岬のひと

 

野上麻衣

 
 

そのひとは
たっぷり
水辺を泳ぎきり
海のさきっちょをながめて
舟にのった

とってきたばかりの
檸檬をしぼる
その手で
波にふれ

海鳥の声に
しんと沈んで
オールを漕いだ

ずっと ずっと
ながめていれば
ひとびとは
とおくに ちかくに
波になびいて

安心して。
風がはこんでくれるから。

あの場所は
いつものつづき
うたっているのは
岬のひと

 

 

 

声を漕ぐ

 

野上麻衣

 
 

ぷかぷかと浮かぶ
雲みたいな声は
本人ではなく
だれかのいるほうから
聞こえてきた

(声はその人が持っていなかった)

まず椅子を用意する
声が座れるように
ぜんぶで8つ
どちらかあまってしまっても
かさなってゆくから
心配ない

(声は椅子に座りたがらない)

それから
舟をくみ立てる
泡はからだに沿って音をたてる
そのかたちをたどり
水面を漕いでゆくことにした

(声は舟に乗ってくれるだろうか)

2メートル先
水の中で声がする

ぷぅーと吹かれたラッパのように
からだがふるえる
ずっと手のひらにあった
ひとの、声