佐々木 眞
Ⅰ 相寄る魂
天秤座から蠍座に入ろうとする青白い月を見ながら、
しろうさぎのおばさんが、いいました。
「コウ君、私の誕生日を知ってる?
2月29日は、4年に一度の私の誕生日なのよ」
すると、すかさず、暗算の得意なコウ君が、コウ答えました。
「しろうさぎのおばさん、今年でやっと21歳だから、超若いね。」
んで、今年84歳になるおばさんは、仕方なく苦笑いしていますと、
いつの間にか近寄ってきた、柔らかい肌をしたロクロ首が、こう呟いたのでした。
「アタシの妹は、最近シモーヌ・シニョレに似てきたけど、アタシなんか、いつまで経っても、花も恥じらうスリムな25歳なのよ」*
*「ロシュフォールの恋人たち」で共演した仏蘭西の大女優カトリーヌ・ドヌーヴ(1943.10.22)の姉フランソワーズ・ドルレアック(1942.3.21―1967)は、1967年6月26日、ニース空港に向かう車を、自分で運転している際の交通事故で、首を切断し命終。
Ⅱ 同志少女よ、誰を撃つ
春だった。
ある晴れた日の、朝だった。
チボー家の人々は、誰も徴兵されなかったのに、オレっち、ジャックだけが徴発された。
どうだ、カッコいいだろう?
で、まさか戦争が始まるとは、夢にも思ってもいなかったのに、それが突然始まったときには、驚いた。
オレは、動員されて戦場に赴いた。
稠密に張り巡らされた塹壕の中で、
まるで芋虫のように、ゴロゴロ蠢いていた。
テキは、豊富な物量に物を言わせて機関銃でガンガン撃って来るが、
こっちは弾丸不足なので、
三八銃で、パチパチ撃ち返すのみだ。
仕方がないから、オレは一計を案じて、
オリベッティのタイプライターを、機関銃のように塹壕の上に持ち上げ、
広辞苑のように部厚くてまっ白な本の上に、
ダダダダダと、戦いの文句を撃ち込んだ。
テキが、機関銃でガンガン撃って来ると、
こっちは、オリベッテイでダダダダダと撃ち返す。
ガンガンガンガンガンガン ダダダダダダダダダダダダダダダ
ガンガン ダダダ ガンガン ダダダ カンダタ ガンガン
どうだ、これが戦争だ。
これが凄絶な撃ち合いじゃ。
すると、
塹壕の上に据えた書きかけの白い詩集を、
食草のカンアオイと間違えたギフチョウがとまろうとしているのを見つけたので、
オレは、つと身を乗り出して、その黒と黄色の羽に触ろうと、腕を伸ばした。
途端に、ダンと一発。
続いてダンと、もう一発の銃声が、
鳴り響いた。
噂の女スナイパーが、オレの両眼を、見事に撃ち抜いたのだった。
Ⅲ のでのでゾンビ
桜が満開の庭に、布団を干そうとしていたら、
突然マイケル・ジャクソンの動画に出てくるゾンビ踊りをしながら、
初老の男女数名が、光る庭に入ってきた。
その中の2名は、
縁側を跨いで、青畳の8畳間に侵入しようとしているので、
「なんだお前らは! 勝手に我が家に入るな!!」
と叫んだら、慌てて黄色いチューリップが鈴なりの、光る庭に逃げ出し、
いそいそと、ゾンビ踊りの仲間に加わったので、
希死念慮、
2階に通じる階段を調べてみたら、
そこにも、男か女かは分からぬ風体のゾンビが、
瞳孔を開いたまま、呆然と座っているので、
パシリを一撃お見舞いすると、ようやく目に光が蘇ったので、
「お前たちは、なんでこんなことをするのだ?」
と、訳を聞くと、驚くべきことを口走った。
なんでも彼ら、すなわち「のでのでゾンビ」らは、
かつて700年前の鎌倉時代に、この家が建っている所に住んでいた
オオエ・ヒロモトの従者たち、だというのである。
ここ鎌倉十二所に、鎌倉幕府の官房長官みたいな権力者である、オオエ・ヒロモトの屋敷があったことは、知る人ぞ知る史実なので、
希死念慮、
そのことは、近所に立っている鎌倉大正青年団が建立した石碑にも、
しかと刻まれている。
ので。
Ⅳ どんどん
歩いて行こうよ、どんどん。
どこかで知らない蝶が、飛んでいるかも知れないじゃないか。
語り合おうよ、どんどん。
へえー、こんな人だったんだと、びっくりするかも知れないじゃないか。
愛し合おうよ、どんどん。
殺し合うより、よっぽど仕合わせでいいじゃないか。
子どもをつくろうよ、どんどん。
今度はどんな子ができるか、この目で見たいじゃないか。
歌おうよ、どんどん。
気分が変わって、楽しいじゃないか。
踊ろうよ、どんどん。
ひょっとして、素敵なひとに会えるかも知れないじゃないか。
作品をつくろうよ、どんどん。
次に出来上がるのが、最高傑作かも知れないじゃないか。
生きていこうよ、どんどん。
これから世の中、何が起こるか分からないからね。
死んでいこうよ、どんどん。
あとから、若くてイキのいいのが、どんどんやって来るからね。