はんがん

 

薦田愛

 
 

きのう、ね
イナロク沿いだったかな *
自転車で向こうから走ってくるひとがいたんだけど
つばびろの帽子かぶってサングラスかけて
マスクしてた不織布の
おんなのひと
もうね
どんなひとか
ぜんぜん見えないの
「いやひどいよね
きもちわるくなる
マスクしてる顔ばっかりで」
ユウキの全身からうんざり感

ほんとね
電車やお店の中はともかく
人混みでもないし
この暑い昼日なか
「落語の稽古の時だってさ
きいてるひとがみんなマスクしてると
表情がわからないんだよね」
アマチュア落語の稽古場では
手元の見台にアクリル板
師匠だけはフェイスシールドだけれど
自分の番の前やあと席できく受講生はマスク必須
にじゅういくつの
くぐもった笑いがたちのぼるのだろう

ユウキは
町に人間がいないと言う
「マスクして歩いているのは
人間に見えない」と

そうだね
昔だったらコンビニに入るとき
フルヘルメットは外してくださいって
書かれてたよね
いまや
まるっきり包み込まれた顔にも出くわすし
半分見えないのはデフォルト
上半分だけの顔が行き来してる
COVID-19とよばれる
ウイルスが地球の皮膚ぜんたいを
おおいつくす
しらずにふれたひとは
かたっぱしからたおれふす
というおそれに
ふかくそめられていった
このとし(年/都市)

百均で買えていた
個包装七枚入り不織布マスクが
ある日棚から消える
ドラッグストアの列に並んでも買えない
ネットで探すと送料込み一万円にせまるセット売りばかり
ないと聞くと
なければいけないようでどきどきする
見ていたかのように
使い捨てというけれど
洗って何回かは使えますと
手押し洗いの映像
ひもに付着したウイルスが手や口にふれるとイケナイので
よぶんを持ち歩いていますと街頭でこたえるひと
なんて周到 いややおせっかいいらん

「ふつうにしっかり手洗いで十分だよ
あと、よく笑って免疫力アップ
さっ今夜は『百年目』見よう」
落語のDVD、買っておいてよかったよね

赤ちゃんは大人の表情を見て学んでいるから
マスク生活でその機会が奪われるのは深刻な問題、という記事を
Facebookで見かけてシェアする
ひとの心の動きがわからないまま
成長してしまうおそれがあると
そこへ
「目は口ほど物を言うというのは嘘でしたね」と
コメント
ああ畑井さん
ほんとにね
「マスクの下は笑顔」なんて書かれていても
きゅっと結んだ口もとだの
ふっとこぼれた溜め息だの
思わずゆがんだへの字だの
湿った布きれいちまいに覆われてわからない
しげしげ見つめてみれば
眉根が寄って尋常ならざる空気だったり
額のシワがいちだんと深かったり
最高気温三十八度に耳やまぶたが火照っていたり
するかもしれないけれど
接近遭遇が嫌われまくっているこのご時世には
不首尾に終わってしまう可能性が大

ああ
はんがん
伏し目がちな仏像の慈愛に満ちた
半眼、じゃなくて
はんがん
半分きり見えない顔を
めいめい
stay homeで運動不足ぎみな身体に乗せて
歩きまわる二〇二〇年のじんるい

ヨーセイされて自粛なんてさ
ご遠慮くださいといって遠まわしに
お断わりされているのと同じ
じぶんでえらんでしているのではなくて
ほんのりていねいなふりして
なんきん
(カギではなくパンプキンでもなく)
マスクだってさ
まもるというよりフーイン
(かぜのおとではなくて)
そう、ツバとばすなというだけではなく
おくちにチャック
みたいやわ

不織布の 布きれの
しとっと蒸れた呼気をふくんで
ゆらっゆらっと
かしぐ身体
ダレノ
ダレノカワカラナイ
ワカラナイカラダ
カラダノ
ムレ
群れ

ナツのさかり
熱中症のキケンと相談してねといって
テキギ外しましょうって広報
そそそ そやろ
もともと外ではせんかてええねん
そんなん
言われなくたってわかるはずやんか
こんなやったら
ちょっと涼しなってきたらとたんにまた
さぁさ秋冬スタイルってばかりに
すみからすみまでずずずいーっと
並ぶんやろか
半顔
はんがん
にんげん、やのうて

はがしとうて
はんがん
ならん
はんがん
はぎとりとうて
ならん
かみきれ
ぬのきれいちまい

 
 

* イナロク 国道一七六号線の俗称。

 

 

 

I took it for granted that you would go with me.
私はもちろん君が一緒に行ってくれると思っていた。

 

さとう三千魚

 
 

midnight

put Moco in a basket
I’m bringing Moco to my study

I can hear a sleep in the basket

always
everywhere

Moco comes with

when I enter the toilet
Moco scratches the toilet door with her forefoot

also in the neighborhood supermarket
Moco wants to go with me by car

always
everywhere

Moco comes with

looking up at the entrance

I took it for granted that you would go with me *

 

 

深夜に

モコを
籠に入れて

本のある部屋に連れてきている

籠の中から
寝息が聞こえる

いつも
どこへも

モコはついてくる

トイレに入ると
トイレのドアを前足で引っ掻く

近所のスーパーにも
車で一緒に行きたいという

いつも
どこへも

モコはついてくる

玄関で見上げてる

私はもちろん君が一緒に行ってくれると思っていた *

 

 

*twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life