家族写真

 

村岡由梨

 
 

家族写真を燃やしてしまった。
まだ若い父と母と、幼かった姉と私と弟が笑っている。
真ん中に座る幼い私の顔に十字の切れ目を入れて火を付けたら、
一瞬十字架の様な閃光がピカっと光って
瞬く間に私の顔は溶けて無くなり、
火が燃え広がって、消えてしまった。

私たちは、消えてしまった。
私たちは、壊れてしまった。

家族写真を燃やしたことで、
母を悲しませてしまった。
今はもう会えない姉も、きっと悲しむだろう。
弟はどうだろうか。
精神を病み、大量服薬を繰り返した私を、軽蔑していた父。
私の母ではない女性たちとの生活に安らぎを見出した父。
腹違いの弟たち妹たちの方が優秀だ、と言って自慢する父。
父も悲しむだろうか。いや、悲しまないか。いや、悲しむか。

この詩を読んで、母はまた悲しむだろう。
言葉は時に残酷で、人を深く傷つける。人の人生を狂わせる。
人はなぜ、生きようとする時、
自分以外の他の誰かを傷つけずにはいられないのだろう。
父も母も姉も私も弟も
ただ生きていただけなのに。
ただ生きているだけなのに。

私は生まれた時から親不孝者で、
親からたくさんのものを与えられてきたけれど、
自分が親に何か与えたかといえば、何もない。
何もないのが、情けない。
この先、私の娘たちが「親」の私を憎むことがあるかもしれない。
往々にして子どもから憎まれる「親」という分際に
自分が成り下がってしまったのが、情けない。

ああ
また母を悲しませる言葉を書いてしまった。

父や母や姉や弟といた世界はファンタジーだったんだろうか。
私は今、二人の娘という
血があり、骨があり、肉がある
究極的に現実的な存在を得て、
夢から醒めつつあるのかもしれない。
曖昧だった喜びや悲しみや怒りが、真実のものとなって
人生における大きな「気づき」のようなものを手に入れたのかもしれない。
それは多分、幸せなこと。

なのに、なぜこんなに胸が苦しいんだろう。
写真に火を付けた時、
これで何かを乗り越えられるんじゃないかと
何の根拠もなく考えていたけれど、
残ったのは焦げくさくて黒い燃えかすだけ。

本当は苦しくて悲しくて仕方がなかった。
結局、誰も幸せにすることが出来なかったから。
誰かを幸せにするだなんて、自惚れもいいところ。
でも、本当は消してしまいたくなかった。
壊してしまいたくなかった。

かけがえのない「家族」だった頃の、私たちの記憶。
私は大切なものを、燃やしてしまった。
二度失ってしまった。
私たちはあの時笑っていたのに。
本当にごめんなさい。

 

 

 

どんな希望があるか *

 

今朝も

仏壇に
水とお茶とご飯を供えた

花の水をかえた

味噌汁を作った

サラダを
女に持たせた

モコは

女から薄いハムを貰ってた
キャベツの千切りと人参と犬飯を食べた

羽毛ふとんのなかに埋まってモコはねむった

洗濯物を干し
ゴミを出しにいった

さざんかが紅く咲いてた

西の山の上には
雲が

いない

この窓からヒトの姿がみえない

どんな希望があるか *
どんな希望があるか *

地上にはいま77億人のヒトがいるのだという **
2050年には100億人に達するのだともいう **

地上にいて
西の山を見ている

雲が
いない

山の向こうに

いないヒトがいる

 

* 工藤冬里の詩「自販機」からの引用
** 国際連合広報センター「世界人口推計2019年版:要旨 10の主要な調査結果(日本語訳)」を参照
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/33798/

 

 

 

かの字

 

長尾高弘

 
 

バクチってのはさ、
客さえいれば胴元はかならず儲かるもんでしょ。
客のなかには得するのもいれば損するのもいるけど、
胴元はかならず何割かを取ってくわけだから負けなし。
逆に客全体で見ればかならず損するわけだよね。
イカサマなしなら、
やればやるだけ実際の結果が理論的な確率に近づいてくから、
かならず損するわけ。
まして、イカサマがあるなら、
得させる客がいる分ほかの客は損するわけだから、
イカサマなしのときより損するわけでしょ。
最高裁判所の一九五〇年の判決でも、

賭場開張図利罪は自ら財物を喪失する危険を負担することなく、専ら他人の行う賭博を開催して利を図るものであるから、単純賭博を罰しない外国の立法例においてもこれを禁止するを普通とする。

って言ってるわけ。
ない方からある方にカネが動くだけさ。
でも、そういう法律がある一方で国やら都道府県やらが
競馬、競輪なんかを主催してるんだよね。
さっきの裁判で負けた被告の弁護人もそれを主張してる。
国も公認してるんだから、
刑法一八六条二項(賭博場開張図利罪)は
新憲法では無効だって。
(何しろ日本国憲法施行から三年しかたってなかった頃の話だから
「新憲法」なのよ)
でも裁判所は、
国などが賭博場開帳図利と本質的に同じことをしているからといって、
賭博一般を認めているわけじゃないでしょって一蹴しちゃってるんだな。
論理は通ってると思うよ。
ただちょっとすっきりしないよね。
そもそもこの判決は賭博自体について、

勤労その他正当な原因に因るのでなく、単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争うがごときは、国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風(憲法二七条一項参照)を害するばかりでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える恐れすらあるのである。

ってな風に格調高く非難してるわけだから
なおさらすっきりしないと思うんだよね。
まあ、三権分立ってのがあるからさ、
裁判の争点にもなってないことについて、
裁判所が国や都道府県に口出しするわけにもいかないから、
それ以上踏み込んでいないんだろうってことにしとこうか。
ここからは法律の専門家でもなんでもないおいらの考えだけどさ、
国や都道府県が胴元になって客から巻き上げたお金は、
理論的には税金の一部になって広く納税者に還元されるはずだよね
(実際には国とかいうやつは社会保障をけちって
軍事費や政権関係者の集票のための宴会に税金を使うみたいだけどさ)。
たぶん、国営、公営のバクチを容認できるとすれば、
結構無理があると思うけどそれ以外の理由はないと思うよ。
国や都道府県がコントロールして過熱しないようにしてる、
とかいうような理屈があったとしても、それは嘘だと思うね。
すでに国営でも公営でもないパチンコ屋ってのがあるでしょ。
風営法ってのがあって許可をもらわないと営業できないから、
行政のコントロールが効いてるんだって理屈なんじゃないかな。
でも、パチンコ屋って警察から天下りするんだよね。
え、警察って規制当局なんだからパチンコ屋からしたら敵なんじゃないの?
って感じがするかもしれないけどさ、
パチンコ屋からすりゃあ、警察OBなら警察の手のうちを知ってるし、
かつての部下に睨みを効かせてくれんだろうって期待があるから
大歓迎でしょ。
そういう自分の商品価値を知ってる警察OBからすれば、
高く売って左うちわの老後を過ごそうって思うのが自然じゃない?
規制当局ってのは理研のわかめちゃんじゃなくて利権の塊だと思うよ。
ほかの業界でもさ、ヤメ検とか言って、検事を辞めて弁護士になると
依頼が殺到するっていうよね。
それと同じなんじゃないかな。
で、横浜市長が選挙のときだけ「白紙」にした「かの字」のことだけどさ、
収賄容疑で国会議員が逮捕されるってな展開になってるでしょ。
語るに落ちたって感じだよね。
今まで「かの字」が公認されてなかった日本に
「かの字」ができるってことになれば、
「かの字」のノウハウがある外国企業が目をつけるに決まってるよね。
でも、そういう企業には「日本」のノウハウがないから、
なんとか食い込もうとして、
「かの字」解禁に熱心な国会議員に接近したわけでしょ。
結局、「かの字」解禁の理由は経済振興だの観光立国だのじゃなくて、
政治家たちの金儲けだったんだなって思ったよ。
業者は三割の税金を払うだけで、
あとの儲けは全部国外に持ち出してっちゃうのに、ウェルカムしてんだから。
でも、この国では法の下の平等なんて絵に描いた餅らしいからさ、
検察は「したっぱ」をつかまえて仕事してるふりをしてるだけで、
大物は涼しい顔してボロ儲けしてるんだと思うよ。
だってこの話、トランプがアベにじきじきによろしく頼むぜって言ったという
アメリカの業者は絡んでないんだもん。
で、「かの字」が続く限り、大物には金が入り続けるってことなんだろうね。
ひとり殺せば犯罪者だけど、たくさん殺せば英雄、神だって言うけどさ、
詐欺師や泥棒の世界でも同じってことなんだろうねえ。

 

 

 

自販機

 

工藤冬里

 
 

あたらしい断念は
ふるい希望に基づいていたが
さらに真新しい今のこの
寝食忘れる犠牲の煙が
谷を覆う
肋骨型に剥ぎ取られてゆく
女性名詞の蓋然性
ニブフは女性を虐待した
路地出身という名目で
革を張った盾に油を塗って修理する
どんな希望があるか
もったいないという気持ちが元兇だった
しっかり汚染
裕福
満たすと露わになる山々のように
地球の欲で満たされた
果たせなくなる
経絡とは何の関係もないが
内側から見上げると
星座のようだ
自販機に矢が刺さっている

 

 

 

それゆけポエム

 

佐々木 眞

 
 

それゆけポエム
ぼくらを、一陣のそよ風に乗せて

それゆけポエム
喜びも悲しみも、まるごと包んで

それゆけポエム
あの青い空、白い雲の果てまでも

ぼくが歩く
ぼくが走る
すると、そのあとがポエムになる

ぼくが笑う
ぼくが泣く
それがポエムなんだ

ぼくが叫ぶ
カワカワノムク、カワカワノコウチャン、ケンチャン、ミエコサン
それがポエムさ

ぼくが食べる
ぼくがウンコする
それがポエムやねん

ぼくはポエムだ
ポエムはぼくだ

それゆけポエム
大胆に大胆に、どこどこまでも進んで行け

それゆけポエム
この星の人々が、見たことも無い、遠い遠い所まで

それゆけポエム
悠久の天地を、いついつまでもさすらいながら

 
 

―2020年1月15日は私にとって特別な日となった。長らく療養中の鈴木志郎康さんが、およそ1年半ぶりに詩を発表されたからだ。「詩」と題されたとても短い詩だが、その最後に「それゆけ、ポエム。」というリフレインがあって、寝床に縛り付けられてはいない自分が、かえってとても励まされたような気がしたのである。この拙い詩は、そんな高揚した気分の「落とし前」として生まれました。

 

 

 

津久井やまゆり園

 

佐々木 眞

 
 

第1景
 

俺様は宇宙から来た植松だ。

こいつはしゃべれるのか?

「しゃべれません」

こんな野郎生きている価値がない。

 

第2景
 

あいつは殺さないとな。

「しゃべれます」

しゃべれないじゃん。

「しゃべれます、しゃべれます、みんなしゃべれます」

ん。しゃべれないじゃん。

こいつら生きていてもしょうがない。

 

第3景
 

俺様は宇宙から来た植松だ。

「やめてください。どうしてこんなことするの」

こいつら生きていてもしょうがない。

 

第4景
 

『聖おにいさん、もしあなたにしゃべれない子供がいたら、それでも殺しますか?』

 
 

―この詩の会話は「津久井やまゆり事件」公判についての報道記事から引用し、第4景は中村光「聖☆おにいんさん」を参考にしました。

 

 

 

逃れの町

 

佐々木 眞

 
 

モーセはヨルダン川の向こう、東側に3つの町を取り分けた。
それは以前から憎んでいたのでもないのに、
誤って隣人を殺した者をそこに逃がすためである。

そのような者は、
そのいずれかの町に逃れて、
生き延びることができる。*

さあ行こう!
いつかどこかで、どんなにかして、人を殺した覚えのあるものは、
乳と蜜の流れる、うましこの町、逃れの町へ。

見よ、人よ。野の鳥よ。滑川のウナゴロウよ。
この国は、地球は、もう終わりだ。
この国に生きる人も、自然も社会も、もう終わってしまった。

なにもかもが行き詰まり、万策尽きたにもかかわらず、
それを最初に口に出すのが恐ろしいので、
「万事休す!」と告白しない。

さあ行こう!
悪と汚れに塗れ、腐敗し堕落しきったこの国を限りなく疎ましく思うものは、
黄金も武器も無い、この永世中立の郷へ

ふと辺りを見回せば、幼馴染のノブイッチャンも、ヒトハルチャンも、
タカヤマコウヘイ君も、タカギのケンチャンも、
ヒョウタンでナマズを、のんびり釣っているではないか。

さあ行こう!
いつかどこかで、どんなにかして、人を殺した覚えのあるものは、
乳と蜜の流れる、うましこの町、逃れの町へ。

 

*旧約聖書「申命記」4章41-42節。2018年聖書協会共同訳による。

 

 

 

小さな旗を立てること

 

佐々木 眞

 
 

私は公園の隅っこにある砂場の砂の上に、小さな旗を立てた。
青い色をしたその旗は、ハタハタハタハタ、しばらく風に鳴っていた。
それが、まるで私が生きているあかしであるかのように。

夕方、私がまた公園を訪れると、あの小さな旗は、まだそこに立っていた。
あの綺麗な青は暗くて見えないが、
まるで私の墓標のように、少し傾いて。

ふと思い立って、
ときどき砂の上に小さな旗を立てること。
それが、私のささやかな祝祭だ。

 

 

 

solitude

 

原田淳子

 
 

 

それは毒だから噛んではだめよ
と母は体温計をわたしにあてた

毒で熱を測るなんてどうかしてる
幼ごころは昂って
毒を噛みたくなる衝動に
銀いろの毒はするする滑り
角度をかえて明滅した

秘すれば秘するほど
熱は膨れ
熟した果実は崩れて
銀を光らせた

淋しさは花束にくるみ
壁のない部屋を照らすために月を飾った

膨らみつづけた銀の決壊は
懐かしい音楽に似ていた

唇にherpes
helpless

露わになる幼き身体

鏡に映る水銀柱

そこに
花束をかかえたわたしの毒が
世界に ただひとり
銀いろに濡れて立っていた

 

 

 

3月10日

 

鈴木志郎康

 
 

この日付は
忘れないというより、
身体にはりついている。
昭和20年3月10日
アメリカ空軍による
東京大空襲。
その夜、燃えさかる
火の粉の降る工場の間の道を、
わたしは 母と祖母と、
父の指示に従って、
下町の亀戸から荒川へ
逃げていた。
北十間川の土手を、
中川の土手を、
平井橋まで逃げた。
その先へは、
工場が燃えていて
行けなかった。
朝までそこにいて助かった。
朝になって、対岸の親戚の家で、
ほっとひと息ついて、
焼け尽くされた焼け跡を、
とぼとぼ歩いて、
小松川橋を渡って、
新小岩の駅から、
省線電車に乗って、
千葉県の本八幡にあった
叔父の家に落ちついた。
わたしは焼き殺されなかったのだ。
わたしは生きのびた。