野菜作り

 

みわ はるか

 
 

最近始めたことの1つに野菜作りがある。

 

小さなその土地は、わたしが初めて訪れたときは雑草ばかりであった。

昔は果樹を植えていたらしいが、そんな面影は微塵もなかった。

昔、わたしが小さいころ、今では珍しくなったが3世代で暮らしていた。

おばあちゃんが畑をせっせとやっていたが、他の家族は誰もやっていなかった。

興味がなかったのだ。

そう、わたしは全くの素人。

まずは、ホームセンターに向かった。

種からは無理にしても、苗からならなんとかなるのではと考えたからだ。

ホームセンターはものすごく混んでいたし、ほとんど来たことがなかったのでその大きさに心底驚いた。

苗の種類はたくさんあった。

種類によって支柱が必要となるもの、カバーをした方がいいもの、追肥をした方がいいもの・・・・・。

たくさんやること、買わないといけないものがあってどっと疲れてしまった。

ナス、キャベツ、ブロッコリー、カボチャ、ミニトマト、ししとう、ピーマン、きゅうり、レタスを購入した。

帰ってまず行ったのは除草剤をまくこと。

1週間ほど待って、今度はマメトラで土を耕しにかかった。

これが本当に重労働であった。

長年使っていなかったので、土が固く、大きな石がゴロゴロでてきた。

知り合いのおじいちゃんに色々借りて一緒に作業したのだが、こんな土は珍しいと言われてしまった。

1日がかりで耕し終わると、次の日は畝を作った。

草が生えないようにきれいにマルチングもした。

苗を植えられるように穴を空け、丁寧に全ての苗を植えきった。

初めてにしてはなかなか上出来だ、ニヤニヤしてしまった。

が、しかし、畑をなめていた。

それからも大変で、青虫は来るわ、茎が伸びれば支えが要るわ、摘花しなければいけないものもあるわで頭がぐちゃぐちゃになった。

その辺からだろうか、わたしは水やり専門になった。

見兼ねた知り合いのおじいちゃんが、わたしの知らない間にどんどん作業を進めてくれた。

常にわたしの畑は知らぬ間に日々アップデートしていったのだ。

さすがに申し訳ないので、時々わりと上等な菓子折りなんかを贈った。

あっという間に収穫の時期となった。

採れたてが美味しいというのは本当だった。

サラダや塩漬けタコライスなんかで食べたのだが、スーパーのそれとはだいぶ異なる気がした。

後半、ほとんど何もやっていないことに罪悪感はあったが、パクパクと食べてしまった。

 

今もまだ、野菜たちは成長し続けている。

「そろそろ採った方がいいぞ~。」なんて知り合いのおじいちゃんが教えてくれる。

もはや、誰の畑なのか分からない状態だ。

 

結論

わたしは野菜作りには向いていなかった。

多くの時間をとられること、手間がかかること、費用もそれなりにかかることにうんざりしてしまったのだ。

ベランダにキャンプ用の椅子を置いて、風鈴の音に耳を傾けながらうとうとする。

お菓子をボリボリかじりながら好きなドラマを見る。

友人に手紙を書く。

のんびり犬の散歩に行き、力強い入道雲を見る。

川の流れをじーっと見つめる。

そんなようなことがわたしにとっての幸せな時間なのだ。

ただ、畑作業を楽しいと思う人はたくさんいる。

そういう人達の顔はキラキラと輝いている。

そういう方々にうーんとたくさんお野菜を作っていただいて、わたしは直売所で購入することに決めた。

 

例年より梅雨の期間が短かった今年の初夏。

とってもいい経験ができた。

 

 

 

ネコ

 

塔島ひろみ

 
 

ネコのあとをつけていくものはなかった
路地の一番奥の突き当たりの洗濯物がたくさん干してある白い家 その横に隠れ家みたいに張り付いて建つ薄茶色の小さな家にネコは住んでいた
隠れもせずに住んでいた
でも誰もネコの住みかを知らなかった
ネコはかわいくなかったから
誰もそのネコに興味がないから

ノラ猫連続不審死事件 というのが起きてから
この町の路上に猫はいない
ノラたちは一掃され イエ猫は外に出されなくなった
ネコは事件を生き延びた唯一のノラだ

かつてネコは毎日猫たちのたまり場に行き 
猫たちといっしょにゴロゴロしたり 丸まって昼寝したり
穴を掘ったり 虫を捕まえて食べたりした
猫たちはじゃれてかみつきあったり 追いかけ合ったり
言葉を交わしあったりした
その言葉は ネコの使わない言葉だった
ネコを追いかける猫はいなかった
ネコにじゃれてくる猫はいなかった
ネコはそれでもそのあったかい場所で日を過ごした
猫たちをかわいがる人間がいた
人間はいつもエサとともにあらわれた
猫たちは人間が来ると寄っていって 置かれた皿に喰らいついた
皿はネコにはずいぶん遠い位置にばかり置かれた
ネコがエサにありつけることはなかった
でもネコは家に帰ればエサがあったからそれでよかった
家にはネコの父がいた
父がエサを準備して ネコはそれを食べた
2匹は寄り添って寝た
静かに生きた

ある日一匹のノラ猫が急に死んだ
次の日別の一匹が死んだ また一匹と 次々に死んだ
腎臓の数値から毒物の摂取が疑われた
エサを与えた人間は驚いて泣いた
「誰がこんなひどいことを! こんなにかわいい猫たちなのに!」
事件はいまだ未解決だ

ネコは同じ場所に行った 誰もいない
草がいっぱい生えていて ちょっと湿って ときどきポカポカの日差しがやってきて 気持がよい風が吹くその場所に ネコは行った
ひとりでゴロゴロし ホカホカ日に当たり 
お腹がすくと家に帰った
ネコはかわいくないから 人間はもうそこに来なかった
ある日父猫が死んだ
ネコはお腹がすいたので 父猫を食べた
それからスズメをとって食べ 金魚をとって食べ
畑を荒らし
子どもが持っている団子や焼き鳥を掠め奪った
静かに生きた

ネコは年をとり 毛が長くなってきた
すぐ眠くなった
ときどき近くに建った4階建てマンションの屋上に上って 町を眺めた
自分が支配する町を眺めた
敵がひとりもいない町を眺めた

家に帰る途中人間とすれ違う
ネコはかわいくなく多少毛が長いだけで人の気を引く何も持っていなかった
だれもネコを見て足を留めなかった
ネコをなでてみようとしなかった
ネコの写真を撮らなかった
住みかを突き止めようとしなかった

もしかするとネコは 誰も知らないいろんなことを知っていた
草のことば
虫の秘密
人間の生態
事件の真相
土の歴史
猫の未来
蓄積され続ける膨大な記憶
押し殺し続けてきた強い感情
そのゆくえ

風が強い
路地の一番奥の突き当たりの白い家の3階の窓があいて
太い腕が次々に洗濯物を取り込んで行く
ハンガーとハンガーが当たる音がカチャカチャカチャカチャ
響いていた
ネコは
そのとなりの小さな薄茶色の家の暗い湿った とあるすき間で
誰にも知られないまま 静かに老いを迎えている
寝息も立てず 死んだように眠っている
まだ生きている

 
 

(6月某日、葛飾区鎌倉4丁目で)

 

 

 

餉々戦記 (なにを措いても冷や汁篇)

 

薦田愛

 
 

四方に山なみ丹波の田は日に日に稲の緑がせりあがり
風も水面をわたって届く のだったが
なんてこと
夏越の輪もくぐらぬうち
あっさり梅雨が明け 
おおおおひさま元気だ 
いちめんのひなた午前十時のおもてにでるや
みるみる頬が焦げる
町なかならばね
軒先づたいに日陰を選んでビルからビル時どき地下街なぁんて
買い物のしようもあるけれど
大通りをはさんで田畑時どき店舗の田園地帯のここには
軒先もアーケードも見当たらない
大通り沿いの時どき店舗も
ひろびろ敷地の奥に鎮座
道路がわは恐ろしくひろいパーキング
お買い物いくら以上二時間無料なんて文字
見当たらない
そのひろびろを突っ切り
歩いてあるいて店に入る
運転免許ももたない大人用三輪車もましてや自転車も乗らない
徒歩の私は
晴雨兼用傘たたんで
体温チェックカメラに睨まれる
引っかかりませんように
惜しみなく降りふる暑熱に満身射られ
融解まぎわ

眩しかったから
あの日も
畑に出たユウキが昼どきに戻ってくるのを
待ちながら
日に三度いただく味噌汁をつくろうと
鍋を出して手が止まり
そうだあれ どうかな
京橋のオフィスから銀座の南端へと出かけていた
ランチに行列のできる敷居の低い和食の店
づけのまぐろ重に穴子天 豚汁しらす重
いわし天の定食も美味しかった
なかに夏場の
冷や汁
とびきり
できるかな あれ
ユウキの血圧対策で
塩分の多い出汁の素をやめ
無添加パックで出汁をとるようになって
タッパーに入れたのが冷蔵庫にある
きゅうりは畑でとれた巨大なのが玄関わきに四、五本
大葉はちいさな庭の隅や砂利のあいだで繁茂
サンダル履きで大きめのを
そうだな三枚くらいかなと摘んで
たしか豆腐も入るはずだけれど
薄揚げならあるからお湯かけて油抜き
炙って刻んで入れよう
もの忘れ茗荷もカナメな感じだけど
ないなりにつくろう さてどんなだか
いつもの味噌汁は鍋に八分目でふたりの二回分
これは一回分を大きめの椀で出してみようかな
お試しだからね
椀で出汁の量を計ってステンレスのボウルに張り
麦味噌は大さじ一杯くらいかな
おたまのなかで入念に あっ
きゅうりを入れるんだから気持ち濃いめでもいいかな
って
きゅうり二分の一本ぶん大急ぎでスライサーにかけ塩もみ
ややあって絞って投入ゆらあっ
緑のひらひら麦味噌色の半透明を
ゆらゆらあっ
洗って鋏で細く切った大葉もはらり
ゆらあっ
あっ なんとなくだけど
すりごま振ってみよう
ひとさじ掬って うん 
こんな感じかな
蓋して冷蔵庫へ
がらっ 引き戸が軋んでユウキ
お帰んなさい 食べられるよ
「やあ汗びっしょりだわ シャワー浴びる」
おひさま惜しみないからね
ずっくり濡れた作業着脱いでユウキがシャワーをつかう間に
ゆうべのおかずの残りとご飯をならべ
冷やしたそれを
大ぶりの椀に満たす
着替えて「いただきまぁす」
まず椀を手にとる
どうかな ああ どんなかな
ずずっ ごくっ 
「あ、これ、いけるね! さっぱりして」
いいよね よかった 冷や汁っていうんだよ
本当はお豆腐入れるんだけど 茗荷もね
「じゃあまたつくって 豆腐と茗荷入れて」
つくるよ
木綿豆腐と茗荷も入れてね

レトルトをくれたひとがいた 
冷や汁の
宮崎のソウルフードなのよと
言っていたのではなかったか
たぶん四半世紀も前
食べたのだろうか 食べたんだろう
おもいだせないのだ なんてこと
受け皿ができていなかった もったいない
四半世紀前の私にくちびるを嚙む
四方に山の丹波でひと巡り
日脚がぐぐんとのびて折り返し
日ごとぐんぐん昼間が短くなっているのに
しろくまぶしく惜しげないおひさまに焦げ
熔けおちる私の一片一片を
歩くひとのない道沿いひろいあつめ 
木綿豆腐と茗荷と大葉と一緒に提げて帰る
庭の大葉はまだ小さい
きょうユウキは仕事からまだ帰らない
ねえユウキ 私たち
昼も夜も
身の内をしたたり落ちる一杯の冷や汁をよすがに
いちにち一夜をどうにか涼しく
越えてゆこうよ

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その60

 

佐々木 眞

 
 

 

「あけましておめでとうございます!」言いましたよ。
おめでとうコウ君。

車体構造って、なに?
社会構造?
車体構造だお。
なんか難しいことを聞くねえ。

目黒駅構内って、なに?
目黒駅の中、のことよ。

いとしいって、なに?
かわいくて心に響くことよ。

なんで泣いてるの?
結婚しようと思ってたら、騙されちゃったんだって。

ぼく、連佛さんの声、好きですお。
お母さんもよ。

お母さん、おみそれって、なに?
おみそれして申し訳ありませんでしたあ。

お母さん、ぼく「新参者」好きですお。
そう、お母さんもよ。

受け止めるって、なに?
それはね、受け止めることよ。

局地的って、なに?
その地方だけ、ってことだよ。

ぼく、ファミリーマートで雨宿りしましたよ。
そうなんだ。良かったね。

マコトさん、のぞみ幼稚園、金曜日までなんですよ。
のぞみ幼稚園って、浦和の?
そうですお。

お母さん、ごはん食べよ。
はい、食べましょうね。

お母さん、エイエイオーは?
頑張ろう、よ。
エイエイオー! エイエイオー! エイエイオー!

お母さん、お茶と緑茶入れてくださいね。
分かりましたあ。

お母さん、大工さんいつ来るの?
金曜日の午前中だって。
分かりましたあ。

ぼく、逗子のau行きますお。
大丈夫? 我慢できる?
できますお!

コウ君、これからどうするの?
ぼく、お昼寝します。

鬼は外おおおお! 福は内いいいい! ぼく、言いましたよ。

速度おとすって、ゆっくり走ることでしょう?
そうだよ。

速度おとそうね。
そうね。
ゆっくり走ろうね。
そうだね。

オオヤさん、辞めるんだって。
ぼく、寂しいけど、頑張りますよ。
頑張ってね。

「お世話になりました」って書いてあったよ。
そう、良かったね。

ぼく、オオヤさんに、お手紙書きますお。
そう、書いてね。

実は、って、なに?
本当は、よ。

非常に、って、なに?
とっても、よ。

お父さん、爆発の英語は?
エクスプロージョンだよ。
なに?
バーン!、だよ。
バーン!!!

お父さん、気をつかう、って、なに?
それはね、つまり、気をつかう、ってことよ。

もしもし、お父さんだよ。
お母さんに代わって。
はいはい。

オオヤさん、新天地に行くんだってよ。新天地って、なに?
そうねえ、きっといいとこよ。

オオヤさん、ぼくは、握手しますお。
そうしてね。

オオヤさん、広末涼子に似てますお。
そうねえ、ちょっと似てるね。

ぼく、オウチ帰ったら、セイユー行きますお。
行こうね。

「お願いします」って、頼むこと?
そうだよ。

無くなるの、廃車?
そだね。

私はブロッケンジュニアなんです。ブロッケンジュニア好きだよ。
そうなんだ。

障害物って、なに?
邪魔なものよ。

ケンちゃん、「エール」みた?
みたと思うよ。

さつまいも、食べるものでしょう?
そうだよ。

極める、って、なに?
最後までいくことよ。

ヒライ先生、死んじゃったね。
そうね。

七面鳥、トリでしょう?
そうだよ。

年格好って、なに?
何歳くらいで、どんな体格をしてるか、だよ。

お母さん、おばあちゃんちで個展作ったでしょう?
そうねえ。

ところがって、なに?
そうだったけれど、よ。

たしなめるって、なに?
そんなことしないのよ、よ。

ミエコさんて、お母さん、ミエコさんでしょ?
そうよ。

ウクライナって、なに?
そういう国の名前よ。いまロシアから戦争を仕掛けられて困ってるのよ。
ぼく、戦争嫌ですお。
お母さんも。

シカゴは外国?
そう、アメリカよ。

お母さん、受け止めるって、なに?
ああそうだねって、認めてあげることよ。

ミーティングって、なに?
話し合いよ。

お母さん、おみそれって、なに?
「あらまあ、びっくり」、よ。

イグサ、「たたみ」でしょ?
そうだね。イグサで出来てるね。

ぼく「みんなの歌」好きですお。
お母さんも。
お父さんもだよ。

めった刺しって、なに?
めちゃくちゃに刺すことだよ。
めった刺し、嫌ですねえ。
嫌だねえ。

ぼく、名越のプール、好きでしたお。
お父さんも。あのプール、良かったね。

またオオヤさんに会える?
きっといつかどこかで会えるよ。

お買い得って、なに?
買って得することよ。

更生のこう、更にの更でしょう?
そうだね。

停電したためって、なに?
停電したから、よ。

ぼく2段ベッド好きですお。
そうなんだ。
上が好き?それとも下?
両方ですお。

とりあえず、「一応」のこと?
そうだね。

果てしなくって、なに?
どこまでもずーっと、よ。

お母さん、特別扱いしちゃだめでしょう?
そうねえ。

あした定期買いに行きますお。
行こうね。

私は壇ふみです。
こんにちは壇ふみさん・

金曜日、お赤飯と豚汁にしてくださいね!
分かりましたあ!

今日コンスープとシャケご飯にしてね、お母さん。
分かりましたあ。

人間同士って、なに?
人間、みんなお友達よ。

 

 

 

生と死
二つの世界

 

たいい りょう

 
 

私は 生きているのか
私は 死んでいるのか

生者と死者が
入り交じる世界

夢なのか
現なのか

私は黄泉の世界を
さ迷った

そこには
父がいた
母がいた

私の意識は
朦朧とした

私は死を覚えた
私は死に憧れた

長い長い時間をかけて
生の世界に立ち返った

生と死
二つの世界
それは同じ時空間にあった

 

 

 

ある晴れた日、ひまわり畑で

 

村岡由梨

 
 

新しい映像作品のために、ひまわりをずっと撮っている。
初めに植えた6つの種は、
間も無く芽吹いて私たちを喜ばせた。
太陽の光を浴びようと
懸命に頭をグルグル回しながらやわらかい葉を広げる姿を見て、
家族皆で「かわいいねえ」と笑いあった。

その後、強い雨にも激しい暑さにもひるまずに、
伸びて、伸びて、
萎れて茶色くなった葉はむしられて、
育ちの悪いものは間引かれて、
灼熱の大きな眼球の視線に焼かれて
苦しそうに身をよじるようになった。
まるで拘束衣を着て死刑台から落下した死刑囚のように
ひとつの命が、決して死ぬまいと苦しんでいる様を
私はファインダー越しに、
冷徹な眼で見ていた。
カメラのシャッターがカシャっと切られる。
そうか、生きるということは苦しむことなんだ。

今年の夏は、水色の晴れた日に、
娘たちとひまわり畑に行こうと思う。
大きく、屈託なく育ったひまわりとひまわりの間を
白いワンピースを着て走る娘たち。
幸せとは、何なのだろう。
私にとって幸せとは、きっと
自分の大切な人たちが幸せであることなんだと思う。
でも、私の幸せが他の誰かの幸せとは限らない。
「あなたのことが嫌いなんじゃない。
 憎いのでもない。
 ただ、こわいだけなんだ。」
そう伝えたいだけなのに、伝えられずにいる。

娘たちが幸せになるために、
家以外の場所に居場所を見つけ、
玄関のドアを出ていく日もそう遠くはない。
この映画は、私たちの別れの映画だ。
ひまわりが芽吹いて、大きく成長して、花を咲かせて、枯れて死ぬ。
母と義父母が死んで、私たち夫婦が死んで、娘たちもいつか死ぬ。
娘たちには何百年も生きて生きて生き続けてほしいけれど、
娘たちもいつか死ぬ。
それを受け入れることから、私の「生きる」は始まる。
この「宿命」すらも守られないことが世界で起こっているなんて、
何という悲劇だろうか。

やがて死刑囚はこと切れて、
我が家のひまわりも花を枯らすだろう。
そうしたら、私は
ひまわりの頭を千切って、
たくさんの種を丁寧に集めて、ひとり
水色の空一面に、思い切り蒔いてみよう。
いつか世界中にひまわり畑が広がることを願って。
悲しいほど、切実な自由を胸に。