幻羊/浅い墓

 

工藤冬里

 
 

楽しいことが待っとるけんね
何かあっただろうか
楽な方法を見出したということか
いずれにしても力はない
空0スターウォーズまだかな
字がきたない
近道に慣れるまで数年かかった
言葉が死んでいる
舌の短さによって
風を押さえ込む
空0バッタを治める
空0アバドン・アポルオン
喜んで怖れる
靄がかかって
二人が一つのベッドにいて
一方は連れて行かれ
他方は捨てられる

幻の羊を
浅い墓に埋める
楽しいことが待っとるけんね
空0あさいはか
空0ないはか
空0にうめられて
浅い儚い墓に埋められ

乞食は
分かっている

正義の妄想は
満たされる

骨粗相症のシャコは
鏡から離れて
自分を忘れる

都々逸衝動はまだある
〽︎友の鏡に自分を映す

根の塊ごと
土として掘り起こし
土として埋めた

拡げた坑に
根と埋葬する

最後の日々には
終わりが終わり
空0くの字型した
死体が二つ

空0しろがねの衾の岡辺

死ぬ人々がカフェにいる
唯一のメッセージはTVの宣言を信じるなということ

不意に驚く泥棒のように驚き
冴子のように冴えた状態を保つと
暗いオレンジに光が当たる
can’t afford
キリストから切り捨てる
〽︎掘ってやろうか浅い墓

 

 

 

 

松田朋春

 
 

電車で席を譲ったけど
座ってもらえなかった

窓の外をみてなぜか
わたしの死んだ犬は誰に席を譲ったのかと考えた

亡骸を撫でても
毛並であたたかく感じた
今までで一番よく眠っている
きれいな顔を見て
死ぬことの実感がやってきて
寂しく感じた

 
空っぽの席を感じる
いつまでも

 
かといって
死にたくなくなるのは
もっと嫌だ

 

 

 

太陽が震えていた

 

村岡由梨

 
 

長い間、暗闇の中で君を探し続けている。
君はいつも私を苦しめる。困らせる。
それでも、私の頭の中は君ばっか。

これまでの君、これからの君のことで
いつも頭がいっぱい。

自転車に乗って家路を急ぐ時でも、
夕飯が済んで洗い物をしている時でも、
片時も君のことを忘れることはない。

「この世界には星の数ほど表現者がいて
才能のある人などゴマンといるのに、
私が作品を作り続けている意味は何だろう?」

君を掲げて立ち尽くす私の前を、
急ぎ足で通り過ぎていく人たちの無関心に
切れ味の悪いカッターナイフでキーキーと心を切り刻まれる。
行き過ぎた自尊心なんて、いっそ捨ててしまえば良いのにね。

その上、私が作品を作っても、娘たちのお腹が満たされることはない。
「自己満足」「高尚な趣味」と周囲の人たちに揶揄されて、
いちいち傷つきながらも
自分の好きなものを好き勝手に作っている。
そう、それならいいじゃん。
だけど、心が揺れる。もがいている。
無意味に意味を探し続けている。

 
寒い冬の日、娘の花が、公園のフェンスにもたれて ひとり
友達を待っている。
待ち続けている。
まだ来ない
まだ来ない
そのうち日が暮れて、家に帰る。

花が、風呂場でシャワーをつけたまま
うずくまって、むせび泣いている。
「本当の友達がほしい」と言って、泣いている。
たまらなくなった私は、
どうしたの、と言って
風呂場のガラス戸を開けようとする。
けれど、花は扉を強く押し返して拒絶する。
「みんな嫌い」「ママの偽善者」
花の圧倒的な孤独感を前にして、
言葉は余りにも無力だった。

 
きっと、花も私も叫びたいのだ。
「私は、ここに、いるんだ」って。

 
去年の冬、家族で世田谷美術館へ行った帰り道、
とっぷり日が暮れた木立の隙間で
儚い太陽の光が
まるで夜が来るのをこわがっているように
震えて沈んでいくのを見た。
この光をどうしても忘れてはいけないような気がして、
スマホのカメラで撮影した。

 
もしかしたら、私が求めているのは、
意味でも答えでもなく、「光」なのかもしれない。

 
偏屈で頑固で怖かった老婆が
病室で臨終の際、賛美歌を歌うのを見た。
老婆は光に包まれて亡くなった。
花のピアノの発表会で中年の女性が懸命に歌うのを見た。
芸術は誰にでも開かれていることを知った。
幼い花が公園で落ち葉を浴びて遊んでいる動画をスマホで見た。
もうこの日に戻ることは出来ない。
無邪気に遊ぶ花が愛おしくて、画面が涙で霞んだ。
そこには金色の光が溢れていた。

幸せな記憶の中だけで生きたいよ。
暗闇の中でひとり死にたくない。
自分の子どもたちにも
自分の子どもたち以外の子どもたちにも、
あたたかで、優しくて、寛容な光に包まれた一生を過ごしてほしい。

思い返せば、私が幸せだった時、いつもそこには光があった。
幸せだったことを忘れたくないから、
私は作り続けるのか。

「ママの作品は残酷だけど、きれいだよ」

私のスマホの中で、
今もまだ、これから先もきっと
あの日の太陽が震えている。

 

 

 

水彩画の街

 

小関千恵

 
 

鮮やかに
水彩画の街のメリークリスマス
引かれた線で 戯れる形
愛の絵具で煌めく 地平のひかり

ねえ 願いを
戯言を
星へ 歌っていいですか
どこかの星に 聞いてもらいたい
跳ねる唇
堪りかねた人間の雨粒
滑らかに 地球の皮膚を滴ってゆく
海は 海はまだダメだ
誓いを立てながら
冬の夜空も裸んぼうの人
見てごらん
月も 裸んぼうで生えているよ
いつか緑色だった 月が

信じる者の 信じるモノは
優しい畑だと思う
魔法でも催眠術でも
希望はあるように思う
こんなに素朴な 可愛い生きもの
人間は 信じる 生きもの

せかいは柔らかな地面だった
いつか剥がれてゆく
地面も 背中の皮も
だから
容赦無きどしゃ降りには
拐われないように
流されていかないように
まだ 海はダメだ
まだ 海はダメだよ

水彩画の街で 水彩画の街で
柊はひらひら
空を飛んでいる