夜道で会った人と話をするべからず

 

一条美由紀

 
 


死んだらいいのに
言っちゃいけないことだから
思っちゃいけないことだから
バチが当たったらいやだし
でもこう思うこともある
死んだらいいのに
ナイフを持って
深夜を一人歩いて
泣くための悲しい話を探して
死んだらいいのに
他人を自分を
目に見える全てを憎んで
死んだらいいのに

 


遠い地で不思議な大地を撮り続け、
長い旅から帰ると、
故郷の空気は美しく私を出迎えた
見えてないだけだった
謎が生まれたところに答えも同時に存在するのだった

 


1本の電線は会えない母の存在の証
電話での会話は時々意味が通じない
遠くにいる後ろめたさが背中を覆う
まだ大丈夫 まだ大丈夫
でもいつか大丈夫じゃなくなる
背中を映すことのない今日が
明日に変わるのが怖い

 

 

 

餉々戦記 ( スティックセニョール、セニョリータ! 篇 )

 

薦田愛

 
 

大阪北辺午後四時ちかいスーパーで
かごを手にひとめぐり
あれ小松菜もほうれん草
ニラも並んでいない
あるにはあっても手が出ない
見切り品もない
なんて時
間引き菜だの小かぶの葉つきだの
あれば重宝なのに
それも見当たらないと本当に往生する
だからね
緑のものがみえると
手がのびる
そう
緑みっしりひと色の
げんこつもしくはブーケ
ブロッコリー
黒ずんだのやら少し黄色くひらいたのやら
積み重ねられた緑の確かさを
抱き取ってしまう
ああ でも
それだけ焦がれた緑だのに
いざつれて帰り
かたまりの半分をゆでてマヨネーズで食べると
鉢にふたつ三つ残る
あとの半分はゆっくり
野菜室の隅でしおれていく
どうしよう ああこれならと
ささみを削ぎ切り湯がいたのとナンプラーで和えてみても
んん
美味しいにはおいしいけれど
しみじみしない
しっくりこない
「なんだか、ブロッコリーっていうものは
どう食べたらいいのかよくわからないね」
と、つれあいユウキも微妙な顔
そうか やっぱりか
私もだよ
それなら買わなきゃいいのに
緑の引力なのかな

「いつか畑をやりたいな」
とユウキ
ふたりとも食いしん坊なうえに野菜が好きだし
貸し農園でも探してみる? 
私は探すだけだよなどと話すうち
瓢簞いや
ひょんなことから
東へ西へ
畑のできる住まいやぁいと呼ばわり呼ばわり
たずねあるくようになり
春が夏になり
あったのだった
大阪北辺の住まい近くをとおる国道の先の先
丹波という土地に
その秋ふたりで
引っ越した
直売所も近くにあって便利
ユウキ
畑をがんばってね

東京の友達とも大阪の知り合いとも
SNSでつながっている
と思うと心づよい
入谷でご近所だった
ヨガ講師で柴犬ママのマミコさんの
料理の写真が美味しそう
きくと最近
志麻さんのレシピ本でつくっているという (*1)
カリスマ家政婦として人気のひとだと
知った
その家の冷蔵庫にある材料で
おお、と唸る料理をつくるアイデアと腕のひと
おお、と図書館でレシピ本を借りてくる
付箋ふせんそしてカラーコピー
どうしてレシピはカラーじゃないと
つくる気がおきないのかな
モノクロコピーだと
仕舞ったままになるんだ
つくれるかもしれないメニューと
食べたことがあるもの
十あまりをコピー
なかになんきんやらブロッコリーやら
野菜をソテーするものもあった

今晩これをつくろうと
レシピをコピーしたりデータを保存したりするとは限らない
これ食べたいたぶん好き
できるかもしれない身体によさそう
そうやって溜まったコピーや切り抜きが
クリアフォルダーからあふれんばかり
束から引っ張り出しては
冷蔵庫の中を思い出し
時々開けてたしかめながら
これかな
これなんかどうかな、いや
ゆうべ鶏だったから
今日は豚か魚で何か、と並べてみる
一枚いちまいは端が折れ
破れかけを再コピーしたものもある
ユウキやきもき
ある日
「よかったらこれ使ってみて
もっとこんなふうにということがあったら
つくり直すよ」と
渡されたバインダー
大まかな食材別に分ければいいように
インデックスまで
二穴パンチで孔あけ
並べ直せば探すのに手間取らないよって
ほんとだね でも
メインが豚肉か鶏むねか
という分け方で綴じても、さ
ピーマンを軸に探したい時
見つけにくいよね
それに
A4サイズばかりじゃなくて
切り抜きやスーパーのラックから選んだカードとか
大小ばらばら
「コピーし直して揃えればいいんだよ」って
そのとおりだけれど
せっかくのバインダーも使えないまま
あふれかけた紙束のクリアフォルダーを持ち越して
こんにちに到る
面目ない
難儀なるかなわたくし

難儀なるかな
流行り病への対策が叫ばれつづけ
四人五人が集うこと
ねっしんに語りあうことももってのほかと
もとめられ
仲間との勉強会さえオンラインになった
そんな日の画面を閉じた午後五時すぎ
ユウキ、急いで何かつくるからね
ランチはつくってくれて洗い物まで
いつもはつくってもらった人が洗うのに
おかげで勉強会に間に合ったから
終わったあとは私が、と
気は急くものの手が遅い
ユウキの好きなホッケの干物おおきいのを焼いて
味噌汁は温めればいいから
そうだブロッコリー、あの
直売所で出くわした
スティックセニョール(*2)
袋づめのがそっくりあるからあれを

すっ と切り落とす
ひと枝
枝というより茎
包丁で
すっ すてぃっく
スティックセニョール、セニョリータ!
ブロッコリーの脇芽を集めましたという袋入りを買ったことがあったから
てっきりこれもそうだと思ったよ
げんこつもしくは緑のブーケは切ると粒つぶが散らばるし洗いにくい
細い茎を束のように詰めてあるのは扱いやすくてうれしい
すっと細く
すっと伸びた
く、き、茎ブロッコリーと呼んでいたら
いまひとつ広がらなくて
しげしげ眺めたのだろうか種の会社のひとが (*3)
すっと背が高いしね そう
セニョール、なんて感じかな
スティックみたいで、いやあと半ひねり
ステッキ持った紳士とか

すっ すてぃっく
スティックセニョールって
名づけてみたん
かな
などと独り言つ間もなく
すっと細い すっと長いのを
ざざっとざるに入れ
ざざあっと水換えてもう一度
さらに浄水かけて
ばさっと振る 床にもすこし降る
浅いフライパンにオリーブオイル熱し
にんにくのマッシュつとっ
ややあって
緑のス、スティックセニョールどさどさっ
並べて火を強く そして蓋
グリルにホッケも入れて点火
じじいっ わっ 蓋をとれば
ああちょっと焦げてきてなんだか
ほっこり香る

ス スティック
スティックセニョール 茎のみどりの
焦げるにおいってこんななんだな
岩塩ひとふた振り黒胡椒四、五振り
ハーブソルトもふた振り
ああ あれはどうかな
冷蔵庫からぽん酢つつっ じ じゃあっ
あっ ながれこんでくる
鼻腔の上奥へ
酸っぱからいこれ
「おっ、なんかいいにおい。なんだろ」とユウキ

へへ、なんだとおもう?
「え、うまそうだね
ビールがあいそうだ」
あっ あれっ
あのときカラーコピーした
志麻さんのレシピの中身はわすれて探しもしなかったけれど
こまって急いて
ええい
なんとなくやってみたら
「うん美味しいよこれ」
そうか、こんなのでもいいのかな
紙のレシピのファイリングじゃなくて
眼や頭のどこかに紛れていた残像が
知らずしらず美味しいほうへ誘ってくれたのかな
フライパンの焦げをおとすのでユウキに手間取らせてしまったけれど
「あれは美味しいよね」と定番になり
ス スッ
スティックセニョールを畑でふた株
つくってもらうこととなり
かぶや豚肉と炒めてもシチューに入れてもいいよねと
(つまるところ重宝なブロッコリーということだけれど)
次つぎのびる茎をもいできてもらっては野菜室におさめ
すっ すっくとのび続けるスティックセニョール
濃き緑を頬張りながら
スッ スティックセニョール、セニョリータ!
まだ知らないメニューを探している

 

*1 志麻さん・・・タサン志麻さん。フレンチ料理店の料理人を経て「予約のとれない伝説の家政婦」として人気の料理家
*2 スティックセニョール・・・ブロッコリーと中国野菜カイランを掛け合わせて作られた茎ブロッコリーの品種の名
*3 種の会社・・・スティックセニョールを開発・販売する会社、サカタのタネを指す