野上麻衣
雨
雨
雨
ぜんぶすぎさったあと
祝う声を
たくさんひろう
春の
とりの
うたう声
とおく
らっぱの
そらに
あおに
ひろがる
おと
路上と
そらを
つなぐ
うたが
ここにあるよ
雨
雨
雨
ぜんぶすぎさったあと
祝う声を
たくさんひろう
春の
とりの
うたう声
とおく
らっぱの
そらに
あおに
ひろがる
おと
路上と
そらを
つなぐ
うたが
ここにあるよ
くらす人は
いつも記憶があいまい。
さいしょの頃は
わすれちゃった、
とばかりいうので
嘘つきなのだと思っていた
だからみるのは、からだだけ。
はじめての山の夏。
窓にクワガタやってきて
夜のみどりにつれだされる
よっつの耳がきいた
にぎやかで、
やわらかな、陽のない庭
からだにその夜をたずさえて
声をめぐり、
息をつなぎ、また次の夏。
おぼえている人がいるから
ぼくはわすれても、いい。
くらす人が家をるすにする日がつづく。
くらして2年、
ふたりの時間をすごしてきたあとの、
ひとりの時間。
いない夜がつづくと
声にならないぶんが
文字になった。
ふたりのひとりがいないぶん、
部屋はよごれない。
飲みかけのお茶、
洗わずにおいたままのお皿、
ひきかけの椅子。
景色がひとつも動かなくて
ここではひとりんぼう。
しん、と
きこえた
ひとりぶんの、声。
記憶はひとつなぎ
ある記憶、ひとつ
とおくから
べつの記憶
ふたつ、
みっつ
ただ、
からだに頼り
やみをくぐり
やさしい音をあびれば
人はそこにいる、と
記憶はそこにある、と
かたっていたのは
そのなかの、こども
すべてのなかの
あかるいこども
たとえば、声。
目のすみ具合、
肌のいろ、
起きたての体のうごき。
まいにち
そのときのいのちのあるを
くらやみの中で目をこらす、
おう、
とき。
どちらかが
きげんのわるい日は
目がさめたらぶつかる。
どちらがご飯をつくるかでけんかする。
くりかえす日々の
さいごのさいご
だれがいつなにする決まりを
ほおりなげた。
からだは
その日、そのときを生きるようになって
よく、みて
よく、きいて
よく、しるように。
これまであつめたものをはなれて
うつって
よって
くらす人ができて、
かわること。
山のみえる、
ちょっとたかいところの家で
いまからくらす。
あたらしいところへ歩いていくから
たくさんのものをおいていく。
靴はじょうぶなものだけ、
もちものはリュックに入るだけ、
手はあたためておいて。
おいてきたら
おいてきすぎて
好きなものまでおいてきて、
あわててとりにかえる。
はしってさ
ころんでさ
まにあって、よかった。
ひとりでいればまよわない。
どれも自分のぶんだけ
きめて
かんがえて
する、こと。
ふたりになったとたん、
くらす人と
わたし、
ふたつをえらべなくなって
まよって
いらっとして
ひとりでいればよかった。
クッキーみたいに
はんぶんにわって
たベられたらいいのになあ
◯でも
△でもない
こたえでもなくて
なまえもない
でも、しってるもの。
ふたつの声を
おさらの上においてみる
ばらばらの声は
いつか
一枚のクッキーだったのかもしれない
起きればとなりに人がいるようになった。
それでもときどき、目がさめた瞬間
となりに人のかたちがみえて
おどろくことがある。
わたし、どこにいる
10年以上つづけたひとりぐらしの、からだ。
大体はさきに
おやすみなさい、をいう番。
くらしはじめた頃は
ねるよー
ねるよー
とひとりでひろい家のなかをまわり
1日のおわりをつげた。
ぐーすか
すーぴー
寝息をたてるころ
となりの人はようやく布団にはいる。
となりの人はあまりにしずかにねむるので
わたしはわたしのまま
ぐーぐー
ごろごろ
起きるまですこやかなねむりをつづける。
それから、おはよう、をいう番。
この蝶はなんてなまえ?
歩く速さに
蝶がついてくる
たちどまる
たちどまって
また
歩き出す
アオアゲハ
だよ。
きみのとなりを
ふわりふわり
かるく旋回
めずらしいのか
南の海みたいな、
あお
きみは最近
海をみただろうか
手をふって
蝶とわかれる
ほんの散歩
三人であそんだら
ひとりに立ち返った
島にきて二日目
港から 山へ
朝の海をうかべた靄は
肌の上のしずく
半径1メートルの
白い情景
その色は
詩の役目を担っていた
ここでは
風だけが動いて
季節は止まっているね
この島には
港がふたつ
どちらに舟がつくかは
その日の風向きできまる
雲をみあげ
波をながめることは
遠くの風をよむことなのだった