセ派とヨシダ派の和平を願って、一言では尽くせぬ苦労を重ねてきたのだが、ついに昨日、両者の手打ちの会を開催することができたので、「もういつ死んでも構わない」というに気持ちになりました。9/11

私が入社した会社の会長は、キンボウ教という新興宗教の教祖だった。私は、いきなりその会社の広報室長に任命されてしまったので、やむをを得ず朝晩の勤行を共にしていた。9/12

胸の袋に小さな小さな赤児を包み、白いパンツスーツをまとった背の高い娘が、駅の売店へ入っていく。もはやこの国の女には見られなくなった、長い緑なす黒髪を微かに揺らしながら。9/13

城主は、自分の長男と次男を自分の城に招き入れ、3日3晩にわたって接待していたが、最後の夜に、私を呼び寄せ、「これから長男の城に同行して謀反の疑いがあるかどうかを報告せよ」と命じた。9/14

新入生になったばかりの僕は廻りの女性がみんな大人の美人に見え、目移りがしてどうしようもなかったのだが、ある日「あなたはマゾだから、サドの私と組むとベストよ」と誘われて、以来ドツボに嵌ってしまった。9/15

私のまわりには優れたアーティストたちが大勢いるのだが、それらの大半が、3度の食事にも事欠くようなルンペンプロレタリアーティストなので、いったい誰からどのように支援すればいいのか分からなかった。9/16

私は鏡の前でいったん目も鼻も口も眉も耳も全部回収してから、改めて碁石を置くように置き直すと、たちまち今まで見たことも無いような斬新な顔が出来上がった。9/17

東京の、いや日本中の散髪屋は、わたしの汚職疑惑のために全店閉鎖中なので、困り果てたが、ふと思いついてボーマルシェに頼んだら、セルビアから腕利きの理髪師を寄越してくれたので大助かりだった。9/19

K君と一諸に一膳飯屋に入ったら、消費税値上げゼロの超格安魚メニューがたくさん並んでいたので、どんどん発注してみたら、外国から輸入した名前も知れない青い熱帯魚とか腐臭を放つ馬鹿貝などばかりで、私はゲロを吐いていたがK君は美味そうに平らげた。9/21

山奥の土地が塩漬けになってしまったので、ヤクザに頼んで転売してもらったら、そのヤクザにだまし取られてしまったので、仕方ないから親分に頼んで、一家で身売りして組員になってしもうたんや。9/22

4月4日と7日の日に一緒に四つ尾山に登って、分かれ道でギフチョウを見ようということになった。9/23

東京行きの最終電車に乗り遅れたので、次の新宿行きの鈍行に乗り込んだら、どの車両のどの座席も、ぐうたれたリーマン野郎どもが座席を占拠して、眠りこけていたので驚いた。9/24

小町通りを歩いている赤瀬川原平氏の隣には、朝顔の柄の浴衣を着たこおろぎ嬢が歩いていて、右の耳にだけ青い色をしたピアスをつけていた。9/25

私がちょっと油断していると、ガラスの中の水の中に浮かべている鉄器が、ドスンと落ちて、器を壊して水浸しになってしまうので、もう朝まで寝られないのだ。9/26

東京教育大の就職課に革マルが乱入して、企業や団体からの就職票を、あたりにぶちまけた。彼らが思いっきり乱暴狼藉を働いて立ち去ったあと、なぜか地べたにリカちゃん人形、ペコちゃん人形、マルちゃん人形、エースコック人形が横たわっていた。9/27

青山の高級マンションで独り暮らしをしていたモデルが、酔っぱらったまま浴槽に入り、眠りこけている間に、どんどん高温になり、ようやく発見された時には、白骨入りのスープと化していたのだ。9/28

ともかく、おらちはとても疲れたから、会社は休む。なんかあったら家に電話してくれ、と私はカド君に頼んだ。9/29

「念願叶って、とっても良いところに就職できました」と大喜びしている学生がいるので、「どこに決まったの?」と訊ねたら「ベルギーのアントワープの小学校です」というのであるが、私はなんというてよいのか分からなかった。9/30

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その43

 

佐々木 眞

 
 

お父さん、「答えなさい」と黒川智花怒ってたよ。
そうなんだ。

お母さん、両方ってなに?
ふたつとも、よ。
「両方通っているよ」っていったよ。
誰が?
タテノ君が。

小田急は高座渋谷とかでしょ?
そうだね。

お母さん、この花なんですか?
ニチニチソウよ。
ぼく、ニチニチソウ、好きですお。
そう。お母さんもよ。

あしたあ、午前中生協へいってえ、午後から海へ行きます。
分かりましたあ。

お父さん、阿呆笑いしたら石原さとみは?
「コウさん、止めてください」というよ。
ぼく、阿呆笑いしませんお。

お父さん、阿呆笑いしたら石原さとみは?
蓮佛さんと黒木メイサを連れて来てコウ君をこちょこちょするよ。それでもいいの?
いやですお。ぼく、阿呆笑いしませんお。

近いは、近鉄の近でしょ?
そうだよ。

ぼく、サトイモ好きだお。
そうなんだ。

お母さん、証明って、なに?
理由をはっきりさせることよ。

コウ君、お財布に小銭がないから駐車場で困るじゃないの。
ごめんなさい。今度気をつけます。
よろしくね。
今度520円持っていきますお。

台風、いやですねえ。
嫌だねえ。

「なつぞら」の比嘉さん、どういうお仕事してるの?
カフェのマダムやってるんだって、でもこんど咲太郎さんと結婚するんだって。
ふーん。

お母さん、ユーちゃん、何年生?
6年生だって。
ユーちゃん、6年生。ユーちゃん、6年生。

お母さん、始発電車、空いてるよねえ。
そうねえ、空いてるでしょう。
お母さん、故郷の空、印刷して。
はい、分かりました。

お父さん、フジテレビの石原さとみが出る番組、録画してくださいね。
分かった。録画するぞお!

お母さん、「雲もくもく」印刷してね。
分かりました。

やや、って、なに?
少し、かな。
やや、やや、やや。