村岡由梨
体が腐らないように
小さな氷嚢を抱いたしじみは、笑っているみたいだった。
その日の朝、入院先の病院から
しじみちゃんの心臓が停止しました、どうしますか
と連絡が入ると、
野々歩さんは身をよじらせて、声をあげて泣いた。
慟哭、という言葉では到底表しきれない
言葉にできない何かが
何度も何度も私たちを責めるように揺さぶった。
やがて静寂が訪れて
私たちは、しじみの周りにたくさんの花を飾った。
優しい花の色に埋もれて
小さなヒナギクで作った花冠をかぶったしじみは、
やっぱり笑っているみたいだった。
しじみの体が燃やされた日は控えめな曇り空で、
時折ささやかな光が射したり、
遠慮がちにパラパラと雨粒が落ちてきたり、
素朴であどけない、しじみのような空だった。
移動式の小さな焼却炉の重低音が止み
重くて熱い鉄板が、竃から出されたのを見て、
私は言葉を失った。
小さくて痩せていたしじみの体はほとんど灰になり、
ほんの一握りの骨しか残らなかった。
やわらかくて温かだったしじみは、もういなくなってしまった。
空っぽのひと月が過ぎた頃、
庭に植えた黄色いヒナギクが一輪、花を咲かせた。
しじみの花だ。
その花を見て、
「言葉にできない気持ちを言葉にするのが詩なのだとしたら、
もう一度、言葉に向き合ってみよう。」
空っぽだった心に、そんな気持ちが芽生えてきた。
毎日水をやりながら、撮影をした。
しじみの花が、風に吹かれて気持ち良さそうに震えているのを見て
嬉しくて涙がこぼれた。
それから暫くして、花は萎れ、やがて枯れていった。
わかっていたはずだった。
生きて咲き、萎れ、枯れていくこと。
その後は?
その後は、一体どうなるんだろうか。
今日もレンズ越しに、言葉を探している。
今どこにいる?
寒い思いはしていない?
ひもじい思いはしていない?
答えのない問いを、何度も繰り返しながら。