足取りカルク

 

長田典子

 

 

とつぜん
火が噴いた

股間から
ささーっ、と
なにかが流れ出てきた
驚いて確かめると
血液だった
小学生のときのこと
学校から帰って
ほっ、と
椅子に座ったあの瞬間

あの、
衝撃、
のように

帰宅すると
もうぜんと
パソコンを立ち上げる
その日の学習内容をまとめる
宿題の作文を書くジャーナルを書くサマリーを書く
気が付くと明け方になっている
3、4時間眠る
教室へは誰よりも先に到着し着席する
まずは気持ちを落ち着けるところから始める
(そんなことは生まれて初めて)

気が付く
長い間やりたかったのは
このことだったのだと
英語が話されるその場所で英語を勉強したかったのだと

2011年10月5日
スティーブ・ジョブズ氏の死亡を知った夜
偶然 YOU TUBEで
2005年のスタンフォード大学卒業式でのスピーチを聴いた
ここに来てから10か月が過ぎようとしていた
ジョブズ氏のコトバのいくつかに
これ以上ないほど共感し合点した
からだじゅうを
血が駆け巡り
顔が熱くなった
鼻の穴から血が噴き出しそうになった

Don’t be trapped by dogma, which is living with the results of other people’s thinking.
(ドグマの罠にはまるな、ドグマとは他の人間の思考の結果を生きることだから)

55歳を過ぎて
ようやっと
ここまで来ることができた

And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become.
(そして、最も重要なことはあなたの心と直感に従う勇気を持つことだ。それらは、どういうわけか、あなたが本当になりたいものを知っている)

長い間
切望していた
そのことが今
現実になっている

Stay hungry, Stay foolish.
(ハングリーであれ、ばかものであれ)

ハングリーであり続けたつもりだったけど
ばかものになるほどではなかった
いままでは
人の期待に応えるようにして生きてきた

ばかものになれ
ばかものになれ
ばかものであれ

始まった
始まっている
ようやく
わたしはわたしを始めているのだ

その晩は
熱い炎のような塊を
胸に抱いて
眠った

夢の中で
大きな黒い山を登っていた
山頂の
黄色く煌々と光るものを目指して
いっしんに
曲がりくねる
白く細い道を登っていた
足取りカルク
こころ躍らせながら


マンハッタンの
朝の空気はぴんと乾燥している
チーズやベーグルの焼け焦げるにおいがする
高層ビルの先に広がる青空は
ビルの隙間をストローにして
からだの奥底に留まっていた重い重い枷、
のようなものを
きゅるきゅる吸い上げてくれる
ニューヨーカーが足早なのは
泥棒よけが始まりらしいけど
からだの重みを青空に吸収されて
日々
わたしは軽くなる
月面歩行よろしく
ぴょんぴょこ
軽く カルク かるく
透き通り
景色に
溶け込んでいく

ばかものであれ
ばかものであれ

自分の生き方をしていけ
自分だけの生き方をしろ

足取りカルク
こころ躍らせながら

 

 

※文中の英文はすべてスティーブ・ジョブズ氏のスピーチより引用