09 Feb 2026

 
 

さとう三千魚

 

昨日
女と

早朝に投票にいった
クルマでいった

帰って
女は

自転車でエアロビに出かけていった

昼前に
自転車で駅に出て

掛川に向かった
STEVE REICHのDRUMMINGを聴きにいった

加藤訓子さんたちのDRUMMINGは
歌なのだった

歌は
ひとの

心奥の
振動の

共振だろう

ひとと
ひとと

別のひとと
別のひとと

別の音と別の音と音と音の
重なって

歌になった

今朝は黯い時刻に目覚めた
選挙結果をTVニュースで見た

それから
味噌汁を作り

野菜を刻み
サラダを山盛りに盛った

アジを焼き
納豆を捏ねまわし

食べた
昼に女はお好み焼きを作ってくれた

夕方に
小川の

傍を歩いてきた

小川には
白鷺がいた

白鷺は小鴨たちの隣りで
小魚を狙ってた

土手の斜面に夕陽を浴びて水仙の花が咲いていた

帰って
リュビモフのピアノで

シルヴェストロフのノスタルジアを聴いた

シルヴェストロフは
ウクライナの作曲家で

自身の音楽のことを「既に存在するものの残響」と呼んだという

リュビモフの顔は
死んだ義兄に似ている

いつも義兄はわたしのことをミッチくんと呼んだ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

2月9日

 

工藤冬里

 
 

ゆうこく寒い寒い雨の中地下室まで走らなくてはならない
パレットナイフの雪山や平野のそこかしこを濁らせていたゆきぐものティンクトゥーラは鬼萩の白と似ているが、遠くだとそれよりうす青くいっそう凍てついた印象を与える
そういえば、トーマス・ベルンハルトに、「凍(いて)」という、人間というより気温が主人公の小説があった
われわれも昨日、気温が選挙より上に来た状態で地下室に走り込んだのだ

 

 

 

 

#poetry #rock musician

そこ

 

塔島ひろみ

 
 

そこにあったそれがきょうはなくて
そこにべつのそれがある
そこにあったそれはどこにいったの?
それとも消えてなくなったの?
もうずっとないの?
そこにあったように
私の知らないどこかにあるの?
べつのそれはまるでずっとまえから
そこにあるみたいにそこにあるけど
ちがうよ 前はそこにはそれがあったんだ
そこにそれがないなら
そこはもうそこではない
そこはどこに そこはどこにも
青いかいじゅうが目にいっぱいなみだをためて
立っている あしもとに水たまりができている
そこがそこでないので
そこにはもう日はあたらない 影もできない
 

 

 

いない **

 
 

さとう三千魚

 

声が

きこえなかった
足音も

しない

縁側が
黯い

寒い夜の
道を

猫は歩いていった

ひとり
いった

 

・・・

 

** この詩は、
2026年1月30日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第25回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

都心の方には滅多に行かネイバー ※

 

工藤冬里

 
 

来る年も来る年も一連の祭りを行い続けているが
言葉と心が離れるようになって
無駄が増えた
降りていっても
国で止まる輩が多く
エントロピーが増大するのに
限定的テクノファシズムに行き着くのは何故か・・・
守れぬ法を与えて教えた
夢には影がない

 

※ZORN

 

 

 

 

#poetry #rock musician