“unify my heart” を聴いている

 

さとう三千魚

 
 

ポカンと
浮かんでいた

白い雲が
青空に浮かんでいた

あんなふうに
浮かべたら

いいな

いちど
空を飛んだことがあった

飛ぶというより
落ちたのだった

ハワイだった
旋回して上昇する飛行機のドアが開いて

パラシュートを背負った男と
落ちたのだった

だいぶ落ちて
男のパラシュートは開いた

ゆっくりと
旋回して

地上に佇った

今朝も
小川の傍を歩いてきた

雲が
いた

小川に白鷺がいた

黄色い水仙の花の老いて揺れていた
菜の花の群れて咲いていた

小さな
カタバミの花もいた

いまは
工藤冬里の”unify my heart”を聴いている *

工藤冬里が
呻いている

こころをひとつにして
こころをひとつにして

こころを
ひとつにして

あの雲のいるところ
あの白鷺のいるところ

あの水仙と菜の花とカタバミの花のいるところ

 
 

* “unity my heart”は工藤冬里のワンマン「2004.5.5 裏窓」 の最初の曲です.
https://torikudo.bandcamp.com/album/200455

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

“Unknown Happiness” を聴いてた

 

さとう三千魚

 
 

朝から
雨だった

小川の傍を歩かなかった

浜辺のクルマで
“Unknown Happiness” を聴いてた *

繰り返し
聴いていた

なんどか
いきそうになった

おぼえてるのは
三つくらいだけど

もっと
あったとおもう

桜上水の駅前の踏切だった
白い家の屋根裏部屋だった
用宗の海のボートの中だった

“Unknown Happiness”を聴いている

工藤も
そうだろう

桑原正彦も
そうだったろう

どこにもなかった
Happinessは灰色だった

灰色って
ぜんぶなんだ

おぼえてるのは三つくらいだけど
ぜんぶだった

過ぎてきた
過ぎていった

“Unknown Happiness”にはバージョンが三つある *

一つは旅だろう
二つは友だろう

三つは友との歌だろう

 
 

* “Unknown Happiness”は工藤冬里を中心としたユニット「maher shalal hash baz」 の曲です.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

新左翼は地球ロマンに漸進的に横滑りしていた

 

工藤冬里

 
 

会談はより高い階段から蟻を見る道場破り
睡りを皮袋に入れ裏側の中間色を廻り
パラパラバシャバシャと両現実をアニメイトする
自分が忘れてしまったことも含めてすべて
棚板に乗せたケーキのペイガンでヴィーガン
縫い目に沿って球は廻り
シウマイをつ突い(ママ)て目を瞑れば動いていない浩瀚の図書室に
自分がどんなダメージを受けているかも記されていると信じていた

 

 

 

#poetry #rock musician

見て、分ける

 

辻 和人

 
 

何?
イヤ
怖い
ピンポーン、ガチャ
突然おっきなの入ってきた
ミヤミヤの古くからのお友だちMさん
学生時代バスケの選手やってて
今は大学図書館の司書さん
ミヤミヤより頭一つ高く横幅も倍増し
「あらー、はじめましてー。
コミヤミヤちゃんとこかずとんちゃん。
ああ、やっぱりちっちゃくてかわいいね。ウチの子もこんな時あったわ」
天狗のウチワみたいに両手いっぱい広げる
ウチワみたいに振ったもんだから突風が直撃
マットから恐る恐る覗いていたコミヤミヤもこかずとん
ひぃえー、ひぃえー泣き出した
ちょっと前から始まった
人見知り
もう人を見分けられるんだ
知ってる人じゃなかったら泣きわめくんだ
知ってる人ってミヤミヤママとかずとんパパくらいしかいないんだ
家に入ってくる人顔出した人
点検のおじさん、ひぃえー
宅配のおじさん、ひぃえー
そしてMさんにも、ひぃえー
「ああ、驚かせちゃったかなー、ごめんごめーん」
苦笑のMさんとミヤミヤ
Mさん全然悪かないけど
見分けられちゃったんだからしょーがない
久しぶりに会うMさんとミヤミヤはつもる話をいろいろ
「上の子も下の子もそろってアニメに夢中で困っちゃう」
「Yさん台湾の方と結婚して現地で暮らしてるんですって」
注意が向かなくなったことを察したコミヤミヤとこかずとん
コミヤミヤは腕をふんにゃふんにゃハイハイに挑戦
こかずとんは仰向けの姿勢でもぞもそっ宙を蹴る
カップ片手にただただ話に頷くだけのかずとんパパが
ちらっちらっ目で応援してくる
和やかな時間
それがそれが
「そろそろ帰るから。最後にちょっと抱っこさせてもらっていい?」
天狗のウチワみたいな両手迫ってきた
いきなり宙に掬いあげられた
ぼてぼてした巨人に抱きすくめられた
知ってる人じゃない!
ひぃえー、ひぃえー
般若顔真っ赤にして声張り上げるコミヤミヤ
人はみんなおんなじじゃない
知ってる人と知ってない人がいる
知ってない人は怖い
お次はこかずとん、腫らした土偶の目になって
ひぃえー、ひぃえー
「あーら、ごめんねー。
そうだ、忘れてた。アンパンマンのお人形持ってきたから許してね」
突如巨人のウチワのひと振りで出現した
真っ赤な鼻に口がびゅっとU字型にひん曲がったまんまる顔
コミヤミヤもこかずとんも
ひぃえー、ひぃえー
見分けられたから怖いんだ
見て、分ける
今まではただ目に入ってきたものを漠然と「見る」だけだった
「分ける」ことができるようになってきたんだな
Mさん天狗のウチワ振りながらバイバイ
ようやく「怖い」が遠ざかる
コミヤミヤよ、こかずとんよ
見分ける、は、怖い、を連れてくることもあるけど
それでも見分けることはすばらしいことなんだよ
そりゃもう寝返りが成功して
初めて頭を持ち上げて
目の前の風景が一変するのと同じくらいすばらしい
見て
分けて
怖かったり怖くなかったり
繰り返していく、それって
ほんっとすばらしいことなんだよ

 

 

 

脳は考えることができない
イメージを羅列するだけだ
その引き出しを閉じよ!
と脳に呼びかける時にのみ理性は働いている
無意識は少し違って身体を先行させる
いずれにしても脳を放っておいてはいけない
呼びかける主体は脳と混ざり合って脳に溺れていくので脳に呼びかけ続けなければならない
脳は無能で他人なのだ

 

工藤冬里

 
 

〈茶色い戦争にみずいろが交じるので白水さんは困惑した。大きなマスクはどこで買うんですか。ここでintervene。ここで歌。トゲトゲの石垣。どんな場合でもkeep your senses。携帯の普及率は40%なので電話ボックスからはみ出す言葉も60%は壊れていない。〉

 

 

 

#poetry #rock musician

猫の手 **

 

さとう三千魚

 
 

テーブルに
のった

えびせんべいの匂いをかいだ

それで
テーブルから降りて

いなくなった

猫の手は白い毛につつまれていて
まるかった

あの中に爪がある

 

・・・

 

** この詩は、
2025年2月21日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第14回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

戦争が

 

廿楽順治

 
 

「戦争がおわったぞ」

その声に
会議室がふいにざわめいた

わたしはそのとき何か
顔を赤くして報告していたが

ああ
もうばかな死に方は世界からなくなるのだ
と涙が流れてしかたない

もう会議で
しょうべんをがまんしなくてよいのだ

「戦争がおわったぞ」

その声は どこから
くるのかもわからない

だれが
わたしたちのために 
戦っていたのかもしらされていない

 

 

 

六道巡り

 

佐々木 眞

 
 

私は銀座で行われる忘年会に行かねばらないのに、誤って西方に向う「バスに乗ってしまった。後ろの座席には小山イト子と川村みずゑさんと元アンアンの編集長だった女性が座っていて、「西永福はね、元は西福原といって、平家の落武者の末裔が今でもたくさん住んでいるのよ」という話で盛り上がっていた。

もうだいぶ遅くなってしまったので、私はもう銀座の会は諦めて、とりあえず上司のセイさんに連絡しようと思ったが、会場の電話番号も分からないし、ケータイを持たないセイさんへの連絡方法も思いつかないので、とりあえずバスの中で「在天の主よ、余の欠席を許されよ」と祈りを捧げた。

すると、バスの進行方向に赤い飾りを巡らせ「修羅道」と書いた第1の門の扉が開いて、小山イト子と川村みずゑさんと元アンアンの編集長が次々に入っていったので、私はしばらく、なんじゃらほいと見つめていたが、思い切って彼らの後を追った。

修羅門の前で「ひらけゴマ」とお馴染みの呪文を叫ぶと、ただちに扉が開いたので、私は薄暗がりの中を西へ、西へとグングン進んでいくと、突如、修羅にたどり着いたのよ。

そこには金髪男のトランプと熊のプーサンの習近平、元KGBのプーチン、殺人鬼のナネタニヤフなど筋骨隆々、悪辣非道の阿修羅たちがたむろしていて、俺が俺がの我よし競争を闘っておった。

やっとこさっとこ修羅門を逃げ出すと、次の第2の「畜生門」が待っていた。

その中では牛馬豚のお面をかぶった2等兵が、水底の貝になることを夢みて未来永劫終わることのない瞑想ザゼンに耽っていた。

軍隊とか軍人とかは大嫌いなので、いま私は、神田周辺の雑居ビルのエレベーターに乗っている。

毛皮の外套を着てハバナをふかしているなにやら偉そうな中年男と一緒だったが、狭いエレベーターに途中で乗り込んできた連中に押されて、ハバナ男のハバナを叩き落としてしまった。

エレベーターが地上階についてから、私はそのハバナ男にハバナの1件で、「申し訳ないことをした」といちおう謝ったのだが、ハバナ男はまったく気にも留めずに、「ちょっとそこらでお茶でも飲みませんか」というて、とあるカフェならぬきっちゃ店に誘うと、「折り入って頼みたいことがあるのです」とある依頼をするのだった。

それは今の言葉で言うと「闇バイト」のようなものだったので、「こん畜生、むかし闇バイトして吉本興業を解雇された私だ。年金だけで暮らすからほっといてくれえ」と叫んで、神田鎌倉河岸方面に向かって駆け出した。

「畜生門」を逃れて、なおも西へ、西へとグングン進むと、小さな鉄の門が待ち構えていた。第3の門「餓鬼門」だった。餓鬼界の入り口は日本橋のたもとで、いままさに羽ばたこうとしている翼のある麒麟像だった。

麒麟像の翼の下の青銅の扉を押し開いて日本橋川をズンズン進んでいくと、角丸橋に着いたので、石橋を昇るとその袂にナリオカ・オーディオ店があった。

角丸のナリオカ・オーディオ店の軒先では、セイさんとイマナカさんが、麒麟ではなく、独裁的都市国家の象徴たる狛犬のブロンズ像を、その先端に取り付けたオートバイによく似た電動自転車に跨って、今まさに原宿まで出発しようとしていた。

2人でキックボードをキック、キックせんとしていた。

セイさんが「ササキ君、これはね、ボクがピストルと一緒に、おふらんすの巴里ィから密輸入した、ハーレー・ダビッドソンにとてもよく似た電動自転車なんだぜ」と自慢げに言うたので、おらっちは、できるだけ感情を抑えて「ああ、そうですか」と答えてやった。

するとセイさんの横合いから、まんまる顔を突き出したイマナカさんが、「ササキ君、これはね、セイさんがピストルと一緒に、おふらんすの巴里ィから密輸入した、ハーレー・ダビッドソンにとてもよく似た電動自転車なんだぜ」と自慢げに言うたので、おらっちは、またしてもできるだけ感情を抑えて「ああ、そうですか。でもそんあなこたあ、先刻承知の助ですよ」と答えてやった。

やった、やった、答えてやったのよ。

するとナリオカ・オーディオ店の店長までも、「ササキさん、これはね、セイさんがピストルと一緒に、おふらんすの巴里ィから密輸入した、ハーレー・ダビッドソンにとてもよく似た電動自転車なんですよ」と自慢げに言うたので、おらっちは、とうとう堪忍袋の緒が切れて、「ばあろう、ばあろう」と永代橋の鴉みたく喚きながら、この阿呆莫迦店長をカラシニコフ機関銃で、ズババ、ズババ、ズバババンと撃ち殺してやったのよ。

それからそれから、またしてもグングン西方に進んでいくと、エドモンド・ダンテスが長期滞在している「地獄門」だった。

第4の鉄の扉を押し開けて古びた小さなビルヂングの1階に入ると、ナガシマシゲオがマキノコーチと肩を組んで「がんばろう!」というおらっちの大嫌いなミンセイ労働歌を唄いながら、ロビー狭しとスキップしながら駆け巡っていた。

そんでもって、最後の「ガンバロー、ツキアゲルそらに!」のリフレインで、4つの大きな拳を、唄の文句通りに突き上げたので、おらっちは激しくロカンタンしてしまった。

つまり嘔吐してしまったんよ。

胃の腑の中の吐けるだけのものを吐いてしまうと、おらっちは今まで聞いたことも見たこともない天上界に到達してしまっていた。なぜならそこは地上を遥か離れた雲の上で、「天道門」とサラリと草書で描かれた、苔むした木製の門札がかかっていたからだった。

「天道門」のたもとに、その顔に見覚えがある老人がしゃがみこんでいたので、

「あなたはもしやわが敬愛する「ただごと歌」の奥村晃作さんではありませんか?」

と訊ねると、「そうじゃよ」と懐かしい声がする。

「ここは地上界の何層倍も高いところにある天道界ですよ。まだ亡くなられたわけでもないので、なんでこんな浮世離れしたところにいらっしゃったのですか?」

と勇を奮って尋ねると、「いやね、あんたは私が81歳の時に作った「大きな雲大きな雲と言うけれど曇天を大きな雲とは言わぬ」という歌を知っとるかね」という返事。

「よく存じております。あれこそは誰も知らない真実を初めて開示したあなたの「ただごと歌」の代表作ではないでしょうか!」と声を大にして絶賛すると、奥村さんは

「そんなことを面と向かって言われるとワシャ恥ずかしい限りじゃ」

と、幼児がいやいやをするように首を振りながら俄かに小さくなって、気が付くと、その姿は、どこにも見えなくなってしまった。

……最後にたどり着いた人間界の入り口は、鎌倉雪ノ下の散髪屋さんだった。

おねいさんに肩をもみもみされて、うっとりと恍惚の人になっていたおらっちは、「タナカ、ミナミ、大好きですおー!」というコウくんの声で目が覚めると、そこは毎度お馴染みのコバヤシ理髪店だった。

家族4人でワンチームとなって、たとえお客さんが束になってやってきても、うまく回してしまう絶妙のチームワークを繰り広げるここ雪ノ下の散髪屋さんは、超ラッキーなことに空いていて、全部で3つある座席に腰かけているのは、おらっちと長男の2人だけだ。

「ぼく、タナカミナミとヨシタカユリコとイシハラサトミとレンブツミサコとウエハラミツキとクロキメイサが大好きですおー!」

「コウくんは、みんな好きな人ばっかりね。嫌いな人はいないんだね。こないだお風呂で死んだ人も好きなの?」とおばさんがいうと、おじさんがすかさず「ナカヤマミホだね」と宣うのと、「大好きですお!」とコウくんが答えるのが、同時だった。

この時遅く、かの時早く、コウくんが「おねいさん、ヒガマナミ好きですか?」と訊ねたが、おねいさんは「ヒガマナミ? さあ?」と首をひねっているので、コウくんは相手を変えて「おじいさん、ヒガマナミ知ってますか?」と訊ねたので、おじさんは目を白黒させて「おれはおじさんだけど、おじいさんじゃないよ」とむくれている。

コウクンはそんなことは露知らず、「ぼく、トイレ行きますお」と勝手に宣言して、いつものようにコバヤシ家のトイレを借りようとするので、おねいさんがあわてて、「トイレ? はいはい、ちょっと待ってね。いまちょっとかたづけてくるからね」といいながら隣の部屋へ行ってしまうと、理容室はたちまちコウちゃん劇場が終わって、急に静かになった。

久し振りに好天の、師走の土曜日のお昼前である。

 

 

 

羽根木

 

工藤冬里

 
 

カオリナイトではないので
背骨はなく
土塀の芯の竹もない
摘んでもバルゴンの背鰭も餃子の羽根もできない
粘土でさえないのだ
私たちは何を摘んでいるのだろう
皆九十近い老婆なのだ
蛞蝓のようにローム層は立ち上がらない

https://youtu.be/M2EDPuVV43M?feature=shared

 

 

 

#poetry #rock musician

聴いてた

 

さとう三千魚

 
 

昨日は
なにをしてたのか

SNSにあげた画像をみないとわからない

朝には
志郎康さんの訳した

ボブ・マーリーの詩を読んでいたのか

海浜公園に行き
突堤をしばらく見ていたのか

それから
マリーナ横に行き

釣り人たちを見ていた
サッパがたくさん釣れていた

サッパは
この辺りのことばで

コノシロとかコハダのことだろう
ちいさな銀色の魚で

外道なんだ

常連の釣り人たちは
黒鯛やヘダイを狙っている

夜には
zoomでユアンドアイの会だった

辻さんから
最後の二行は抒情にいっちゃてるんじゃないですか

そう言われたかな
情を抒べてたのか

今朝も
小川の傍を歩いた

風が強く吹いていた
土手の水仙の花が激しく揺れていた

夕方からは
ZAZEN BOYS を繰り返し聴いてた *

“KIMOCHI”
という曲だった

伝えたい
伝えたい
伝えたい
伝えたい

そう繰り返していた

伝えたいが
心がみつからないのだろう

 
 

* ZAZEN BOYS は、日本のロックバンドです.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life