有田誠司

 
 

誰かの意見に対抗出来るような意見も人格も
持ち合わせていない僕は 
ただうなずく事しか出来なかった

時には誰かの意見を借用して
さも自分自身の考えであるかの様に
振る舞っていた

自分の価値観を持たず 
いつも
他人の視点と尺度を借りて来なければ
何ひとつとして判断出来ない人間だった

他人の目に良く映る僕の形を
自分の中に創り出していた
人畜無害を装い 心の中の悪魔に蓋をした

歪な世界の枠組みの外
もうひとりの僕が立ち尽くしている
不確かではあるが感じる事が出来る
その単純な思考の一面性の裏にある
もうひとつの現実から乖離した思考が
終わりに向かう歩みを止める

本来 保持するべき核は表には無く
表面に有るものは凡庸な思考の維持に過ぎない
読解困難な難解な文章を何度も読み返していた

その悪文の中に全てが存在する
僕の核が其処にある

 

 

 

新しい仁義

 

長谷川哲士

 
 

門の向こうの不揃いな芝生の庭
ゴールデンレトリバーちゃん駆け回る
名前は何というの?まだぐるぐるするの?
まだまだぐるぐるするの?気が違ってしまったの?
芝の香りが良いからだろうか狂ってしまった様である
ぐるんぐるんわおんわおんと走り回る

次には門の向こうから金髪で長髪の
小父さんがやって来てぬうっとこちらに首だけ出して
ご挨拶、あなた外人さんなの?ジョンさん?
レノンさんなの?わたしヨーコ
ああヨーコさんこんにちは、こんなビートが曖昧な夜には
大きなキャンディ齧りたいね、そうじゃない?

大鳥居を叩いて音叉の替わり
ギターのチューニングOK
新曲歌います

「祈祷師な貴公子」
世界は嘘で出来ている
嘯く奴等の喉仏焼いて
仏の舎利で宮殿を拵える
仏を大切にするタイ国にて行われる
ムエタイの戦闘者は戦いの前に
師に礼を示すワイクルーを舞う
高揚した横丁通りでは
効果的な麻薬などが販売されているのだろうか
行った事もない亜細亜の邦の事は知らない
今私が住んでいるこの日出づる邦と呼ばれる
ここの事さえ何も知らない
さあムエタイ戦士のローキックがケツを打つピシッ
肘打ち連打され気絶している凄い賭け金飛び交う
骨まで軋る身を切る改革政治家の馬鹿野郎
又更なる嘘は拡声器を通して街中に
飛散するそして貧者の笑み少しと多数の死体
祈ったら祈った分だけ死んで行くが抗え

イエーイ!ご清聴ありがとう

どうですか?こんな曲恥ずかしいし
尚も世界はアホらしい
しかし隣の老夫婦は仲が良いし
ロックで世界の脇腹をくすぐってもみたいし
ジョン&ヨーコに挨拶もしておきたい
あらゆる生命がぐるんぐるん回って
わおーんと反響しています

 

 

 

森そして冬の壁

 

有田誠司

 
 

矛盾と後悔 僕の弱さから来る痛みが空を覆う
気が付いた時には秋は終わっていた
漂う雲は形を変え その色さえ違って見える

冬が訪れるまでの暫定的な空白に
秋が好きだと言った 君の事を想い出した

僕等は地図も持たずに森を歩いていた
時の存在が失われた赤い森
其処は世界の終わりに似ていた

灰色の冬雲の翼 高く聳え立つ壁
僕を誘い込む幻影は暖かく
僕の心を静かに解きほぐす 
君の息遣いで満ちた部屋の様に感じた

不完全な僕と不安定な君の狭間
また冬が始まる

 

 

 

天然無窮

 

長谷川哲士

 
 

思索は全て脳の泡もう考えるな
汁の流れに身を任せ
心臓と肋骨の隙間こじ開け
外を恐々覗き見してはほくそ笑み
極北の群青見る事願いながら
震えてそこに在る事だけが
人間に許された唯一の享楽

ぶるぶるぶるぶる震える音楽
泡は弾けて空へ溶けてゆく
もう考える必要も無い
深々と血液の真紅が
黒々と成りゆきて漆黒の夜
踊って睡る泣いて融けて
存在に謝れ

土に頭擦り付けて
土の中にまで潜り込んで
呼吸を忘れてやっと
謝った事にしてもらえるかは不明瞭
分からないから賭けてみる

からりと骰子を振った
後からずっと
静かな静かなここにいる
たまに周りで血の繋がった
他人が来ては泣いている
風は口笛吹いている

 

 

 

疾る剥製

 

長谷川哲士

 
 

黒塗りダンプの運転手初老でそして
リーゼントだせっ執拗に遅い速度で
走行こちらニヤニヤ見てる
馬鹿野郎殺すぞ目脂止まらぬ

夢幻地獄と生活苦と午前五時の薄明
またもや朝がやって来る
身体の中を軽石が漂う毎日
ふわふわと綿菓子肺の中身で浮遊

 
隣の心臓は色仕掛けで全身を誘惑す
躍起になっちゃって艶々の桃色

ブルーモーニングおはよう
今青く重たい雨が降ってる
ふと長い舌で顔を巻き取られ
頭蓋の内と外がひっくり返ってローリング
三度目のチャンス失し更なる三度笠

坊ちゃん三度目の正直なんてねえよ
知らなかったとは言わせねえよ
もう言葉も無く陰毛も抜け落ちてしまい
愚かしく可愛らしく
眼を碧くして号泣しよう
二度とない青春の日々よ
夜に突っ走ればいいさ

 

 

 

深淵

 

有田誠司

 
 

ひとつひとつの言葉に関係性を探した
理解出来ない謎かけ 暗号の様な言葉の欠片

その断片は他を寄せ付けない独立独歩
僕は全てを同意した
理解出来るか出来ないかなんて
たいした問題じゃ無い

詰問される事も
事の迅速さを要求される事も無い
沈思黙考が少ない語彙の間に流れていた

巧妙な罠 言葉巧みに警戒心を取り除き洗脳して行く
僕はその世界の一部を除外しただけの事だ

一面の雲に隠されたままの太陽と
何かをあてもなく待っている僕が居た
君は時計を持たずに
君に適した時間の流れの中に存在し続けている

僕の意識の周辺にある壁の枠組を
まるで何も無かったかの様に君は入り込んで来る

壁の向こう側にある深淵 其処に君は居る
恐れる事は無い 光無き混沌と沈黙と静寂
其処に君は居る もうひとりの僕が居る

 

 

 

墜落無宿

 

長谷川哲士

 
 

お前が少し腰を左側にずらしたばかりに
とんでもない事現金するりと俺の
ポケットから滑り落ちて流れ行くのだ
川に流されどんぶらこどんぶらこ
現金川流れの果ての最果てに
桃太郎と成りて俺ちゃんの
金玉鷲掴みにして引き伸ばし
潰して喰い千切っちゃうのである
悲し過ぎるよ現金泣けるわ
資本主義だよ民主主義だ世
現金川流れ俺ちゃん襤褸アパルトマンに於いて
悶絶
苦い果実のような女のアンダーハーフパートの
センターラインを濡らす為にも
使用してみたかった現金なのだが不幸にしても
まるで他人行儀そして苦しんで寝た振りの図
傍の古臭いブラウン管テレビジョン
点いたままで消しもせず
面倒でね
脳味噌痒くてなし崩しボレロ滞る家賃
巨大化する胃袋ほら経済いかにせん

 

 

 

ファンファーレ

 

長谷川哲士

 
 

ケムリ模様の雨模様
雨ばっか降りやがって
どんどん雨激しくなりやがって
哭く喚く天の声なのかよ
ひゃっひゃっひゃっ

ああキノウの蝶々だなこれ
地に目を遣る
激しい雨に打たれ打ちひしがれて
飛ぶ事諦めさせられ
死んで行った美しい揚羽蝶
その美し過ぎる屍はヌルリ輝く

まるで嬉々として残酷シャワーに晒され
爆音警報鳴り止まぬ中
びしゃびしゃ飛翔しようという
抵抗の姿を見る
それは神々しく狂おしくも無残解体へと変容し
黒いアスファルトに貼り付けられる結局

その燻んだ翅模様、死んだ一昆虫の微々たる光
ぺたりと存在しています、ばらばらばら
ひとごとでも無かろうに、ククク笑いが込み上げる

死への面影だけは身綺麗にしておきたいものだ

 

 

 

透明な風

 

有田誠司

 
 

ラムレーズンの様な星屑が
とりとめもなく散らばる丘を歩いた
ギリシャ神話を語る
中古品の三日月 

恐ろしい程の孤独な夜に
羽根のペンで書いた言葉
それは何の概念も持たない
昇っては沈む太陽の軌道

僕は文脈と行間の中で
静かに息をしていた
欠落した感性が脱落を纏い
理不尽を抱き企みを育てる

僕が間違えたドアを開けたとしても 
誰一人として気が付かないだろう

そもそも間違えなんてものは存在しない
僕は書き上げた小説を封筒に入れ
火を付けて燃やした

それで全ては完結する
動も静もなく 文字に切り取られた
時間だけが 其処に横たわっていた

目には見えない透明な風の様に
通り過ぎてゆく 

石造りの塔の下に流れる水で
喉を潤おす野良犬の目には
あの日の星が映っていた

 

 

 

森の庇(ひさし)

 

室 十四彦

 
 

森は庇に満ちている
雨は漏れ落ち
陽はこぼれ出る
忍び寄る風に遠慮はなく
毛虫は糸をつたい降りてくる
クワガタは枝を踏み誤って落ちてもくる
枯れ枝は樹上の茂みから勝手気ままに投棄される
森の神様は上の方ばかり気にかけているんかい!
エナガからカラスに至るまで庇の隙間を狙い定めて脱糞だ
朝のさえずりの爽快さの真意はそこに在る

森は庇に満ち
嵐ともなれば
吹き飛ばされないテントを張ってくれる
巨木の腕は太く枝葉は厚い
頼もしい限りだが
俺ももう歳だと云わんばかりに
バギッと雄たけびを森中へ轟かせる
庇は柱ごと崩落し
森の屋根にホールを産む
さらに大きな
森のような宇宙が現れる
これから、何が落ちてくるんだろう