五月のうた

 

原田淳子

 
 

 

夜明け、
ヒナドリたちが瑠璃色の口笛を吹く

樹木の姿のあなたは
となりの光を揺らす

白粥の湯気が陽に輝く
器の曲線がわたしを撫でる

ブラウスに袖を通し
透きとおった歌を着る

猫に時間を告げて
夜までの約束をする

蔦を滑り、花の露をのむ

駅までのまっすぐな道
髪を逆立て、車輪を漕ぐ
雲が青く、高く、膨らんでゆく

太陽の輪のなかを
魚たちが行き交いする

夜道は魚影の群れ
服は潮に濡れている
泥の足跡

貨幣は泥からつくられる
最後の雨のあと
虹といっしょに海へ還してあげよう

遠く
果てない海に浮かんでいるのは
いつかの日の
きみのうた

 
 

<「詩(うた)をひらく」記 >
―5月24日(土)、大磯souiにて

2022年より、友人の野上麻衣さんと、詩の持ち寄り会、「詩をひらく」を始めた。
詩を声にすることで、じぶんのなかに在った言葉が身体から離れ、シャボン玉のように宙に浮いてゆく。
うたは、光のかたちをとり、ころころと、ひらひらと、ひらかれてゆく。
詩をひらく時間、その不思議のなかにいる。
集ったひとの詩が一瞬、触れ合い、また離れて、わらわら、泳いでゆく。

5月24日の土曜日、大磯のギャラリーsouiさんにて、四回目の「詩をひらく」を開催した。
この日は、さとう三千魚さんをお招きし、数名の方が詩を持ち寄り、あるいは聴く身体として参加してくださった。

ひとりひとりの詩が船のように、大磯の海のうえを浮かんでいった。
ひとの声はなんて柔らかな波なのだろうか。

わたしは、近年父が書いたメモから、ふたつの詩をひらいた。

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父に認知症の兆候がみられるようになったのは、三年程前のことだ。物事の整理が疎かになり、記憶が欠け始めていった。
あるとき、荒れた父の机を整理をしていたら、父の角張った字のメモがふと目に留まった。

「ゆゑもなく海が見たくて 海に来ぬ こころ傷みてたへがたき日に」

それは『一握の砂』に収められた石川啄木の歌の一片であった。
弱音を嫌い、常に明るかった父が、こんな傷心の歌を記したことが意外でもあったけれど、父の筆跡にはなにかを残そうとする衝動が感じられ、胸を掴まれた気がした。
もともと父は文学や音楽を愛する青年であった。
戦後の貧しさから小学校はろくに通えず、中学卒業後は市の助成を受け夜間の商業高校に通い、昼は労働、夜は授業の傍ら、図書館で借りていた本を読み漁っていたという。
あるときには貸出冊数が市内でトップとなり、図書館から表彰を受けたこともあると聞いた。
実家には父が集めた図書館の廃棄本が山ほどあり、わたしは幼いころ、父の残した古書を読み漁っていた。
父は卸売業に勤しみ、日夜働いていた。
勤勉な清貧そのものの父から、「蟹工船」という言葉が漏れることが度々あった。
父はふとした光景から、すきな歌詞や短歌、詩の一片を口ずさむことはよくあったが、発見した啄木の歌のメモから、苦学生の頃に彼の労働を支えた文学や音楽が、認知症が進行する父のなかでもまだ生きていることを知った。
中度アルツハイマー型認知症を患い、委縮してしまった父の海馬には、彼の青春に輝いていた、うたや譜が、いまもやさしくぷかぷか浮いているのだ。
そのことにわたしは爽やかに感動し、わたし自身にとっても救いのような気がした。
そしてそのうたの一片は、いまのわたしの胸に新しい労働詩として沁みた。
労働歌というものがあるならば、労働詩というものもあるのだろう。
労働歌がひとが連なるためのもの、コミュニティの連帯を生むものならば、詩はその書いたひと、読んだひと、その個人のもので、孤独であるものに思う。
歌になるまえの、音の分子。

わたしはこの4月から求職中で職業安定所に通っているのもあり、日々、労働(job)と仕事(work)のこと、活動と生産のことを考えている。
ハローワークで、時間と対価に換算された数字ばかり追っていると、生きている時間の計算をしているようで、ますます分からなくなってくる。

一方、わたしは、昨年から定期的に大久保にある「ひかりのうま」というライヴハウスを、体調不良となった店主の支援のため、有志の友人たちとボランティアで手伝っている。
日中の仕事のあと、深夜まで受付やドリンクを作るのは体力的にはしんどいけれど、その場所にやってくるひとたちが、そこに流れる音楽を聴いて、そのひとの背中から羽根が生えるように解放されてゆく姿を目の当たりにすると、なんだか自分自身も解放されてゆく気がした。
そんなふうに、その人が社会的役割を脱ぎ捨てて、純粋な個人に還ることができる音楽、うた、言葉がある場所、そこに来るひとにむけて、わたしは心から「いらっしゃいませ」ということが出来る。
そこには貨幣という対価はまったく発生していないが、ハンナ・アーレントがいう「job(労働)」はこういうものではないかしら、少なくとも、わたしのなかの「労働」というはこういうものだと信じている/ 信じたい。
貨幣に結び付ける「仕事」ではなくても、心の「労働」なしの仕事はあり得ない。
わたしは芸術家でも生産者でもなく、あるいっときの労働を貨幣に替えて生きている労働者だ。
そして、労働と引き替えた何かしらの産物に齧りついて生きている。
米や本や衣服や、わたしの身の回りにあるものすべて、労働の対価だ。
それらには汗と涙だけでなく、わたしの労働の傍らに在った詩/ うたが染み込んでる。
父のそれと似て。

五月の「詩をひらく」では、父の海馬に浮いている詩を想い、そして、さとう三千魚さんの詩集『貨幣について』の返詩として、わたしなりの労働詩をひらいてみた。
そして最後は海へ。

” 貨幣はどこにあるか?” (『貨幣について』)

貨幣は泥から作られる。
貨幣は、ひとの汗と涙の、潮の泥だ。だから海へ還すのだ。
詩/うた の姿で。

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5月24日に集った皆さま、
さとう三千魚さんに、
うた/詩に、
心より感謝いたします

” それゆけ、ポエム!”(鈴木志郎康)

 

文責 原田淳子

 

 

 

あなたを見ました

 

原田淳子

 
 

 

書を焚く煙
燃える東の空の下に
あなたを見ました

あの子が塗った緑色
崩れ落ちた壁のなかに
あなたを見ました

オレンジが沈む河の底に

片足の猫が寄り添う隣に

並べられた白い布のひとつに

花柄のコーヒーカップの脇に

錆びた井戸の底に

引き裂かれたオリーブの枝に

向けられた銃の先に

あなたが愛したその土地から
あなたが去ってゆくのを見ました

 

*「あなたを見ました」韓龍雲への返詩として

 

 

 

雨が奏でる正午

 

原田淳子

 
 

 

銀の三角を額に描いて船に乗る

壁から電気を盗んでるあいだに詩を書く

街頭で集めたティッシュで花をつくる

握り飯を食べたら歯が欠けた
人生のいちぶが破損して、セラミックが光ってる

石階段を駆けあがる

子どもたちが飛沫に歓声をあげる

水が手紙を運ぶ

雨が奏でる正午

きみの方角が白く濡れていた

 

 

 

卵のひと

 

原田淳子

 
 

 

そのひとは
五月の風に葉を揺らして
仔犬のような足音で
あの部屋に来た

混ざりあう時間
ことばの波
わたしたちは泳いだ

殻のなかには
いのちが萌えていた
うた/詩 が溢れていた

脆い夢が
熱く
孵化する
そのとき、
わたしたちは
世界に
はみ出して
よれて
もたれて
沁みて
笑い
弾けて
生きる
卵のひと

.

編集者 小林英治さんを偲んで

 

 

 

遠吠えするようになった猫

 

原田淳子

 
 

 

どっどど
と風が唸るとき

ふあんふあん
発作のように胸が疼く

きみと丸くなり
嵐が過ぎ去るのを待つ

ふあんふあん

あれは葉が揺れているだけ

ふあんふあん

かなしみが泣いてるように聴こえるのは

ふあんふあん

わたしの哀しみのファンが回っているのだろう

わたしのふあんが漏れたのか、
きみはさいきん、遠吠えをするようになった

あおーんあおーん

猫であることを忘れたように
あおーんあおーん

わたしがみえなくなると
難破船のように部屋を彷徨う

あおーんあおーん

あいごうあいごう
애호애호

猫の認知症があるという

きみをひとり哀号の船に乗せないように
わたしはいつもきみといよう

嵐のあと
窓をあける

風を残した
隣の畑にアラセイトウが揺れている

春だよ

18かいめの春だね

もうすこしで
地めんもあたたかくなる

きみはいつまでも
陽ざしのなかにいて

 

 

 

残雪

 

原田淳子

 
 

 

春が歩いてきて
落ちていたことばを拾った

まだ残る雪は
雲の国土のよう

何人にも侵されない白

香が抜けた透明な花弁に似た水

雨が雪を溶かすのか
あの子の肩に降る雨をだれが止めるのか

奪われた野にも春が来るのか

 

 

 

梅待ち

 

原田淳子

 
 

 

もうみない夢を待つ

かなしみを繙く

言葉は初雪にとけた

音のない泡が生まれて消えて

あれを時というの

正しい襟裳のような花弁
白く、淡く、直立す

天を指す花は
実をつけない

邪悪さとひきかえに
孤独が遺される

咳の震え
骨の疼き
痛みは胴体をめぐる旅人

身体のなかの島々

横たわる身体は黄昏れ、
洞窟は永遠の空を映す

目を閉じて、春

 

 

 

微睡

 

原田淳子

 
 

 

陽が差す午後に おひる寝をした

小春日和の 日曜日の午後

木の葉をうかべて
揺らぐ遠い湖

とりこぼされた光を眺めながら
道は流された

冬は窓のむこう

きみが尻尾をふったら
12月の背中がみえた

手か足か
夢かもわからないうちに
時は扉を決定してゆく

ぼくはまだ
オリオンをみていない

 

 

 

葉跡

 

原田淳子

 
 

 

木陰に
迷子になったぼくのこころが光っていた

あどけない色をして
知らないこどものように

雲が船になったと、
風の便りが届いた

捻れて萎んだ朝顔は
青い螺旋
空へ還る階段

冬がくるまえに
おやすみなさい

ぼくも
こころのきみと船にのるまで
太陽をうたい
月を枕に
葉のしたで揺れていよう