真夏の夢のような

 

佐々木 眞

 
 

其の一 むらぎも

ある日、この国ではじめての国民投票が行われ、
その結果、日本国憲法第9条が、全面的に改定された。

もうその頃には、護憲派とかリベラル派の市民は、ただのひとりもいなくなっていたので、改定案は、思いがけない大差で承認されたのである。

ところが、そのビッグニュースを聞いたこの国の民草は、なぜか、彼ら自身にも意外なほどの大きな衝撃を受け、心臓にポカリと穴が開いたような喪失感から、長く立ち直ることができなかった。

あの日彼らは、みずからの手で、みずからの「村肝」を殺してしまったのである。

 

其の二 長夜

毎年夏のおわりには、本邦最大級の当地の花火大会に行くことにしている

打ち上げ花火、仕掛け花火、水中花火
上から見るか、下から見るか、真ん中から見るか?
時々休んでカキ氷を食べるか?

ストーン、ストーン、ストトントン
ズドーン、ズドーン、ズドドンドン

花火を打つのは、誰のため
かあちゃんのためなら、エンヤコーラ
とうちゃんのためなら、エンヤコーラ

ストーン、ストーン、ストトントン
ズドーン、ズドーン、ズドドンドン

いろいろ手の込んだいろんな花火が打ち上げられるが
けっきょく「4尺煙火玉」1発ドンが一番いい
そう再確認するために、ここに来ているようなものだ

ところが、ことしは勝手が違った
花火師の花火の代わりに、自衛隊員が、ミサイルを撃ち上げているのだ
それも「敵基地を叩く」と鳴り物入りの、最新型の極超高速ミサイルだ

ズドン、ズダーン、ウンポコペン

まず1発目は、日本海を越えて北朝鮮沖に!

ズドン、ズダーン、ウンポコペン
ズドン、ズダーン、ウンポコペン

2発目は、津軽海峡を越えてロシアが占有する北方領土へ!

ズドン、ズダーン、ウンポコペン
ズドン、ズダーン、ウンポコペン
ズドン、ズダーン、ウンポコペン

そして3発目は、なんと台湾海峡を越えて、中国軍基地の傍らに!

ミサイル撃つのは、誰のため
御国のためなら、エンヤコーラ
陛下のためなら、エンヤコーラ

くわばら、くわばら、花火大会も変わったものだ
日本の夏も、物凄いキンチョウの夏に変わったものだ
おらっち、ひどく疲れて、帰りの列車に乗ったのよ

 

其の三 ヤになっちまう

第1次世界大戦は、4年余り続いた
第2次世界大戦は、6年間続いた
ベトナム戦争は、20年近くも続いた

そこへいくと、ウクライナ戦争はまだ半年だが、いっこうに、終わりそうにもない
もしかすると、まだ休戦中の朝鮮戦争みたいに、半永久的に戦い続けるのではなかろうか?

でも、幸か不幸か、人間という動物は、ある日突然、すべてがヤになっちまう
ヤなことを、無理して続けていると
お勉強だって、お仕事だって、はじめはメラメラ燃え盛っていたあんたの恋だって
傍から誰がなんといおうと、すべてがヤになっちまう

戦さだって、同じこと
狂った専制君主から、「出て来る敵はみなみな殺せ!」と命じられ
武装した兵士のみならず、無辜の女子供まで虐殺していたら
いくら戦意旺盛な軍人でも、ある日突然、なあんもかんも、ヤになっちまうだろう

ウラジーミルも、ワロージャも
のぶいっちゃんも、ひとはるちゃんも
イデノトシコも、おらっちも
戦争がヤで、ヤで、死ぬよりヤになれば
戦争は、やっとこさっとこ、世界中から、消えて無くなる

かな?

 

 

 

光の中で

 

さとう三千魚

 
 

大風は
過ぎていった

窓の外の緑が揺れている

きみは
いつか

“光だね”といった

電話で
いった

志郎康さんも
“光で生きのびた。” *

そう
書いてる

“生きのびることが、” *
“生きのびることが、” *

と二度
繰り返している

そこには闇があったのだと思います

いまも
闇はある

闇のなかで乳房を探している

 
 

* 鈴木志郎康「赤ちゃん」より引用しました。

 「赤ちゃん」
https://beachwind-lib.net/?p=21235

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

Soigne ta gauche

 

工藤冬里

 
 

participants are welcomed
https://fb.me/e/2Uz94qwlU

There was a microSD in the lid that held this song and about 200 photos. I put them together and made this video.
https://youtu.be/gKRk9w5pQpU

τὸ ἀπολωλός

沙記さんの携帯カバー遂に引退しました

https://fb.me/e/1JqiMoCLg

https://youtu.be/-rlMfaPtdmI

日本を買う
井戸を買い沢を買い斜面を買う
日本を売る
何の気掛かりもなさそうな皿やチェアや雪山やLINE誘導で輸出させる
山の内部の隠し部屋に住む
コンクリの鳥居を粉にして
金やコバルトを匿して
頭をすり潰し(シュリンボー)て元素に解体する朱鱗洞の母船が今治沖を彷徨う

Las cosas anteriores han desaparecido

お前…自慢していいぜ

Soigne ta gauche

映画が自分の首を絞めるというのではなくて
首が夜に向かって石灰化するのである
反動は骨の音に過ぎずその音が三笠宮から賞を頂くのである
稲穂が垂れるのも枯向日葵が垂れるのも項の硬さという点では同じであり
種の爆発が全ての現在であった

nous ne savons pas que nous sommes encore au vingt et unieme siècl

Cela apparaît clairement si l’on compare avec l’année mille neuf cent vingt-deux.

それはハダドがなぞるエジプトのモーセの物語と似ている
繰り返されるが、最初は詰まっていたニンジンのようなものが抜かれている

馬の前に人参をぶら下げるような疾走だった
その赤が失われて青赤黒となった馬が走っているのが今だ

馬はもうサラエボを走ってはいない
イベリア半島を二手に分かれることもない
モスクワは火の海にはならない
モスクワ以外が国旗色に染まるだけだ

zach & quentin in texas
https://youtu.be/WBf9OM0ZNwI

腎臓人間ベム

comme des sœurs

Le cultivateur attend le précieux produit de la terre. Vous aussi patientez.

Empieza a llover
Il commence à pleuvoir
https://youtube.com/shorts/uipDm6ODpsM?feature=share

コールラビが売ってた(この用法は子供の頃はなかった)ので百円入れて持ち帰った。カニかまとかと硬度が連続していってて噛みごたえとして合わせると肉の代わりの増量材としていいと思う
カブより肉寄りの板、って感じ

https://youtu.be/hvBZHUsgznM
https://youtu.be/HWKlTTe7pJA

ケンちゃんはイッヌのように何にでも小文字の“っ”を挟む
ケンちゃんこれ小さいね、と話しかけると
ちっさ!
と言う

はっや!
おっそ!
うっそ!
あっつ!
さっむ!
うっま!
まっず!

などとも言う

ケンちゃん風強くなってきたね
つっよ!

ちょっと止んできたね
よっわ!

かつてない暴風雨らしいね
まじか
は普通である

九州はひどいらしいね鹿児島とか
ひっど!

風が生ぬるいね
ぬっる!

星なんか見えないねー
くっら!

夕焼けは赤くてすごかったねー
あっか!

そろそろ散歩やめて帰ろうか
だっる!

じゃあおやすみなさい
ねっむ!

という具合である

ケンちゃんは前のめりに激しく同意することでバイト言葉をブラッシュアップする人生を送ってきたのである

でかっ と でっか
うざっ と うっざ
の違いはことのほか重要である

前者は独白に近く、後者は同意に寄せている

だっさっ

ダーツはうまい奴ほど投げ方が汚い
リリースする位置を近づけようとする根性がいやらしい
刺さるスピードがないから実戦では使えないだろう

蛇を轢く車に伝わる堅さ 哉

 

 

 

#poetry #rock musician

さようなら ありがとう 志郎康さん!

 

佐々木 眞

 
 

この夏も、多くの死がありました。

8月には妹が昇天し、9月に入るとゴダールが自死したというので嘆いていると、15日には思いもかけぬ詩人の訃報に接したので、大きな衝撃を受けたのでした。

鈴木志郎康という人は、私が心から敬愛し、師と仰いだ、たった一人の詩人でした。

でも、志郎康さんには、たった一度しか会ったことは無い。
その後も会おうと思えば機会はあったのですが、余りにも鮮烈だったその記憶を大事にするために、あえて会おうとはしなかったのです。

太いパイプをくわえ、度の強そうな眼鏡をかけ、仏陀のように温厚な顔立ちをしたその人は、私の顔をじっと見つめると、開口一番、「私が思った通りの人だった。」と仰ったので、私は驚きながらも、ちょっと嬉しかったのです。

私の詩を読んで、私という人間について興味を抱き、いちど実物を見てやろうと思いたった詩人は、その目の前の現物が想像通りの人間だったので、まるで千里眼の手相見のように喜んでいるのでした。

それまで私は、有名な大詩人の、有名な詩を読んでも、ちっとも心が動かされず、ほんのちょっとでも面白いと思ったことがなかった。だから詩なんてつまらないと思い込んでいたのです。

ところが私は、プアプアなどのスズキ詩に初めて出会った時、「ああこれが詩だ。これこそが本物の詩なんだ」と、生まれて初めて思ったのです。
頭で思ったのではない。腹の底から、いわば臓腑の認識として、分かったのでした。

それで、詩とは自分の思いを、自分が思った通り自由に書いてもいいのだと、初めて得心した私が、その通りに書き殴ってみると、不思議なことに、詩だか、詩のようなものだか分からない代物が、どんどん書けてしまえたので、私は、思わず「ヤッホー!」と叫んだものでした。

喜んだ私は、それから無我夢中になって、来る日も来る日も、その詩のようなものを書き続けていると、驚いたことには、そんな私のシロウト詩に、志郎康さんはイイネを押してくれたので、私は一日中言い知れぬ喜びに浸ったのでした。

「帰玄」という短い詩を書いたときには、いつものイイネだけではなく、「これはなかなかの抒情詩ですね」というコメントまで下さったので、私は文字通り狂気乱舞したことを、生涯忘れることはないでしょう。

それは氏一流の詩の初心者への励ましであり、先輩としての人世の応援歌だったのでしょう。

その励ましと応援歌を手渡しで受け取った私は、イイネのついた作品を集めて生まれて初めての詩集を編み、恩師の志郎康さんに読んでもらえる日が来るのを指折り数えて待ち望んでいた、その矢先の訃報でありました。

志郎康さんの殆ど最後の詩に、「赤ちゃん」という小品があります。

上の2人のお兄さんは両親の寝室に窓がなく、2年続きで暗闇の中で死んでしまったが、窓が作られた後で生まれた志郎康さんは、「光の中で生きのびることができた」というのです。

志郎康さんの悲報が届いた日、夜空に瞬く星の光を探しながら、私も志郎康さんにあやかって、光の中で生きのび、できるだけ長く詩を書くことができますように、と、しばし祈ったことでした。

さようなら ありがとう 志郎康さん!

 
 

※鈴木志郎康「赤ちゃん』
 https://beachwind-lib.net/?p=21235

 

 

 

エスケーピング

 

村岡由梨

 
 

手元に見慣れない紙がある。
「死亡診断書」
「鈴木康之」
「(ア)直接死因 腎盂腎炎」
「(イ)(ア)の原因 前立腺癌」

どうしよう。
志郎康さんが亡くなってしまった!

思えば亡くなる2日前、奇妙な夢を見たんだった。
赤ちゃんになった志郎康さんを、
老齢の麻理さんがフラフラと手招きして
「これが最後だから」と言って、抱き寄せようとする夢。
そんな最愛の人を残して、
一足先にエスケープしてしまった志郎康さん。
大好きなバニラ味のハーゲンダッツみたいに
溶けて無くなってしまった。

ハーゲンダッツといえば、
子供のように駄々をこねるヤスユキさんだ。
便通の良くなる粉薬を飲ませると、
「苦い苦い苦い苦い苦い、
ニーーガーーイーーヨーーー!!!!!」
「アイス アイス アイスアイスアイスアイス!!!!!」
思わず「うるさい!!!」と一喝したくなるけれど、
そこは我慢。冷凍庫からハーゲンダッツを出してきて、
スプーンで一口二口と食べさせる。
そうするとヤスユキさんは大人しくなる。
ご機嫌なヤスユキさん、悪いヤスユキさん、
しょうもないヤスユキさん、
父親としてのヤスユキさん、祖父としてのヤスユキさん。
色々なヤスユキさんがいて、いっぱい翻弄された介護の日々。
でも、どんな時でも、帰り際の握手は忘れなかった。

梅雨頃からだんだん体調が不安定になり始めて、
夏の途中から食欲も顕著に落ちていった。
傾眠傾向が強く、いつも眠っている状態だった。
でも、時々「!“#$%&‘()=〜|」と言うので
注意深く聞いてみると「孫たちは元気?」とか
「今日は由梨ひとりで来たの?」とか
こちらを気遣う言葉ばかりだった。

亡くなる前日、救急車に同乗して
ずっと手を握っていた。冷たい手だった。
耳が遠いので、耳元で「由梨ですよ」と言っても
「うー」としか言わなかった。

それっきりシロウヤスさんの口から
「言葉」が出ることは無かった。

斎場の霊安室でシロウヤスさんの遺体と対面した時、
まるで作り物のゴム人形のようだったけれど、
トレードマークの度の厚いメガネをかけたら、
ゴム人形は、シロウヤスさんになった。
でも、これが、シロウヤスさんなのか。
シロウヤスさん、本当に死んじゃった。
シロウヤスさん、本当に死んじゃったんだ。
そう言って泣くことしか出来なかった。

 

私が作品を作れずに苦しんでいる時、
「とにかく続けなさい」と励ましてくれた志郎康さん。
私の顔を見る度「詩、書いてる?」と言う志郎康さん。
その度に「書いてますよ!」と答えていた私。
逆に「志郎康さんはもう書かないんですか」って言って
赤い表紙のノートを1冊買って渡したら、
次の日、詩がポコっと生まれていた。
それがこの詩。

 
 

鈴木志郎康

詩って書いちゃって、
どうなるんだい。

詩を書いてなくて、
もう何年にも、
なるぜ!

ノートを買って来てくれた
ゆりにはげまされて、
なんとかなるかって、
始めたってわけ。

それゆけ、ポエム。
それゆけ、ポエム。

 
 

ヤスユキはいなくなってしまったけど、
小さなシロウヤスはウジャウジャと世界中に広がっているみたい。

私も、詩を書き続けることを誓います。
いつかまた、「詩、書いてる?」って聞かれても大丈夫なように。

 

 

 

あたかも今朝の

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 18     megumi 様へ

さとう三千魚

 
 

白も
あるけど

淡い桃色もあります

瀬戸内の
島を

渡ってきた

川口の
アパートで育った

工場の煙突が見えた

ぬかるんでた
裁縫が上手だった

母と
旅もした

いまは
丹波にいます

ひとり
男が

佇っていた

あたかも今朝
硬い蕾

ひらいた
秋明菊の花が咲いた

 

 

memo.

2022年9月12日(月)、自宅にて、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」として作った詩です。

お名前とタイトル、好きな花の名前を伺い、その場で詩を体現しプリント、押印し、お送りしました。

タイトル ”あたかも今朝の”
花の名前 ”秋明菊”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

粘土に気をつけろ Soigne ta argile

 

工藤冬里

 
 

凛とした」和服汚しが英吉利にも
三十路兄さん桜トラスと
桜とラスト ビールはtorus(宇宙ブリューイング)
Truss is marching in

巨石を積みモニュメントの点在する、近所で一番豪華な造成地が死者のための庭園だというのはおかしいと思いつつもよくそこの自販機辺りで寛いでいる
無教会派の合同墓碑があり一人の名前が削り取られている

海水中には50億tある全ての金を
途中で止める
トンネルも掘らない

なんてこった今頃蛍https://youtube.com/shorts/4FS6eN2rX7E?feature=share

ワンネスの間違いと調子こいた錬金野郎の老衰

形を変えた道教に過ぎないものに縋るな
年金が出ないのと同じ理由で逆転しない余生を死ね

レプリカ

鳴門の海で肌色の長石を見つけた
それを再現したくて30時間焼いたが失敗した
志野は最低50時間だが燃料費が捻出できなかった
今後は胎土を混ぜて15時間でやってみるしかない
半透明オレンジなどという結果を想定すると焼き物は途端に難しくなる
歴史に弁証法など効かないからだ
撒いて、刈り取るだけだ

声を知らない
知らない声には付いていかない
腹話術師は任命
変形した声が形になり

我聽了兩個四川樂隊
https://wvsorcerer.bandcamp.com/album/mountain-fog

足立さんにとっては日常から羽田に突っ込むのを半世紀待ってとうとう目の当たりにしたわけだからそりゃあやる気になるさ
恐ろしいパワーが集まっている粘土に気をつけろ
身体を額縁で覆おうとしてもタイトルは必ず僥を抑え込む
即興詩人より即興舞踏の方が易く感じられるのはそのためだしそれ故の途方もなさをも(5歳のリュウセイオー君のような)言葉抜きのダンスは併せ持っている
それでも何かひとつ、と無理に名付けるならば「先に手が出る」が唯一の仕切りとなる

天蓋の雲の、滞留することのない抽象はフラクタルでしかも重層になっている
空に昇る具象はすぐに呑まれてパルーシアは見えず、アキアカネが羽を付けて飛ぶ

朝顔は一度咲くと次の日は咲かない。次、次、という感じである。次、次、というのはひとを刺していく表現である。次、次、とずれ込んだ秋を刺しているのである。

みずをのむことができるので
えいようをとることができています
みずのじゅんかんのほうそくです
いとしたとおりにものごとははこび
ちからをもっている、ということがわかります

スズメの次にアシナガを殺した
スズメは離散しただけだがアシナガは巣を叩き落とせないのでぼとぼと落ちた
黄色と黒がこんくりの上にぼとぼと落ちて

コクミンをうちやぶる必要があった
どのように崩れ去ったのでしょうか
焦げたクッキーの城壁
から赤い紐
首が鳴る
もうながくはありません

サラ地にする粉にするイチヂクを植える
待ちたいと思います

discern, perceive, reveal
ケヤキのjigsaw puzzle

人間では退治できない

 

 

 

#poetry #rock musician

更日子的艱難來臨

 

Sanmu CHEN / 陳式森

 
 

更日子的艱難來臨
最後的金鏃射入堡壘
無聲地跌入灰暗蜂房,失血
還沒有到散場的時候。
粵語已經知道,十一月以後
不能安心回家,孩子們
一無所有,在我抵達之後,
法庭清白無辜。
看着鹽在傷口上宰制雨水。

"你不是花,你是,花。"
 深深地,如此的深
 如雀喉,如烏雲。

 
 

 

 

 

外へはずれ出る

 

駿河昌樹

 
 

なんでもよい
なにかものを書かせれば
ひとはかならず
思い出を
すなわち過去を
書くだろう

あるいは
身近に起こったことへの感情を

断片的な考えを

なにかについての
好き嫌いを

目の前の
風景や
光景を

見よ!
こうして詩歌は
できあがる

なんと
むなしいことか!

素朴とか
真率とか
呼びたがるひとも
いるようだが

かといって
これらの
どれにも当てはまらないような
なにか
あたらしいもの
超越したもの
奇想を
書いてやりたいと
躍起になるひともいたりする

なんと
子どもじみた
素朴このうえない
頑張り!

こうして
書くことの外へ
出るほか
なくなって
いく

こうして
詩歌の外へ
はずれ出るほか
なくなって
いく

俗人

愛するは
未だ
詩と為さず


陸游
『朝飢えて子聿に示す』