由良川狂詩曲~連載第8回

第3章 ウナギストQの冒険~日本列島ひと巡り

 

佐々木 眞

 
 

 

ウナギのQちゃんの長話は、まだまだ続きます。

「ちょっと大変だったのは丹後由良の海岸かな。あそこは昔から波が荒くて、海水浴のお客さんも、どっちかいうと波の静かな若狭湾の高浜か和田のほうまで足を伸ばしていたくらいだから……。
でも最近高浜には原発が出来てしまったから、僕らも敬遠して、近寄らないようにしてるんだ。真冬でも暖かいお湯が流れ出ているから、そこに集まる馬鹿な魚たちもいるんだけどね。

由良川の河口が若狭湾、日本海にそそぐところは波がきつくて、塩もからいし、けっこう苦労したけど、いたっん沖に出てしまえばもうこっちのもの。
日本海ってさ、けっきょく対馬、津軽、宗谷、間宮の4つの海峡に取り囲まれた大きな湖みたいなもんなんだ。対馬海流のおかげで冬でもわりと温かいしね。
遠く東シナ海から時速0.04ノットで北上する対馬海流に乗って、能登半島、舳倉島そして佐渡海峡を過ぎたあたりで、ここらへんでよくある嵐がやって来たんで、思い切って水深300メートルくらいまで潜ったんだけど、それでも水温は零度、塩分は34%くらい。オホーツク海や北太平洋や東シナ海とくらべると、この日本海は水に溶け込んでいる酸素の分量がとても多いから、僕たちのとってはとても泳ぎやすいんだ。
アカガレイやヒレグロたちが楽しそうに泳いでいたよ」

 話がとつぜん実践的かつ専門的になったので、ケンちゃんは尊敬のおももちで、Qちゃんを見つめています。

「お父さんにあらかじめ教えられていたんで、男鹿半島を過ぎたあたりでは、うっかりして北海道のほうまで流されないように注意してたんだ。
なぜって対馬海流は、ここで2つにわかれてしまうから。もし僕が白神岬と龍飛岬の間で右折して津軽海峡に入らなければ、もう二度と由良川には戻ってこれないぞ、って厳重に警告されてたからね。

津軽海峡の春景色を眺めながら、下北半島の尻屋崎と亀田半島の恵山崎の間を、僕の巡航速度0.75ノットで通りぬけ、やれやれ、これでようやく無事に太平洋に出られたか、と思ったら、猛烈な勢いで体温が下がって来て、今までとは逆に南へ南へと流されていく。

その原因は、千島列島からやってくる冷たい親潮のせいなんだ。4月とはいっても、まだ北国の春は氷のように冷たいし、僕は南の海生まれだから、もう死ぬかと思ったけれど、みんなの代表として派遣されてきているわけだから、こんなことで文句を言っては罰が当たる、と思いながら、まわりのプランクトンを口当たり次第にパクパク呑みこみながら、朝から晩まで太平洋を南に流されてた。

ところが数日たったところで、突然全身が3メートルはあろうかというキハダマグロ、そしてカツオの大群が何千、何万匹の大集団で僕めがけて高速戦闘機のように襲いかかってきたんだ。

まるでバーチャルリアリティの世界。水も温かいところと冷たいところが交互に入り混じって、気持ち悪いったらありゃしない。
あ、そうだ。この辺が親潮と黒潮、寒流と暖流が激突するので有名な鹿島灘の沖合かなと思ったけど、プランクトンを求めて黒潮の南部水域からまっしぐらに北の海めがけてやってくる索餌北上群の威力のすさまじさがあまりにも物凄くて、僕はあっというまにきりもみ状態。
滝壺に落下した1匹のメダカみたいに激しい水流にぐるぐると巻きこまれてしまってアップアップ。ウナギの癖に水におぼれちゃった。

意識を失ってからどれくらい時間が経ったんだろう。そこは真っ暗のクラ。物音一つしない不気味な暗黒の世界。

ほとんどソヨとも水の流れが感じられない水深千メートル、いやもっと深いかもしれない。砂地のうえで30分くらいじっと横たわっていたら、だんだんまわりがぼんやり見えるようになってきた。
すぐ近くを、のそのそ歩いているトゲズワイガニを見付けたときは、うれしかったよ。それとかミドリモミジボウなんかも、僕のそばでボケーっとしてた。

じょじょに体力も回復してきたし、そろそろ上にのぼってやろうかな、と屈伸運動を行い、日課の腕立て伏せ20回、腹式呼吸20回、それにNHKの第2ラジオ体操を自分で歌いながら自分でやり終わって、ゆっくり真昼の暗黒界を見渡したとたん、僕は思わず腰を抜かしてしまいましたよ、ケンちゃん」

「ど、どうしたの、Qちゃん」

「つまりですね、僕のまわりに、いつのまにやら銀色にキラキラ輝く光源体が、あっちからも、こっちからもETのようにむらがって、初夏の宵の蛍火のように、こっちへ来い、こっちへ来い、って僕を呼ぶんです。

考えてみると深海ってほとんど人の出入りはもちろん、魚の出入りもないもんだから、僕みたいな変なストレンジャーがやってくると、みんな人恋しい、いや魚恋しい魚ばっかりなもんだから、もう珍しがっちゃって、何キロも離れた遠方から、手土産を持ってワレモワレモと押しかけてくるんですね。

まず第7騎兵隊のカスター中佐のように、光り輝く連隊旗を掲げたチョウチンアンコウが、全身真っ黒なオキアンコウと闇の中で鉢合わせ、
「おうおう久しぶり、久しぶり、この前会ったのは、たしか大西洋のはずれのどっかだったなあ、お前、元気?奥さんも元気?」
などと、やたら懐かしがったりしています。

いっぽうこちらで鉢合わせしたのは、全身を美しくライトアップしたフジクジラとカラスザメ。サメ肌をくっつけあって、大きなめんたまをうるませながら、「こんなところで会えるとは!」と涙をポロポロ流してよろこんでる。

そこへやって来たのは、サメ肌コンビよりもっともっと大きな目玉をウノメタカノメ、ウオノメもギョロギョロさせながら、僕に急接近してきた全身棘だらけ、完全武装のトリカジカとワヌケフウリュウウオのふたり。こわいよお!

おっと、そこへまたしても海底リングに乱入してきたのは、やたらめったら怒り狂っているソコクロダラ、カナガタラ、イトヒキダラの極悪3タラトリオ。
これでもう1週間以上口に何も入れていなくって腹ペコのペコ。
「こうなったら目にするもの口に入るものなら、石でも悪魔でもなんでも食ってやるぞ!」と物凄い鼻息をブツブツ辺り一面に吐き散らしながら、こんな歌を唄うのでした。

おちよ、おちよ、
だんだら餅 おちよ
金と銀とにわかれて
わがものよ

 
 
 

重い思い その六

 

鈴木志郎康

 
 

重い
思い。

重い思いが、
俺っちの
心に
覆い被さって来るっちゃ。

明け方、お腹が空いて、
ベッドで、
ガサガサ、
ガサガサガって、
紙袋をまさぐって
芋かんぴを
口に入れてると、
美味しい。
と、
隣のベッドで、
麻理が、
「うるせい」って、
目を覚ましてしまったっちゃ、
「ほんと、うるせい存在ね。
でも無くてはならない存在なのよね」
って、言うだけんどもよ、
夜明けの薄明かりの中で、
存在って、
いつかは無くなるときが来るもんじぁって、
思ったっちゃ。
うーん、
富士山の存在とか、
天皇の存在とか、
どうしようもねえなぁ。
かなわねえなぁ。
無くなんねぇよ。
俺っちは、
にっぽんに生まれちまってさ、
にほん語を話し、
にほん語で詩を書く、
にっぽんじんなんじぁね。
そこで、
「霊峰なる富士山の存在は永遠なりぃー。」
「千代に八千代にぃー」
って声が迫って来るっちゃ。
永遠かぁ、
永遠ね。
俺っちは、
自分、
存在って言えっちゃ、
やがてはいなくなるんじぁね。
俺っちは消失するまで、
この一個の身体を生き抜くぞぉ。
と言って、
九十まで生きられるか。
ギーッギエンギエン、
ギーギーギエンギエン、
プーポイ、
プーポイポー。

芋かんぴポリポリって、
書き始めたら、
富士山が出てきちゃってさ、
変な詩になっちゃったね。

まあまあ、
俺っちは、
尽きる命の一個の身体よ。
百までは無理でも、
この一個の身体を生き抜くぞぉ。
麻理も長生きしてね。

八十も過ぎれば、
同世代の知人が、
もう何人もいなくなってる。
寂しいね。
これも、
重い
思い。

俺っちは一個の身体を生き抜くぞぉって、
極私的人生ってわけかい。
またそれかよって、
言わないでよ。

今日はうんこが三回出たよ、
麻子仁丸の効き目かな。

一月二十八日の室内温度が十八度、
アマリリスの蕾が花被の中で成長してる。

テーブルの上にある芋かんぴに、
つい手が出てしまい詩を書きながらポリポリ、美味いなあ。

アンドロイド研究家はテレビの中で言った。
人間らしさの存在感を出す細部を実現するのが難しい。

人間らしさの存在感だってさ。
誰でも人には存在感があるのさ、それは人が生きてるってこと。

人の振る舞いってのが見えなくなっちまった。
もう十年もしょっちゅう会ってる奴がいないのが寂しい。

「ユリイカ」2月号読んでひとつ覚えたバイラルコミュニケーション、
ピコ太郎のPPAP現象はこれの爆発だったんだね。

俺っちって、目が覚めてるあいだは意識して、
いま何時、いま何時って、時計を見たりテレビを見たり。

夕飯で餃子六個とミニトマトハンバーグ四個食っちゃった。
味噌汁も大麦入りの麦芽ごはんも美味しかったね。

ここらで、
軽い言葉で、
思いも軽く、
楽しんで、
タッタッラッタァ、
タラッタッタァ、
トットットッ、
トットットッ、
トットットッ、
トッ。

おっと、危ない、
転ばないでね。
二本の杖をしっかり、
突いてね。

 

 

 

骨ッの世界

 

辻 和人

 
 

コツッ
コツッ
骨ッ
肋骨だよね
脊椎骨だよね
大腿骨だよね
頭蓋骨はどこかな?
座骨はどこかな?
骨ッ
コツッ
コツッ

自転車走らせ
建設中の小平の家へ
今日お仕事のミヤミヤに代わり建設の進み具合を見に行くってわけ
頭上に
鯉のぼりみたく
ハタ、ハタ、ハタめく
ほそ、ほそ、ほっそながい光線君を従えて
走った、走った
すると
鉄パイプの足場とシートに囲まれた巨大な影
「辻様邸」
うわぁ、ぼくんちだよ
感動
見て見て、光線君
「ツジサマー、サマー、サマーティーイーイー。」
興奮した光線君
平べったい体を痙攣したように高速度で折り曲げ
大きく広げたお目々を左右にグリグリ
あのー、まだそんなに驚かなくていいから

「こんにちはー。依頼主の辻です。」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりご覧になって下さい。」
仮設ドアを開けると
うわぁ、いきなり

コツッ
コツッ
骨ッ
の世界
骨の世界
横にも縦にも
おっと斜めにも伸びる
四角い木、木、木
これって
恐竜の骨組そっくり
ぐねぐね
きゅるきゅる
横にも縦にも
おっと斜めにも
ティラノザウルスの骨
ブロントザウルスの骨
骨ッ
コツッ
コツッ

弱いライトに照らし出された骨の群
コツッ
動き出しそうだ
コツッ
大きいの小さいの
縦横関係しあって
しっかり組を作ってる
ここはトイレか
骨が「くの字」状に並んでる
コツッ
コツッ
ここはキッチンか
骨が行く手を阻むようにちょっと不均等に並んでる
コツッ
コツッ
ここは
ベランダの両隣の壁
埋め込まれたふとーい骨が頑張ってる踏ん張ってる
コツッ
コツッ
ここはリビングか
何本も長短の骨が立てかけてあって
ずっしーんって感じで斜めの線を自慢してる
コツッ
コツッ
2階に行ってみましょう
ちょっとぐらぐらする梯子を注意深く昇る
おおっ
こりゃすごい
コツッコツッコツッ
長い骨、短い骨が
太いのも細いのも、香りをぷんぷん立ち昇らせながら
立って立って立ちふさがってる
ああ、2階は寝室と書斎と収納スペースがあるから
いろんな種類の骨でいちいち区切ってるんだな
コツッ
コツッ

興味津々の光線君
体を紐状に細くして一本一本の骨に巻きついては
ささくれた感触にいちいち驚いて
空中でくるくるっと旋回
ひととおり旋回し終わると
今度は骨の連なりのボリュームに圧倒されたみたい
ぴたっと空中に止まって
円状に体をぴんと張って
目をグリグリさせて
甲高い声で叫んだんだ
「ザウルスーッ、ザウルスーッ、シュツゲンナリィーッ。」

そう
小学生の時初めて博物館なるものに連れてってもらったんだよね
ナンダ、ナンダ
コレ
ナンダ
散らばった骨を集めて復元された巨大な恐竜たちの姿
天井を掻き回す縦のライン
床に亀裂を入れる横のライン
骨と骨の間の
ぽかーん空間に
小さな目を凝らすと
古代がみるみる大きくなった

コツッ
コツッ
骨ッ
そうだ、そうなんだ
梯子をぐらぐら降りてもう一度できかけの家全体を眺めると
適材適所の骨が骨を呼んで
連なって、大きくなって
恐竜
歩け
歩き出せ
骨ッ
コツッ
コツッ

「この家は基本的に壁だけで重みを支えられるようにできていますので、
完成した時にはこんなに柱はありません。
雑然と見えるかもしれませんが工事中の今だけですよ。」
現場責任者の方はそう説明してくれたけど
どういたしまして
白い壁に覆われる前の姿を目に焼き付けることができて嬉しいです
近くのコンビニで人数分の缶コーヒーとお菓子を買って渡しました

コツッ
コツッ
骨ッ
光線君
このことはミヤミヤには内緒だよ
ミヤミヤには「順調に進んでいた。」とだけ報告するつもり
暮らし始めた時にこの家が
昔、恐竜だったなんて
知られたくないからね
でも
ぼくは骨の世界の中で呼吸ができて
楽しかったよ
走る自転車を体をきゅるきゅる回転させながら追いかける光線君
「ジュンチョー、ジュンチョー、ザウルスーッ、ジュンチョー。」
骨ッ
コツッ
コツッ

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その14

 

佐々木 眞

 
 

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小さいは小田急線の「お」でしょう?
うあん、そうだね。

お父さん、横浜線、八王子まで運転されるんですよ。
いつから?
平成3年からだよ。

お父さん、いとこの英語は?
カズンだよ。
カズン、カズン、ぼく、いとこ好きだよ。

お母さん、アドバイザーってなに?
教えてあげるひとよ。

お父さん、世間てなに?
世の中のことだよ。

お父さん、いくじなしってなに?
根性がないことだよ。

お母さん、置き去りってなに?
そのままになってしまうことよ。
おきざり、おきざり。

小田急、白に青い線でしょ?
うん、青と白だね。

箱根、高いとこ登れないでしょ?
うん。
それでスイッチバックでしょ?
そう。

お父さん、去年比嘉さん泣いちゃったよ。
でも今年は泣かなかったでしょ?
うん。

有楽町、ヒロシさんが行ったとこだお。
そうね。
お母さん、今度有楽町行きますお。
行きましょうね。

ヨウコちゃんもタクちゃんも、子供生んだでしょ?
そうね。

お母さん、にらんだら困るよね。
そうよ。
ぼく、にらまないようにしますお。

お父さん、背中の英語は?
バックだよ。
セナカ、セナカ。

快速、浜松町に停まるようになったんだよ。
どうして?
モノレールに接続するためだお。

なんで森昌子「まったくう」っていったの?
心配かけたからでしょ。
そうだよ。

ミート君、ぼく好きですお。
ミート君て、だれ?
キンニクマンのだよ。

 

 

 

「ボブ・ディラン全詩集」(片桐ユズル・中山容訳)を読みて歌える

 

佐々木 眞

 
 

西暦2017年1月23日、ギャラプの世論調査によれば、トランプ大統領の就任直後の支持率は45%で、調査を始めた1953年以来過去最低を記録したそうだ。

この日大統領は、「TPP交渉から米国が永久に離脱するよう」指示した。

永久?永久?永久?
お前さん、まさか永久に大統領を続けるつもりやないやろな。
死んでも永久に生き続けるつもりかいな。

とわいが驚いとると、あの「プラトーン」のオリバー・ストーン監督が、「トランプを良い方向にとらえよう」とツイッターで呟いたそうや。

来日した彼は、朝日新聞24日朝刊のインタビューで、
「ヒラリー・クリントンが勝っていれば、危険だと感じていました。米国による新世界秩序を欲し、他国の体制を変えようとする彼女が大統領になっていたら、第3次大戦の可能性さえあったと考えます」
なんちゅうことを平然と語っておるので、またまたびっくらこいてると、
突如、わいの目の前にメリーゴーランドが現われ、ゆっくり、ゆっくり回りはじめた。

回れ、回れ、メリーゴーランド。
ゆるゆる回れ、メリーゴーランド。
僕らを乗せて、ゆるゆる回れ。

「トランプ氏は“アメリカ・ファースト”を掲げ、他国の悪をやっつけに行こうなどと言いません。米軍を撤退させて介入主義が弱まり、自国経済を機能させてインフラを改善させるなら、すばらしいことです」

などとストーン監督はのたもうんやけど、その嘘ほんまかいな?嘘かいな?
ちょいとばかし楽観的にすぎるのではないかいな。

そういえば、わが国の東京都知事も、盛んに「都民ファースト」を呼号しとる。
そういえば、だいぶ前から食い物はファースト・フードだし、アパレルはファ(ー)スト・ファッションが大流行だし、なんでもかんでも速攻自己中心の“ファースト主義”の時代になったやろうか。

ほな早速、ボブ・ディランはんに聞いてみまひょ。

「半分の人間は、いつもなかばは正しい。
何人かのひとはときどき完全に正しい。
しかしみんなのひとがいつも正しいことはありえない」
やて。

そりゃそうやけんど、そもそもオリバー・ストーンはんは、正しい人か?
トランプは悪魔か、それとも正義の味方か? ボブ・ディランはんは、どっちの半分や?
わいらあ、だんだん自信がのうなってきたよ。

するとボブ・ディラン選手がまたあらわれて、わいにウインクしながらこう言うた。
「いまの勝者は、つぎの敗者だ。
第一位は、あとでびりっこになる。
とにかく時代はかわりつつあるんだ」

回れ、回れ、メリーゴーランド。
ゆるゆる回れ、メリーゴーランド。
僕らを乗せて、ゆるゆる回れ。

なんか人世が厭になってしもうたわいがテレヴィをつけると、かつて「米国抜きのTPPはあり得ない」と語っていたアベ・シンゾウが、まるで猪八戒のような顔を30度傾けて、参院本会議場で演説しとる。

「トランプ大統領は、自由で公正な貿易の重要性は認識していると考えており、TPP協定が持つ戦略的、経済的意義についても腰を据えて理解を求めていきたい」

なぞと、目玉をキョロキョロさせながら、ゴーストライターの書いた原稿をほとんど聞き取れない猛烈なスピードで読みあげている。

しかし肝心のトランプが「永久に」蹴ってしまった交渉の座席に、「腰を据えて理解を求め」るなんて、世界中の誰にもできっこないだろう。

回れ、回れ、メリーゴーランド。
ゆるゆる回れ、メリーゴーランド。
僕らを乗せて、ゆるゆる回れ。

民放にチャンネルを切り替えると、横綱昇進が決まった稀勢の里が、今まではほとんど開けなかった目玉をぐっと見開いて、

「これから、ますます強くなります。土俵入りは不知火型ではなく、雲竜型で行きます!」
と威勢よく語っている。まるで血液型が変った別人23号のようだ。

別のチャンネルに切り替えるとかの「仁義なき戦い」で有名な俳優、松方弘樹はんが、脳リンパ腫で74歳で亡くなったと悼んでおる。

ここで急遽、元妻の仁科亜希子はんの言葉が紹介される。

「このたびの、訃報を聞き大変驚いております。私が本気で愛し、2人の子どもを授かり、20年以上も共に歩んでまいりました方です。今は、安らかにおやすみくださいますよう、心よりお祈り申し上げます 合掌」

わいらあ、その「私が本気で愛し」に完全に痺れてしもうた。
こういう赤裸々な告白を、芸能人、いや世間の人々から聞くことはめったにない。
恐らく別れた後で、「ホントウニ愛シ」ていたことが分かったのだろう。ええ話や。

回れ、回れ、メリーゴーランド。
ゆるゆる回れ、メリーゴーランド。
僕らを乗せて、ゆるゆる回れ。

すると、よせばいいのに、またアベ・シンゾウが出てきた。

アベは、共謀罪の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法の改正案について、「捜査の相互協力などを定めた国際組織犯罪防止条約の締結に必要だ」と強調。
「国内法を整備し、条約を締結できなければ東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と述べたそうや。

なら、オリンピックなんて止めちまいな。謹んで返上してしまいな。
だあれも困りはしないよ。
なあ、ボブ。

そこでボブは、立ち上がる。
立ち上がって、歌う。

「何回弾丸の雨がふったなら、武器は永遠に禁止されるのか?」
「何人死んだら わかるのか あまりにも多く死にすぎたと?」
「おい戦争の親玉たち。あんたがたにいっておきたい。あんたがたの正体はまる見えだよ」

いいぞ、いいぞ、ボブ、ええやんか。

「それで ひどい ひどい ひどい ひどい雨が降りそうなんだ」

回れ、回れ、メリーゴーランド。
ゆるゆる回れ、メリーゴーランド。
僕らを乗せて、ゆるゆる回れ。

 
 

*トランプ大統領、オリバーストーン監督、安倍首相の発言は西暦2017年1月24日付朝日新聞、ボブ・ディランの発言は片桐ユズル・中山容訳「ボブ・ディラン全詩集」の「第三次大戦を語るブルース」「時代はかわる」「風に吹かれて」「戦争の親玉」「ひどい雨が降りそうなんだ」より引用。

 

 

 

刑事コロンボの妻

 

佐々木 眞

 
 

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ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
あはあ、うへえ、ぶよよよーん!

嘘から出た真、瓢箪から駒、、驚きももの木、サンショの木。
ヒラリーおばはんに、みんごとババをつかませて、
世界一下品でえげつないサイテー男が、ほんとに米国の第45代大統領になっちゃった。
なっちゃった。

よ、大統領!
や、大統領!
古来稀なる大統領!

万歳、万歳、マンセイ、万世!
今年で古稀のトランプ新大統領!
暴風雪、高波、大雪低気圧も押し寄せて、
今日は世界万国、ほんとにおめでたい。

「2017年1月20日は、国民が再びこの国の支配者となった日として記憶されるのです」
やて。

いいね、いいね、すごくいいね。
ハート印の特大の「とってもいいね!」を押してあげる。
ケネディ以来、久しぶりに登場したイカス大統領だ。

ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
あはあ、うへえ、ぶよよよーん!

「私たちの国で忘れ去られた男性、女性は、もう見捨てられることはありません。すべての人々が皆さんに耳を傾けています」
やて。

よ、大統領!
や、大統領!
古来稀なる大統領!

おんとし70歳の老大統領が、今日から同じ年寄りや、貧乏人や障がい者、社会的弱者、先住民、移民などの「忘れられた人々」に、明るい光を与えてくれる。
やて。

アーメン、ソーメン、冷そうめん
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
ああ、ありがたや、ありがたや。

すると、泉下でミヤザワ・ケンジの懐かしい声がした。

「おれたちはみな農民である。
ずいぶん忙しく、仕事もつらい。
もっと明るく、生き生きと生活する道をみつけてもらいたいもんだ」

すかさず、トランプ爺が答えた。

「私たちは、雇用を取り戻します。
私たちは、国境を取り戻します。
私たちは、富を取り戻します。
そして、私たちは夢をも取り戻すのです」

急いでミヤザワ・ケンジがたしなめる。
新大統領の能天気な空理空論を、どうせなら広大な宇宙的視野の元でじっくり見直せ、と提言したのだ。

「新たな時代は、世界が一の意識になり、生物となる方向にある。
正しく強く生きるとは、銀河系を自らの中に意識して、これに応じていくことなんだ。
われらは、世界のまことの幸福をたずねよう。
求道すでに道である」

ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
あはあ、うへえ、ぶよよよーん!

知らん顔して、老獪なトランプは、タメを張る。

「私たちは大きなことを考え、より大きなことを夢見なければいけません。
米国では、私たちは国が頑張っている時だけ、国が存在し続けると理解しています。
私たちは口先だけで、何も行動しない政治家はもう受け入れないでしょう。
絶えず文句を言いながら、そのことに対処しない人たちです。
中身のない話をする時間はおしまいです。行動する時がやってきました。」

再びケンジが、くぎを刺す。グサッと刺す。

「われらの古い師父たちの中には、さういう人人々もたくさんいた。
でも、世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ないんだ」

ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
あはあ、うへえ、ぶよよんよーん!

しかし、ミスタ・ドナルド・トランプの世界観と幸福論は、ミヤザワ・ケンジとは正反対だ。

「この日から、新たなビジョンが私たちの地を統治します。
この日から、「米国第一」だけになるのです。米国第一です」

よ、大統領!
や、大統領!
古来稀なる大統領!

「私たちは、失敗しませーん。この国は再び繁栄し、豊かになりまーす」

お、いいね、いいね。
懐かしのモンロー主義の再来だ。
マリリン・モンロー甦れ!
そろそろニッポンも、日米奴隷同盟解体の時かしら。

すると突然うちのカミさんが、テレビに向かって噛みついた。

「米国第一ですって!
あのねえ、あんた、それを言っちゃあ、おしまいよ。
もしもお腹の中でそう思っていても、絶対に口に出さないのがプロの政治家ってもんでしょう」

思いがけない反撃を受けた第45代米国大統領は、チチチチと歯軋りし、
右手の人差し指と中指を、せわしなく揺り動かしながら、監視カメラに向かって喚いた。

「そ、そういうあんたは、いったい誰なんだ?」

私のよれよれのレインコートのボタンをつけ直しながら、うちのカミさんが答えた。
「刑事コロンボの妻ですが、なにか?」

ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
ちちんぷいぷい ぶぎぶぎぶぎ
あはあ、うへえ、ぶよよよーん!