アルデバラン

 

原田淳子

 
 

 

あなたは戻らない風
還らない雨
一度きりの季節

くぐもった灰色のコートを引き摺り
歩くたびに夜の幕を引いてく

瞬きのあいだに夜は重ねられ
あなたの不在を押しあげる

12月の赤い眼
全能の神の化身が髪を震わせて月を追う
燃える血のα
あなたの心臓

わたしは幹にしがみつき、
枯葉に擬態して生を凌ぐ

氷の朝
蹄で霜柱を踏む
軋む音
土の嘶き

12月
大団円の音楽が始まる
朝焼けと黄昏のスライドショー
最終の黄金の陽までつづく

凍りかけてなお
まだしがみついている
まだ死んではいない

赤橙の光だけがみえる

 

 

 

骨の火

 

原田淳子

 
 

 

白火

水にしづみながら
空が美しくみえるまで
結着の地を彷徨う

脚の砕けた骨に火を灯す
溶けてゆく型
哀しみも歓びも
蝋とともに交じり合う

痛みは火で治癒される
夢が過去に殺されぬように

“I do not associate with deceitful men,
And I avoid those who hide what they are.”

賢く、芳醇な人を欺く技術から
その者たちから
わたしは最も逃れていたい
肌で、凍え死ぬとしても

焔が照らすのは
まだ触れられたことのない光の野

絶対零度の消失点

 

 

 

アザミのように

 

原田淳子

 
 

 

頭に金魚鉢を乗せて歩いている

アザミの花のように
わたしは金魚鉢

鉢のなかには美しい魚が泳ぎ
豊かに果実が実る世界があるが
わたしは頭の上にある世界をみることは出来ない

上界の美しい世界を夢みて
氾濫させないように
割らないように
歩いてゆかなければならない

現実なんてそういうものよ
金魚鉢のなかの夢が笑う

閉じられた頁のなかの
萎びた花束をまだ描いてる
瞼の奥の残像が消えるまで

 

 

 

エル・スール

 

原田淳子

 
 

 

“あ”と打つと “雨”と変換される”愛”

朱ほおずきを指でなぞれば
“心臓”と変換される
青ほおずきは秋の鞘

Siriは賢く、真実を逸らす
指先のアカウントで世界は変換され
行方不明の身体たちが犇めきあう
抜け殻を拾い、抱きしめる
歌のように体温がまだ残っていた

駅が住処だった燕たちは
幸福のパースペクティブを描き
南へ渡っていった
胸をサーモンピンクに染めて
エジプトにゆくのだろう

彼女から手渡された鏡
割れた破片はひかるゆめ
額縁のなかの荒野で
アレチノギクたちが合唱する
わたしたちこそ、真実です

南にゆきそびれた燕のために
幸福の王子の肩に似た枝を描く
アレチノトリの終の住処

雨あがり
蟲たちの王国の夜の配置がかわる
南から北へ、夏の終焉

 

 

 

すばらしい雲

 

原田淳子

 
 

 

島の身体
干あがって、湿って、混じり在る
岬の手
陽を浴び、他者の恵みの葉

太陽は輪郭を解放し
雨は輪郭を際立たせる

天から溢れる羽根で服を編み
ふたつの羽根を持つ鳥の真似して
島から飛び降りた

堕ちるあいだ
雨は光へ還り
百年ぶりに夢をみた
あなたの眼がひらいた瞬間
島が燃えた

ねえ、エトランゼ
あの、すばらしい雲
あなたの心臓のようだったわ

“一番好きなものは何?
教えて、謎めいた人よ
父親、母親、妹、それとも弟?

わたしには父も母も、妹も弟もいない

じゃあ友達?

そんな言葉は、
今に至るまで意味を知らぬ言葉

祖国?

そんなものがどこにあるかも知らぬ

美?

女神や不死神なら、好きになっても良いね

金?

きみが神を嫌いなように、わたしは金が大嫌いさ

いったい何が好きなの?途方もない異国の人よ

わたしが好きなのは雲、
あそこに浮かんでるあの雲、
あのすばらしい雲”

ボードレール「異邦人」 
Charles Baudelaire « L’Étranger »

 

 

 

けものみち

 

原田淳子

 
 

 

王道から外れたら
もう ひきかえせない

光と闇が絡まる
ことばのけもの

光る葉を辿り
漂白された皮を脱ぎ捨て
裏の真を探す

砂に崩れてゆく
臆病な羞恥心
尊大の自尊心

足跡は遺らない

想い出は意味ではない
目撃者はいない

塩柱を逃れて
ふりかえらずに疾れ疾れ

脈打つ、湖
彼方の鼓動



捧げられた時
過去が未来に噛みつき
遠吠えをあげる

崖をかけあがり
鳥の羽音を聴く

暁月

 

 

 

滴 i る i

 

原田淳子

 
 

 

i空白空白空白空白空i
空白空白空白i
  i空白空白空白空白i
i
i
空白空白空白i
 滴 i る i

   i i
  i空白空白空白空白i
空白空白空白空白空
  濡れて
i
  eyes
i i
   
慈しむのは結末ではなく
  そこへ至るまでの 所作
      i
i
洪水の果て
虹彩

真を標す i
           i

     永遠にみえなくても
空白空灰すらも輝く
     i
空白空i
曇り
時々
i

 

 

 

エメラルド

 

原田淳子

 
 

 

四月は風ばかり吹いて、エメラルド

猫よ、
きみの眼の色の季節
ギリシャの海
波の結晶

猫よ、
きみはわたしのこどもでもなく
わたしの友人でもなく
恋人でもない

夢のおわりの朝
緑の眼でわたしを目撃する

幾億幾千もの虐殺を逃れて
きみの生はこの部屋に転がる
きみの緑がわたしの眼を舐める

家族/共同体/国家を逃れて
嘶き、共闘しよう

剥奪されない、生でいよう
緑の獣でいよう

四月の風が緑を噴きあげる

狂わされた季節に花たちが咲き急ぐ
白、黄、青、、
待って、と、つぶやく
まだ靴を履いていない
駆けあがる呼吸に
わたしの空洞のオルガンが軋む
和音未満の点線

貧しきものにも等しく時間は降る
愛と似て
時間は歪められない

緑の氾濫に、いのち萌ゆ