elect to discontinue to be elected

 

工藤冬里

 
 

投げ捨てられても
土くれを記念に焼く
死に別れた保存版
打ち上げられたカメラが落下した
山中には写本が
燃える茂みの
筋の通った冷たさ

筋の通ったグリッドに
計量器の公正が満たされ
目を閉じ
頭上の海水をやり過ごし
タコに殴りかかる
爪楊枝だけに
魚の腹の照り返しが
オーロラのようだ
シベリア帰りがノルマを教えた

傷の治らない土鍋を
焼き尽くす天使が扱う
本物の独身
違っている点を個別に教えるので
怖れが横行してた

 

 

 

#poetry #rock musician

由比の海を見た

 

さとう三千魚

 
 

おとといかな

こだまに
乗る

東に上るときは
いつも

こだまだった

こだまは
全部の駅に停まる

駅を発つ
そのとき

景色は
ゆっくり流れる

由比の海を見る
トンネルの切れ目で一瞬

海を
見る

おとといは
灰色の海を見た

空の色を映していた
聖蹟桜ヶ丘の駅に向かっていた

中学の頃か
新川さん*の編んだ本を持っていた

「愛の詩集」

だったか

数年前
施設から

葉書をもらったことがあった

  あなたの名前は

  両面を焙って手で割きながら酒の肴にしたら
  美味しいだろうな

  腰を痛めて
  ここでは月を見ていない

  緑は私の一番好きな色です

そんなことが
書かれていた

空に白い月が浮かんでいた

 

* 新川さんは、詩人の新川和江さんのことです.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

下唇の効果

 

辻 和人

 
 

下唇を突き出した
気に入らないことがある時のコミヤミヤのサイン
こかずとんはまだお昼寝中だがコミヤミヤは覚めてしまった……
観音様みたいだった頬っぺの線が硬くなってしまった

見守ってくれてるかと思いきや
ああ、かずとんパパはテーブルに座って読書に夢中
ここでウィェーンと声をあげれば
かずとんパパは慌ててこちらにやってくる
「ウィェーン、ウィェェーン、イェェーン」
ほうら、本を放り出して椅子から立ち上がった
かがんだぞ、腕を伸ばしてくる
抱っこだ、抱っこ
しかも縦抱き、お腹がパパのお腹とくっついて気持ちいいー
ところがところがかずとんハパパ
どうしても続きが読みたいらしい
お部屋をぐるぐるしてるうち
ちょっと目をつむってみたら
途端にマットに向かってそろーりそろりと下降
寝かせる気だな
そうはさせるか
下唇突き出してやる
そうら
びくっとした
目をぱちくりさせて
タテタテ抱っこし直して
またお部屋ぐるぐる思案中
おっ、宙を見上げた
なんかいいこと思いついたか

抱っこ紐を取り出して
下唇突き出てるコミヤミヤをそおっと押し込む
コミヤミヤのお腹
かずとんパパのお腹
お腹とお腹がくっついた
そのままテーブルに移動
抱っこ紐のコミヤミヤと向かいあったまま
かずとんパパは読みかけのご本を開きます
突き出した下唇、ゆるゆる引いて
静かな眉とふっくふっくした頬っぺたが復活
観音様コミヤミヤ
タテタテ抱っこ紐に包まれて
あったかい、おやすみなさい

 

 

 

群青になる

 

さとう三千魚

 
 

夕方に
行った

今日も
行った

マリーナ横の

夕方の
海の

ゆらゆら

揺れてる
見てた

ゆらゆら
ゆらゆら

揺れている

すべての青い波は揺れている
すべての青い波が揺れている

夫婦の釣り人ふたりは昨日もいた
ふたりは並んで釣っていた

釣り糸を垂れ
撒き餌を撒き

黒鯛を
狙って

いる
揺れてる

浮のまわりの
ボラたちの

腰を振っている
平たい唇で餌を吸っている

青い波の

暮れて
群青になる

ゆらゆらの波の群青になる
ゆらゆらの海の群青になる

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

変奏曲的な関係の私たち

 

村岡由梨

 
 

もう何もかもから解放されたい
誰か助けて

私がそうノートに書き殴った次の日。
ヘルパーさんが見守る中、
義母は息を引き取った。
義母の誕生日のちょうど1日前だった。
今際の際、右眼から涙をひとすじ流したという。

草多さんは仕事を切り上げ、早めに帰宅し、
野々歩さんと私は一緒に上原に駆け付けた。
まもなく医師が到着し、
義母の両眼にペンライトをあてて
死亡確認がなされたけれど、私には信じられなかった。
今にも言葉がこぼれ落ちそうな黄色く乾いた口元。
うっすらと開いた眼で私を見ているようで

こわかった。
泣けない自分が後ろめたかった。
自分の気持ちを押し殺して
偽物の優しさでオムツをかえてきた。
偽物の優しさで
大好きな炭酸飲料を気の済むまで飲ませた。

そして今、水を含んだスポンジで
黄色く乾いた口元をそっと拭う優しさ
ただそれだけの優しさが私にはなかった。
骨と皮だけになった義母。
これ以上この人の何を怖がるの。
何を求めるの。何を責めようというの。

ふと、「人は亡くなった後1時間くらい聴力が残るらしい」
という流説を思い出して義母の枕元に座った。
ありがとうございました。と言うべきか。
ごめんなさい。と言うべきか。
義母の顔を見ていた。
やっぱり野々歩さんによく似ている。
自分の愛する人と風貌がそっくりな「この人」と
最後まで分かりあうことができなかったのは、なぜだろう。

野々歩さんのお父さんお母さんが亡くなって、
次は、野々歩さんと私の番だ。
私があの世へ行ってあなたに出くわしたら、
「あんたのことが大嫌いだった!」
「あんたが何と言おうと、野々歩さんは私のものなんだから!」
そう言って、横っ面を思い切り引っ叩かせてください。

憤慨したあなたはきっとこう言うでしょう。
「私だってアンタみたいな根暗、大嫌いよ!」
「私には志郎康さんがいるんだからね!このバカ女 !」     
そして、思い切り私を引っ叩き返すでしょう。
その後、気の済むまで引っ叩き合いしたら
一緒に大笑いしましょうよ。
野々歩さんも、志郎康さんも、
そんな私たちを見て、お腹が捩れるくらい笑うでしょう。

今頃、天国で笑顔のまりさんと志郎康さんは
ダンスでもしているんだろうな。
二人は、永遠に詩の中にいて
詩集を開けばいつでも笑顔を見せてくれるはず。

そういえば今日、空を見上げたら、雲ひとつない晴天だった。
野々歩さんを産んでくれて、ありがとうございました。

 

 

 

 

廿楽順治

 
 

最期になって
どうやらわたしはまた勤めに行くらしい

昨夜からの雨が
(つづいていて)

ひとびとは首を低くしながら
眠りを急いでいる

夜は何度わたりましたか
(正確に言ってみましょう)

そこでは大きな戦争のようなものが
ありましたか

最期の職場なのに
またおつりをまちがえている

ああ やっぱり
だいじな朝なのにあわないのだ

大きな戦争のようなものが
空で
あったから

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その71

 

佐々木 眞

 
 

 

2024年5月

モノレール、ジエットコースターみたいですよ。
そうですか。
そうですよ。

お父さん、黒柳徹子と石原さとみの番組、録ってくれた?
撮りましたよ。帰ってきたら一緒に観ようね。

ボク、クレソン大好きですお。
お母さんもよ。こんど買いましょうね。

感謝って、ありがとうのことでしょう?
そうだよ。

コウ君、来週図書館お休みだってよ。
なんでお休み?
特別整理期間だって。
なんでお休み?

ボク、ペヤングのソースヤキソバ、大好きですよ。
そうなんだ。

ハイハイ、お父さんですよ。
お母さん、出してください。
お父さんじゃダメ? お母さんは今忙しいからお父さんが出たの。
お母さんがいいよ。

感じるって、思うこと?
そうだね。

お父さん、ショードクって、英語でなんていうの?
ショードクねえ。分かりません。今度調べとくわ。
お母さん、ホケンのタカギ先生、「手をショードクしときなさい」ていったお。
いつ?
小学2年生のとき。

戦うラーメンマン、おもしろかったですおお。
そうなんだ。

一度きりって、なに?
一回だけ、よ。

生糸、オカイコのこと?
まあそうだね。

お母さん、あした東急行きます。
はい、分かりました。
お母さん、あした図書館とたらば書房、行きます。
はい、分かりました。

 

2024年6月

ぼく、ヨシタカユリコとお父さん、好きですお。
そうなんだ。コウ君、ありがとう。

ボク、オマツリ好きですお。
そうなんだ。

 

2024年7月

お父さん、田中みな実が出る「ギークス」録画してくれた?
しましたよ。
した?
したよ。

さまざまな、ってなに?
いろいろな、よ。

吉高さんに子どもが出来たんでしょ?
そうね、でもドラマの中でよ。

お父さん、田中みな実が出る「ネプリーグ」みますお。
いつ?
今ですお。
そう、みてね。

 

 

 

静かなる休火山

――目黒実氏に
 

佐々木 眞

 
 

小学生の頃、火山には、活火山と休火山と死火山がある、と聞かされていた。

それで僕は、山を人世に譬えて、山頂から激しく火をふいいて地下からのマグマを天に向かって吹き上げる活火山は、青少年期。

その勢いがだんだん収まって、
時々爆発するオヤジのように丸くなる休火山が成熟期。

そして思い出だけを懐かしむ老人期が、
死火山に似ていると思ったものだ。

それから半世紀の歳月が流れ流れて、
僕は今まで見たこともない秀麗な休火山と巡りあった。

花と嵐のこの世を渡り、酸いも甘いもかみ分けたお洒落な伯父さん、目黒実。
それはいつも静かなる頬笑みを湛えた休火山。

その山頂には、来る朝毎に昇る太陽にキラキラと輝く透明なカルデラ湖を湛え、その下にはいつでも爆発せんばかりの、ふつふつと情熱をみなぎらせたマグマが赤黒く滾っている。

この山は、もしかすると、この国でいちばん美しい休火山かも知れない。

しかしある朝、それが静かなる休火山であることをやめ、
その端正な面立ちを崩して、天空に向かって地下から激しくマグマをまき散らすだろう。

その時こそこの山は、世界でいちばん美しい山になるだろうことを、僕は確信している。

 

 

 

海から帰った

 

さとう三千魚

 
 

昨日も
行ってた

昨日も
海に行ってた

知り合いのおじさんが
マリーナ横で

竿を出していた
黒鯛をねらっていた

陽に焼けた
白髪の

おじさんはいた
ずいぶんと会ってなかったな

おじさんは
おとなしく話す

おじさんは
オレンジの軽トラに乗っている

膀胱と前立腺を手術でとったんだと言った
海浜公園の土手の坂はもう登れないから

ここで竿を出している
と言った

今日も

海に
行ってみた

おじさんはいた
おじさんに会えた

マリーナ横の海は

空を映して
青く

うねうね揺れていた

風に吹かれていた
夕方に帰ってきた

 

 

 

#poetry #no poetry,no life