塔島ひろみ
のどかに走る京成電車の コトンコトンという音に揺られて
私は下車駅で降りそびれ うたた寝をしている
そのうえには
間違った青空が延々と広がり
陽当たりのよい川面の一角で
味のしみたカモたちが泳ぐ
気持ち悪い風が吹く
屋上にはアイスクリームの男がいる
見晴らしのいい屋上で
アイスクリームの男は 気持ち悪い風に吹かれながら
アイス(メロン味)を食べる
いろいろあったけど結局ふつうの 立派な大人になった男
成功した男 一人前でもう孫もいた
アイス(メロン味)を食べる
雲が垂れ下がり 落ちてきそうだ
このあたりで一番高かった屋上は 少し前5階建てのマンションに抜かれた
気持ち悪い風に吹かれながらマンションに抜かれ
気持ち悪い風に吹かれながらアイスを食べる
電車は武器を運んでいた
川は一旦火を止め カモに蓋をして再び強火に
男はそれを見ていない 見晴らしのいい屋上にいるのに川も空も電車も橋も人も鳥も見ていない
土手の斜面で麦わら帽子が花をむしりとり 雑巾のように並べている
バニラのにおい
アイスはもうすっかり溶けている
溶けたアイスを食べている
どうしてアイスを食べるのか
気持ち悪い風に吹かれながら
なぜマンションに抜かれた屋上でわざわざアイスを食べるのか
私はどこかで誰かを殺すために 京成電車に揺られて 眠っていた
屋上が段々遠くなる
いくつかの不快な出来事も今思えば必ずしもマイナスではなく
少しだけ憧れたお笑い芸人(お笑いの素質があった)にはなれなくても
家を建て替えて屋上付きにするぐらいの大人になった
アイスクリームの男 誰も知らないここだけの男 間違った空の下で気持ち悪い風に吹かれる男
さようなら
電車は単調な音を立てて武器を運ぶ
コトンコトンコトンコトン どこまでもどこまでも運んでいった
(5月某日、高砂1丁目中川近くで)