西島一洋
労働の記憶
あっ、落ちた。
スルスルと僕の手から簡単に滑り落ちた。
闇の異臭のする液体の中に。
もうだめだ。
きっともうだめだ、と瞬間頭をよぎった。
こうなったら、冷静になって、拾い上げること。
多分だめだ。
とはいえ、僕は、拾い上げるための道具、いや、専用の道具では無いが、それを思いついた。それしかない、と、思った。
時間がないという理由もある。
あと二時間弱、それが、限界だ。
急いで、家に帰って、風呂場にある、自作の天窓開け用の金具を、現場に持って帰る。
先日、確か針金を買ったはずなのに、それが、見つからない。
しょうがない。
この天窓開け用の金具に全てを賭ける。
落ちたのは、プラスチック製の、40センチほどの菅だ。
内径は、10ミリほどかな。
闇の液体の中の彼の存在に、光を当てなければならない。入り口は、直径10センチ。ヘッドランプを頭から外し、なんとか彼の存在を確認する。液体を通してゆらゆらしているが、間違いなく彼だ。
彼というのは、落とした、パイプのこと、内径10ミリ、長さ400ミリ。
浮遊しているが、安定していない。小さな、覗き穴、そして、わずかの灯り。何度も、何度も見失う。
おや?
引っかかったぞ、もしかして、救い上げることができるかもしれぬ。
頑張るしかない。
小さな覗き穴、そこに金具を入れて、浮遊している彼を取り出すのだ。
浮遊する彼は、金具になんとか、引っ掛かる時もあるのだが、おっ、ピンとはねて、スーイ。
よし、引っかかったぞ。
あ、だめだ。
もおいい。
あきらめよう。
しょうがない。
そんなこんなで二時間が経過。
だめだ。
だめだ。
やっぱりだめだ。
もう一回チャレンジしてだめだったら、もうあきらめよう。
だめな時はあるんだ、それを感受しよう。
奇跡が起きた。
いまだに信じられない。
取れた。