庭に埋めた

 

小関千恵

 
 

 

庭に 埋めた わたしの なにか

庭に 埋めた わたしの なにか

もう いまは 見えない 処へ ながれた

いつかの 西陽に 照らされてる

わたしの ながれた なにかは なにか

庭に埋めた

庭に埋めた

 

Something of mine buried in the garden

Something of mine buried in the garden

Now it has already flowed away to an invisible place

It is illuminated by the setting sun of the past

What has flowed away from me

Buried in the garden

Buried in the garden

 

 

 

そういう時節が来た……

 

駿河昌樹

 
 

(どのような個人のものであれ個人の生活も情報も重要ではない…
(そんな時節がある…
(個人主義や民主主義や自由主義という迷妄に甘えた
(20世紀以降の人間には理解できなくなってしまったことだね…

2019年7月1日からの一週間は、
たとえば私が、
ロベルト・シュヴェンケ監督の『ちいさな独裁者』(2017)や
パブロ・ソラルス監督の『家に帰ろう』(2017)を
見たことや
今さらながらに
ニコラス・ジャレッキー監督の『キング・オブ・マンハッタン』(2013)を見終えたり
カフカ『城』と堀辰雄『菜穂子』の再読を始めたり
エックハルト・トールの自我の不在性についての説明法に感心させられたり
ペトラルカのRerum vulgarium fragmentaの
ルネ・ド・スカッティによる2018年のフランス語訳や
フランソワ・ラヴィエの編んだアンナ・ド・ノアーユ詩集(リーヴル・ド・ポッシュ版)をいたく感心しながら読みはじめたり
したことにはなんの重要性もなく、

アメリカとロシアの潜水艦がアラスカ沖で戦闘状態に入り、
アメリカの潜水艦は沈没、放射性物質の海洋への流出が発生し、
ロシアの潜水艦も重大な損害を受けて14人が死亡した
らしい、
という、
事件、
のほうにこそ、
世界的な
重大性はあった

アメリカ側の死傷者については情報がない

ペンス副大統領はホワイトハウスに呼び戻され、
予定されていたニューハンプシャー行きはキャンセルされた
プーチン大統領のイベントもキャンセルされ、
大統領、国防相、ロシア軍参謀長らの緊急会議が開かれた
ブリュッセルの欧州連合本部はEU国家安全保障理事会の緊急会議を招集、
イギリス政府は国家緊急事態対策委員会(COBRA会議)を招集

ベルシャ湾と
湾岸諸国におけるアメリカと西側の軍事基地では
不自然な動員
が発生
他方、金地金はその日の取引の最後の数時間で
1オンスあたり40ドル急上昇

機密情報に抵触するものばかりで
どれひとつ
正確に公表はされない

どれも確認しようがなく
どれも嘘かもしれない
どれかはそこそこ正しいかもしれない
どれもそこそこ正しいかもしれない

怖いのは
怖すぎるのは
まったく
メディアにそれらが載らないこと
ダネ
ダネ
あんなのはインチキ情報さ、
とさえ、載らない
こと、
ダネ
ダネ

なにかに向けての
フェイクニュースの
思わせぶりな
小出しの数々かもしれない
しかし
確実になにかに向けて

韓国への半導体材料の輸出管理強化は
表面的な理由や
その下に推測される別の理由をはるかに凌ぐ
あくまで公表され得ない長中期的な国防上の理由がある
という情報も届いてきている

7月に入って確実に始まったことがかなりあり
これから
大小のかたちで露呈してくるが
危険な時節に本当に入った

(そう、もはや、
(個人の重要性など、見向きもされなくなる
(そういう時節が来た
(これからの個の生、個の興味、個の価値観、
(とは、
(なにか……
(答えは出ているよ、
(無、
(だよ、
(無、
(生きのびて、
(おいきよ、
(ただ、野良犬のように、
(これからの、
(10年
(ほどは、ね、……

 

 

 

絡み合う二人

 

村岡由梨

 
 

不安そうに沈みゆく太陽は、
私の両眼に溜まった涙のせいで、かすかに
震えているように見えた。
美しかった。

少女から女性へ

太陽が沈んで
真っ暗闇の中で泣く私の髪に
そっと触れて優しく撫でてくれたのは、娘だった。

ふたり並んで歩いていて、
娘の手が、私の手にそっと触れる。
どちらともなく、二人の指がゆっくりと絡まっていく。
私の「口」がかすかに痙攣する。

娘の豊かな胸のふくらみが、私を不安にさせる。

娘は母乳で育った。
私は母乳の出が多く、
あっという間に乳房はパンパンに腫れて
石のように固くなって、熱を帯びた。
娘は乳首に吸い付いて、一心不乱に乳を飲んだ。

青空を身に纏った私は、
立方体型の透明な便器に座って
性の聖たる娘を抱いて、授乳している。
娘が乳を吸うたびに
便器に「口」から穢れた血が滴り落ちて、
やがて吐き気をもよおすようなエクスタシーに達し
刹那「口」はピクピクと収縮し痙攣した。
無邪気な眼でどこかを見つめる娘を抱いたまま、
私は私を嫌悪した/憎悪した。

小さくて無垢な娘は、お腹がいっぱいになり、
安心したように眠りに落ちていった。

あなたは悪くない。
あなたは悪くない。
ごめんね。
ごめんね。
穢れているのは、あなたではなく、私なのだから。

娘が飲みきれなかった母乳が、ポタポタと滴り落ちてきた。
性の俗たる自分では触れることすら出来ない穢れた乳頭から、
白濁した涙がポタポタと落ちていた。

一緒に歩いていて、
娘の手が、私の手に触れる。
感触を確かめるように、
ゆっくり手の甲に手のひらをすべらせて、
やがてどちらともなく二人の指が絡まっていく。
私の「口」はかすかに痙攣する

けれど
私の不安を知ってか知らずか、
娘は、沈みゆく太陽を見て私が泣く理由を、誰よりもよくわかっている。

冬が来て、しもやけになった娘の足指にクリームを塗る。
小さな頃から変わらない、肉付きの良い足指一本一本に丹念に塗り込む。
そんなことくらいで、
娘は私に、母として生きる喜びを感じさせてくれる。

美しい人。
かけがえのない人。

母と娘。女と女。不穏で不可思議な私たち。

 

 

 

TERRACE

 

芦田みゆき

 
 

 

 

突然、そしてゆっくりと、目を、見開く。
ここは、どこなのだろう。遠くにミントグリーンの寺院が見える。
窓から傾れこむ騒音。生温い風。
私の背から、細い糸を引いて流れ出すものがある。
「お願いだ、放ってくれ」
空気中に散るセピア。
「吐かせてくれ、吐かせてくれ」

テーブルに置かれたコーヒーカップが、小刻みに震えている。
見ると、カップに残されたコーヒーの表面も、隣に置かれた、グラスに注がれた水も、同じように震えている。
それは、私の身体の一部が、テーブルに触れていることから起きているのだ。音。傾れこむ騒音が、ものすごい速度で空気を伝わり、私の皮フを震わせている。

ラヂオの音。モノラルの音が、ひとつひとつカタチを作っては、床に零れ落ちていく。
ネイプレスイエローのタイルに、血が混じる。
流れ、過ぎていく自動車の音。目の前で、煙草の灰が、崩れ落ちる。

 

(From notes of the 1980s.)

 

 

 

人間として存在するということ

 

みわ はるか

 
 

渋谷のNHKへ行った。
一般の人でも入れる所だ。
毎朝テレビで見ているアナウンサーや気象予報士の人がここにいるのかと思うと不思議な気持ちになった。
建物は想像よりも大きくて、中もとてもきれいだった。

昔からテレビは好きだった。
でも小さいころはNHKがついているとすぐチャンネルを変えるような人間だった。
時は不思議なもので、数年前からは朝は必ずNHKで夜もだいたいNHKのニュースやドキュメンタリー番組を好んで見るようになった。
朝ドラは毎日録画して夜見るのがささやかな楽しみになっている。
バラエティ番組やドラマは今ではほとんど見なくなってしまった。
旬の人たちに疎くなってしまった。
ニュースが始まるときのアナウンサーの顔が好き。
でももっと好きなのは大役を終えて最後に画面に向かってお辞儀をした後、もう一度顔を視聴者の方へ戻した時の顔が好き。
仕事に誇りをもって充実しているあの表情がものすごくかっこいい。
組織の一員として社会に存在していることに充実感を感じている印象が素敵だ。
テレビだからそう写って見えるのかもしれないけれどそれでもいいと勝手に思った。
あの顔や表情の変化を見るとわたしも頑張りたいと思えるから。

人の顔の表情というのは不思議なもので人目見ればなんとなく自分のことを受け入れてくれているのかどうか分かる。
何かを報告しようと思ったり、話したいとこちらが思っていてもなんだか拒絶されたような目や口角を見ると萎縮してしまう。
それでも伝えなければならないときは心の中でえいっと勇気を出して伝える。
それで冷たい反応であったときは自分が何か気に障るようなことをしたのか、それともこの人はこう人なのかとぐるぐる考えを巡らせる。
最終的には疲れてしまうのであまり考えないようにしようと自分を納得させる。
でもどこかで、頭のどこかでそれはずっと残り続けるような気がする。

組織に属している人には色んなライフステージの人がいる。
新卒で初めて社会に出たまだあどけない人、中堅どころでまさに旬な人、子供がいて育児や家事に追われながらも仕事をこなす人。
出身地も性格も環境も趣味もみんなばらばらだ。
だからお互いの理解がきっと必要なんだろうけれど、文字に書いたようにそんな簡単なことではないと感じる。
社会は結構難しい。
もういいやーって思ってしまうこともある。
なーんにも考えなくていい環境に行ってしまいたいと思うこともある。
そんな時は思い出すようにわたしはしていることがある。
わたしは特に高校・大学と先生に恵まれてきたと思っている。
学生時代、唯一社会人の人と毎日接することができた職業だった。
分からない問題に対して嫌な顔せず本当に一生懸命教えてくれた。
将来について迷った時親身になって耳を傾けてくれた。
そんな人たちに卒業まで見守ってもらって、どうして自分だけ社会に貢献せずにいられようか。
そんなことはわたしにはできない。
わたしのこれからの夢は卒業時と変わらず社会に恩を返すこと。
人間として存在している意味を社会に貢献することで見出すこと。
そのために何ができるか、今一生懸命考えている。

心身ともに健康的な状態で、社会に認められるような環境に身をおいた人間にわたしはなりたい。

 

 

 

 

塔島ひろみ

 
 

公園ゴミの集積所に、彼女はバラバラに落ちている
アルミ缶に混じって 誰も彼女に気づかない
廃業した砂屋の、雑草が生えた土砂山の脇にも、落ちている
私はそれを跨いで駅へ急ぐ
途中で転び、立てなくなった彼女が向かうのをやめた駅へ
私は急ぐ
変電所の角で男が細かいものを掃き、集めている
胴体から取れた首だけの彼女は
今日も作り笑顔で笑っていた
眩暈がするのだと
笑いながら彼女は言った

駅前のプランターに花が咲いた
ピンクのペチュニアが満開だ
高齢の女が座り込んで 絵を描いている
ホームを目指す通勤者が一斉に駆けあがる階段を
女は上らず、汚れた路上に座り込んで
花の咲く白いプランターに絵を描いている
(芸術家だろうか?)
期待して数人の人が足を止めた
出来上がったのは百均の茶碗の模様のような ありふれたバラの絵
綺麗に咲き誇るペチュニアの下で、紛いもののバラが安っぽい花びらを開いていた

雨が降った

傘をさして駅へ向う
水たまりを飛び越すと、彼女がいた
ああ今日も、バラバラになって落ちている
崩れかけた土砂の脇で
お地蔵様のようにいつもと変わらない作り笑顔の病的な首が
空を見ている
雨がドブドブと降りかかるのに
瞬きもしないで 空を見ている

急行も止まらない下町のちっぽけな駅の階段口は
傘を持って急ぐ人々で混乱していた
ペチュニアは昨日からの雨にやられて半分しおれ、
その下ではバチバチと打ちつける雨にビクリともせず
茎も持たない首だけのバラが2輪、
空に向かって咲いている
8時12分発の羽田空港行きに間に合わねばならない私たちは
傘をバサバサやりながらその脇をお構いなしに駅に向かって疾駆する
電車が入線し、私は慌てて改札口に定期をかざす

彼女は花だ

落ちているのではなく 咲いているのだ

強く、静かに、咲きながら地蔵のように彼女はそこにあるのだと

押されるように電車に乗り込む私はだから、
気づかない

ドアが閉まった

京成立石駅の白いプランターの前で遮断機が上がる
8時12分発の羽田空港行きはもうずいぶん先へ行ってしまった
花たちはそれを見ていない 空を見ている
そしてすぐ次の電車に急ぐ人の群がやってきた

 
 

(6月26日 京成立石駅南口で)

 

 

 

花でも鳥でもなかった *

 

高速バスで

帰った

深夜に
帰ってきた

金色の犬が待っていた

蕩尽して
空になった

なにもない
なにも残ってない

泥の中に

女が歌っていた
ちあきなおみを歌った

米沢の生まれだといった
“花でも鳥でもなかった” *

歌っていた

泥の中から見ていた

遠くを
見ていた

いつか
生きていて

きみに会えればと思います

 

* 工藤冬里 詩「(宝のある所は池であった)」より引用

 

 

 

(宝のある所は池であった)

 

工藤冬里

 
 

宝のある所は池であった
水は濁りににごり
いのりの影さえ映らなかった
花でも鳥でもなかった
膿んだ毒は全身に回った
ボーダーを着た女にとっては
遠近法などどうでも良かった
斜めのストライプのネクタイは
ネクタイではなかった
デザインはもうどうでも良かった
ただおかしみがあった
土が土に戻るだけなので
死んだら嫉妬もない
ひとごろしのエンターテインメントの中で
ぐっすり眠るには濁りが必要なのだ