萩原健次郎
直情に、
頂から、山裾へ落下していく。
水は、直情に、汚濁する。
野を迂回すれば、少しは、澄む。
汚濁は、安穏であるからと
川の声が、ハミングしている。
オダク、ワ、アンノン、
アンノンと。
混じる、幼い子の声
かぞえられないほどの、悲しいことの
束。
針で刺されて、それに応える
泣き、叫び。
疾っと、つっと、
とどまらず、流されていく子ら
笑い声も聴こえる。
合弁花、きばな、べにばな
黒花、
直情の花も、裏切る。
●
あの坂の中腹にある高い木の名を
誰かにたずねてみようかと
すれ違う人の顏を確かめる。
それから、振り返り、
離宮、
北山の峰、西の山。
夕照に、激しく射られて
木の名を訊くことを忘れる。
●
夏に、他季を流す。
声と花いろと、
印を混ぜて、喉いっぱいに
雑音が詰まり、
音の羽が口中に、充満していく。
●
木の名は、夢の中で知る。
混濁する気配のうちに知ったのは
異国のことばだったか、
うにゃりうにゃりと、響いていった。
声音に、弦楽の弦を擦る音が重なり
その名は、薄く削がれていく。