廿楽順治
そしてひとびとは
おのおのの家に帰っていった
(姿をすてたのだ)
じぶんをはっきりと世にあらわしなさい
文字のように
と男たちは言った
それだのに
あなたは
いつも畑の隅にいて見えない
腹から
どんな架空の水が流れているのですか
わたしの仮庵から来たのは
もうわたしの肉じゃない
この祭りのために
刈りとられてきた
たくさんの隅っこの目玉たち
どれも
でたらめな方向を見ている
どうして
わたしの話すことがわからないのか
「まだわからないのか」
そしてひとびとは
おのおのの家に帰っていった
(姿をすてたのだ)
じぶんをはっきりと世にあらわしなさい
文字のように
と男たちは言った
それだのに
あなたは
いつも畑の隅にいて見えない
腹から
どんな架空の水が流れているのですか
わたしの仮庵から来たのは
もうわたしの肉じゃない
この祭りのために
刈りとられてきた
たくさんの隅っこの目玉たち
どれも
でたらめな方向を見ている
どうして
わたしの話すことがわからないのか
「まだわからないのか」
わが国では日本固有種の絶滅危惧が心配されているようだが、その前に日本人が絶滅したそうだ。よう知らんけど
わいらあ後期高齢者は、法令により今年から、冬季は冬眠を強制されることになったようだ。よう知らんけど。
世界中女権が拡張しすぎたので、これからは昔ながらの男根主義者が巻き返すそうだ。よう知らんけど。
片思いだったヨハンネスがとうとう想いを叶えた喜びが、1877年のあの幸福な第2交響曲や翌年のヴァイオリン協奏曲、第2ピアノ協奏曲の長調の調べに繋がったそうだ。よう知らんけど。
1966年5月18日、グレン・グールドは、トロントのテレビスタジオにメニューインを迎えてバッハのハ短調ソナタ、シェーンベルグの作品47のファンタジーとベートーヴェンのト長調のソナタを弾いたが、全部暗譜だった。よう知らんけど。
難病の特効薬ができて、パーキンソン病のキムラ君が劇的に快癒し、「ただごと歌」の奥村さんも、メグロさんとこも、奇跡的に回復したようだ。よう知らんけど。
こないだまで自由に散歩していたタタラが谷の入口に、「私有地につき立ち入り禁止」の柵があった。貴重な文化遺産があるのに、私有地だから禁止できるんだろうか。よう知らんけど。
今日は土曜日。図書館へ行く前に長男は彼の大事な10円玉を呉れたが、毎日新聞におらっちの短歌は載っていなかったので、残念ながらコピーはできなかった。それから東急ストアへ行ったが、いつものように6階の本屋にはいかず、本を買うのを我慢した。偉い!よう知らんけど。
もしかして、長男は父をそれなりに愛しているんだろうか?よう知らんけど。
重ねた
座布団に
飛びのっていた
高いところから
見下ろしていた
そして
消えた
いつか
猫は
納屋の稲わらの中にいた
いまは
縁側で
乾いた掌をひらいてる
・・・
** この詩は、
2025年3月15日 土曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「猫と詩のつどい」で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
そして、今朝、
猫さんに、過去からこちらに少し歩いてきてもらいました。
2025年3月18日.
#poetry #no poetry,no life
ポカンと
浮かんでいた
白い雲が
青空に浮かんでいた
あんなふうに
浮かべたら
いいな
いちど
空を飛んだことがあった
飛ぶというより
落ちたのだった
ハワイだった
旋回して上昇する飛行機のドアが開いて
パラシュートを背負った男と
落ちたのだった
だいぶ落ちて
男のパラシュートは開いた
ゆっくりと
旋回して
地上に佇った
今朝も
小川の傍を歩いてきた
雲が
いた
小川に白鷺がいた
黄色い水仙の花の老いて揺れていた
菜の花の群れて咲いていた
小さな
カタバミの花もいた
いまは
工藤冬里の”unify my heart”を聴いている *
工藤冬里が
呻いている
こころをひとつにして
こころをひとつにして
こころを
ひとつにして
あの雲のいるところ
あの白鷺のいるところ
あの水仙と菜の花とカタバミの花のいるところ
* “unity my heart”は工藤冬里のワンマン「2004.5.5 裏窓」 の最初の曲です.
https://torikudo.bandcamp.com/album/200455
#poetry #no poetry,no life
朝から
雨だった
小川の傍を歩かなかった
浜辺のクルマで
“Unknown Happiness” を聴いてた *
繰り返し
聴いていた
なんどか
いきそうになった
おぼえてるのは
三つくらいだけど
もっと
あったとおもう
桜上水の駅前の踏切だった
白い家の屋根裏部屋だった
用宗の海のボートの中だった
“Unknown Happiness”を聴いている
工藤も
そうだろう
桑原正彦も
そうだったろう
どこにもなかった
Happinessは灰色だった
灰色って
ぜんぶなんだ
おぼえてるのは三つくらいだけど
ぜんぶだった
過ぎてきた
過ぎていった
“Unknown Happiness”にはバージョンが三つある *
一つは旅だろう
二つは友だろう
三つは友との歌だろう
* “Unknown Happiness”は工藤冬里を中心としたユニット「maher shalal hash baz」 の曲です.
#poetry #no poetry,no life
何?
イヤ
怖い
ピンポーン、ガチャ
突然おっきなの入ってきた
ミヤミヤの古くからのお友だちMさん
学生時代バスケの選手やってて
今は大学図書館の司書さん
ミヤミヤより頭一つ高く横幅も倍増し
「あらー、はじめましてー。
コミヤミヤちゃんとこかずとんちゃん。
ああ、やっぱりちっちゃくてかわいいね。ウチの子もこんな時あったわ」
天狗のウチワみたいに両手いっぱい広げる
ウチワみたいに振ったもんだから突風が直撃
マットから恐る恐る覗いていたコミヤミヤもこかずとん
ひぃえー、ひぃえー泣き出した
ちょっと前から始まった
人見知り
もう人を見分けられるんだ
知ってる人じゃなかったら泣きわめくんだ
知ってる人ってミヤミヤママとかずとんパパくらいしかいないんだ
家に入ってくる人顔出した人
点検のおじさん、ひぃえー
宅配のおじさん、ひぃえー
そしてMさんにも、ひぃえー
「ああ、驚かせちゃったかなー、ごめんごめーん」
苦笑のMさんとミヤミヤ
Mさん全然悪かないけど
見分けられちゃったんだからしょーがない
久しぶりに会うMさんとミヤミヤはつもる話をいろいろ
「上の子も下の子もそろってアニメに夢中で困っちゃう」
「Yさん台湾の方と結婚して現地で暮らしてるんですって」
注意が向かなくなったことを察したコミヤミヤとこかずとん
コミヤミヤは腕をふんにゃふんにゃハイハイに挑戦
こかずとんは仰向けの姿勢でもぞもそっ宙を蹴る
カップ片手にただただ話に頷くだけのかずとんパパが
ちらっちらっ目で応援してくる
和やかな時間
それがそれが
「そろそろ帰るから。最後にちょっと抱っこさせてもらっていい?」
天狗のウチワみたいな両手迫ってきた
いきなり宙に掬いあげられた
ぼてぼてした巨人に抱きすくめられた
知ってる人じゃない!
ひぃえー、ひぃえー
般若顔真っ赤にして声張り上げるコミヤミヤ
人はみんなおんなじじゃない
知ってる人と知ってない人がいる
知ってない人は怖い
お次はこかずとん、腫らした土偶の目になって
ひぃえー、ひぃえー
「あーら、ごめんねー。
そうだ、忘れてた。アンパンマンのお人形持ってきたから許してね」
突如巨人のウチワのひと振りで出現した
真っ赤な鼻に口がびゅっとU字型にひん曲がったまんまる顔
コミヤミヤもこかずとんも
ひぃえー、ひぃえー
見分けられたから怖いんだ
見て、分ける
今まではただ目に入ってきたものを漠然と「見る」だけだった
「分ける」ことができるようになってきたんだな
Mさん天狗のウチワ振りながらバイバイ
ようやく「怖い」が遠ざかる
コミヤミヤよ、こかずとんよ
見分ける、は、怖い、を連れてくることもあるけど
それでも見分けることはすばらしいことなんだよ
そりゃもう寝返りが成功して
初めて頭を持ち上げて
目の前の風景が一変するのと同じくらいすばらしい
見て
分けて
怖かったり怖くなかったり
繰り返していく、それって
ほんっとすばらしいことなんだよ