松田朋春
意味のあることを
言おうとしている
言わなければならないことを
何も言わない
余白がひろがり
いや私の方が縮み
鏡を見て
意味のあることを
言おうとしている
言わなければならないことを
何も言わない
余白がひろがり
いや私の方が縮み
鏡を見て
昨日
女と
早朝に投票にいった
クルマでいった
帰って
女は
自転車でエアロビに出かけていった
昼前に
自転車で駅に出て
掛川に向かった
STEVE REICHのDRUMMINGを聴きにいった
加藤訓子さんたちのDRUMMINGは
歌なのだった
歌は
ひとの
心奥の
振動の
共振だろう
ひとと
ひとと
別のひとと
別のひとと
別の音と別の音と音と音の
重なって
歌になった
今朝は黯い時刻に目覚めた
選挙結果をTVニュースで見た
それから
味噌汁を作り
野菜を刻み
サラダを山盛りに盛った
アジを焼き
納豆を捏ねまわし
食べた
昼に女はお好み焼きを作ってくれた
夕方に
小川の
傍を歩いてきた
小川には
白鷺がいた
白鷺は小鴨たちの隣りで
小魚を狙ってた
土手の斜面に夕陽を浴びて水仙の花が咲いていた
帰って
リュビモフのピアノで
シルヴェストロフのノスタルジアを聴いた
シルヴェストロフは
ウクライナの作曲家で
自身の音楽のことを「既に存在するものの残響」と呼んだという
リュビモフの顔は
死んだ義兄に似ている
いつも義兄はわたしのことをミッチくんと呼んだ
#poetry #no poetry,no life
そこにあったそれがきょうはなくて
そこにべつのそれがある
そこにあったそれはどこにいったの?
それとも消えてなくなったの?
もうずっとないの?
そこにあったように
私の知らないどこかにあるの?
べつのそれはまるでずっとまえから
そこにあるみたいにそこにあるけど
ちがうよ 前はそこにはそれがあったんだ
そこにそれがないなら
そこはもうそこではない
そこはどこに そこはどこにも
青いかいじゅうが目にいっぱいなみだをためて
立っている あしもとに水たまりができている
そこがそこでないので
そこにはもう日はあたらない 影もできない