一方的な分断からの融合実験のように

 

ヒヨコブタ

 
 

日々夫側の両親に気持ちをよせていると
学びもあり、悲しみもあった
実親に抱きしめられるより突き飛ばされ遮断を何度も感じては苦しんできた人生なのだから
もう何も期待しないようにと
今回上京した両親や兄弟にやっと会う

5年ぶりだというその人は
思った以上に年老いて
あんなに口やかましかったひとがおとなしくなり、
さらに耳の遠くなった父は
幾分元気そうで
ふたりで寄り添って助け合って暮らしているというのは
大げさではなかったのだとこころが揺れた

祖父母と母の関係が逆転したときをわたしははっきり覚えている
逆転というのはどちらかが偉ぶるのではなく
老いていくひとに母が優しくそして少し強くなったのだ
控えめにいては出来ぬことがあったのだと
今更ながら思い返している

きょうだいは厄介なままで
正直何を考えているのかわたしにはわからない
わからないと言ってしまえるほど
思考の方向が異なっている人だから
それでも険悪になりすぎずにこのままなんとか保てるだろうか
期待しすぎないように
そろそろと、わたしは年なりの親への接し方をゆっくり重ねていけたら
すっかり緑濃くなった桜の木を見上げた

 

 

 

桜がひらくと

 

ヒヨコブタ

 
 

春がきたらしいと近くの桜が告げて
苦手な季節なはずも
すこしこころやわらぐ
きれいということばがこぼれでたとき
胸の中の鉛が軽くなる

気のもちようとはよくいったものだね
もういない人たちを思い彼らに話しかけるように過ごす
苦痛とは人生で比べようもなく
欲を出せば幸せなどどこまでも手に入らないだろう
それを忘れぬようぎゅっと手に力をこめる

親やその上の人たちが苦労していたことを思い出して気を引き締めても
彼らはいつもやさしく微笑むのみだ

老いていくひとのほんのささやかな願いを
どうしたら叶えられるのかわからずにいる
わたしが思うほど悲しみを感じてはいないのかもしれないと気がつくとき
体の力が抜けて座り込んでしまうのだ
そんなことがあっていいのだろうか
悲しみに囚われすぎても何もうまれないときは
眠る

じぶんが微笑むと相手もこころ開いてくれる可能性は高いと思うのに
それがなたで斬りかかられるようなとき
わたしは涙する
心配りは相手の重荷になりすぎぬように
そしてじぶんの重荷にはならぬように
眠る

世界は閉じてはいなくて
誰も一人ではない
そこに傷つけあわないという簡単なルールが見えるひとと
そうではないひとがいるのだろうか
わたしはきっとだいじょうぶになるまで
ぬいぐるみを抱えて
眠る

 

 

 

老いていく人、怒る人

 

ヒヨコブタ

 
 

ひとは怒ってもだいじょうぶだと見下した相手にしか怒りや理不尽をぶつけないだろう
わたしはまたもやなめられていると
義理のきょうだいの横暴に眠れない

じぶんはまだ介護される必要を感じないと
子どもたちも母も困っているというのに
そう言い放ってしまうひとは

嫁という立場は弱いそうだ
発言権がないという意味で

酷いことにならぬための転ばぬ先の杖が届けられないことに泣き腫らしている

当人の意思確認はいつまでできるのだろう
80をとうに超えてもなお頑ななひとの言うことを聞くという他の家族たちよ
なぜそれほどまでにじぶん主義でいられるのか
わたしにはわからない

日々のストレス発散のためにと散財し続けるのもまったくわからない
計画性というのがどこにもなく、困れば持っている人に頼るという
不可思議極まりなくてわたしは眠れないのだ
持っているひとはあなたの財布ではないのだと横っ面をひっぱたきたくなる、真夜中
何も意味がないことがわかるぶん、涙している

わたしには子どもとの縁がなかった
良かったのかもしれないとこういうときつくづく認める
その反面、更に悲しくもなる
夢見た現実は、夢でしかなかったと

冷静に気分を変えろという声が聞こえる
お前だけ悩んで悲しんでもしかたないと
よし、と踏ん切ることもとても大事なのだから
よくよくわかっている
ここから一旦離れよう

 

 

 

書くことへの執着を突きつけられて

 

ヒヨコブタ

 
 

本に囚われているような日々
もう何度も読み返しては毎日そのなかに入りこむ心地よさに嬉しく、また少し悔しい

わたしにはなにが書き残せるのかと
突きつけられるようなしゅんかんが痛くてまた心地よいのだ

この作者は一体何を思いこのストーリーにたくさんのひとをひきずりこめたのだろう
わたしは考えても仕方ないそれらに
頭の中半分程はしびれている

かつて今よりも真剣にそれこそ寝る間も惜しむレベルで書き散らしていた
それがじぶんができる唯一と信じて
わたしはなぜいまそれをしないのだろうか
あまりにその答えは狡くて現実的なのだ

死ななければいけないと思っていた日々にそれがあり、かきのこすまでは死ぬ訳にはいかないと取り憑かれていた
死ななくていいのだ、いつかその日がくるまではとわかったとき
あまりにホッとしてあまりに残酷にも思えた
いやそれは幸せなことなのだ
生きていていいのだとわかり、疑いながら生きていると
かきのこすということの意味も
また変わりつつある

わたしが書きたいのは
今頃地吹雪がすさまじく、春を待つあの地の人々のこと
それは何十年と変わらないというのに
わたしは本を読み返してはその心地よさに引きずられているのだ
なんという自堕落で幸せな日々なのかと頭を抱える
子どものように地面に寝転がってバタバタ手足を動かしたくもなる

このマスク1枚に護られた日々は
変わりつつあるらしい
持病を悪化させればわたしにも書く時間などないだろう
叫びだしたくなる恐怖と穏やかな日々は相反してもなお存在する

わたしは書くだろう
それを指命と思っているかぎり
何度でもジタバタするだろう
幸せで残酷な日々に

 

 

 

今年もくれてゆくこと、述懐するのは

 

ヒヨコブタ

 
 

黄色く色づいた葉を眺めるとこころおちついていたのがすっかり落ち
真青の空に枝が広がる
ニュースは悲しいことも多くて
笑ってばかりもいられない

ひょんなきっかけで読み始めた作家の著作を、どんとまとめ買いし少しずつ毎日暑い読んではクスリとしたりゾッとしたりしている
わたしは、ねじ曲がった人が好きなのだろう
主人公の名前たちの強さと曲がりかたに
わくわくもする

出汁と大量の野菜たちと取り組む年末が来て
どうやら今年もなんとか越せるかもしれないと安堵している
毎年、一年一年少しずつだけれど
変化するさまざまに
振り回され楽しみ悲しみながら今年も過ぎた
来年がどうなるかは
本の中の主人公たちのように
結果を知るのはずいぶん先だろうか
ゆっくり、できるなら、ゆっくり生きていたいと心から願う

この町では除夜の鐘が聴こえない
雪もしんしん積もらない
それでもわたしは
聞こえない除夜の鐘を聴き
雪を踏みしめるだろう
うっすら夢現に

 

 

 

冬の中の流れることばをとめて

 

ヒヨコブタ

 
 

好きな歌手の歌詞ばかりを集めた詩集のようなものを数冊パラパラとめくっては
この数十年を思っている

この歌が大好きだった頃は、と
あまりに輝かしいこととは無縁だと思っていた
その頃のじぶんの若さ
このまま這い上がれずに沈んだままなのかと怯えたいくつもの夜

通い慣れたカウンセラーは
昔精神科というものがコンビニのように立ち寄りやすく、奇異なばしょではなくなることを願っていたという

その数十年、這いつくばって生きてきたわたしは
あの頃のようには絶望もしない

世界では理不尽がまかりとおるのにも
憤慨することは変わらないのに
わたしじしんというのは
変わっていくものだとそれじたいは受け入れることができるような齢にはなったのかもしれなくて
それがあまりに残酷な裏表を持っていることもわかるから
時々は思いきり涙を流す
誰のための涙なのか
わたしじしんがまだ理不尽をゆるせず
人ではなく、人の中にたしかに感じる理不尽と戦っては涙する

年老いた人達と数少ない兄弟に
送った手紙は沈黙の返事しかない
もう大丈夫だよといっても意味がないことも
少しは、のみこまなければならないのだろう
のみこみ、咀嚼して強くなりたい

ああ寒い冬が
わたしのこころには優しい
寒い冬や雪はいつも味方だと思う
そこになんの汚れもなく、しんと冷え切って
わたしには静けさが残るから

ぱたりと倒れながら、涙しながら
今日も冷えた空気を受けて、少し歩く

 

 

 

書くことでゆるされるという思いが、ある

 

ヒヨコブタ

 
 

手紙を書いた
手紙というよりも訴えになっていた
可愛らしい便箋で11枚になってしまったそれは
お願いだから、もうやめてと
大切に思っているひとたちに書いたもの

わたしの現状を知らないひとたちに
知ろうとせずに、頭がおかしいと決めつけているひとたちに

なぜこうなったのか、そしてなぜこんなふうな手紙を書かねばならぬのか
わたしにももうため息すら出ずに
暗闇で小さくなっていたいと思うほどの

ひとを変えたりしようとは思わない
それはできることではないのだ
知っている
けれどもそれが偏見に満ちたものでわたしを切り刻んできたものなら
変えてほしい、無理でも
せめて知ってほしい、それを綴った

下書きは倍以上だったから
要点をなるべく纏め、脱線し過ぎぬように
警戒を解けるように

もう届いて幾日にもなるが
どうやらこれも受け入れられるものではないようだ
わたしは、そんなとき落ちこむ
当たり前なのだけれど
落ちこんで闇のほうをみてしまいたくなる

けれども踏ん張って
今まで通り踏ん張って生きている

誰かが言うこと、することに100%の正解があるとは思わない
同時に100%の間違いがあるとも思わない
ここで、わたしとその人たちはすれ違ってしまう

そのことが、大変に悲しい

考えるのをやめ、何かを盲信してしまうのが
一番親しかった家族であるというのが

事実ではないことで今まで幾度責められたろう
わたしが嘘をついていると幾度責めれば
彼らは安定したのだろう
そこに本当の温もりなどないというのに

じぶんを、来し方のじぶんを美化する気など毛頭ない
お願い
今回だけは読み深めてほしい
できれば抱きしめてほしい
泣きながら思っている
こころが泣きながら感じている

けれども少しほっとしている
わたしがやさしい嘘をつかなくていいことに
彼らを必要以上にほめたたえなくていいことに
もう気がついたから

 

 

 

もうケーキを焼かなくていいよ、の夏

 

ヒヨコブタ

 
 

8月の誕生日、その前後の子ども時代の後遺症が体やこころからとびだしてくる
もらえなかったのはものじゃなくて気持ちだった
ほしかったのも、誕生日を喜ぶふつうの親だった
わたしはもう、ひとのぶんもじゅうぶんにケーキを焼いた
誰かが喜ぶのを見たくて
けれども私に焼いてくれる人は現れない

ならばもう焼かないのだ
誕生日はケーキを買ってもらうのだ
ランチも少しだけ豪華に
後遺症を慰める薬にはなるかもしれない

親が祝わなかろうと何もない普通の日と変わらなくてつらかろうと
わたしはそんな子どもたちに伝えるよ
あなたが生きていれば嬉しい

ごちゃごちゃに絡まったただでもややこしい世の中が更に絡み合って息苦しい
心臓が苦しい時もある
さてもうここまでというときまで、
誕生日ケーキをほおばる夏でいい、これからずっと

 

 

 

わたしが子どもだった頃、ちいさな

 

ヒヨコブタ

 
 

たくさんの神様がいることは子どもの世界でも当たり前だった
〇〇ちゃんをお祭りに誘ってはいけない
△くんはまた異なる神様のおうち
そんなふうに当たり前のこととして覚えていた
そうしなければ、うっかりすると彼らの顔に戸惑いと諦念が浮かんでしまうことをしっていた
信仰というのは自由だと幼稚園のシスターは教えてくださった
異なるからということで争ってはならないということだと
子どものわたしは考えた

仏教の幼稚園の子たちは少しだけ勉強が進んでいた
そして少し誇らしそうだった
僅かなほんの僅かな時期

わたしのなかに特別な信仰はなくても
他の子の数人には強い何かがあることは
当たり前だった

それでも迷ったとき、悲しみの中にあるときは
マリア様を思うことがわたしには自然なことだった

余裕の見えない今のこの数十年に
子どもだった彼らを思い出す
諦念の中に居すぎないことを
異なることを威張らないことを
少しだけ願う

人は少しずつ異なる
顔や体つきと同じように
それを言い出したら争いばかりになる
争うのはもったいない
せっかく生きて生まれてきたのに

まるで子どもなわたしには
時々起こる違和感や他者を強く排除することがたまらなくなる
同じように、少しでも同じように生きていたいのに

家族の中でも変人なわたしを
わたしは何度も諦めようとした
けれども誰かが呼び止める
幼かったわたしのような
諦めていいの?と

信じているのは生きていくこと
誰のことも貶まずに生きていくこと
当たり前が通じなくても

もともと変人だったんだからと開き直る
変な子といわれて大きくなったわたしなのだから
今更絶望で総てを諦めたりはしない
傷ついた人に塩を塗りたくないのだ

八百万というだけあって
あまりに多い神様の
そのすべてを知ることはないだろう
その神様たちを知ることは無理だろう
それでいい
ただ、静かに見ている
静かに通り過ぎる

先祖たちが知っている
わたしのなかにも受け継がれている
なにかを
見つめ直す頃に来たのかもしれない

 

 

 

横たわって手をのばした、世界に

 

ヒヨコブタ

 
 

ここしばらく
横たわって過ごしていた
世の中のこと、もっと小さな世界のことに
ずいぶんと頭を悩ませてしまった

暑すぎる梅雨の晴れ間に
にょきにょきとわたしは起き上がって
少しずつ歩き出すまでに回復しつつある

どうにもならぬかなしみや怒りに近いものは
やはりあって
世界は通常とは思えない
もぐりこんだわたしの世界の平穏は
途端破られそうにもなる

髪を短くしてもらう間に
少しだけふふっと笑う相手の
小さなヒントのようなものを受け取る
そうだった
これが大事にしたいことだったんだと
ふりかえるとあきれてしまいそうな
ただ真剣に悩んでいたことを理解する

会いに行ける相手ですら今
元気かどうかわからぬ世界に
奇跡的とは大げさだが生きている
少しだけまたふふっと笑う

誰のことも貶まずにいられますように
誰のことも見下さずに生きていられますように
たとえそうされたとしても
その次元に落ちませぬようにと
思い返す

過度な心配は負担になり、わたしはすぐに倒れてしまう
相変わらず弱く、世の中の片隅にいてもいいのかとさえ思う
それらを
ふりはらってふりはらい続けて生きている