塔島ひろみ
エレベータの鏡に
4匹の豚が映っている
3匹は白く、一つは黒い。黒いのには紐がついている
リハビリ室ではリハビリテーションが盛んだった
車いすから降ろされ、
支えを失って倒れる私を
2人が支えながらマットに寝かせ
残りの1人がその隙に車いすの重さを計る
マットの隣では80歳ぐらいのおとうさんがうつ伏せで
機能回復に取り組んでいる
その隣りでは20歳ぐらいの若者が鉄亜鈴を使って何かしていた
跳び箱とサッカーボールが置いてあった
マイクとタンバリンが置いてあった
トンカチと肉切り包丁が置いてあった
回復する機能のない私にそんな道具は無用であるが
他の豚と平等に私には重さがあり、今日の目的は体重計測なのである
誰かが紐を引っ張った
3人がかりで車いすに戻された私は、車いすごと秤に乗る
体重が出る
任務が終わり、緊張が解けた
私の足が動きだした
(もはや意味のない麻痺した足は、ときどきこうやって勝手に動く)
おーおー、バタバタと動いている
股が上下に波打ち、靴が音を立てて床にあたった
(私はかつて、バンドのドラマーだったのである)
リハビリ室に私の靴音が響き渡った
みんな社会復帰運動を一時停止し、私のすさまじい足の動きを眺めている
白豚たちが私の足を銃撃し
うつぶせていた80代の老人は素早く起き上がって私の頭めがけて砲丸を投げた
ぐいと紐が引かれ、私は大きく傾いて倒れた
ブーブーブー
唇から自然にメロディーが漏れ
私の音楽は止まらない
倒れながら、私の足は痙攣を続けて
紐を引っ張る
部屋中の豚たちが一斉にカスタネットを打ち鳴らした
指揮者は私だ
(2018年6月19日 東大附属病院リハビリ室で)