ニュース

 

塔島ひろみ

 
 

4階の窓から顔を出すと熱のこもった空気がゆらりゆらりブランコのように揺れていた
誰もいない
すぐ真下に小さな公園が見下ろせたが
木も生えていない日陰のないそこには
虫さえも飛んでいなかった
Oは大きく「ふう」と溜息をつき、部屋に戻る
私がかつて暮らしていた10号棟406号室に戻り
私が使っていた冷蔵庫からビールを出して口をつける
冷えが悪い

急死して以来久しぶりに訪れた懐かしい団地
玄関口に私の名の代わりに「O」とボールペンで書いた札が、入っていた
Oは老人で、独り身らしく
驚いたことにほとんどの家具や電化製品が私が住んでいた時のままで、クーラーもないままで、
猛暑の中見覚えがある扇風機が皺だらけのOの首筋に申し訳程度の風を送っていた
Oはドアも窓も開け放し、ビールを飲みながらテレビを見ている
ランニング一枚 まるであの頃の私のようだ
今ひとつ意味のわからないお笑い番組からチャンネルを適当に切り替えると
緊張感を持った画面が映り
大きなニュースを伝えていた

Oは驚き、
テレビに釘づき、興奮した

O、テレビつけ放しでサンダルをつっかけ4階通路に出て見まわす
私が住んでいたころはクーラーのない部屋も多く、開け放たれた部屋部屋からテレビの音や生活音が聞こえたものだが、今日はどのドアも冷たく閉じられ、しんとしていた
O、今度は窓に行き、首を出す
前述のとおり人気はなく、誰かいたところでどうしようもなかっただろう
少し離れたところでセミがジージーしきりに鳴く声が聞こえた

Oが首を引っ込めたあと、ヤマトの車が敷地内に入ってきた
行き先の号棟を探してウロウロしている
Oへの届けものだろうか?! そしたらOはこの運転手とニュースの話ができる!
私はわくわくし、祈るような気持ちでヤマトの車の進行を追ったが
車、別の号棟の方角へ曲る
Oに荷物は届かなかった

Oはしばらくビールを片手に、真剣にニュースに見入っていた
それからチャンネルをお笑いに戻した
うとうとしている

いびきをかき始めたOの肩にそっと手を置く
私の打ち捨てた家具たちをこんなに大事に使い続ける老人の肩にそっと手を置く
テレビから笑い声が聞こえてきた
大きなニュースがあるのに 笑っていた
Oはもう見ていないのに 笑っていた

 

(8月某日、川崎市多摩区で)

 

 

 

ニュース」への1件のフィードバック

  1. 「とんび」、「屋上」、と続いて素晴らしい作品ですね!
    爆進する塔島さんを、応援します!

高木 弥生 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です