ラジオ体操

 

塔島ひろみ

 
 

ラジオ体操が聞こえてくるよ
お弁当作りながら 朝6時30分のAMラジオ
大根切る手を休め
煮干だしを弱火にして
私はラジオ体操の人となる
ラジオ体操 ラジオ体操
腕を折り 息を吐き
カエルのように飛び上がる
ラジオ体操

奥戸運動場のどっかから ラジオ体操が聞こえるよ
ラジオ体操の歌が聞こえるよ
ラジオ体操のリズムが聞こえるよ
ラジオ体操の叫びが聞こえるよ
ラジオ体操のサイレンが聞こえるよ
ラジオ体操の恫喝が聞こえるよ
胸を開けと 切り刻めと
首を折り 背中をつぶせと

ラジオ体操が呼んでいる
階段をのぼる
ラジオ体操が呼んでいる
長い階段をのぼっていく
ラジオ体操が呼んでいる
階段はどこまでも続いている
ラジオ体操
そしてようやく天頂に着いた
小さな小さなラジオから ラジオ体操が流れていた
白くて まわりには
だれもいない

 

 

 

りぶらりお

 
 

さとう三千魚

 

"花たちへ"を届けた

りぶらりおに
届けた

クルマで
行った

ニール・ヤングを聴いて行った

りぶらりおは
ライブラリーの語源なのかな

りぶらりおでは
店主の

アサイさんと
話した

尾崎幸さんの花の絵の個展のこと
中里和人さんの小屋の写真のこと

など
話した

りぶらりおの傍らに
小川は

流れていた

小川の向こうに
波トタンの家があった

りぶらりおもむかしは
波トタンで

包まれていたのだと
アサイさんは言った

いまは波トタンのまわりを新建材で包んでいる

帰りも
クルマで

ニール・ヤングを聴いてた
ニール・ヤングの声は

やわらかい

波トタンのよう
裏返ったりする

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

體内

 

工藤冬里

 
 

目を閉じる癖儚んでせめて背をぴいんと伸ばしてみたりしてゐる

「目を閉じて首を左に傾けた」今では右に傾いた君

目を閉じる癖を見られてはならぬシャッター街のやうな體内

がんセンター売店としてセブンありウィッグ三体売られてゐたり

隅石の上の柱の體内は粗(ほぼ)白蟻に喰はれてゐたり

 

 

 

 

#poetry #rock musician

一片雪花,因為自身的沉重

 

Sanmu CHEN / 陳式森

 
 

一片雪花,因為自身的沉重

一片雪花
冷灰的雪原。鐵的。

通向月亮的軌道
已經休息。

呼吸之間
松尾芭蕉起身迷途。

這一刻,我們並不能
選擇。突然巴赫。

明寂的空氣𥚃,臨近生死的星辰
我們已不再談論。

因為必須的雪開始落下,
我們遙遠的血液亦重新落淚。

2026年1月21 ~23日 秋田.東京.

 
 

 

 

 

人数分

 

辻 和人

 
 

人数分だ
45個
駅までバスで15分
まず床屋に寄って髪さっぱり
まだまだ暑い9月の半ば
短くなった髪が強い風にぱらぱらっ揺れる
残り少なくなった育休の日々もぱらぱらっ揺れる
あと6日だもんね
休んでいる間穴を埋めてくれた職場のみんなに
ありがとう、ありがとう、したい
やっぱお菓子だ
デパート入って見て回る
半年も休んだからちょっと食べでがあるものを渡したいんだけど
このモナカおいしそうだけど持ちが悪いな
このプチケーキ嵩張るから持ってくの大変だな
時間ばっかりぱらぱらっ過ぎる
その時
おっ、このマドレーヌいいぞ
貝殻の形にふっくら盛り上がってハチミツたっぷり
1個300円
高すぎず安すぎず
15個入りのを3箱で決まり
人数分
45個
45の口に
コミヤミヤの泣き声とこかずとんのあくび
ばらばらっ放り込まれる
泣いたコミヤミヤ抱っこして歩くミヤミヤママの踵と
こかずとんのウンチ片付けるかずとんパパの指も
ばらばらっ放り込まれる
お会計してバス停まで歩く
まだまだ暑い9月に
抱えた紙袋はずっしり重い
ずっしりずっしり
その先に
復帰するぼくに「お帰り」を言ってくれる
45の口があるんだ

 

 

 

ぶどう園

 

廿楽順治

 
 

ぶどう園に来た若いひとを
ころしてしまった

(旅びとだったのだ)

この旅の記憶を頭石として
隅に置いた

「わたしたちの目には不思議に見える」

ほどなくわたしたちも
ころされるだろう

ぶどう園はゆれている

その譬えは
もうぶどうの陰にかえしなさい
旅はおわった

声は
石のように
ふるえておればよい

 

 

 

そこにいた

 
 

さとう三千魚

 

憶えて
ない

ほとんど

憶えて
いない

日曜日だったはずだった
昨日は

海浜公園までクルマで行った
釣り人たちを眺めていた

海を
眺めていた

光ってた

夕方に
女と

餃子の店に行って食べた
ビールを飲んだ

帰って
ソファーで

時代劇をみた

眠って
ソファーで目覚めた

歯を磨いてベッドで眠った
それから

今朝
目覚めた

女と墓参に行った
帰りに郵便局に寄った

帰って
珈琲を飲んだ

食パンを焼いてバターを塗った

午後に
小川の傍をすこし歩いた

小鳥が桜の枝にいた
そこにいた

うぐいす色の
逃げなかった

青空に桜の花芽が膨らんでいた

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

脂肪の塊

 

工藤冬里

 
 

低空飛行の機体が風光明媚な岬(三崎半島辺り)を迂回して空港(羽田辺り)に帰り着こうとするが堪らず着水する
濡れて
冷たくて
いやだなあ
躰の水甕は毀れて
in other words
生まれながらの泥棒はいない
立ち向かえる装備を着けて!
幅の広いベルト、
バックルの大きい、、
要らんかくめいの幟が立って損な娼婦の塊がゴロゴロ
いろんな脂肪がある
牛スジの脂肪があり
サバのドコサヘキサエン酸があり
モオパッサンの脂肪があり
星の脂肪がある
襟裳の岬では飽和脂肪酸を暖炉で燃やしているらしい
其れにしても

 

 

 

#poetry #rock musician

さとう三千魚著『花たちへ 無一物野郎の詩、乃至 無詩』を読んで

 

佐々木 眞

 
 

 

2022年の5月28日の土曜日、作者の地元である静岡市の北街道にある本屋さん「水曜文庫」というところで、この詩集はスタートした。
「みらい」というタイトルである。

 
 

みらい

 

 あしたの
 ことも

 みらいの
 ことも

 わからないけど
 ここに

 わたし
 いて

 あなたがいて

 薔薇が
 咲くのを待っている

 ピンクの薔薇
 咲くのを

 

「あとがき」を読むと、この頃作者は、なぜか自分の詩が行き詰ったように感じていたようだ。作者の言葉を借りると「オワコンのように感じられて」いたようだ。

そんな苦境を救ってくれたのが「水曜文庫」のご主人だった、と作者は感謝しているが、本当に危機を突破したのは作者自身だろう。

なぜなら、この詩集に掲載された詩は、全部が全部即興詩であり、しかもこの即興詩人は「水曜文庫さんのお店の小さなテーブルをお借りして、小さなプリンターとスマホを置いて、お客さまからお好きな花と詩のタイトルを伺い、その方たちに花の詩を書いた」のだから。

従来の詩作とは、全く次元の異なる画期的な詩作方法を、一気に誕生させのだから。
仏蘭西の詩人ポール・ヴァレリーなら「これは一つの方法的制覇だ!」と、叫ぶかもしれない。

普通の詩人の普通のやり方は、無人の書斎でパソコンや原稿用紙に向かって沈思黙考、呻吟しながら書き下ろすのだろうが、それはあくまでも自分の大脳前頭葉の内部で完結させる古典的な書法である。

「詩のボクシング」の最終ラウンドでは、その場で即興詩を立ち上げて優劣を競うが、創作方法自体は前者と同様である。

さいきんの短歌の世界では、読者のリクエストに応じて、一般ではなくその人個人のためのパーソナルな短歌をつくる手法が話題になっているが、これとて即時の即興歌の創作ではない。

まさしく「花」というカテゴリーと、「題目」という思案の方向性を眼前の第三者の「骰子一擲」に委ね、次の瞬間に未知の時空に羽ばたいて新しい言葉を模索する「詩的投企」の試みに他ならないのである。

これで詩人は、息を吹き返した、のであろう。新たに生まれ変わった詩人が、以後さまざまな土地を巡礼し、さまざまな人々との一期一会の邂逅を果たしながら、私の住んでいる鎌倉の地に姿を現したのは、忘れもしない2024年の8月4日の暑い日曜日だった。

日記を繰ると、「午後1時30分、鎌倉駅にさとう三千魚氏を迎え、共に大塔宮を経て瑞泉寺へ行き、歌人、そして山崎方代の研究家としても知られる住職の大下一真氏と面会す。さとう氏は近著『方代に捧げる歌』を住職に進呈。そのお返しに小生まで『方代研究』誌を何冊も頂戴す。夜は一真住職の助言で、方代ゆかりの居酒屋「田楽屋」にて真夏の田楽料理に舌鼓を打ち、夜8時頃駅頭で別れる」

とあるが、実はこの日の昼は小生、夜は東京から偶々訪れた見知らぬ客人を相手にして、『花たちへ』の2つの即興詩が出来たのだった。

後者は本書を手に取って読んで頂くとして、その日他に訪問客が誰も居ないので、やむを得ず私を相手に、あっという間に作者がその場でスマホで打ち、ミニプリンターで印刷してくれた、1篇の即興詩を、最後にご紹介しておこう。

 
 

2024年夏

 

 木槿の
 花が

 咲いていた

 鎌倉の
 瑞泉寺の

 夏の

 庭の
 白い花の

 咲いていた

 ムクは
 眠った

 ムクは庭の土に
 眠った

 ムクは
 無垢

 木槿の木の下に眠る

 

 

 

 

 

松田朋春

 
 

息をしている

生まれてからずっと
息をしている

寝ても覚めても
息をしている

空を見上げ
山を望んで
風が強い日
息をしている

ショッピングセンターはガラスばかり
人の数が倍になる
みんな
息をしている

死ぬまでずっと

ばかばかしいタネあかしが
あるのではないか
それで呆気にとられるような顔をしているのか
棺桶で