ソノヒトカヘラズ Ⅲ

 

南 椌椌

 
 


©k.minami+k.soeda

 

ホラホラ ホラ
コレハ ぼくの骨じゃない
たぶんその年の秋深く
この公園の池に墜ちた
ゴイサギのギー君の脛骨だ
泥に白くまみれて 干からびて
やぶにからまれ 転がっている

とぼとぼ歩くな 足うらをしっかと踏み込め
緑藻で濁った池のほとり
いつかギー君が飛び立ち際に
ぶっきらぼうに こうつぶやいた
踏み込むんだ!足うらだ!

夜の公園で 空ぶらんこが揺れている
ナンテン センリョウ サネカズラ 赤い実
ヒメモモとキンモクセイ
季節外れのメキシコセージの青い花
まだ生きているカイツブリ

空0夢現・ゆめうつつにある時間が
空0僕の自然という気がする
空0ゴイサギが飛び立つ日の
空0春の門 ひと眠り夏 また秋の門

ギー君はどうして墜ちたのだろう
そっぽを向いて ぼくを諌めていた
百年の孤独の長のようだった
いつからか ざんばらの羽がこわばり
朽ちた杭の上でまんじりともせず
生きることに 永いこと飽いている
気には留めていたのだが それだけ

銀杏の実が匂う その夜
ギー君の脛骨を ひだりてのひらに
新月の尻尾に ギー君の係累を見て
公園の池のめぐりを ひとまわりした
そしてふと ギー君とどこか似ている
ソノヒトのことを思った

ソノヒトは いつも黒づくめ
そっけなく かなしみを たしなみ
カメラにぶら下がって 踊り子を
四十年撮り続けていたが
とんと稼ぎには無縁だった
寡黙の人の範疇に入るのだろう
小さな劇場の左隅に そっと席をとり
数少ないシャッター音で
無数以上の写真を遺した
闇と光のあわいを 往還して
現像液からゆらゆら立ち上がる
踊り子のかたち ソノヒトの指先
そう! それっ!

311からほどなく 津波の浜に行った
ソノヒト 子どもの頃 貝をひろいに走り
夏という夏 泳いでいたという浜
ピースライト燻らして ずっと
棒のように立って 何を見ていたのか
なぜか近寄れなかった ギー君のようだった
放縦な生き方をした というわけでもなかったが
酔うと 誰彼なしに アイラブユーだぜ!
女の家で 男の家で アイラブユーだぜ!

舞踏 風景 舞踏 風景
長身痩躯の寂寥が汗をかいている
そして そのまま風呂でゆらゆら 死んだ
風呂でとっぷり 夢みて死ぬなんて
時代の幸福を 絵に描いたよう
かも知れない さもさも ありなん
たましひなんて その時はけむりです
そう! それっ!

なつかしいギー君と
ソノヒトのことを思った

 

 

 

更年期の雪

 

正山千夏

 
 

無音の部屋にいる
今日は寒いから出たくない
時計の針の音が嫌い
二重サッシはありがたい

無言の自分がいる
正面から見据えてみる
オトナの社交辞令が嫌い
最近のインナーはあったかい

あったかインナーを脱がしてみれば
痩せ細った私の体が
冬の枝木みたいに震えてる
そうやって越冬していく

更年期の雪が降る
うっすらと雪化粧
それとも霜
もっとゆっくりと忍び寄る劣化

これまでだって
時計はそこにあったはずなのに
いつから針の音が嫌いになったのか
思い出すことができない

更年期の雪が降る
吹きっ晒しの私の脳みそが
うっすらと雪化粧
それは今日の空のような灰色だ

 

 

 

扉を開き、その世界にいること

 

ヒヨコブタ

 
 

静かな世界をもっている

どれほど周囲がけたたましくとも
静かな世界のなかに他者をいれぬこと
そのときだけ
ほんのいっしゅんだけは

いつからかざわついたこころからもはなれて
その世界にいるとき
自由であるのかわからずとも
ひとときの、ほんのひとときの

悪意に満ちている、と誰かがいう世界があるのか
善意だけを信じようと必死なのか

わたしはどちらにもなることはできないだろう
どちらもあり続けてきただろう

現実世界から去っていくことに加担するのは
なぜなのだろう
加担したひとほどそのじじつからは目を背けるのは
誰も去る必要はないのだ
去らせることに加担してはならぬのだと
自らには
自らにだけは

ことばが通じあわぬときの苦しみも
気持ちがかよいあわぬときのかなしみも
溢れすぎるとき
わたしはこの世界からいっしゅん離れる
現実からいっしゅん

痛みがあることを嗤わないで生きていきたい
そんな世界だけではないと
ひたすらここまで

小さな猫たちの
温もりだけではないことの現実と
わたしの現実世界との重なるぶぶん
そうではないぶぶん

もう少しだけ
静かな世界にいる

 

 

 

島影 13

 

白石ちえこ

 
 

紀伊長島

車一台が通れるほどの狭い路地の商店街は定休日なのか閉まっているお店が多かった。
半分開いていて、半分閉まっているような洋品店を覗くと店の奥に古いトルソーがあった。
トルソーはまわりのものに埋もれているようにも見えたが、別の次元に存在しているようでもあった。
近づいて行くと、トルソーは棚の上から私をじっと見つめかえした。

 

 

 

東京の勤め人は大変だろうな *

 

雨は止んでた


仏壇の花の水をかえ

水とお茶とご飯を供えた
線香をあげた

線香をあげて
女は

出かけて行った

モコと
見送った

車のガラスの向こうで
横顔が

過ぎていった
それから

皿を洗う
洗濯をする

洗濯物を干す

東京の勤め人は大変だろうな *

東京で
働いたことがある

毎日

夜遅くまで働いた
長い電車に乗った

別の女と
住んで

子どもが生まれた

時間を無駄にしたとはいわない

 

* 工藤冬里の詩「十一月ソノ二」からの引用

 

 

 

十一月ソノ二

 

工藤冬里

 
 

隠し場所を見付けられず元気がない
このインクもそろそろ終わりだ
爆発は口から
弁償のランチ
葉は一様に水分不足を訴えている
真理とは間違いからの自由
奴隷ではないので選べる
足を組み替え
家主の話を聴く
殺人したら追い出す
死にたいは録音できない
先祖の薬物
千八百万人の習慣からの自由
声を聴くってアナ雪みたいだね
結論を言ってから そして というのはやめてくれないかな
うろこ雲はイワシのフライのようにえぐれている
村山も武蔵野だった
唄えなかった
強制されて从(シタガ)う
三十年待って
f(x)=ax+bのグラフ
蛙の目玉
骸骨のママ
レール上を歩いていく陳腐
一台だけ売る外車屋
花弁波打つ周縁
房べり
花弁の房べり
水筒を落とすと
茶にガラスが混じる
種の中の柿の芽のように浮き出る
カーブの続く山道
死にたい は録音できない
死ねシネマよ
シネマへ
死ねおまえ
きのうやった
写真の継ぎ目はwaterfall
台形
ゲームのワーム
フォークで耕す 掌
子供を愛することを教わる必要があった
意識的に子供に愛情を表現する必要があった

起きれないので
空0ラ抜きは駄目だな
起きられないので
三十九度の追い焚きにして
温めようとした
出かけるには温めるしかなかった
その手続きがどうしても必要だから
使われても勤められないだろう
空0東京の勤め人は大変だろうな
空0六十年代的な瞬間の美学が悪いのだ
小便もしたいが寒いので後にする
水の中で水を我慢しているのがおかしい
水の中に水を入れた袋があるのと一緒だ
水は温まりにくく冷めにくい
体は水であるのでなかなか暖まらない
体はレトルトのカレーにすぎない
ただの水分の詰まった袋なのにものを考えたりしてすごいと思う
設定温度に近づくと四十度の熱とかやばいと思う
空0やばいとかあんまり使いたくないな
余程の炎症がないと体温はそんなに上がらないだろう
熱いものを飲むと自分を冷やそうとして体温は下がる
熱い湯に入るとそれでも徐々に体温は上昇するのだろうか
冷たいものを飲んで体に年寄りの冷や水を浴びせると
子供の頃の顔が柿の種の中の芽のように浮かび上がる

作者がいない映画
最大公約数に落ち着くのではなく
銅の代わりに金を携え入れる
臭みを除き
何年も先のことを決める
平たい赤い街の線描
のような声
干し煉瓦に新聞を貼った壁
作者のいない映画の
制作に参加できない者だけが作者であった
嫉みで曇らされて、批評どころではなかった
欠けていたので、殺してしまおうと思った
子供の頃の顔を殺そうとしたのだ
周りに立つ人々のために言っています
参加できない作者は語らされた

最高の仕事とは嘘を暴く仕事です
彼らはそれで爽やかさを得ることができます

問題はエネルギーが限られているということだけです

車は、頭であるか体であるかのどちらかだ。後部の窓が吊り上がった眦であるときその直下は目の下の整形の弛みとなるが、体であるならば凹凸は悉く四躯の筋肉となる。大型車でも頭だけのものもいる。外車は動物の体全体が多い。厄介なのは頭と体が混合しているもので、それをバッドデザインと呼ぶ。

象徴界にもピンキリがある
という言い方は想像界的だ
学問的には象徴界にピンキリはない
ということは象徴界という用語は無意味だ
象徴界という用語はそのために存在するのではないか

花ではなく実の色で飾るとは恐ろしいことだ

いきなり命
十代
二十代
三十代
六十代
七十代
short lives
をやり直せるなら

それも同じことだ
支配する者が
支配される者よりも先に死んでしまう

薬品業界のコンシューマー
延命商人

くの字型の死
アダムは九三十歳
十億倍の使用に耐える

今から
四万キロで地球一周

多様
才能性格能力
猫のような多様性

片道五十年の旅行

百五十億人
一ヘクタール
三千三百坪

山々の頂で豊作

獅子の歯の
黒地にレモンイエロー
香月泰男

投げ捨てることにより支払う

爽✖️✖️✖️✖️

Θυγάτηρ
thygater
娘よ
蛍光黄緑の爽✖️✖️✖️✖️

紫キャベツの色

湖に注ぐ川の
完結
だらだら流れる力じゃなくて

腕を通す喜び

脛骨の四番
首が折れる

最高の仕事とはうそを暴くという仕事
絶望の荷を引きずったまま生きる

一人一人が持つエネルギーは限られている

余ったエネルギーを使っていた

いつの間にか赤を入れられ

だらだら流れる力じゃなくて

がまんすればするぼど強くなります

 

 

 

UFOみたいなのが降りてきました

 

辻 和人

 
 

ぷわっ、ぷわり
左に傾き、右に傾き
降りてきたよ
UFOみたいなのが
仕事お休みになった日は雨ザーザー
出かける気力がくじけたところ
つけっぱなしのテレビが「いいもの見せてやるよ」って教えてくれたのが
ぶわっ、ぷわり
六角柱の
UFOみたいなの
がっちりした台の上に
ぺたっ着陸
ほぉー、見事見事
てっぺんにエラソーな金色の鳥さん
6つの角っこをちょっと地味な鳥さんたちが守ってる
ほぉー、見応えあるある
てっぺんの鳥さん、長い首をぷるーんっと折り曲げて
毛づくろいする余裕を見せる
地味な鳥さんたち、時々上を見上げては
てっぺんの鳥さんが毛づくろいする隙に
羽の中に隠し持ったポップコーンを放り投げては飲み込んでる
ほぉー、上手上手
おっと、長身のカラス天狗みたいなのが2人、UFOみたいのに近づいて
おっと、扉を開けたぞ
ほぉー、ほぉー、ほぉー
出てきた出てきた
星人みたいなの
茶色の前掛けみたいなのをまとって
髪がびゅーんと上に伸びる
伸びて伸びて
おっ、もっと伸びるぞ
ぷるーんっ
後ろに折れ曲がった
てっぺんの鳥さんの毛づくろい姿とおんなじだ
手にでかいシャモジみたいなの握ってる
目、ぱちくりさせたかと思うと
UFOみたいなのの中から
出てきて出てきた
正方形の台の下にはいつのまにか
ペンギンみたいなのが一羽畏まって立っていて
それを見たてっぺんの鳥さん
対抗意識か、羽をパタパタさせる
六角を守る地味な鳥さんたちもポップコーン食べるのやめてパタパタ
壮観だなあ
星人みたいなのはカラス天狗みたいなのからカンペを受け取ると
ぱちくりさせてた目を見開いてぎゅっと中央に寄せ
「私の星の住民が幸せになると自動的にこの星は平和になりますよーっ」
ってひと言
え? 何言ってんの?
意味わかんない
ペンギンみたいなのは目をぱちくり
カラス天狗みたいなのも目をぱちくり
てっぺんの鳥さんも地味な鳥さんたちもパタパタやめて目をぱちくり
おいおい、大丈夫か、とテレビ越しに不安になったが
ペンギンみたいなのが気を取り直して
「バンザーイ、バンザーイ」
両手を挙げる
カラス天狗もてっぺんの鳥さんも地味な鳥さんたちも唱和したから
ぼくもつられて「バンザーイ」って叫んじゃったよ
星人みたいなのは満足気にUFOみたいなのの中に戻り
カラス天狗みたいなのが扉を閉め
てっぺんの鳥さんと地味な鳥さんたちは羽を広げた姿勢で静止して
ぷわっ、ぷわり
左に傾き、右に傾きながら
UFOみたいなのは飛び去ってしまった
結局何しに来たんだかわからなかったけど
あんたんトコの星の人が幸せだとどうして地球が平和になるのかわからなかったけど
あー、見応えあった
雨ザーザーを楽しく乗り切れたよ
つけっぱなしのテレビさん
教えてくれてありがとね