贈り物

 

みわ はるか

 
 

土曜の朝、というか昼になるんだろうか、11時頃玄関のチャイムが鳴った。
布団の中にくるまっていたわたしはこんな時間に誰だと少し不機嫌になりながらも急いで半纏を羽織って扉を開けた。
若い郵便局員が大きな段ボールを重そうに持っていた。
無事受取人が出てきたことに安堵したのかにかっと嬉しそうに笑いながらわたしにサインを求めてきた。
「ありがとうございましたー」と若者らしく元気な声で言い終えると風のように去っていった。
そんなこんなで眠気もあっという間になくなってしまった。
そしてわたし宛の荷物にドキドキしながら依頼人欄を見るとそれは懐かしい名前だった。
所在地は遥か遠く日本の中心地、「東京都」であった。
彼女はわたしの中学時代のテニス部の同級生でとても美人な子である。
長身で肌は雪のように白く笑うとえくぼができてたっけな。
地毛がきれいな栗色で伸ばしたストレートの髪がよく似合っていた。
部活開始前のランニングではよくお互いにがははがははと笑いながらふざけあった。
木陰での休憩中には砂の上によく絵を描いた。
わたしのそれはとても下手くそだったが、彼女はさらっとかわいいキャラクターや幾何学模様のようなものを書いていた。
それはとてもわたしには真似できない上手な絵だった。
同じクラスで席が近かった時、彼女はよくわたしが一生懸命英単語を覚えている横でわたしの教科書に落書きをしていた。
「あっ」とわたしが気付くと悪びれた様子もなくあはははは~と笑いながら逃げていった。
「ふ~」と思って一度はシャープペンシルから消しゴムに持ち替えたけれど、その絵を見て消すのをやめた。
ただの、本当にただの落書きなんだけれど消すにはもったいないと思ったのだ。
それくらい彼女の絵はなにか引き付けられるようなものがあったのだと今では思う。
その時はなんだか不思議な本能で残しておきたいと思った気がする。
残念ながら昔の教科書類は全て処分してしまったのでもう確かめようもないのだけれどふともう一度見たいなと思った。
やわらかいタッチで、人やキャラクターを好んで描いていたあの作品を。

そんなことを思い出しながら段ボールの荷物の中身を取り出した。
そこには甲府で買ったと思われる赤ワイン、そしてわたしが昔から好きな日本茶の茶葉が丁寧にラッピングされた中から出てきた。
さらに奥をごそごそと探ると一枚の女性の絵と手紙が出てきた。
そこにはこう記されていた。
「こないだ共通の友人の結婚式で14年ぶりに再会できてとても嬉しかった。その時のことを忘れたくなくてその日着ていたワンピース姿のあなたを描いたよ。
ほとんど話す機会がなかったことはとても残念だったけれど昔と何も変わってないね。それがなんだかほっとしたよ。ワインとお茶はよかったら飲んでね。
また会えることを楽しみにしているよ。」
数か月前、同じテニス部の同級生だった子が結婚した。
その時、控え室で偶然会ったのだった。
14年ぶりの再会にお互い感動はしたものの席は遠くほとんど会話ができなかったのだ。
わざわざ気をきかせてこんなことをしてくれるなんてと、しばし感慨にふけってしまった。
自分を書いてくれたというその絵をまじまじと見てみた。
水彩画だと思われるそれはとてもやわらかい印象でずーっと見ていたくなるようなものだった。
わたしってこんな風に見えてるんだ、なんだか照れるなと一人ニヤニヤしてしまった。
その絵は縮小コピーして写真立てに入れ玄関に飾ることにした。
突然に華やいだ玄関はキラキラしていた。

段ボールの中をゴソゴソと整理しているともう1枚手紙が出てきた。
それには今までの近況が書かれていた。
10年程前に上京したこと、大学に通いながら誰もが知っている大手映像会社で絵を描く仕事をしていること、好きな映画監督の作品のこと、生まれ育った田舎との違いに今でも夜になると孤独を感じる時があること・・・・・。
わたしの知らない14年間がそこにはあった。
あーこんな嬉しいことはない、やっぱり彼女は描き続ける使命だったんだと何度も何度も読み返した。
慣れない都会でわたしなんかが知る由もない苦労がそこにはあるのだろうけれど、まだこれからも東京で頑張りたいと締めくくられた最後の一文には逞しさを感じた。

世の中にはこれをしたいと思ってものすごい努力をしてもどうしても報われない人が自分を含めてたくさんいると思う。
そうかと思えば本当に一瞬でさらっとやり遂げてしまう人が中にはいる。
そういう使命を持って生まれてきたような人がその道を進んでいるのはとてもいいなと思う。
そして、それが自分の古い友人の1人だと知った時の喜びは格別なものだ。

 

 

 
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