広瀬 勉
1323 : 200818 08:51 東京・杉並 高円寺北
#photograph #photographer #concrete block wall
私は、屠殺されるのを待つ無力な豚だった。
逆さまに吊られ
頸動脈にナイフを突き刺され
大量の血飛沫が噴き出す音を聞きながら
失血死させられた。
そしていくつもの肉塊に捌かれて、
真空パックされるような息苦しさで目が覚めた。
花が深夜、陸橋から飛び降り自殺する夢を見たのだった。
制服姿の花。おかっぱ頭の可愛い花。
橋の欄干に座って、足をブラブラさせて
笑っていた。久しぶりに見る花の笑顔だった。
「お願いだから」「死なないで」
そう言って私は手を伸ばして
二言三言、慎重に言葉を選んだけれども、
正論だけの言葉もいつか尽きて無くなり、
私たちは不器用な沈黙に陥った。
泣いても誰も助けてくれない。
言葉を発しても、誰も耳を傾けてくれない。
どうせ誰も分かってくれない。
そう言って花は、
永遠に手の届かない場所に行ってしまった。
夢から醒めても尚、私はただの肉塊だった。
君は不機嫌な少女だった。
どうか私を食べて。
かつて君が私の一部だったみたいに、
私も君の一部になりたい。
君の片隅に、いさせてよ。
「あなたは強い人だね」なんて言わないで。
私はビョーキで、強くもなく、優秀でもない。
人に依拠しなければ生きてゆけない。
いつでも誰かに頼りたいし、助けてほしい。
こんなことを言う母親を軽蔑しますか?
毎日、学校から帰ってきた君が脱ぎ捨てたローファーを
いつも同じに揃えてた。
踵は家に向くように。つま先は外に向くように。
雨の日も晴れた日も
家が君の出発点であって欲しかったから。
この前、自宅近くの駅で飛び込み自殺があった。
嫌な予感がして
ものすごい数の野次馬を押し分けて行った。
花ではなかった。
男性か女性かもわからない肉塊が、
青いビニールシートに包まれていた。
その夜、何事もなかったように
街は動き出していて
一人の少女が事故現場に佇んでいた。
少女は一本の赤いガーベラを手向けて踵を返し、
自分のいるべき場所 会いたい人がいる場所へ、
走り出していった。
息
抜く
抜くぞ、やっと抜く
「コミヤミヤもこかずとんもお昼寝入ったから2時間外行ってていいよ。
帰ってきたら私が休憩行かせてもらうね」
ってわけで行きつけのファミレスへ
ドリンクバーのアイスティーきゅーっ口に含んで
頭の湯気冷やす
コミヤミヤとこかずとんから切り離された孤独な時間
孤独ねえ
昔はふんだんにあったけど
今はとっても貴重
息、抜くぞ
ゆっくり音楽聞く時間なんて皆無だから
気合い入れてイヤホンを耳に押し込んだところ
「すっごーいっ、ほとんど合ってるじゃない、感心感心」
サルサの代わりに甲高い声が聞こえてきた
20歳前後のメガネかけた女性と中学生くらいの色白の男の子
「この因数分解、ケアレスミスでしょ。
本番だとミスじゃすまないから気をつけて。
それにしても完璧。先生、中学の時こんなに解けなかったよ」
家庭教師に勉強みてもらってるのか
夏休みの過ごし方で点数が開くっていうしな
「じゃあ、数学はおしまい。
今度は英語のミニテストやるから、それ終わったら休憩しよっ」
数学も英語もみられるなんて先生結構優秀なんだな
耳元でコンガがツクパクツツトト
あー、久しぶりのサルサ、痺れるなあ
抜こうよ
息
沸き立つ歌の掛け合いに身を委ねてると
また甲高い声が
「えーっ、haveの後は過去分詞にしなきゃだめだよ。
うーん、数学あんなにできるのに英語はもうちょっと基礎頑張んなきゃだね。
とにかくちょっと休憩しよ」
得手不得手なんて誰でもあるさ
そんなことより息、息
軽快なピアノソロが始まった
その直後
「先生、この抹茶パフェってのがいいなあ、F君は何にする?
おかあさんからお金いただいてるから何でも頼めるよ」
「いいです。もう少し英語勉強してからにします」
テストの出来の悪さにショック受けてるか
「えーっ、まだ受験1年先だし大丈夫だよ、それより息抜きしよっ」
「ぼくいいです。先生食べてていいですよ」
思わず、息、止めちゃった
おいおい、それはないだろ
キミからは先生は大層な大人に見えるんだろうが
実際は6つ7つくらいしか離れてないんだぜ
まだまだ女のコなんだよ
おかあさんが勉強中に何でも好きなもの頼んでいいって言うから
新商品のスイーツ食べるの楽しみにしてたんだぜ
それを何だよ
人生経験が少ないから仕方ないかもだけど
ここでケーキの一つでも頼んでやれば
先生嬉しいんだぜ助かるんだぜ
溜めた息は
抜く
のが正しいんだぜ
コミヤミヤとこかずとんはさ
生まれてもう4カ月半
肺しっかり首しっかり
コミヤミヤが大きなあくびすれば
注入された息はみるみる小さな体を膨らませ
そうして一気につぼんだ口の隙間からぷへっと抜かれて
はい、今度はこかずとんに伝染
両手をわなわな持ち上げて
横向きの顔を仰向けに直し大きく息を吸って
おおーあくびー、開いた口とともに顔が縦長に変形変形
ぷすーっと抜かれてまあるい頬っぺに戻る
吸ったら
抜いて
自由に、好きに
そんなの出がけに見てきたんだ
ところがさ
先生もさるもの
「へぇ、じゃあ先生先に頼んじゃうよ」
ピッとパネル操作して注文終えて
ロボットが運んできた抹茶パフェ
抹茶アイスに白玉、粒あんこ、マンゴーやら何やらてんこ盛り
こんなデカいの一人で食えるのか
ところが口紅薄めの小さな口ぐわぁっと開けて
「うんうん、おいしいね、おいしいね、友だちから聞いてた通り。
F君も早くこの問題解いておやつタイムにしよっ」
巨大な緑の山みるみる崩れていく
おいおい先生、生徒が課題終えるまで待てないのか
息、抜き過ぎなんじゃないのか?
なんて光景に見入っていたら
イヤホンから流れてた曲、もうエンディングだ
トトットトットッ
あらら、終わっちゃった
音楽聞く貴重な機会だったのに
集中できなかったぞ
息って不公平
抜ける人は抜けるし抜けない人は抜けない
チクショー
今度こそ、抜いてやる
吸って吸って
肺を限界まで膨らませて
ぷへぇー、よし、別の曲スタートだ