パタタ

 

辻 和人

 
 

パタタだ
テーブルの上だ
パタタパタタ
逃げる逃げる
「かずとーん、ちょっと来てえ、大変大変」
ミヤミヤの切迫した声
駆けつける
職場の華道部のお稽古で使った花から黒っぽいモノが飛び出したっていうんだ
テーブルから椅子へ、椅子から床へ
飛び移ったパタタは
棚の下の暗がり目指して
パタタパタタ
奴か
殺虫剤を取りに行って無我夢中で
シューッシューッ
霧が晴れると
そこにはパタタじゃない
仰向けになった子供のゴキブリが
足を震わせていた
静かになった

ああ、前にもあったあった
会社から帰ってドアを開けた途端
暗い足元に黒い影
パタタパタタ
咄嗟に家は絶対きれいな状態を保ちたいというミヤミヤの言葉を思い出して
すぐさま殺虫剤をバラ撒いた
灯りを点けると
パタタじゃない
大きな脂ぎったゴキブリが足を震わせていた

「ゴキブリさん、ごめんなさい。でも、家はきれいに使いたいから。
かずとん、ティッシュに包んでゴミ箱に捨てておいて」
ミヤミヤがちょっと気の毒そうに言うので
無言で頷く

パタタが
パタタのままだったら良かったのにな
逃げるって恐怖の感情
足震わせるって苦痛の感覚
ああ、やだやだ
手を下すってやだな
パタタがずっとパタタのままで
殺虫剤も
いつか市販されるかもしれない家庭用ドローンからの散布とか
そんな感じならまだ良かったのにな

もう生きていない生き物を
ティッシュを何枚も重ねて
床から摘み取る
脆い胴体がティッシュの中でぐしゃっとなる
ゴミ箱に投げ捨てて
もう知らない、知らないよ
階段を昇って自室に引き上げる
でも、これで終わりじゃないだろう
パタタパタタ
ほーら、やっぱり
パタタが追っかけてくる