僕の普通と君の普通

 

有田誠司

 
 

君は朝起きて顔洗って歯を磨く
トーストと珈琲
仕事に行って帰宅して
家事を済ませて風呂入ってまた眠る
毎日こんな感じの普通な日々

僕は病院のベッドで目覚める看護士さんに支えられ車椅子に座る

左手足は僕のものだけど僕の意思では動かない
目もあまり見えない
二重にボヤけた世界が見える
左耳は聞こえなくなった
1日のほとんどをベッドの上で過ごす
許されてる事は
窓から外を見る事と
夢を見る事
毎日こんな感じの普通な日々

見た目はいたって普通だよ
周りの人達にはわからない
先生も言ってた
だって手足も付いてるじゃないかって

だけど僕のものじゃない
無かったら良かったのにね
それなら皆んな直ぐにわかるもんね

普通じゃないけど僕の普通

君は普通だけど普通じゃないよ
だって君は何処へでも行けるのに何処にも行かない
背中にある羽根に気が付いてない

勿体ないね 僕は少し笑った

 

 

 

幸せな人

 

有田誠司

 
 

猫を抱いて朝を待つ
眠れないんだ
猫を撫でて朝を待つ
餌を欲しがり鳴いている

言いようのない憂鬱が
僕を包む
夜が続くのを願った

幸せな人ってどんな人なんだろう
何を手にしたら幸せになれるんだろう

静かに猫に話しかける

猫はあくびをして目を閉じる

 

 

 

恋の病

 

小池紀子

 
 

好きで好きで
胸が締め付けられる想い

まるで熱病のように
恋焦がれる

はやる気持ちが止められなくて
君への想い 溢れ出す

今すぐ君の元へ駆けつけたい

僕だけの君でいて欲しい

いつか雑誌で読んだ
大人の恋なんて
僕には出来ない

 

 

 

手を洗う

 

須賀章雅

 
 

陽が沈み黄昏て
黄色く汚れた街に月が出る頃
男たちは手を洗う

むかし場末の名画座でみた映画で
男が手を洗っていた
敵との闘いから生還した警部補が
洗面台に向かって延々と手を洗い続ける
疲れと血を洗い流すようにいつ果てるともなく
それがラストシーンだった

若い志賀直哉も日に何度も手を洗った
さきほど洗ったばかりの手を
また執拗に洗わなければ気が済まなかった
その若い清潔な手にケガレがみえていたのだろう

あの映画をみた頃の
若いわたしも頻繁に手を洗っていた
潔癖でもないのに手を洗った
自分の手にケガレがみえていたのだろう
「神経たかり」とも云われていた
「ケッペキにいさん 手を洗う」
と吉田美奈子が歌うレコードが出た時
自分の生活が視られているようだった

女たちだって手を洗う
それは知っているつもりだよ
マクベス夫人も執拗に手を洗っていたもの
彼女にだけはみえる血糊を流そうとして

あの映画の俳優もすでに遠く死んでしまったが
あの映画の中で警部補はいまだに手を洗っている
呼び物だったカーチェイスの場面より
洗面台の鏡の前で手を洗う男を思い出す
疲れ果てた寂しい背中をみせて手を洗っていた男と
蛇口から流れ続ける水の音

黄色く汚れた街に月が出た
ところでわたしはまだ手を洗い続けている
あれからずっと
擦り切れて血の滲むまで
夢の中でも手を洗い続けている

 

 

 

*2020年1月10日作
これを書いた頃はその後、至る所でみんなが熱心に手を洗うようになろうとは思ってもみなかったのだったが……。

 

 

 

たまご

 

鈴木 花

 
 

なんか みんなとの間に 何枚もの すりガラスがあるんです。
それって ぼんやり 奥が見えるんだけど
みんなを ちがうように うつしちゃうんです。
びんかんな私は
その ぼんやりを はっきりだと思っちゃって。
こわくなって
もっと ぶあつくして 不安になって
チラっと外をみれば また こわくなって。
負の連鎖。
逃げ出したいんですけど 逃げ場所は家なんです。
わたしには そこしかないんです。
1人なんです。
さみしいです。
つらいです。
ぼんやりは うそだと
どうしたら私は私に いいきかせられるんでしょうか。

 

 

 

ことのは

 

サフジカサク

 
 

黒と白という言葉が消えました
フランソワは詩を書けなくなりました

男と女という言葉が消えました
アーネストは物語を書けなくなりました

大人と子供という言葉が消えました
カートは歌を書けなくなりました

人間の意識は高まっていきました
言葉は刈られていきました

やがて進歩した意識を持つ人間たちは言葉を持たない動物になりました