薦田 愛
JR参宮線、鳥羽の手前で降りる
回収する人のない切符をポケットにしまい直す
ちいさな駅舎から家並みをぬって
マイクロバスは
二見の傾く日のなか
海辺の道へ
女ふたりで夫婦岩なんてね、と
鼻をかむ
だって
縁結びを祈る女子旅ではなくて
恋のアルバム作成中のふたりでもなくて
父つまり夫を送って三十年の母との旅だ
結婚中退から十年
めおとって響きに
ちょっとひるんだのは私
行ったことがないから行ってもいい
と母のひと声
そうだね、
行ってみればいいよね
日の沈む前にご覧になれますよ
促されて宿を出る
夫婦岩まで四分
いちばん近い宿、だって
お伊勢さんに行くのなら
どこに泊まろう
伊勢市内、それとも二見?
なんて言っていたけれど
二見も伊勢市内なんだね
この波打ついちめんは伊勢湾、なんだ
鳥居をくぐるひとたちに続く
ざっざっと靴うらをうがつおと
大岩の角を曲がると拝殿、そして
注連を張ったひと組の岩、
囲むように小さないくつか
ざっざっと靴おと重ねて波ぎわへ進むひとまたひと
その先のほう
カメラを構えた細身の母だ
いつのまに
仄白くにごった光が絵筆のいっぽんとして
雲を走らせる
夕闇を押しとどめて伊勢湾の空は
つがいの岩をみおろしている
波に洗われ続ける岩の冷たさ
注連を張るだけの隔たり
おもいもしなかった感覚がたちのぼる
深夜、
あの岩、あの海、あの空の写真をみている
(仄白くにごった光の)
そう
旅の翌日
これをみて
母の手に一枚のモノクロ写真
え
父だ、父が写っている
その後ろ
あ
めおといわ
夫婦岩だ
おれも行ったんだぞと言ってるみたい、と母
旅行前にしていた整理の
続きをとアルバムを開いたら
いったいいつの社員旅行だったのか
まっすぐな目を向け
モノクロの父は