川の流れのように

 

佐々木 眞

 
 

見るべきほどのことは見て、
知るべきほどのことは知った老残の身なれば、
この際、言うてしまってもええじゃろう。

この節、日本人は最低で最悪だ。
大バカヤロウのコンチキチキだ。

先代、先々代から受け継いだお上に弱い体質は、
もはやマゾヒズムの域にまで達し、
権力や命令や規律にいそいそ縛られ、
うっとりと喜悦の表情まで浮かべている。

政治家も検事も、警官も、郵便局員も、旧国鉄の職員も、
東電や銀行やIT企業の俸給生活者たちも、
働いて働いて働いて働いているうちに、痴呆状態になり、
ついうっかりのポカばかりやらかしている。

制度が疲労している以上に、
ご一新の頃と比べて、人間の質が劣化してきたのだ。

就中、お前ら今どきの若いもんよ、
学校で碌に勉強もせず、新聞、雑誌も碌に読まず、
スマホでゲームをやる合間に、SNSをちら見して、
世の中が、分かったような気になっている。
無智が栄えたためしはない。

自分の脳味噌では、たった5分間も考えられないので、
なんもかんでもAIを頼りにして、
それで、考えたつもりになっている。
無智が栄えたためしはない。

ついこないだ、日本が、アメリカと戦争したことも知らない若者よ、
知ったかぶりして、偉そうなことをいうな。
餓鬼は、黙って老人の言うことを聞いていろ。
無智が栄えたためしはない。

この節、日本人は最低で最悪だ。
大バカヤロウのコンチキチキだ。

恐ろしいほど付和雷同し、軽薄で、その癖向こう見ずで、
思想の思も、想も、何もない癖に、
何をトチ狂ったのか、さるお偉いさんから「大衆の原像」などと呼ばれれば
まるで自分たちが褒められたかと逆上して、欣喜雀躍したりする。

その時々の情緒とか気分とやらに盲目的に支配され、
「つぎつぎになりゆくいきほひ」に促されて、*
山から村へ、村から町へ、どこへ行きつくのやらさっぱり分からないまま
まるで川の流れのように、流されて、逝く。

ある時は小泉に、またある時は安倍蚤糞、高市etc
何だか分からないけど、なんとなく何かをやってくれそうな指導者に縋りつき、
あわよくば、己のポケットに金貨が転がり込むのではないかと期待する。

戦時だろうが、非常時だろうが、平常時だろうが、
万博だろうが、五輪だろうが、ご臨終だろうが、
初めは処女の如く、終わりは脱兎の如く
百年の知己のように媚びと諂いを振り撒き、
彼らが権力の座から転がり落ちれば、また新しい主人を探すのだ。

猿のようにお調子者なのに、蛇のように狡猾で、
どこでも丸裸になって踊り出すポンポコリンで、
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴」**

おお、さはさりながら、こよなくいとしいジャパーン!

百年の恥を、遥か50億光年の彼方に投げ捨て、
千年続くわれらが町内会に Hip, Hip, Hooray!
万年続く大政翼賛会に万歳、万歳、バンザーイ!

 

 *  丸山眞男
 ** 夏目漱石

 

 

 

大地を裸足で歩く

 
 

さとう三千魚

 

月曜日

詩を
書かなかった

仕事があり
夕方に帰り

夕食を食べ
相撲の録画を見てた

ソファーで眠ってしまった
書けなかった

目覚めて
ベッドに行き

坂本龍一の"千のナイフ"を聴いて
眠ったのだったか

夢は見なかった
憶えて

いない

一昨日のことも
先一昨日のことも

憶えて
いない

一昨日は
スーパーの花屋で売られている花たちを見たのだったか

薄紫のみやこわすれとデージーと
白い勿忘草の花と

見たのだったか

それから美術館に行き
かがくいひろしの絵を見たのだったか

かがくいは
芸大に三回落ちて

美術教員になったのだという
先生をしながら絵を描いたのだという

パキスタンで撮影された
やかんを片手に持ち大地を裸足で歩くアフガン難民の子どもの写真があった

かがくいが
新聞から切り抜いた写真だった

美術館のかがくいの絵の下に
資料として

並べらていた

そこにいた
そこにいる

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

all tomorrow’s parties

 

工藤冬里

 
 

家がなくなり寝る場所がなくなり書く場所がなくなり
切り替えるテクニックはセラピスト達に教わっているものの
ポジティブの実装は空っぽの自販機のようで
すべての明日の政党からは遠く離れて
すべてのペットボトルを石油に変えて

 

 

 

#poetry #rock musician

びらびら

 

道 ケージ

 

詩集のために
保険を解約する

いまだ詩篇は
ベランダ側の窓に貼り付き
びらびら

罵詈罵詈って
天目の盃
放擲の壊れ物

死に物として
遺すことは
人として物狂い

ぐちぐちを
またぐ

ため息と舌打ちの
くちばしには
相槌もできない
しかもイヤフォン

「六万しかない!」の呟きが
「ロマンしかない」としか
聞こえない

しゃあない
白い箱に
入ることにした

何かはわからない
穴倉の床に
分別が散らばる

治安が荒い
「紙屑だろ」

 

 

 

ワンピース

 

塔島ひろみ

 
 

おばあさんは魔法の杖で どんどんどこまでも歩いていく
枯木をまたぎ 塀をのぼり 川を泳いで
魔法の杖はおばあさんを引っぱっていく
目の見えないおばあさん
どこへ行くのかわからない
ここがどこだかわからない
口をぎゅうと結んで 魔法の杖を握りしめ
おばあさんは
好きな人のところへ行くのである
おばあさんは
大好きな人のところへ行くのである
道なんか知らない
でもおばあさんは
好きな人のところへ向っていた
しわくちゃの顔で 曲がった足で
白髪頭で 歯のない口で
魔法の杖を カサカサの手で握りしめ
小鳥のように
タンポポのように
歩いていくのだ

 

 

 

竜爪へ

 
 

さとう三千魚

 

雨が
降ってた

カミナリが鳴ってた

さっきだ
いまは

青空に
西の山が群青に浮かんでる

幻影だろう

戦争も
空爆も

核施設攻撃も

金髪も
大統領も

幻影だろう

人々を殺す命令をした
たくさんの人たちが死んだ

白い歯で笑ってた
幻影だろう

数日前に
Kさんと

竜爪に登った

文殊岳と
薬師岳と

ふたつは繋がっていて
ふたつの山が

竜爪山だという
竜が爪を落としていったのだという

薬師岳の頂で
Kさんと

鮭のおにぎりを食べた
女がふたつ握ってくれた

幻影だろう

薬師岳の頂上から
南アルプスの白い稜線が見えた

青空に白く稜線が光っていた
凪いだ駿河湾が平らにひろがり半島が女のように横たわっていた

山を降りて
Kさんは登山口の沢で顔を洗ってた

夏山では裸になり長尾川で水を浴びるのだとKさんは言った

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

give the devil his due

 

工藤冬里

 
 

1967年にセシウム133が91億9263万1770回震えると一秒、と決まった。ということはそれ以前に一秒はなかったのだ。一秒がなかったのなら時間もなかったのだろう。かろうじて空にふたつ光体はあった。だがそれは時間とは関係ない。最近は動きを時間と勘違いする奴が多くて困る。俺に規則性などない。ただSaulPaul的な慾望との突発的な戦闘があるだけだ。負けても勝ってもpositiveに倫理はない。B系やセミナー系のポジティブ信仰が廃れるのもそのためだ。セシウム137じゃあるまいし核もないのに海の荒野に対して宣告してみたり、一秒に合意しているのに印欧語族を反米に仕立て上げたり。死ぬことにポジティブ。なかった時間の満期だ。払うよ。

 

 

 

#poetry #rock musician

あそぶということ † † †

 
 

さとう三千魚

 

みなさんとあえて
よかったです


しろくませんせいとよばれて
うれしかったです



みなさんが

おやつをたべたり

あそぶのをみていて
しあわせになりました

おとなになると
みんなわすれてしまうのですが

あそぶことのなかには
とてもたいせつなことがあるとおもいます


たいせつをひとつだけみつけて
ずっとずっともちつづけることができたら

みなさんは
とてもしあわせになれるとおもいます

 
 
 

2021年3月30日_子どもたちへ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

追憶のハイウェイM6

 

工藤冬里

 
 

スコットランドに入るモーターウェイは板チョコのように盛り上げられていて
10日に手に入れた山羊は殺されるまで3日家の中で大切に可愛がられ
それから殺されなくても良くなって子供らが喜んで
上にあるものは下にもあると言うのは間違っていて
正しくは最初のガーデンから今に至るまで上と下が組織立って共同してきたということで
憲法が誰に向けてサインされているか考えれば明白で
自分に誓うことしか出来ないなら自らを運営できる訳がないから
予告されていた進展を巻き物を展くように速める
山羊が出ていく5日後に椰子の葉を振り
心に叶うno menのような顔して
to know him is to love himと唄うぼくら

 

 

 

#poetry #rock musician

また消えた **

 
 

さとう三千魚

 

皿に
甘い

菓子を盛った

匂いを
受けて

ふすまの向こうから現れた

黒と白の
大きな

匂いをかいで
消えた

尻尾をゆらしていた
縁側でないた

 

・・・

 

** この詩は、
2026年2月27日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第26回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life