広瀬 勉
東京・中野沼袋?
夜中に
ブラームスを聴いた
もう
朝なのかな
カーテンのむこうが
明るくなって
いま
鳥が鳴いた
ヒヨドリかな
椋鳥とは脚の色が違うんだと
聞いた
脚が灰色なんだ
ヒヨドリは
夜中に
目覚めて
ブラームスの間奏曲を聴いた
117の1さ
水から生まれてきたのに、水の味をしらない。
青蛙として、わたくしは、わたくしの子も孫も、その顔は知らない。
知っているのは、わたくし、青蛙の眼前で、目を凝らしてわたくしの顔をまじまじと見ているあなただけだ。
わたくしの代、わたくしの世は、なんだか臭い。
蛾の食べすぎか。
何年、青蛙として生きてきたかって?
生まれたのは、数か月前だが、わたくしの前の前の、ずっと前までたどると、千年にも万年にもなる。
同じ顔してさ、同じ皮膚の色してさ、鬱々としているその表情も、へたな鳴き声も、代々いっしょなんだけどね。
ときどきね。音羽の支流の細い川に、青葉を浮かべて、それに乗るんだな。ゆらゆらしているうちに、酔ってきてね。ゆらゆら寝込んでしまって。波乗りというよりも船旅みたいなもの。
わたくしは、ゲロゲロとは鳴かない。そう聴こえるだろうけど。
わたくしは、あなたにも意味のわかる言葉で、語っているんだよ。
蛾の食べすぎで、咽喉の奥になんだか、粉のようなものがカラカラに乾いて詰まっていて、それが空気に混ざって、濁音になって口からこぼれているんだよ。
それで、さっきの話なんだけど、川を下る船旅をして、それからまたこの麓まで戻ってくるのかというと、わたくしにもさっぱりわからない。
あなたの夢に混濁している、青い蛙でさあ。わたくし。
だから、あなたは、今こうしてわたくしを見つめている。
混濁しているのは、景色だけではないよ。背景に、いつも音楽が流れているだろ。
ゲロゲロではなくて、もっと透明な薄情なやつ。
六月かあ。六月の悔恨かあ。
そろそろ、次の代に青を継がせないとなあ。
満員電車で
シフのバッハを聴いてる
インベンションと
シンフォニア
それで
田中小実昌さんの文を
読んでる
腰にある
ふたつの窪みが
ヴィーナスのえくぼなんだ
どうなんだろう
此の世は
こまったことを
抱いて
電車に乗っている