雪が降ってるよと言った

 

さとう三千魚

 
 

年の暮れの暮れの
今日

午後に

秋田の姉から
荷物が

届いた

いぶりがっこと
芭蕉菜漬と

味噌と
酒と

入ってた

夕方に姉に電話した

姉は
元気に笑って

話した

義兄は逝った

一人で雪掻きをしていると言った
今日も

雪掻きをしたと言った

三時間もしたと言った

雪が降っているよと言った
雪が降っているよと言った

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

 

村岡由梨

 
 

雪が降っている。
前に住んでいた家の小さな庭で
真っ赤なコートを着て
仰向けに横たわる、幼い私。
手を伸ばせば届きそうな暗い空。
庭の木々にも、芝生にも、わたしにも
やわらかい雪が降り積もっていく。
このまま
白く清らかなままで
全て消えてしまえばいいのにな。

無垢な猫の胸毛のように真っ白で、
豊かにやわらかく揺れる母の乳房に、
身を捩って苦しむ母の乳房に、
ニトログリセリンを貼って、顔を埋める。
母の胸の奥に、赤くてあたたかな光が見える。
ほんとうは
もっと早くこうしたかった。

もし、あなたが
明日消えてしまうのなら
欠点も何もかも のみ込んで
あなたのことが好きだった、と伝えたい。

もし、私が、明日消えてしまうのなら、
これまで出会った全ての人たちに
優しく出来なかったことを
泣いて激しく悔やむでしょう。

濃い霧に覆われて、
先の見えない道の半ばに立たされた
孤独な娘たち。
赤いフリースを着せて、
震えるあなたたちにそっと目隠しをする。
見たくなければ、見なくていいよ。
逃げたかったら、逃げればいい。
やがて眠りについたあなたたちのそばに、
色違いの羊のぬいぐるみを、そっと置く。

ある日、一羽のカラスが一直線に大きく翼を開き、
冬の寒さを切り裂くように
私の目の前を低空飛行した。

母の胸の奥の赤い光が爆発して、
母の乳房が、体が、こっぱみじんになった。
女の血と肉片で着飾った私は、
真っ白な雪の絨毯に、仰向けに寝転がる。
手足の指がかじかんで、赤くなって、
やがて黒くなって、壊死してしまった。
雪はいつしか女の遺灰となって、
静かに降り積もっていく。
女の遺灰に埋もれて、
遺灰を鼻から吸い込んで、私は
このまま全部消えて無くなればいい、
そう思った。

けれど、私はこのままでは終われない。
白く激しく燃えるような
辺りいっぺんを激しく焼き尽くすような
作品を作るまでは。

出し尽くす。焼き尽くす。
自分の命を最後の一滴まで絞りだす。
私は、ひとりの表現者として生き切りたいのだ。

なんて強がりを言っても、
今際の際、きっと私は、
夫と二人の娘たちの名前を叫ぶでしょう。
そして、私が自分勝手な生き方をして、
いつも良い妻・良いお母さん
でいられなかったことを、
激しく泣いて悔やむでしょう。

狂おしいほどの怒り、苦しみ、憎しみ、悲しみの
全てをのみ込んでもなお
あなたたちのことを愛していたことを
うまく伝えきれるでしょうか。

赤くてあたたかい光が、
私の胸の奥にもあったことも、
いつか、気付いてくれるでしょうか。

そんなことを考えながら、
小さな庭に横たわる私の体に
雪が、母の遺灰が、
音もなく降り積もっていく。

 

 

 

空は フー

 

小関千恵

 
 

 

わたしは あなたの魔法に
愛された
空は フー
濡れた空の道

その皮膚を擦り歩き
演奏した 生業のように
それぞれのビジョンを隠した
合奏は 自然のように

空は フー
その道から
土は降ってくる

枯れた花を握りしめて
この夢を咲かせられるかと
絶望への愛が

尸を
雪に濡らす

空は フー

 

 

 

苦しい日々に、思いだしながら年末

 

ヒヨコブタ

 
 

この世が終わると信じていた時がある。
世紀末が叫ばれ声高なそれらが不安定なじぶんと
何も自信を持てなかった時期に重なっていた。
叱られることになれていた。
なれすぎてわたしはわたしを信じていなかった。
未来というものがよくなる、よくするという気持ちが消え失せていたのだ。
相反するように微かな自信を指先に灯して。

その年何も起こらずに正月はやってきたし、コンピューターの異変も起こらなかった。
普段通りに皆生きていたのだ。
ノストラダムスを恨むような、安堵するような複雑なこころもちでいた。

魔が差すということがある。
何度もそちらを選ぼうとしたことがある。
けれども悔しかった。なぜそんなことに振り回されるのだと微かな生きていたい気持ちが勝っていた。

それらはまったく紙一重だ。
巣くった悪魔のような毒はわたしを脅かしていたのに
この先の人生をすべて諦めることを馬鹿馬鹿しいと思いながら、生きていた。

今ならそれがよくわかる。
別れ道にいたのだと。
何かとても大きな幸福でなくていい。
今日を生きていられる僅かな、何かを皆が持っていられれば
明日になる。明日が迎えられる。
また何かが食べたい、またあの人に会いたい。
これを遺して逝ってはいけない。
宝物はじぶんのなかにいつも僅かに持っていられさえすれば、明日は闇ではないと。

ことばのちからだけは幼いときから信じてきた。
まだ読みたい。できれば書きたい。読んでもらえるかもしれない。突き動かされてきた。

すべてに絶望しても、ことばがありそこに明日を見ていたい。
別れ行くひとに絶望し続けないこと。
いつか逝く道を今勝手に決めてしまわないこと。
憑き物はかならずおちる。
傍にいるひとや物を信じること。
それは信仰のようなものでなくていい。
じぶんのなかに核があること。
揺れ動くじぶんの強さを信じること。
諦めたくないと泣きながら思うこと。

無力かもしれなくても明日がうつくしければみてみたい。
無限ではない明日に悲しみがあったとしても
わたしは生きて生きて明日を見る。
諦めが悪く、意地っ張りでよかったのだ。
欠点は、いつも裏返しだったのだ。

大事なひとの明日とじぶんの明日を重ねれば
きっと大丈夫が続いていく。
だから少しの勇気でわたしはあるいていく。
ことばのポケットに手を突っ込んで。
ぐいぐい風をきっていく。
決めたのだ。
着地点は必ずあると。
悲しみと苦しみを見続けないこと。
そう決めてこの冬もわたしは確かに、いる。

 

 

 

あきれて物も言えない 30

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 

窓辺に、二羽の雀がくる

 

わたしの本のある部屋の窓の外には手摺りがあり、
そこに板を渡して固定してその上にチーズケーキの入っていた白い陶器の入れ物を置き、粟(あわ)、稗(ひえ)、黍(きび)などの剥き実を入れてあげて障子を閉めると雀がやってくる。

 

雀はいつも二羽で、
兄妹なのか恋人なのか夫婦か、わからない。

窓の内側には障子があるから、
二羽は、障子に影絵としてあらわれる。

まだ警戒している影絵は餌のそばにきてしばらくは動かないでじっとしている。
それから、怖がりでない方から餌に近づいて陶器からこぼれた餌を啄ばみそれから陶器の中に首を突っ込んで餌を頬張っている。

音を立てると逃げてしまうから、
わたしは障子のすぐこちらでじっと影絵のふたりの様子を見ている。

そこには、
ほんわりとした陽だまりがありふたりの生きるよろこびがあるように思われて、うれしくなる。

 

今日は午後から「ユアンドアイの会」の詩人たちとzoomで詩の合評会をしていた。
その間もふたりは窓辺でちょこちょこと動きまわっていた。

わたしは「犬儒派の牧歌」という浜風文庫に公開している詩で皆さんの講評をいただいた。
辻 和人さんが「さとうさんの詩は、ミニマルアートみたいに抒情をブツ切りにする詩ですね。」と言ってくれた。

うれしくなってしまった。

そうか、
わたしの詩は「抒情をブツ切りにする」のか。

「抒情をブツ切りにする」と残るのは骨片のようなものだろう。

骨片を拾う。

 

桑原正彦が4月に亡くなった。

そのことをギャラリストの小山登美夫さんから教えていただいた。
わたしはそれから身動きができなくなってしまった。
なにも、手がつかなかった。
わたしの詩集に桑原正彦の絵を掲載させてもらっている。
詩集には桑原の絵をずっと使わせてもらおうと思っていたから桑原正彦がこの世にいなくなってしまったということは受け入れられなかった。

桑原正彦が、
わたしの母のために絵を描いてくれたことがあった。
わたしの母はALSという筋肉が動かなくなる病気でわたしの姉の家で闘病していたのだった。
その母のために桑原はわたしが渡した母の写真を見て絵を描いてくれた。
わたしの神田の事務所に桑原正彦が絵を持ってきてくれた。
桑原はアトリエからほとんど外に出ないし誰にも会わないと知っていた。
その桑原がわたしの神田の事務所の応接間にきてくれた。
いまはもういない母の部屋の漆喰の壁にその絵はいまも掛かっていてわたしの姉の宝物となっている。

 

ここのところわたしはわたしを支えてくれた人たちを失っている。
中村さん、渡辺さん、父、母、義兄、兄、桑原正彦を失ってしまった。
最近では、家人や、犬のモコや、浜辺や、磯ヒヨドリ、西の山、羽黒蜻蛉や金木犀、姫林檎の木、雀のふたり、それと荒井くんや市原さんなどがわたしの友だちとなってくれている。
「浜風文庫」に寄稿してくれる作家たちと「ユアンドアイ」の詩人たちもわたしには大切だ。
詩や写真や絵や音楽を大切なものとして生の根底で共有できる人たちだ。
経済的なメリットからほど遠いが互いの生を理解して尊重できる人たちだからだ。

 

ここのところ新聞の一面には「国交省、自ら統計書き換え」* 、「赤木さん自死 国が賠償認める」* 、「森友改ざん 遺族側、幕引き批判」* 、「三菱電機製 重大な不具合 非常用発電機 1200台改修へ」* 、「アベノマスク年度内廃棄」* 、「日立系、車部品検査で不正 架空記載や書き換え」* などなど、この国の官民が不正を行っていることが露見しているようだ。

新聞記事に現れるのはごく一部なのだろう。
コストや人を極限まで削り下落させ成り上がる。
世界の経済は自己利益を優先することで回っているのだ。
格差が金を生む。
日本だけでなく世界の人々を自己利益の渦に巻き込みながらこれからも進んで行くだろう。
近代以降の資本主義の終着駅を過ぎ去るのだ。

 

窓辺には、二羽の雀がくる。

そこには、
ほんわりとした陽だまりがあり影絵のふたりの生きるよろこびがあるように思われて、わたしはふふんとうれしくなる。

 

この世界には呆れてものも言えないことがあることをわたしたちは知ってる。
呆れてものも言えないのですが胸のなかに沈んでいる思いもあり言わないわけにはいかないことも確かにあるのだとわたしには思えてきました。

良い年を迎えましょう。

 

作画解説 さとう三千魚

 

* 朝日新聞、2021年12月16日、21日、22日、23日、一面見出しより引用しました。

 

 

 

昼は朝を覚えていないが朝は夜を覚えている

 

工藤冬里

 

昼は朝を覚えていないが
朝は夜を覚えている

https://youtu.be/WULnMK4QX5A/
人のせいにするなとかはよく言われるけど、カントは物のせいにしちゃったんだよね
ヘーゲルはそれで安心してちゃいけないってんで安心できないように宙吊りにした
ジジェクはそれを居直りのピンク映画に仕立てた
〽︎信じていた俺が悪い
いけないことをしたような
裏切りの花が咲いていた
孫弁証法


初詣籤の代わりにオミクロン

漏れる器から割る器に移行しました
割向付

komariirimame@_YukioHakaga歳月を要しましたね.

_YukioHakaga@ komariirimame土手っ腹に穴を開けたのは三輪和彦、罅入っちゃったでもいいやはピーターヴォーコス、割って貼り付けたのは寺尾恍示ですが、概念としての「割る器」にまで進んだのは人類史上初だと思います。それは世界からプチブル的なものが失われたことと軸を一にしており、偽の宇宙旅行より遥かに重要な一歩です。

komariirimame@_YukioHakaga自暴磁器?
_YukioHakaga@ komariirimame割り寂びですよ

キュレーターのくせに死のうとしか言わず528発声はする耳だらけの動物
その後にオブジェとしての巨大な包丁が建立され毎日研がれているようで鳥が当たると真っ二つになる

山は勿体ない
掘れば中に住めるのに

手土産に持って行ったあの碗はどうなったのだろうか。糸井さんはわざわざ家の外に出て待ってくれていた。辞した後すぐに礼状が届いて「明日からこの器と生きるんだ」とあった。社交の真髄を見た気がした。

弛緩した周波数
腰が痛むのに空を睨む

スケボー園児の世話を離れて尾形に入ったら焼そばもあるよと耳打ちされ諒とする。それを知って騒ぐ隣の客に味見するかと水を向けると喜ぶが
夢にはオチがないのでネタバレもない
覚めよ覚めよおおエボラ
西安でマノアが目の当たりにしたのは
反原発シュトーレン合
ギャグは人生の役に立ってますか
寝転び乍らそんなこと言わないでよ
北原謙二の元歌「さよなら さよなら さようなら(作詞:星野哲郎 1962 )」はプロの作詞家の仕事だったが、平和勝次が完全に変えた「宗右衛門町ブルース」は星野には書けない識字教室のにおいがする。
https://youtu.be/gvmmG307y8c/
https://youtu.be/17r1mb4gumc/
星野の名誉のために付け加えればかれの作品で好きなのは韻を踏んだ「長崎の夜はむらさき」である。他の都市で試してみたがどこもうまくいかなかった。
https://youtu.be/jjmfRAlkpTQ/

人間は縦横を組み合わせたがるがそれはあまりにも人間的だ。基本的には上下しかない。横はさまざまだからだ。

民営化後も含めて役所仕事がのらりくらりしているのはあれは外資に対する精一杯の日本的抵抗なのだと思うと情趣がある。
人は配給を待つ間の行列の中で国家の善意の部分について自問自答する。
国家と私は共に敗北したということなのか?国家を哀れむ愛国心というものもあるのか?
artfolk @_YukioHakagaサッチャー以前の英国にも衰退する国家への愛惜と開き直りみたいな感情があったように思いますが、それと同じことでしょうか。
もちろんその後にやってきたのはサッチャーだったわけですが。
_YukioHakaga@ artfolkそうした機微はブレディみかこ「ワイルドサイドをほっつき歩け」で活写されていましたが、二重三重に屈折していて厄介です。
artfolk @_YukioHakaga年末年始の読書ガイドありがとうございます。
ハンガリーから移住したジョージ・ミケシュの本が念頭にあったのですが、ブレディみかこも移住者ですから半世紀違いのよそ者から見た英国という点で大変興味があります。

ビスケットは浸されるために堅くなければならない

具体的であることはなぜ大切か
住める洞窟はあるだろうか

https://youtu.be/4se3RUiVEHE/

手を失って苦悩する鉄雄

双方向一括り
怖れの上にケーキを組んだ
全ての答えを知っていなければならないというわけではないということを確かめなさい
変わる理由が違う

 

 

 

#poetry #rock musician