芦田みゆき
記憶しているのは
白くおおきな部屋
光は青白く
まっすぐに
ゆるやかに
あたしを刺す
赤ん坊のあたしは
両手両足をばたつかせ
懸命にことばを発するが
誰かがひゅうひゅうと吸い上げ
あとかたもなく
消えてなくなってしまった
二、三日前かなあ、
中学校の裏の桜並木で写真を撮ろうと思って行ったら、
終業式のあととかだったのかな、
昼前だってのに中学生が校門からぞろぞろ出てくるのよ。
参ったなあ、やりにくいなあと思ったんだけど、
木の下で花を見上げて写真を撮り始めたわけ。
そしたらさ、
「ハゲ」って単語がやけにはっきり耳に飛び込んできたもんで、
いやあ、びっくりしちゃったよ。
こっちはさ、
彼らが生まれるずーっと前から禿げてるわけ。
結構若いうちに減ってきて、
結婚だって禿げてからしているわけよ。
だから今さら禿げを気にしたりしないんだけどさ、
とても気にする人だっているんだからさ、
まだ禿げてないけどちょっと毛が細いからとかでさ、
誰か友だちのことをからかってやろうって思ってもさ、
本当に禿げてる人がいるところで大声で「ハゲ」
なんて言わないものだよって教えてやろうかな、
などとちらっと思ったけど、
そんなお節介な親父になるのもいやだったから、
聞こえないふりをしていたわけ。
そうしたらさ、
その一団がいなくなったあとで、
また、耳に飛び込んできたのよ、
「ハゲ」って単語が。
それも何度も言ってるんだよね。
「ハゲハゲハゲハゲ」って。
さすがにさ、
あれ、ひょっとしてオレのこと言ってんの?
って思ったよ。
思っただけで終わりだけどさ。
で、今日のことなんだけど、
ちょっと離れた別の場所でやっぱり桜が咲いててさ、
上を向いて写真を撮っていたらさ、
自転車から下りた状態でしゃべっている小学生がふたりいたのは目に入ってたんだけど、
そのうちの片方が大きな声で発したわけよ。
例の「ハゲ」って単語をさ。
写真を撮り終わって視線を下げたらさ、
子どもとばっちり目が合っちゃったわけ。
口をニヤニヤ笑いの形にしてさっと自転車に乗ると、
ふたりともあっという間に消えちまった。
今度はさすがに確信したよ。
本当にびっくりしたなあ。
禿げてから三十年くらい生きてきてさ、
こんなにハゲハゲ言われたのは初めてだったからね。
自分がそう言われたってことよりもさ、
こいつらこうやってヘイトスピーチを言うようになっていくのかな、
なんて思ったら、
暗澹たる気持ちになっちまったよ。
何しろ、ヘイトスピーチと言論の自由の区別がつかない政権になって
マスコミがそういうことをろくに批判しなくなって
もう三年もたってるからね。
でもやっぱり自分がそう言われたことが気になっちゃったのかなあ。
気にしたりしたくないんだけど。
で、今ちょっと思ったんだけど、
上を見上げていたから、
いつになく禿げ頭が目立ったのかもしれないね。
出かけるときは帽子を被るようにしよっと。
そういう問題じゃないけど。