萩原健次郎
そんなに笑うと、笑いが声からはみ出して
叫声みたいになってしまう。
姉が、妹をたしなめて
坂道を降りてくる。
姉妹は、旋律の好みなどは関係なしに
光の胎の中に飲み込まれていく。
霧の中で、
小道で、
街頭で、
橋上で、
チェコの人は、黙ってしまって
美しい、なにもかもを吸引しようとしている。
それをピアノに塗ってくれと、
子どものような眼をしてねがった。
ヤナーチェクとスデックが
室内の、机と椅子になった。
ほらほら、舞い降りてきたじゃないか。
ふたりの少女。
木製の記憶が、織物となって床に縫われる。
狂れるまえにね、
この小屋のような家の庭に出て
一音のハーモニーを重ねようと
姉妹はねがった。
写真師もピアノ弾きも。
ふたりは合わさって
それだからまた、
すぐ近くに落ちていた
光の胎の中へ消えていった。
空空空空空空空空空空空空空空空空空空空(連作「暗譜の谷」のうち)