夢は第2の人生である 第50回

西暦2017年睦月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

白い顔の女と宿屋に入ったら、なぜだかもうひとり顔のない女も一緒に入ってきた。他には誰も客がいない2階のだだっぴろい大広間に布団を敷いて、まだ夜にもならないのによもやま話をしていたら、急にその気になったので、私が白い顔の女の上にのしかかると、顔のない女は気を利かせて、別の部屋に逃れ去ったのだが、宿屋の女将がいきなり部屋の襖を開けはなったので、私たちはひどく興ざめしてしまった。1/2

私は大統領との面会を果たべく延々と待たされているのだが、いつまで経っても名前を呼ばれないので、だんだん頭に血が上って来た。1/3

真冬だというのに、真っ白な百合が、巨大なサソリの形で咲き誇っている。そしてその花弁の奥のメシベの一つひとつに、ウラナミシジミが長い口吻を伸ばしていた。1/4

落城が間近に迫った城内では、敵軍の侵入で自分の命が危ぶまれるというのに、兵士も城民も、城中のどこかに隠されているという財宝を求めて、狂ったように宝探しに狂奔していた。1/5

我が右手の長剣を振りかざしながら、2度までも突撃したけれど、武運つたなく、私は敗軍の将となった。1/6

亡命ロシア人のオリガ姫が、「私ももう歳でくたびれたからそろそろ故国へ帰りたい」とレストランのオーナーに訴えたが、これまで通り日露のスパイを続けてほしいといわれて、泣く泣く引き下がった。1/7

正月にやってきた親戚の子供たちに、気前よく300万円もお年玉をばら撒いてしまったので、私は今年に予定していた詩集の処女出版を諦めざるを得なくなってしまった。1/9

オグロ選手は、私を美味い料理屋に連れて行ってやろうと考えていたのに、私が勝手にそこいらの一膳飯屋で晩飯を済ませてしまったのを腹立たしく思っていたとみえて、あっという間に行方をくらましてしまった。1/10

取り残された私は、裏通りをふらふら歩いているうちに、まわりが純白に輝くジュラルミン回路に入り込んだが、逝けども行けども出口に辿りつかないし、時々は背後から高速弾丸列車が通過するので、危なくて仕方がない。1/10

そのうち、前方の踊り場のような空間に濃紺の顔をした、ウルトラセブンの姿が見えた。私が「一刻も早くここから出て地上の駅まで行きたいのだが、どうすればいいか教えてくれないか」と尋ねると、ウルトラセブンは「もうすぐオグロがここにくるはずだ」と教えてくれた。1/10

十二所でいちばん早く咲く白梅を見に行ったら、花も木も枝もあとかたもなく消え失せていたので、こりゃ大変だ、夢から覚めて朝が来たら、すぐに現場へ行ってみなくちゃ、と焦った。1/10

ヤフオクの競売に、またしても500円差で敗退してしまい、悔しくて悔しくて、てんで眠れなかった。1/11

かこっこいい俺様は、有名な建築家がデザインしたかっこいいトップホテルのバーで、かっこいい服着て、かっこいいポーズを決めていたが、誰一人その俺様を見ている人はいなかった。1/12

「ああ、まんべんなく焼けたビーフカツを食べたいなあ」という要望が寄せられたので、うちの軍の料理人に頼むと、早速美味しいビーフカツを作ってくれた。1/12

野原であおむけになって、お天道様の激しい光を感じながら目をつむっていると、私の唇の上に、数多くのてふてふがとまって、羽根を休めているのに気付いた。1/13

マージャンなんて何十年もやっていなかったのに、サトウ君にヤクマンを振りこんでしまい、お金の持ち合わせなんか全然ないからどうしよう、困った困った、と冷汗をかいていると、有難いことに夢から覚めて夢だと分かった。1/14

敵の追跡から逃れるために、わしは長い間ほら穴の中に隠れ住んでいたが、その快適さがすっかり気にって、穴から出るときに、読み残したたくさんの書物を、そのまま穴に置いてきたほどだった。1/15

好いた女と奈良に旅立ち、昼間から旅館に部屋をとって、早く寝ようと思ったのだが、まだ女中が掃除しているので、布団が敷けない。仕方なく、夕方まで時間をつぶそうと町中を散歩していたら、女の父親と出くわして、女を無理矢理奪われてしまった。1/16

それで仕方なく知人のナラさん宅に逗留していた私は、ある日、ナラ宅を訪れた妙齢の美女と意気投合したので、一刻も早く寝たいと思ったが、まだ真昼なので、仕方なく、夜が来るのを待っていた。1/16

ところが夕方になると、東京からフマ君がやって来て、「これからナラ宅で、全世界アナキスト同盟の日本支部総会を開催する」と宣言したが、私はあまり興味がなかったので、くだんの美女と手に手を取ってフケた。1/16

会社の忘年会の余興に、地元の去年のものつくりコンクールで佳作に選ばれたひょっとこのお面を被って「アイハブアメン踊り」を歌って踊ったのだが、てんで受けなかった。1/17

留学はしたものの、現地の言葉がてんで分からないので、私は急いで語学学校に通うことにした。1/18

洞窟の奥に棲息していたその猛虎は、安全な隠れ家だと信じ込んでいた人々を、次々にゆっくりと喰い尽くした。1/20

コンサート会場には、大勢の人々がたむろしていたが、ここでは受付で名前を呼ばれた限られた人しか入場できなかった。「ミスタ・スティング」という名前が呼ばれると、私の隣にいた男が黙って入場していった。1/21

トランプ大統領の就任演説を聞きながら、刑事コロンボの妻がボタンをつけていたのは、冬物のガウンではなく、よれよれのレインコートだった。1/22

わが劇団では、今回木下順二の「夕鶴」を舞台にかけることになったが、座長が「今回は団員1名につき100名分の切符代を負担してほしい」といいだしたので、「与ひょう」役の私は、即座に退団した。1/23

ヤフオクで買ったばかりのCDプレーヤーのボリュウムを上げると、いきなり再生が停まる。何回やっても停まってしまうので、眼がさめてから実際にやってみると、やっぱり停まるので、夢にも値打があることが分かった。1/25

私は中国の田舎に派遣されて、土地を測量することになったのだが、あまりにも広大過ぎて、どこから手をつけていいのか考え込んでいるうちに、早くも3カ月が過ぎてしまった。1/26

私はその地方の「がっつき踊り」を踊るために、全速力で坂を下って皆と合流した。1/27

せっかくのメンズウエアの新ブランド発表会なのに、突然の大雨で出席者一同ずぶぬれになってしまった。すると新作のウエアを一着に及んだお寺の坊主たちが、徒党を組んで行進してきたので、雑誌の編集者やプレス関係の連中も、その後に続いていなくなってしまったから、主催者は泣いたり怒ったりしている。1/28

私は、夢中になってサボテン狩りをしていた。恐らくトップは私だろう、と思いこんでいたのだが、なんと最後の最後でナガオ氏に抜かれてしまい、虎の子の1万円札を取られてしまった。1/29

我が家を訪れた柔道家が、ぜひ私の家にも来てくれ、と言うので、訪問すると、庭の真ん中に、柔道着をきてポーズを決めた彼の銅像が建っていた。1/30

 

 

 

俺っち、三年続けで詩集を出すっすっす。

 

鈴木志郎康

 
 

俺っち、
ここに三年続けて、
詩集を出すっちゃ。
八十を過ぎても、
いっぱい
詩が書けたっちゃ。
俺っち
嬉しいっちゃ。
ウォッ、ホッホ、
ホッ、ホッ。

詩集って、
詩が印刷された
紙の束だっちゃ。
書物だっちゃ、
物だっちゃ。
物体だっちゃ。
欲望を掻き立てるっちゃ。
自分が書いた詩が
物になるっちゃ。
空気の振動が立ち昇ってくる
物体になるってっこっちゃ。
手に取ると、
グッとくる。
ヤッタアとくる。
ああ、その達成感が、
堪らないっちゃ。
ウォッ、ホッホ、
ホッ、ホッ。

この詩集ちう物体は、
人の手に渡るっちゃ。
肝心要のこっちゃ。
詩を書いたご当人が
詩人と呼ばれる、
世の中の
主人公になるってこっちゃ。
ところがどっこい、
世の中の人は、
ヒーローとは認めてくれないっちゃ。
せいぜい、
認めてくれるのは
知人か友人か家族だけっちゃ。
それでも、
いいっちゃ。
この世に、
言葉が立ち昇る、
詩集ちう物体を、
残せるっちゃ。
この世には、
物体だけが、
残るっちゃ。
ウォッ、ホッホ、
ホッホ、ホッホ。

 

 

 

俺っちの家族が皆んな笑ってたっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

焼け跡で遊んで、
腹へったあ、って、
家に帰ったら、
皆んなが、
大きな口を開けて、
笑ってたっちゃ。
ワッハッハッ、
アッハッハッ、
ハッハッハッ、
ヒョッヒョッヒョッ。
おふくろも、
親父も、
爺さんも婆さんも
兄も、
大口を開けて
笑ってるっちゃ。
おふくろは
身体を二つに折って、
笑ってるっちゃ。
何だか分からないけど、
俺っちも、
笑っちまったっちゃ。
敗戦後の、
一年経った頃のこっちゃ。
笑ってからは、
玄米を入れた一升瓶に棒を突っ込み、
棒を押し込み、
サックザックサックってね、
精米したっちゃ。
夕ご飯は、
かぼちゃ入りのすいとん、
毎日かぼちゃ、
かぼちゃ、
うんちが
黄色くなっちまったっちゃ。
アッハッハッ、
アッハッハッ。

 

 

 

俺っち、国電乗り回し遊びしたっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

戦後の、
国電がものすごく混んでて、
乗客がはみ出して、
電車の連結器の上の、
鉄板に乗っていた頃に、
俺っちら小学生の間で、
国電乗り回し遊びが、
流行っていたっちゃ。
亀戸から隣の錦糸町までのキップで、
総武線の下り千葉終点まで行って戻るって、
その間に駅名を覚えるっちゃ。
上りは中野終点まで行くっちゃ。
中野駅ホームは夕焼けだったっちゃよ。
途中の秋葉原で山手線に乗り換えて、
山手線を一周するってこともあったっちゃ。
混んでる車内で、
窓ガラスに顔を、
ぎゅっと押しつけられて、
飽かず車窓から眺めてたっちゃ。
錦糸町から歩いて帰る途中に、
覚えた駅名を暗唱するっちゃ。

俺っち、
大人がやってる、
連結器の上の鉄板に、
乗ったことがあったっちゃ。
風にあおられ、
電車が揺れるのが恐怖だっちゃ。
電車が平井を過ぎて、
荒川鉄橋に差し掛かると、
レールの下の、
ずっとずっとずっと下の、
川面のさざ波が
頭に焼きついたっちゃ。
次の新小岩に着くと、
ホームに跳び降りて、
ガクガク震える
両脚を、
抱きしめたっちゃ。

 

 

 

俺っち、ガラスの鉱脈を見つけたっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

「鉱脈があったぞお」って、
小学四年か五年の
俺っちが
叫んだかどうかは、
忘れちまったが、
敗戦後の焼け跡の
瓦礫の下には、
ガラスの鉱脈があったっちゃ。
掘れば、
ザクザクと
壊れたガラスの破片が
出てくる場所があったっちゃ。
大きなガラス戸が、
戦災の時に焼夷弾で、
焼けて倒れたところっちゃ。
俺っちら子どもは、
そのガラスの破片を掘り出して、
三丁目の小さなガラス工場に売って、
小遣い稼ぎをしてたっちゃ。
ビール瓶や酒瓶の破片は安く、
透明なガラスは高く、
クリーム瓶や花瓶の破片は
一番高く売れたっちゃ。

掘り出したガラスの破片を、
箱に選り分けて、
工場の焼け跡から見つけて来た台車に乗せて、
ガラガラって引っ張って行ったっちゃ。
三円か五円か稼いで、
駄菓子屋に行って、
空腹を満たすってこっちゃ。
駄菓子屋には、
当たりのある籤が売っていて、
「当たれっ」って、
叫んで、
ボール紙に貼りついた菓子を剥がすと、
外れで、
がっかり、
外ればかりだっちゃ。
絶対に当ててやるって
俺っち、
ガラス屑を売ったゼニをはたいて、
その当たり籤をボール紙ごと、
買っちまったのさ。
そうして、
一人で、
外れも、
当たりも、
ひとつひとつ、
剥がして行ったっちゃ。
当たりが出ても、
景品を貰っても、
嬉しくもなく、
ちーっとも、
面白くなかったっちゃ。

 

 

 

かずとん部屋の奇跡

 

辻 和人

 
 

いるんだって、この部屋に
誰が?
かずとんが
名づけて
かずとん部屋
広さは四畳半
パソコン机に小箪笥
愛用の楽器(トランペット)
東の壁は窓
西はドア
南は本棚
北は本棚に入りきらなかった本を詰め込んだ半透明のケースの山
北の壁の上方に目を向けると
ぽっかり

四角い穴
寝室につながってる
空気の流れを良くして1台のエアコンで2部屋分まかなうんだと
こんなところにいるんだね
かずとん

ミヤミヤがぼくのために作ってくれたかずとん部屋
詩を書く人間には個室はやっぱり必要だろうって
ミヤミヤがいつもいるのは隣の6畳の寝室
窓3つ、ベッドが2つに鏡台に机、整理棚
いつも片付いてて清潔だ
それに引き替えかずとん部屋
「かずとん、読んだ本すぐ片付けてね。新聞も床に落ちてるし。」
はーい、はいはい
かずとん的には多少散らかってる方が落ち着くんだけど
片付けてるとミヤミヤ
インターネットを介しての英会話レッスンのお時間だ
先生はフィリピン人
家のことだけじゃなく自分のこともしっかりやってる
「エーラーイー、ナーナー、かずとん、ヨリヨーリー。」
正四角形の形で浮かんでいた光線君がのんびりした口調で言う
うん、確かにえらいよな

と、かずとん、おもむろにパソコンに向かいヘッドフォンつけました
何やってる?
youtubeで猫ちゃん動画の検索だ
ノラ猫だったファミ、レドたちとのつきあいを通じて
ネットにあがってる猫動画の世界に一気に目覚めたってわけ
数ある猫ちゃん動画の中から
そら、お気に入りのが出てきましたよ
ノラの白猫のために魚を釣ってやってるおじさんの動画
おじさんが湖に向かって歩き出すと
草の茂みの中からニャーニャーと出てきて後をついていく
おじさんが立ち止まると白猫も止まる
おじさんが近づいてご機嫌取ろうとすると
シャーッ!
すごい剣幕でおじさんを威嚇
まさにノラ
でも、慌てない慌てない
おじさんはゆっくり水辺に降りていって竿を振る
しばらくして釣れたのはオイカワだ
伏せの姿勢でじっとしていた白猫
魚が釣れたのを見て突然ニャーニャー騒ぎ出す
おじさんが針をはずして魚を鼻先に持っていく
ビュッ!
白猫はいきなり鋭い爪で魚をひったくる
口にくわえて茂みの中に消えちゃったぞ
その姿を見て満足そうに釣り道具をしまうおじさん
その一部始終が動画に収められている
いいなあ
祐天寺時代から何度リプレイしても見飽きない
ぼくが釣り人だったら絶対同じことしてるな
ありがとう、おじさん
「オージー、オージー、アーリー、ガートーゥーゥー」

何だ?
いる
いるいる
このかずとん部屋には
かずとんの他にも
いるいる
いるよ

釣りのおじさん
「ちょっとごめんよー。」
かずとん部屋の真ん中に猫缶を置いて
近づいてきた白猫の頭を撫でてやろうと手を伸ばす
シャーッ!
引っかかれやがった
「見ろーっ、血が出ちまったじゃないか、このー、バカ猫。」
苦笑いするおじさんはどこか嬉しそうだ
ぼくも嬉しい
こんなこともかずとん部屋で起きるんだ
「ファミーチャーンモー、レドーチャーンモー。」
四角形の体をハタハタさせながら光線君が叫ぶ
よっしゃ、呼んでやろう
前足をむぐっむぐっと動かして空気の淀みを掻き分けるように
ファミが、続いてレドが現われましたよ
いきなり白猫と睨み合い
ウーゥグゥー、ゥグゥー
「おらおらー、お前ら喧嘩すんなよ-。」
おじさんがのそのそ歩いてきて間に割って入る
途端、3匹の猫ちゃん、クールダウンして毛繕い
「オジー、オージー、サスーガー。」
床に降りてきた光線君
何やら猫っぽいような、っぽくないようなふっくらした形状になって
猫ちゃんたちのマネして毛なんかないのに毛繕い

突然、ドーン
地響きとともに落ちてきたのは
ガタついた学習机
これ、小学校3年の時に買ってもらってつい最近まで使ってたんだよな
祐天寺から引っ越さなかったら絶対死ぬまで使ってたな
ファミとレドは勝手知ったるといった感じで
下の引き出しを前足で器用にあけて潜り込む
興味津々の白猫はぴょーんとてっぺんに飛び乗る
一瞬のうちに猫ちゃんハウスだ
「まあ、猫ってのは小さい城みたいな場所が好きだからねえ。」
おじさんが目を細めて言う
おりょりょ、直ってるぞ
この左のところ、留め金がなくなって机を畳めなくなってたのに
かずとん部屋、やるねえ

ふわっふわっ、今度は舞い降りてくるものが
こりゃー、ソニー・ロリンズのポスター
5年前に閉店したなじみのCD屋さんがオマケにくれた
東側の壁に貼ってた奴だ
ロリンズのサックス、すごい音だよなあ
ライブを2回聞きに行ったよ
このポスター、端っこ破れてたし、これまでだと思って処分しちゃったけど
今見ると破れてないじゃん
三角錐の形に変形した光線君
舞い降りてくるポスターを下からちょんちょん押し上げる
もう一度高いところから落ちてくるポスターと一緒に
光線君も長方形の紙の形状になってひらひら空気の階段をゆっくり降りる
すばらしいスカイダイビング
3匹の猫ちゃんたち、爪に引っ掻けようと飛びつく飛びつく
ボゥッ、ボッボボボゥーー
上下に飛び跳ねるカリプソのメロディー
「いいねえ、俺も若い頃聞いたよ。」とおじさん
「スーゴー、スーゴー、スーゴーイー、オートー。」

いるいる
いるよ
小平の四畳半に
祐天寺の部屋がまんま、いる
いるいる
いるよ

かずとんとその仲間たち
あの時はぼくはまだかずとんじゃなかったけど
とにかく仲間たち
いるいる
いるよ
釣りおじさん
白猫ちゃん
ファミちゃん、レドちゃん
机ちゃん
ポスターちゃん
その他、どやどや
昔ミュンヘンの駅で買った人形とかお土産にもらった光るナントカ石とか
やあやあ
また会ったね
いるいる
いるよ
みんな、いる
かずとん部屋には
みんな、いる
ぼくが祐天寺のあの部屋からいなくなってもう2年たつんだよね
ミヤミヤという伴侶を得て
新しい家で新しい生活をスタートさせて
祐天寺、永遠にサヨナラーって思ってたけど

まだ厳しい残暑
北の壁の上方
ぽっかり

四角い穴
ここから涼しい息が吹き込まれてくる
エアコンの風の姿をマネした
ミヤミヤの息だ
生身の息
「かずとんは詩を書く人なんだから、やっぱりお部屋はいるよね。」
鍵はかからない
寝室と穴でつながってる
そんなかずとん部屋目指して
仲間たちが旅してくれたんだ
小平のまま、祐天寺
祐天寺のまま、小平
ミヤミヤの涼しい生身の息が
優しくそれを許してくれた

「英会話のレッスン終わったよ。ーロン茶でも飲まない?」
いつのまにか背後にミヤミヤが立っている
「いいね。あのクッキーも食べよっか。」
ガヤガヤしていた祐天寺がフンッニュッと姿を消して
小平の四畳半だけが残った
この佇まいも落ち着いててなかなかいいじゃないか
ミヤミヤと一緒にトン、トン、トンとスケルトン階段を降りて
お湯を沸かす
「トントーンー、トン、イールーイールー。」
階段の段をマネようと試みる光線君が目をキョロキョロさせながら叫ぶ
ほんとだね
いる
いるいる
みんな、いる
ミヤミヤの優しい息のおかげでみんないる
お茶飲み終わったらまた遊ぼうね

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その18

 

佐々木 眞

 
 

 

モリマサコ、とちぎけん、とちぎけん
モリマサコ、栃木県なの?
そう、トチギケンで生まれたお。

いい薬です!
耕君、それなんのコマーシャル?
大田胃酸だお。

お父さん、脳波の英語は?
ブレインウエーブかな。
脳波、脳波

お母さん、リハビリってなに?
病気をした後、ゆっくりすることよ。

セイザブロウさん、下駄のお仕事だったでしょう?
そうよ。
ぼく、下駄好きです。下駄、下駄、下駄。

お母さん、遠ざかるってなに?
どんどん離れていってしまうことよ。
遠ざかる、遠ざかる、遠ざかる。

お母さん、「毎度ありい」ってなに?
「いつもありがとう」のことよ。
毎度ありい。

横浜線の快速停車駅は、八王子・片倉・八王子・みなみ野・相原・橋本・相模原・町田・長津田・中山・鴨居・新横浜・菊名・東神奈川・横浜です
ぼく言ったよ。
言ったね。

お母さん、震えるってなに?
こうやって、こうなることよ。耕君震えるの?
震えませんお。

お母さん、びちょびちょってなに?
お水でぬれちゃうことよ。
びちょ、びちょ。

お母さん、「わが」って「わたし」でしょ?
そうよ。

お母さん、なつかしい、ってなに?
「ああ、あの頃は良かったなあ」と思うことよ。

お母さん、パラダイスってなに?
天国。仕合わせな所よ。

いかんにたえない、てなに?
どうしようもないことよ。

お母さん、ダンボは象でしょ?
そうよ。

お母さん、輸血ってなに?
自分の血を人にあげることよ。

血圧測る時、笑っちゃだめでしょ?
笑うとだめよ。

笑うと連佛さんは?
「もう耕君なんか大きらい」っていうよ。
ワハハハハ

田中美奈子、むかし好きだった人ですお。
そうなんだ。

「わりとかんたん」てなに?
わりあい簡単ってことよ。

「ご迷惑をお掛けして済みません」て比嘉さんが言ったよ。
そうなんだ。

 

 

 

俺っち、おっさんの後ろ姿が忘れませんっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

敗戦直後のころだっちゃ。
小学生の俺っち、
でっかい工場の脇の、
学校の帰り道で、
目の前に落ちてた札束を
拾ったっちゃ。
と、
前を見ると、自転車に乗った
おっさんいたっちゃ。
「おじさん、落し物だよ」って、
そのおっさんに
札束を渡しちゃったのさ。
札束を持って、
おっさんはさっと行っちまったっちゃ。
家に帰って、
兄に話したら、
そのおっさんの札束か
分かんねえじゃねえか
って言われて、
俺っち、がっくりしたっちゃ。
それが七十年余り経っても忘れられませんっちゃ。
亀戸八丁目の国鉄の踏切を越えて、
行っちまったおっさんの
後ろ姿が忘れませんっちゃ。
ふと、思い出すっちゃ。