封を切る

 
 

さとう三千魚

 

昨日
ユアンドアイだった

ユアンドアイというのは
志郎康さんが名付けた詩人の集まりだった

志郎康さんはいないから
いまは

zoomでやってます

昨日は
日曜日で


女は

エアロビに行き
それから相撲の力士の会で東京へ行った

午後から
参加者の詩をプリントした

今日は
月曜日

花粉なのか
空が霞んでいた

昼には
港の郵便局で手紙を投函した

海を見てきた

帰って
瀧口さんの論文「鈴木志郎康<プアプア詩>における詩と詩人」を読んでた

志郎康さんの言葉が引用されていた

「つまり、私の場合は、自ら言葉に封をすると同時にその封を切ってしまうように消費するのだ。この過程が私の詩作行為だと考えられないだろうか。言葉に封をするということは、言葉に一般的な意味が流入するのを止めてしまうことなのだ。」*

午後に
広瀬さんのブロック塀の写真を見てた

高円寺だった
2020年11月だから

感染が広がっていただろう
マスクをしていた

あれから
何年が過ぎたのか

今朝
秋田の詩人から

手紙が届いてた

封筒の中に手紙と
小6の娘さんが描いたカードが入っていた

クレヨンで描いたのかな
橙色の蜜柑がふたつ並んでいた

手紙の封切った
封を切ってひらいた

 
 

*瀧口遼真さんの論文「鈴木志郎康<プアプア詩>における詩と詩人」より引用しました.
https://beachwind-lib.net/?cat=73

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

09 Feb 2026

 
 

さとう三千魚

 

昨日
女と

早朝に投票にいった
クルマでいった

帰って
女は

自転車でエアロビに出かけていった

昼前に
自転車で駅に出て

掛川に向かった
STEVE REICHのDRUMMINGを聴きにいった

加藤訓子さんたちのDRUMMINGは
歌なのだった

歌は
ひとの

心奥の
振動の

共振だろう

ひとと
ひとと

別のひとと
別のひとと

別の音と別の音と音と音の
重なって

歌になった

今朝は黯い時刻に目覚めた
選挙結果をTVニュースで見た

それから
味噌汁を作り

野菜を刻み
サラダを山盛りに盛った

アジを焼き
納豆を捏ねまわし

食べた
昼に女はお好み焼きを作ってくれた

夕方に
小川の

傍を歩いてきた

小川には
白鷺がいた

白鷺は小鴨たちの隣りで
小魚を狙ってた

土手の斜面に夕陽を浴びて水仙の花が咲いていた

帰って
リュビモフのピアノで

シルヴェストロフのノスタルジアを聴いた

シルヴェストロフは
ウクライナの作曲家で

自身の音楽のことを「既に存在するものの残響」と呼んだという

リュビモフの顔は
死んだ義兄に似ている

義兄はいつもわたしのことをミッチくんと呼んだ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

2月9日

 

工藤冬里

 
 

ゆうこく寒い寒い雨の中地下室まで走らなくてはならない
パレットナイフの雪山や平野のそこかしこを濁らせていたゆきぐものティンクトゥーラは鬼萩の白と似ているが、遠くだとそれよりうす青くいっそう凍てついた印象を与える
そういえば、トーマス・ベルンハルトに、「凍(いて)」という、人間というより気温が主人公の小説があった
われわれも昨日、気温が選挙より上に来た状態で地下室に走り込んだのだ

 

 

 

 

#poetry #rock musician

そこ

 

塔島ひろみ

 
 

そこにあったそれがきょうはなくて
そこにべつのそれがある
そこにあったそれはどこにいったの?
それとも消えてなくなったの?
もうずっとないの?
そこにあったように
私の知らないどこかにあるの?
べつのそれはまるでずっとまえから
そこにあるみたいにそこにあるけど
ちがうよ 前はそこにはそれがあったんだ
そこにそれがないなら
そこはもうそこではない
そこはどこに そこはどこにも
青いかいじゅうが目にいっぱいなみだをためて
立っている あしもとに水たまりができている
そこがそこでないので
そこにはもう日はあたらない 影もできない
 

 

 

いない **

 
 

さとう三千魚

 

声が

きこえなかった
足音も

しない

縁側が
黯い

寒い夜の
道を

猫は歩いていった

ひとり
いった

 

・・・

 

** この詩は、
2026年1月30日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第25回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

都心の方には滅多に行かネイバー ※

 

工藤冬里

 
 

来る年も来る年も一連の祭りを行い続けているが
言葉と心が離れるようになって
無駄が増えた
降りていっても
国で止まる輩が多く
エントロピーが増大するのに
限定的テクノファシズムに行き着くのは何故か・・・
守れぬ法を与えて教えた
夢には影がない

 

※ZORN

 

 

 

 

#poetry #rock musician

ラジオ体操

 

塔島ひろみ

 
 

ラジオ体操が聞こえてくるよ
お弁当作りながら 朝6時30分のAMラジオ
大根切る手を休め
煮干だしを弱火にして
私はラジオ体操の人となる
ラジオ体操 ラジオ体操
腕を折り 息を吐き
カエルのように飛び上がる
ラジオ体操

奥戸運動場のどっかから ラジオ体操が聞こえるよ
ラジオ体操の歌が聞こえるよ
ラジオ体操のリズムが聞こえるよ
ラジオ体操の叫びが聞こえるよ
ラジオ体操のサイレンが聞こえるよ
ラジオ体操の恫喝が聞こえるよ
胸を開けと 切り刻めと
首を折り 背中をつぶせと

ラジオ体操が呼んでいる
階段をのぼる
ラジオ体操が呼んでいる
長い階段をのぼっていく
ラジオ体操が呼んでいる
階段はどこまでも続いている
ラジオ体操
そしてようやく天頂に着いた
小さな小さなラジオから ラジオ体操が流れていた
白くて まわりには
だれもいない

 

 

 

りぶらりお

 
 

さとう三千魚

 

"花たちへ"を届けた

りぶらりおに
届けた

クルマで
行った

ニール・ヤングを聴いて行った

りぶらりおは
ライブラリーの語源なのかな

りぶらりおでは
店主の

アサイさんと
話した

尾崎幸さんの花の絵の個展のこと
中里和人さんの小屋の写真のこと

など
話した

りぶらりおの傍らに
小川は

流れていた

小川の向こうに
波トタンの家があった

りぶらりおもむかしは
波トタンで

包まれていたのだと
アサイさんは言った

いまは波トタンのまわりを新建材で包んでいる

帰りも
クルマで

ニール・ヤングを聴いてた
ニール・ヤングの声は

やわらかい

波トタンのよう
裏返ったりする

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

體内

 

工藤冬里

 
 

目を閉じる癖儚んでせめて背をぴいんと伸ばしてみたりしてゐる

「目を閉じて首を左に傾けた」今では右に傾いた君

目を閉じる癖を見られてはならぬシャッター街のやうな體内

がんセンター売店としてセブンありウィッグ三体売られてゐたり

隅石の上の柱の體内は粗(ほぼ)白蟻に喰はれてゐたり

 

 

 

 

#poetry #rock musician