長尾高弘
《生きている間に、》
《捨てられるものは、》
《捨てておこうと思った。》
と書いたのは、
もう十年以上も前のことらしい。
《これ以上余分なものを溜め込まずに、》
《生きていられるだろうか。》
とも書いていたよ。
生きていられたけど、
余分なものはしっかり溜め込んだ。
*
子どもの頃から、
小遣いがあったら、
本かレコード、CDか、
どっちかしか買わなかったな。
服や靴、時計、ゴルフクラブ
そんなものは買ったことないよ。
もちろん食べ物は買ったけど、
買った先からなくなるので、
溜まったりしないからいいんだ。
車も買ったけど、
次に買うときに前のものを持ってってもらうし、
持っている車は使っているので、
無駄なものが溜まったりはしない。
結局、溜まったのは本とCDだけってことさ。
本とCDでよかったのかもしれない。
ちょっと劣化するけど、
コンピュータに入るから。
服や時計はコンピュータに入らないから、
溜めておくしかない。
本やCDはコンピュータに入れて
手放せる。
もっとも、十年前には入りきらなかったけどね。
*
本をコンピュータに入れるにはどうするかというと、
各ページの写真を撮ればいい。
一ページずつバラのファイルになっていると扱いにくいので、
本一冊分をひとつのファイルにまとめる。
これがいわゆる電子ブックだ。
ひとつにまとめると、
ページの順序も管理できる。
問題は各ページの写真をどう撮るかで、
いちいちカメラで写すのでは日が暮れる。
画像も読みやすくならない。
そこで、紙の束をまとめて高速に読み取れる
ドキュメントスキャナーというものを使う。
裏表まとめて写真を撮ってくれて、
一分で二十五枚も読み込める。
ただ、これで読み取れるのは、
紙の束であって本ではない。
本を読み取りたければ、
紙の束にしなければならない。
つまり、綴じ目を切り落とすのだ。
電子ブックができたときには、
元の本は本でなくなっている。
一方通行の作業だ。
*
本を電子ブックにすることを「自炊」ということは、
何年か前に知った。
どうやるのか説明も読んでみた。
生きている間に捨てられるものは捨てておこうと思った、
と書いたことも覚えていた。
でも、自分にはこんなことをやっている暇はないなと思った。
というのはね、
忙しくしていないと生きていけなくなるって恐怖があるわけ、
自営業だからさ。
暇にならないように必死に頑張っていたのよ。
だから原理的に暇はなかったのさ。
そのうち、自炊代行というサービスが出てきた。
一冊百円で自炊をしてくれるんだって。
清水哲男さんが代行サービスを使っているということも聞いた。
俄然やる気が出てきた。
でも、どの業者がちゃんとやってくれるのかとか
考え出すと不安になってぐずぐずしていた。
そのうち、作家たちが自炊代行は著作権法違反だと言って裁判を始めた。
裁判所が作家たちの言い分を認めて、
自炊代行サービスはどんどん廃業していった。
ああ、やるんだったらもう自分でやるしかない。
消費税が八パーセントになる日が迫っていた。
それまでに道具を買おう。
*
「自炊 おすすめ」でネットをサーチして、
必要なものが何かを調べた。
ドキュメントスキャナー以外にも、
ブックスキャナーとか、
スタンドスキャナーとかがあることも知った。
これらだと本を切らずに残せる。
でも、スピードを考えるとドキュメントスキャナーしかない。
それに、本を捨てるために電子ブックにするんだから、
本を残せるという長所はいらぬお節介なんだよね。
人気機種はだいたい四万円弱だ。
あと、断裁機が必要だけど、これが結構高い。
解説記事には載っていなかったけど、
その記事の広告に出ていたのが安かったのでそれを買った。
送料込みで九千三百円。
そのほかに、ゴムマットとカッターと金属製のスケール。
三つで三千円。
全部で五万円ちょっとの出費は、
決して安くないのでちょっと考えてしまう。
飽きて結局本が減らなければ五万円丸損だ。
でも、本を減らすにはこれ以外に方法はないので、
注文ボタンをぽちっと押したのだ。