家族の肖像~「親子の対話」その17

 

佐々木 眞

 
 

 

わたし、オダカズマサです。
こんにちは、オダカズマサさん。

カズマサさん印刷してください。
はい、分かりました。

カズマサさん、神奈川生まれだお。
神奈川のどこ?
横浜だお。
へええ、そうなんだ。

あっけらかんて、どういうこと?
しれっとしてることよ。

述べるって、言うことでしょ?
そうだよ。

ラッシュアワーはワイドドアでしょ?
そうだね。

カナメ君とノゾム君笑ってた?
うん、笑ってたよ。

ケーキって洋菓子のこと?
そうだよ。

ムカイオサム、にこにこしていた?
にこにこしてたよ。
ムカイオサム、笑ってた?
笑ってたよ。

お父さん、小田急の急行、世田谷代田止まらないのよ。
そうなんだ。
各駅停車だけですよ。
リョウちゃん、世田谷代田だお。
そうなんだ。

お父さん、にらんじゃだめ?
にらんでもいいよ。にらんでごらん。おや、耕君にらんだね。

コバヤシさん、あんず、あまずっぱいね。
はい、あまずっぱいですね。

お母さん、ぼくサトイモすきですお。
そう、じゃあ買ってきて食べましょ。

わからずやってなに?
いうことちっともきかないひとのことよ。耕君、わからずや?
じゃないですお。

禁じるってなに?
しちゃだめっていうことよ

みそ汁の英語は?
ミソシル、ミソスープだよ。
ぼく、みそ汁すきですお

侮辱ってなに?
バカにすることよ。

ことしお母さんジュンサイ買って。
はい、わかりました。

お父さん、ハスはジュンサイに似てるでしょ?
うん、似てるね。

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 33

 

閃光は言葉の先にあった

閃光は

言葉の外部にあった
貨幣の外部にあった

閃光は

理性ではないもの
ばかげているもの

閃光は

強い風のなかを飛ぶもの
テトラポットにしろく砕けるもの

閃光は
閃光は

わたしではないもの
あなたではないもの

 

 

 

昨年六月の詩「雑草詩って、俺っちの感想」を書き換える。

 

鈴木志郎康

 
 

俺っち、
自分が去年の六月に書いた詩を、
書き換えたっちゃ。
書いた詩を書き換えるっちゃ、
初めてのこっちゃ。
雑草詩って比喩の
使い方が
気に入らないっちゃ。
印刷された縦書き詩行を、
こりゃ、
雑草だっちゃってね、
決めつけて、
ひとりで盛り上がったのが、
去年のことだっちゃ。
それが失敗だっちゃ。

去年出した新詩集の
「化石詩人は御免だぜ、でも言葉は」の
校正刷りがどさっと届いたっちゃ。
紙の束を開いて、
横に書かいた詩が、
ぜーんぶ、
縦に印刷されてるじゃん。
当たり前っちゃ。

Webの「浜風文庫」に発表した時には、
横書きっちゃ。
詩集にすると、
縦書きっちゃ。
紙の上に、
縦に印刷されてきた
校正刷りを、
二回読んだ感想なん、
日頃のことが書かれた
詩の行が縦に並んでるじゃん、
雑草が、
ひょろひょろ、
ひょろひょろ、
って、生えてる。
こりゃ、
雑草が生えてるん、
ページをめくると、
また、雑草、
また、雑草、
抜いても抜いても生えてくる
雑草じゃん。
俺っちが書く詩は、
雑草詩じゃん。
と、まあ、
俺っちは
盛り上がってしまったっちゃ。
これがまず失敗だっちゃ。
雑草の比喩に、
引っかかっちまったってこっちゃ。

俺っちは、
雑草って呼ばれる草の
ひとつひとつの名前を
ろくに知らないっちゃ。
いい気なもんだっちゃ。
今年になって、
木村迪夫さんの詩を読んだら、
その名前が
ちゃんと書いてあったっちゃ。
蓬、茅萱、薊、芝草、藺草、蒲公英、
びっき草、へびすかな、どんでんがら、ぎしぎしー
見たことない草もあるけど、
俺っちも、子ども頃に、
蓬を摘んで、
草餅食ったこともあったっちゃ。
詩の一行一行も、
書かれた言葉は、
それぞれ違った姿で立ってるんじゃ。
一緒くたにするな、
馬鹿野郎、
俺っちって馬鹿だね。
無名の、
雑草って一絡げしちまってさ。
道端に繁茂する
雑草のイメージに酔っちまってさ。

雑草を、
無用な草、
価値のない草、
その比喩に、
俺っち自身の詩の言葉を乗せちまって、
でも、
生命力が強い存在って、
ことで、
自身の詩を持ちあげちまってね。
この思いつきは、
俺っちにして、すすっ素晴らしいぜ。
なんてね、
盛り上がっちゃったってのが、
またまた、
失敗だっちゃ。
踏まれても、
引き抜かれても、
生えてくる
雑草。
貶されても、
無視されても、
どんどん、
どんどん、
書かれる
雑草詩。
いいじゃん、
じゃん、じゃん
ぽん。
って、
いい気なものでしたってこっちゃ。

雑草って比喩は、
有用な栽培植物に向きあってるってこっちゃ。
有用が片方にあるってこっちゃ。
有用な詩ってなんじゃい。、
評価される詩か、
ケッ、
評価の土俵ってか、
アクチュアルのグランドってか、
まあ、そこから、
なかなか身を引けないねえ。
そんで、もって、
雑草詩って盛り上がっちゃったってわけさ。
俺っち、
雑草詩を書き続けるっちゃ。
無用の詩を書き続けるっちゃ。
格好悪い詩を書き続けるっちゃ。
格好悪いが格好いいっちゃ。
俺っちの
ひとりよがりのヒロイズムじゃん、
いいじゃん、
じゃん、
ぽん。
じやん、
ぽん。

そこでちょっと、
詩を書くって、
ひとりで書くってこっちゃ。
ひとりよがりになりがちだっちゃ。
でもね、
誰かが読んでくれると、
嬉しいじゃん。
共感が欲しいじゃん。
読んだら、
話そうじゃん、
話そうじゃん。
じゃん、
じゃん、
ぽん。

 

昨年の6月に書いて発表した「雑草詩って、俺っちの感想なん」

 

 

 

シロウヤスさんのアマリリス

 

長田典子

 
 

シロウヤスさんのアマリリスは
薄いピンクのはなびらに赤い筋が優雅に入っている
2017年2月8日に初めて一つ目の花を開かせ
2017年2月15日に四つ目の花が開いて
2017年2月16日に四つとも花が咲きそろって
2017年2月18日に一つ目の花が萎れはじめ
2017年2月24日に四つ目の花が萎れはじめた
はなびらに入った筋はそれでも脈々と走っていて
2017年4月6日には枯れ果ててもなお
はなびらは赤い血管をどっくんどっくんさせて存在している

きっついことがあると
うでにカッターナイフをあててしまいます
すうー、すうぅぅーー、
沁みるような痛さは きっついことをわすれさせてくれるから
しねたらいいけど しぬのはこわいから
しなないていどに 赤い線を引いていきます

シロウヤスさんのアマリリスは
枯れて うすい茶色になっても
ある、そこにある
脈打っている
存在している

どっくん どっくん どっくん どっくん

うでから血が吹き出るのは見たくないの
にじむていどにね
すうー、すうぅぅーー、すううぅぅぅーー、
カッターナイフで
赤い線をうでに引きます
なんぼんも なんぼんも

シロウヤスさんのアマリリスは
2017年1月16日に
「アマリリスの蕾が出てきた なんかうれしい」って
今年初めてフェイスブックに登場し
2017年1月22日に「アマリリスの花茎がすうーっと伸びた」

2017年2月1日に「アマリリスの蕾が姿を現した」となって
2017年4月6日の「枯れ果てたアマリリスの花弁」まで
途中、薄いピンクのはなびらにソバカスが浮かびはじめても
2017年3月19日までシロウヤスさんは写真に撮り続けて49回ポストし
2017年4月6日の「枯れ果てたアマリリスの花弁」まで50回
フェイスブックで公開され続けた

ねばり ついきゅうする
シロウヤスさんの作家魂
どっくん どっくん どっくん どっくん
脈打っている
存在している

ふともも が かたほう
とっても ほそいのは 知ってたよ
きみは 言った

ずっくん ずっくん ずっくん ずっくん

きみの 火の玉が からだの芯をつきのぼり
わたし あたまのてっぺんまで 水飴です
とろけて ふやけて よじれていく さいちゅうに
そんなとこ見てたんだ きみ

ずっくん ずっくん ずっくん ずっくん

わたしはきみ に なり
きみはわたし に なり
ふとくて あっつい いっぽんの血管になったあとで
きみは
わたしのせなかを さすりました
ぶあつい てのひらを ひろげて
ぼくは 気にしない
その ほっそい ふともも が
すっ、きっ、

どっくん どっくん どっくん どっくん

きみは わたしのうでの
赤い線を
ぺろぺろ ぺろぺろ
いぬみたいに
なめました

脈打つ 血管
脈打つ わたし きみ

シロウヤスさんのアマリリスの血管

しぬのはいけないね
いつも通るマンションの7階から見える四角いコンクリートの駐車場
通るたびにフェンスに両手をかけ 覗き込む
しんでしまおうか
しんでしまおうか

しぬのはいけないね

きみは わたしのうでの
赤い線を
ぺろぺろ ぺろぺろ
いぬみたいに
なめました

81歳のシロウヤスさんは元気に詩を書き続けて
2017年は
1月 5つ
2月 4つ
3月 6つ
4月 3つ

2017年4月7日のメッセージで教えてくれました

シロウヤスさんのアマリリス
81歳のシロウヤスさんが2月8日から4月6日まで写真に撮り続けたアマリリス
枯れても ある
そこに ある
すごい ある
アマリリス

どっくん どっくん どっくん どっくん

ねばり ついきゅうする
シロウヤスさんの作家魂

これ、わたしのお守り

フェイスブックを開いて
きみに見せました

シロウヤスさんのアマリリス

ある
脈打つ

きみ
わたし

 

 

 

続続とがりんぼう、ウフフっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

とがりんぼう、
逃げちまった
とがりんぼう、
って、唱えて、
朝食のトーストを食べて、
朝日新聞を読んでたら、
八十八歳の数学者の
佐藤幹夫さんが弟子たちに言い伝えた言葉が出ていたっちゃ。
「朝起きた時にきょうも一日数学をやるぞと思っているようでは、ものにならない。数学を考えながらいつの間にか眠り、目覚めた時にはすでに数学の世界に入っていないといけない」(注)
ってね。
すげえ没頭に集中だっちゃ。
きっと、弟子だちは、
ご飯食べてる最中にももちろん数学、
うんこしてる最中にももちろん数学。
これだ、これだとばかり、
早速、俺っち、
この言葉をもらったっちゃ。
「朝起きた時にきょうも一日とがりんぼうをひっ捕まえて詩を書くぞと思っているようでは、ものにならない。とがりんぼうを尖らせ詩を考えながらいつの間にか眠り、目覚めた時にはすでに詩の世界に入っていないといけない」
ってね。
これぞ、
とがりんぼうを
確実に尖らせるやり方だっちゃ。
さあ、摑まえるぞ。
さあ、尖らせるぞ。
さあ、詩を書くぞ。
とがりんぼう、
とがりんぼう、
ウフフ、
ウフフっちゃ。

ものにならない、
ものになる、
ものにならない、
ものになる。

ものになる
数学って、
なんじゃい。
人類の数学史に残る公理の発見っちゃ。
とがりんぼうを
掴まえて、
尖らせ、
ものになる
詩って、
なんじゃ。
人類の詩の歴史に傑作を残すってことかいなあああ。
ケッ、アホ臭。
俺っちが、
とがりんぼうの
尖った先で、
言葉を書くと、
その瞬間、
火花散って、
パッと燃え尽き、
灰になっちゃうってこっちゃ。
そこに、
新しい時間が開くっちゃ。
嬉しいって、
素晴らしいって、
ウフフ、
ウフフっちゃ。

まあ、
仮に、此処に、
八十二になる老人が居てねっちゃ、
とがりんぼうを、
尖らせろ、尖らせろ、
つるつるつるーんを、
引っぱがせ、引っぱがせ、
ってね、四六時中、
食事しながら、
うんこしながら、
とがりんぼうを
追いかけてるっちゃ。
でもね、飴舐め舐めテレビ見ちゃう。
つい、飴舐めちゃう。
口が甘あくて幸せだっちゃ。
そこでね、
とがりんぼうに逃げられちゃうってわけさ。
それでも、
とがりんぼうを、
追い回してて、
詩が、
ものになるかどうか。
遠いところで頭を掠め、
やがて、此処に、
不在がやって来るっちゃ。
本当、世の合理は酷しいってこっちゃ。
つるつるつるーん、
ツルリンボー。

 
 

(注)朝日新聞2017年4月9日朝刊。
佐藤幹夫(88)・ノーベル賞と並ぶとされるウルフ賞受賞、京都大学名誉教授、京都大学数理解析研究所元所長が弟子に伝え、語り継がれる言葉とある。

 

 

 

石の息

2017.4.1.

 

芦田みゆき

 

 

4月の初め、石の彫刻家Iwaneさんの群馬県のアトリエを訪ねた。
自然をたくさん観たいという私の希望で、二人は車で近くの山へと向かった。
途中、無人の石切り場が見えてきた。
私たちは車を降り、そっと散策に出かけた。
草むらを掻き分け進んでいくと、川の音が聞こえてくる。
小さな川を越えると、切り出された石の山が見えてきた。
Iwaneさんはすべるように石のあいだを移動していく。
山の斜面に木が生えている。
石の土地にどうやって木は生えるのだろう?と覗き込むと、
石を抱きかかえるように木の根がしっかりと伸びていた。
あぁ、私たちは地球の表皮に立っているんだ。
そして石の彫刻とは、地球の一部分を切り出し、
エネルギーを移動させたり、刻んだりすることなのだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続とがりんぼう、ウフフっちゃ。

 

鈴木志郎康

 

 

急げ、
急げ、
追いかけろ、
掴まえろ、
とがりんぼうを
掴まえろ。
それしかないっちゃ。

夜明け前の
三時を回ったところだっちゃ。
目が覚めたっちゃ。
今や、
とがりんぼうは、
外に出たっちゃ。
ということは、
中に入ったってこっちゃ。
二本杖でも外歩きできない、
ベッドに横になってる
俺っちの
頭の中に、
入っちまったってこっちゃ。
外へ出るのが中に入るって、
とがりんぼうは、
ややこしいこっちゃ。
出たり入ったり、
入ったり出たり、
ややこしいこっちゃ。
とがりんぼう、
ウフフ、
ウフフっちゃ。

世が明けたっちゃ。
中の中で、
追っかけろ、
外の外で、
追っかけろ、
捕まえろ、
とがりんぼうを、
捕まえろ。
iPadで、
掴まえろ。
腹へったっちゃ。
せんべい一枚口にして、
とがりんぼうを
掴まえろ。
とがりんぼうは
掴みどころがないっちゃ。
つるつるつるーん。
捕まえても、
ツルリンボーって、
すり抜けて、
逃げちゃうっちゃ。
俺っちの、
このごっつい手じゃ、
掴めねえな。
ほら、もう、
中の中の、
外の外の、
セブンイレブンの角を曲がって、
見えなくなったっちゃ。
げそっと来ちゃうぜ、
とがりんぼう、
ウフフ、
ウフフっちゃ。

とがりんぼう、
とがりんぼう、
尖ってるのは、
俺っちの
言葉の切っ先か。
つるつるつるーんは、
俺っちの気分か。
つるつるつるーんを
被った
尖った言葉が
外の外の、
中の中の、
セブンイレブンの角を曲がって、
何処かに行っちゃった。
ツルリンボー、
今朝もまた、
摑まえるのに失敗だっちゃ。
げそっと来るんだっちゃ。
とがりんぼう、
ウフフ、
俺っちには、
それしかない
とがりんぼう、
ウフフ、
ウフフだっちゃ。

 

 

 

夢は第2の人生である 第49回

西暦2016年師走蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

突然家の中に大きな蛇が入ってきたので、ゼンチャンもコウチャンもケンチャンも大騒ぎ。お母さんが大蛇の上に座布団をかぶせたので、私はその上から岩を落としてやろうと思ったが、念のために座布団の下をそっと覗いたら、それは大蛇ではなく人間の顔だった。12/1

某国との平和友好条約が締結され、その記念式典が開催された。私はその祝祭コンサートの演奏をする一員なのだが、最高に盛り上がったコーダの部分で、携帯の呼び出し音をうまく鳴らせるかどうか自信がなくて、ひどく緊張している。12/2

私の目の前で、前田嬢が、あほばかナベショーの横暴と徹底的に戦っている。じつに偉い。立派な女性だ。12/2

最近会社へ行っても、竜宝部長も今中課長もいない。事務の安永さんに聞いても「さあどうしたんでしょうねえ」と言うばかりなので、近所の居酒屋を探したら、朝から飲んだくれていた。12/3

兄貴が、おらっちのスケをこましたので、おらっちも、兄貴のハクイスケを、2回こまして、倍返ししてやった。12/7

私は、私に、致命的な毒液を注射しようとした、電通の営業の男を、投げ飛ばし、崖から突き落として、九死に一生を得た。12/8

久しぶりに海づりに行ったら、タイやヒラメがどんどん釣れるので、驚いていると、海から死んだ祖父が出てきて「わしは、じつはコヤナギルミという童話作家だったんだ」というたので、驚いた。12/9

幕府から選ばれた10名の男女は、下にも置かない厚いもてなしを受けたのだが、「1対の男女でも親しくなれば命はない」と厳命を受けたので、ひどく緊張を強いられていた。12/10

今中課長から「君は関連会社へ出向してくれ」といわれ、今の会社に飽き飽きしていた私は喜んで、まずは偵察にといそいそ出かけたのだが、そこでじつに不可思議な女と出くわした。12/10

コンサートが終わって、会場から出てくる群衆の中に、死んだはずの義母を見つけた。神宮プールを覗きこんでいるので、きっと私の死骸が浮いていないか心配しているのではないかと思って、私はおずおず「おかあさん」と声を掛けた。12/11

すると彼女は驚いた顔をして、「あらマコトさん、どうしてこんなところにいるの?私はミエコを探しに来たのよ」というので、「ミエコはここじゃなくて、逗子のプールで泳いでいるんですよ」と教えると「あらそうなの」と答えたその顔は、ずいぶん若かった。12/11

今年の世界図書館展は、アフリカで開かれたのだが、書籍の展示が天地さかさまになっているので、修正するのに半日掛かった。食堂へ行っても、食事も水さえないので、私はどうしてこんなところまでやって来たのか、と我が身を呪った。12/12

運転などやったことがない私は、女をスピードカーに乗せ、ひしと抱きしめたまま、山から野原へ、野原から街へ、街から海へ、ドドシシドッドと全速力で疾走したが、不思議なことに、誰にも出会わず、何物とも衝突しなかった。12/13

大混雑のレジで、私は誰かの財布を拾った。中に入っていた5千円札をこれ幸いとこっそり引き抜いて、それで勘定をすませようとしたら、担当のオヤジが「ちょっと待ってください」と言うので、小心者の私はびくっとした。12/13

新宿まで進出してきた中国軍を、わが連隊は奮戦して銀座8丁目まで押し返したので、彼らは、東京湾から撤退していった。12/14

「おいらはCMをウオッチするために、これまで民放ばかりみていたので、いましばらくはNHKだけみることにしているんだ」というと、テツちゃんが「こないだやっていた「たきやかな夜」というドラマみましたか?」と尋ねた。そんなの聞いたこともない。12/15

万能の人工知能アンドロイドをプレゼントされたので、私は、こいつをローマ時代の奴隷のようにこき使ってやろう、とひそかに考えた。12/18

私は破産してしまったので、来年3月まで、キンサンギンサンのために勤労奉仕をするように命じられた。12/19

私の膝に倒れ伏した芸者の松坂慶子が、「わたし、もうどうなってもいいの。今夜ここに泊めてください」と泣きながら訴えたのだが、うぶな私はどうしていいか分からず、うんともすんとも答えられなかった。かくして運命の決定的瞬間は過ぎ去った。12/20

行動計画表を見ると、午後2時に鎌倉ではなく相模原を出発することになっていたので、私は郷土防衛軍第8連隊を率いて、急遽相模原に向かった。12/21

「冬場は火事にならんように、火の用心をするんじゃよ」と、そのお爺さんは何度も警告していたのに、わたしたち子供会の落ち葉焚きが原因で、街は丸焼けになってしまった。12/24

セイさんと一緒に帰り支度をしていたら、赤ちゃんを連れた若い女性が、わたしたちになにやかにやと話しかけてくるので、「うざったいなあ」と思いつつも、なかなか可愛い顔をしているので、むげに振りきることもできず、いつまでもうだうだ関わっているわたくし。12/25

永代のデザイナーとショーを見物していたら、松平さんが「あなたずいぶん昔のスーツを着ているのね?」と揶揄するようにいうたので、「ええ、昭和10年代の古着です」と答えてしまった。本当は80年代のコムデギャルソン・オムの残骸だったのだが。12/28

隣の家との隙間に3.15平方メートルの土地を持っていたのだが、ついもののはずみで、「御主人に差し上げてもいいですよ」と言ってしまったことを、私は朝まで後悔していた。12/29

NYの美術館から10枚のスケッチの発注を受けた田中君が、あっというまに訳のわからない心象画を描き上げるのを、私は茫然と見つめていた。12/30

判決が下り、私は海に突き落としたばかりの武者人形を、たった一人で海底から地上に引き揚げなければならなくなった。12/30

橋本氏と別れた後、プラットホームで電車を待っていると、赤ちゃんを連れた若い女が、どこかへ連れて行って欲しい、とねだるので、映画を見たりお茶をしたりしていたが、ずいぶん遅くなって電車も終わってしまったので、ホテルに入って寝た。12/31

私が浅草公園から引っ張ってきた風来坊シェフの超お買い得弁当は、物凄い売れ行きである。100名様限定の「さわこの初恋弁当」などは、それこそあっと言う間に売り切れた。12/31

 

 

 

教諭

 

萩原健次郎

 
 

 

桜の不均衡は、
一木であることの寂しさを超えて、
強く見える。

雄か雌か、
木の性が傾いている。

景物の中では、あやうく
斜に浮いている。

強情で頑なで
まだ冷ややかな浅い春に
咳き込んでいる。

あるいは、吐息ならば激しく、
欲動している。

薄い空気に流れてくる
目刺を焼く煙。

目を刺すんだよ。
くりくりと刳り抜いた鰯の眼球に
藁ひもを通して火で焙る。

火のあたりに坐っているのは
女の私か
男の私か

生活を殺してはだめだよ。

とカラスが教える。

花を見て、うっとりしていると
おまえは、もう目刺の目だと
カアカア言う。

いい匂いの煙もあると
茶色くなった煙は、宙に溶ける。

ふりかえる身体という
枝が老いていく。

白米に、桜を植え
目刺をまぶして

なんとかどんぶりが
鉢ごと、川を流れていく。

 

 

 

ケロちゃんとコロちゃん

 

辻 和人

 
 

ケロケロ鳴いていますよ
コロコロ鳴いていますよ
でもって
コロコロ転がっていますよ
ケロケロ転がっていますよ

新居に引っ越してひと月
ミヤミヤが薬局のオマケでもらってきた
ケロちゃんとコロちゃん
小さなアマガエルのマスコットで
マツゲのある赤い洋服のケロちゃんは多分女の子
マツゲのない青い洋服のコロちゃんは多分男の子
両手を広げにっこり顔で突っ立っている
「かわいいでしょ。ここに飾っておくね。」
キッチンの縁に置かれたケロちゃんとコロちゃん
ご飯食べている時もソファーでくつろいている時も
ぼくたちをちょっと上から見下ろす感じ
「あ、また落ちちゃった。かずとん、拾っておいて。」
軽い軽ーい彼らはちょっとした振動でも転がって
すぐ床に落ちちゃう
何気に存在を主張してるんだなあ

ミヤミヤは国分寺の丸井に買い物に出かけて
ぼくはお掃除
ひと息入れようとコーヒー沸かしてたら
「ゥグゥーー、ゥグゥー、コイツラー、ナニー、ナニー。」
新居までついてきた光線君
体をタオル状に変形させ
ふらーりふらーり家中を回遊してるうち
ケロちゃん、コロちゃんの存在に気づいたらしい
「アヤァー、アヤァー、アヤァーシィ、コイーツラー、シィー、シィー。」
ケロゃん、コロちゃんの周りをぐるぐる旋回しながら光線君が叫ぶ
どうやら対抗意識を燃やしているらしい
光線君、お前も十分怪しいんだがなあ
「ただのオマケだよ。気にするようなもんじゃないよ。」

っとっと
触ってないはずなのに床に落ちちゃった
光線君の念が落としたのか?
よいしょっと拾ってキッチンの縁に置き直す
定位置に戻ったケロちゃん、コロちゃん
仲良さそうだ
両手を広げ目をぱっちり開けて
ケロケロ鳴いているよう
コロコロ鳴いているよう
安心したのかなあ
でもまた落ちちゃうんだろうなあ

そう言えばここに越す時に
いろんなモノが処分されてったなあ
「かずとん、この小型の電気ストーブ、今にも発火しそう。危ないから捨てるね。」
「かずとん、このジャージ、くたびれてるから捨てるね。
かずとんって何でモノを買い換えないの?
大切に扱わない割に
モノ持ち良すぎるんじゃない?
このジャージだって、あたしが言わなかったらおじいちゃんになるまで着てたでしょ?」
ああ、そうだよ
今着ている「welcome!」ってTシャツもそうだよ
15年くらい前に買ってまだ着てる
着ない理由が特にないから
着るなって言われなかったら
60になっても70になっても着てるだろう
ああでも、これもそのうち処分されちゃうな
「かずとん、今度一緒に、丸井に新しい服買いに行こうね。」

服や日用品に対してさっぱり思い入れがないんで
買ったら買いっぱなし
同じ奴をいつも着たり使ったりして
その他は捨てるのもめんどくさいから放置
そんな暮らしの臭いが
前の引っ越しではまだ少しは残っていたけれど
今回の引っ越しで根こそぎになりそうだ
見ろよ
このリビング
明るいだろ?
面積は狭いけど
無駄なモノがないし、無駄な仕切りもないから
広々と見える
棚の上には
グラジオラスとウイキョウと名前のわからない黄色い花
勤務先の華道部でお稽古した花を活けたんだそうだ
「ね? 部屋がぐっと華やかになるでしょ?」
窓の外の3坪半しかない庭は更地のままだけど
今度ウッドフェンスを立てるらしい
昨夜、ミヤミヤは
取り寄せたカタログをそれはそれは熱心に見てた
ページから目を離すと振り向きざまに
「ちょっと高いけどずっと使うものだし、ある程度材質の良いものにしないと。
植える植物もこれから考えなくっちゃ。」
うぉ、すごい気迫
不意を突かれたぼく
「ああ、いいんじゃないかな、きれいになるんなら。
ぼくとしてはできるだけ安くあげたいもんだけどさ。」

落ちちゃうモノがあって
拾われてくるモノがある
それもこれもみーんな
生身との接触のおかげ
強い意志を持つ生身にはかなわない
かなわなくてもいいさ
接触して変化する
うん、自然
すごく自然だ

てなこと考えてたら
せっかく淹れたコーヒー、少し冷めちゃったよ
生身と接触しなくても
変化する時は変化するんだ
これはこれで自然なこと
ズズッとひと口啜って
うん、まあまあうまい
ちょっとは落ちたけどちょっとは拾えた
落ちて、拾って
こんなことが
この明るい、狭いけれど広く見える空間の中で
姿を変えながら
繰り返されていくんだろうな

ケロちゃんとコロちゃん
今のところまだ静かに立っている
ケロケロ鳴いていますよ
コロコロ鳴いていますよ
でもって
何かの拍子に
コロコロ転がっていますよ
ケロケロ転がっていますよ
になるかもしれない
「ゥグゥーー、ゥグゥー、コイツラー、
オーマーケー、、アヤーシィクー、ナーイーイー。」
三角の目を丸に変えた光線君が叫ぶ
そうそう、その調子
光線君、いつまでも仲良くしてやってね
ぼくとミヤミヤも
落ちたり拾われたりしながら
仲良くやっていくからさ