広瀬 勉
東京・足立千住東?
佐々木 眞
久しぶりに書棚を整理していたら、古いレコードが出てきました。
確かこれは私が1970年代の初めに、横浜の弘明寺の小さな楽器店で初めて買ったクラシックのレコードです。
当時フィリップスというレーベルの廉価版に「フォンタナ」という1枚1000円のシリーズがあり、私はその中から旧ソ連のピアニスト、スヴャストラフ・リヒテルが演奏するバッハとモーツァルトのピアノ協奏曲を選んだのでした。
オーケストラは、バッハはソビエト国立交響楽団、モーツァルトはソビエト国立フィルハーモニー管弦楽団、指揮はいずれも旧東ドイツ出身のクルト・ザンデルリンクという人でした。
生まれて初めて買ったLPを大事に抱え、急な坂を登り下りして。墓地を前にした狭いアパートに辿りつき、これも買ったばかりのステレオ・セットとのプレーヤーの上にレコードを乗せ、バッハのピアノ協奏曲第1番BWV1052を聞いた時の驚きは、いまも忘れることはできません。
この曲は、冒頭からいきなりピアノとオーケストラが全力で疾走するのですが、その悲愴な響きは私の心をまるごと鷲摑みにして、地獄に道連れにしていくようでした。
ああ、これがクラシックというもんか。なんて暗くて重々しいんだ。夢も希望もない音楽だなあ。でもこれは今の俺の気持ちにぴったりだなあ。
そう思いながらレコードをひっくり返して、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番を聞くと、これがまた陰々滅滅たる序奏です。ようやくピアノが入って来ても、私の疲れた心はますます重苦しくなる。
なるほど「降れば土砂降り」がクラシックなのか。聞けば聴くほど悲しい憂鬱な気持ちになるなあ。でもでも、これは今の俺の気持ちにぴったりだなあ、と思えました。
いまでこそ分かりますが、偶然とはいえこの2曲は同じ二短調の曲でしたから、「元気はつらつ、さあいくぞ!」という活発で陽気な世界とは正反対の、死にたくなるような悲愴で厳粛な気分に満ち満ちていたのです。
当時私は2歳になった長男の脳に不治の障がいがあると知ってかなり落ち込んでいましたから、これはそんな退嬰的な気分にまさにぴったりのレコードだったに違いありません。
空白空白空白窓を開ければ墓場が見える。二短調協奏曲は死の歌ならずや? 蝶人