辻 和人
予想はしていたんですけどね
ああ、ミヤコさんの本質というものについて、です。
薄々、と思っていたことが、やっぱり、だった
そんなお話を
皆様に聞いていただきたいと思います(ぺこり)
銀座駅で待ち合わせ
今日は婚約指輪を買いに行く日です
そもそも婚約指輪とは何ぞや?
男性が婚約の記念に妻になる女性に贈る指輪のことで
なぜかダイヤモンドの指輪が一般的で
男性は貰えず、貰えるのは妻になる人だけだそうです
婚約指輪という名前ですが
なぜか結婚後もはめて良いそうです
そのため長くはめられる質の良いものを選ぶそうです
なぜか「給料3カ月分くらいの値段が相場」と言われていますが
「35万円から50万円まで」にまけてもらえました(ホッ)
なぜかお返しに指輪の値段の半分くらいのものを買ってもらえるそうです(ラッキー)
指輪を買う店は既にリストアップされていて(式場探しの時と同じだな)
なぜかもへちまもなく
ぼくはミヤコさんが選んだものを追認するのがお役目
ってことになりそうです
「まずはここ。前にピアスやネックレスを買ったことがあって、良いお店ですよ。」
ほおっ、シックな感じのお店
2階にあがると……高価そうなダイヤの指輪がズラリ
やっぱり婚約指輪っていうのは宝石屋さんの稼ぎ頭なんだな
みんな真剣に探してる、緊張するなぁ
来たぞ、来たぞ、来たぞ
「いらっしゃいませ。指輪をお探しですか?」と上品な感じの店員さん
あら、意外と怖くない(笑)
柔らかな口調でダイヤモンドの見方を説明してくれる
「ダイヤモンドの品質は“4C”という4つの基準で決められます
1番目は色。カラーのCで、無色に近い程良いです。
2番目は透明度。Clarityで、傷や内包物がない程上質です。
3番目は質量。カラットという単位で測ります。
4番目は研磨。カットですね。正確にカットされたものは美しさが違います。
この4Cを頭に入れてお選びいただければまず間違いはありません。」
何と、説明を聞いてからケースを覗くと
ついさっきまでみんな同じようにしか映らなかった指輪と値札との関係が
だんだんわかってくるではないか!
店員さん、ありがとう
その間、真剣な視線を何度となく気になる指輪に向けるミヤコさん
3つくらいケースから出してもらって
黙ったまま何十秒か見つめて
「ありがとうございました。また来ますね。」と戻してもらった
初めてのジュエリー体験にいささか興奮
店を出て「ねえ、どうだった? どうだった?」とミヤコさんに聞くと
「相変わらず良いお店だったですけど、今回はイメージに合うのがなかったです。」
とクールなお返事
普段に比べてなぜか言葉が少ない
なぜか
なぜか
次に行ったのはぼくらが入っていた結婚情報サービスのオススメの店
婚約指輪専門店なんてのがあるんだね
にこやかに、そしてギラリと振る舞うアイライン濃いめのお姉さんから
これでもか、とオススメを見せてもらう
さすがにダイヤモンドの質はいい
さっき教えてもらった4Cを一生懸命思い出してみても
うん、条件クリアじゃないかな
でも、ミヤコさんは「いろいろ見せてもらってありがとうございました。」と言って
そそくさ店を出てしまう
なぜか
なぜか
その次は和のデザインが人気というお店へ
どの指輪にも素敵な漢字の名前がついている
微かに波打っていたり、形もひねりがあってユニークだな
熱心に見入っていたミヤコさん
「これ見せてください。」と店員さんに頼むと
はい、と言って出してくれるが、それきり一言も喋らない
「他に同じくらいの値段でオススメのはありませんか。」と聞いたら
「すみません。私はまだ商品をお客様にオススメできる立場にないので、
担当の者を呼んできます。」
短大を出たてに見える真っ黒髪の店員はまだまだ緊張いっぱいの様子
ジュエリーの世界は厳しいんだなあ
代わりに来た中年の女性店員の接客はさすがに安定している
見せてもらった自慢の品、なかなかいいんじゃない? と思ったが
ミヤコさんは「ありがとうございました。また来させていただきます。」
なぜか
なぜか
足が疲れたので喫茶店で休憩
「いろいろ見てきたけどどう? 結構良い指輪あったような気がするけど。」
ミヤコさん、遠くを見つめるような目つきになって
「どれも悪くないですね。でも、どれもちょっとずつどこか足りなくて。
心を動かされるってところまでいかないんですよ。」
それでもって自分自身に確認を取るかのように
深く頷いたんだよね
はーっ、わかった
モノが人生において占める比重がさ
ぼくとミヤコさんとじゃ比較にならないくらい違うんだな
気に入ったモノを選び抜いて買うっていうのがさ
生き方の問題なんだよ
哲学なんだよ
人間の芯が、質が、問われてるんだよ
はははーっ
プロポーズの時に指輪を用意なんかしなくて
ほんっとに良かった
激怒されてたトコだった
ミヤコさんは自分が大切に使いたいモノはとことん吟味するんだ
ぼくなんか服でも靴でも何でもいいのに(!)
これから気をつけなくっちゃ、だ
そう言えば、ファミちゃん、レドちゃんは住処には執着するけど
モノには全然執着しないなあ
ボールとかネズミの人形とか
猫用のオモチャを買ってあげたことがあるけど
しばらく珍しそうに見て
くんくん臭いを嗅いだら、後は見向きもしない
それを使って遊んであげると喜ぶんだけどね
揺らしたり上げ下げしたりすると
姿勢を低くして
しっぽを左右に、ユラユラ、ブルブル、振って振って
それっ、ガーッ、飛びかかってくる
ファミとレドにとってはモノより「動き」が大事だってこと
ぼくもどっちかって言ったらそっち派だ
でも、ミヤコさんは違うんだ
疲れも取れて、総本山のティファニーへ
混んでる、混んでる
広いスペースがカップルで埋め尽くされてる
不況、不況と言うけれど
みんなこういうところにかけるお金は持っているんだよね
でも、これは贅沢とはちょっと違うようだ
見よ、あの眼差し
指輪に見入る女性たちの中に笑顔を浮かべてる人なんかいない
むしろ眉をしかめるような
苦悶の表情を湛えている
店員さんの説明を聞いて、重々しく頷き
ケースから出してもらった品物に、全身全霊で対峙する
それに比べて、男たちのまあ何とマヌケなことよ
彼女さんのお尻にくっついて
自信なさげに辺りをキョロキョロ見回し
ケースの中の指輪をいかにも価値がわからない風に眺め
彼女さんが移動すると慌てて小走りで後をついていく
それは取りも直さず
トホホ
ぼくの姿でもあるんだけどね
いや、ぼくは4Cについてはちょっと権威だからあいつらよりはマシだ
……なんて思っているうちに、あれれ
ミヤコさんは奥のケースに移動、追いかけなくっちゃ
「いらっしゃいませ。気になるものがあればお出し致します。」
若い男性店員がミヤコさんに話しかけている
「それでは、こちらとあちらを見せていただけますか。
あと他にもオススメのものがあれば。」
しばらく待っていると、5つの指輪を持ってきた
途端、一粒ダイヤの脇に小さなダイヤをちりばめたものに
ミヤコさんの目が釘付けになった
「この指輪はティファニーセッティングと言って、
ダイヤの美しさを最大限に際立たせるため6本の立爪で石がセットされています。
こう、斜めからでもダイヤがとても輝いて見えますね。
こちらの方は新しいデザインの指輪で……。」
ミヤコさんはその新しいタイプの指輪もちら見したけど
すぐ一粒ダイヤの脇に小さなダイヤをちりばめた指輪に向き直る
刺すようだった視線が微かに潤んでいる
どうやらこれだ、値段は?
50万! 予算上限ギリギリだな、チクショー
「和人さん、私これです。これが気に入りました。これに決めていいですか?」
はいはい、いいです
大丈夫です
ミヤコさんが見つけ出した指輪に
ミヤコさんの本質が宿っているのを感じて
薄々、は、やっぱり、だったなあ、と
しみじみ思ったのでした
お店を出るともう夕暮れ
「お疲れ様でした。満足できる指輪が見つかって良かったですね。」
「ありがとうございました。見た瞬間、これだ、と思いました。」
「それはそうと、お腹空きましたね。夕ご飯にでも行きませんか?」
「そうですね。韓国料理なんてどうでしょう。
和人さん、嫌韓デモなんてけしからんって言ってたじゃないですか。
アンチ嫌韓ってことで、韓国料理。」
というわけで
銀座から新大久保という、対照的な土地柄の場所にこれから移動します
なぜか
なぜか
なんて、これからは簡単に言っちゃダメだぞ
和人、お前にとって「なぜ」でも
ミヤコさんにとってはこの上なく「必然」なんだぞ
ミヤコさんの持ち物はミヤコさんの精神を表現してるんだぞ
和人、お前とは違うんだぞ
このことは多分、何事においてもそうだろうから
和人、よく覚えておくんだぞ
それにファミちゃん、レドちゃん
君たちもいずれミヤコさんと会うことになるだろうから
しっかり覚えておくんだぞ