塔島ひろみ
ハサミでアジをさばいていた
生臭いにおいが立ち込めている
頭部を開くと目玉が飛び出る
あー手が痛い
リウマチで日ごと動かなくなっている指を押さえ、Jは言った
栃木から上京し、下町のこの地に美容店を開業した
八百屋、鶏屋、駄菓子屋なども軒を連ね、小さな商店会を作っていた
今は住宅地にJの店だけがポッツリとある
「どうしてもっと早く来なかった」
と、Jは責めるように言い、
バケツに、切り刻まれたアジの死体を放った
今日はマウスピースを受け取りに来た
歯軋りで奥歯が痛むので、型を取ってもらったのだ
ところがうまく嵌まらない
この間に歯列がずれ、歯型が変形しているという
昔の私の口に合ったこのマウスピースは
昔の私以外に合う人はなく
行き場を失くした
Jの強張った手が
私の歯ぐきをグイと持ち、押す
イタタタタ
私でなく、Jが叫ぶ
私の口に突っ込んだ手を押さえ、
Jはその手に
ハサミを持った
ジョキン ジョキン
バサッとまとめて 髪の毛が落ちる
イタイ イタイ イタイ イタイ
リウマチの指は 何度もハサミを取り落としながら、また拾い、
私を、昔の私に戻す努力をする
ジョキン ジョキン、イタイ イタイ
ジョキン ジョキン、イタイ イタイ
生臭いにおいが充満する
切り刻まれた口中にマウスピースが押し込まれ、歯に嵌った
診察室に入ると 老いぼれた私が
アジフライを食っている
バリバリ ボリボリ 歯ぐきを真っ赤に染めながら 旨そうに食っている
(2018年2月19日、江橋歯科医院待合室で(Jに遇って))