想いで売り

 

原田淳子

 

 

洪水の余波
世は
夜は

窓のむこうは 暴風雨

真っ赤な想いで、いらんかね
胸に弾けるようなハンカチーフさ

雲の想いで、いらんかね
鱗雲、羊雲、眼醒めた頰に

窓に映るは who are you

空白ー あの声は誰

A♭の想いで、いらんかね
螺旋の果実
G#にも裏がえり

蜜蝋の手紙
透けた文字は反転し

吊るされた太陽
戻れない単線区間

レモンチェッロの涙
土砂降りのベッド
祝福と名づけた呼吸

空白-誰かが、月の真似して

想いで、いらんかね
いらんかね

空白- 白んでゆく、泡

 

 

 

滝壺と蟻

 

原田淳子

 
 

 

街路樹の、凍れる波

千ねん百にちのあいだ
あなたは滝だったのですね

遺されたのは、あなたのうた
波の譜
指で聴く

蟻の彼はあなたの詩をおいかけて
滝壺に潜り
波を揺らしています

 

 

 

白蟹さん

 

原田淳子

 
 

 

白い浜辺に白蟹さん

波にさらわれないように
砂にまぎれて
触れば糸切りはさみ
足あと探すのもたいへんね

白蟹さん

わたし
砂のむこうからきたのよ
日出づる黄金のくに
まちはシャンデリア
硬貨は星よりまぶしくて
涙で流れる砂の城

百億分の一の海

百にち一千秒
砂のじこくは永遠のじこく
果てなき砂にくるまり
白蟹さん

わたしは
一秒の砂

 

 

 

離ればなれに

 

原田淳子

 
 

 

Bande à part

青が煽るたそがれ
ふつふつ胸騒ぐ

クロワッサンの横顔
レジスタンスのカフェ・オ・レ
革命のブラックコーヒー

わたしの手足は闇いろの棘
冬の木枯らしにきれぎれに
剥きだされた苦い肌

わたしの海は銀の砦
飛沫をあげて
哭いているのは人魚ではなくて

Bande à part

ここはつめたくて
カフェオレも醒めてしまう

一千一秒の朝
幾億の夜
ミルクは溢れて

離ればなれでいることで
その惑星が光るなら
きっとそれがいいのだと
わたしに囁く銀の糸

降らすは銀の雨

青、煽る

哭いているのは

哭いているのは

 

 

 

生まれたての背骨よ

 

原田淳子

 
 

 

まえぶれもなく
あたらしい月は廻り
はつゆめもみないまま
眼に星は宿る

あかつきは白と黒を燃やし
水は蘇る

月の羽根はないか
破れた靴に泣いてはないか

にぎやかな岬のふりをする
寂しすぎる谷
いつでも新しい湖のこだま

疾走する船に乱れ髪
唇噛んで

河の果てはないか
凍れる指に泣いてはないか

生まれたての背骨よ
砕けた星に誓え