michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

He appeared in his shirt.
彼はシャツ一枚で現れた。 *

 

さとう三千魚

 
 

this morning
I ran to the estuary

go
Back

it was 4.6km

arrive at the estuary
walk to the beach

in the rain
I was looking at the sea

the west mountains were also hazy
you were standing there

you
take off your clothes

standing naked

you were gray

you are
Or blue-green

sometimes
it ’s grayish blue
it may be ultramarine

be there

He appeared in his shirt *

 
 

今朝は
河口まで走った

行って
帰って

4.6km だった

河口に着いて
浜辺まで

歩き

雨の中で
海を見てた

西の山も霞んでいた
そこに佇っていた

きみは
服を脱ぎ捨てる

裸で佇つ

きみは灰色だった

きみは
青緑色だったり

ときには
灰青色だったり
群青色だったり

する
そこにいる

彼はシャツ一枚で現れた *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

脳内アルヘンチーナ認知頌

 

工藤冬里

 
 

名前を覚えないことで距離を置いていた
青い床
光の縁取り
裁縫の仕方を男子が教えている
なかなか身体が折れ曲がらない
宝塚っぽい暗い虹色のセーターを着て
一瞬気を失っていた
アカシア材.comから
ずぶ濡れて猫
刺し通される筈の言葉がなぜ
スペインの黄色と青のプリンタリーに
数字を右手と額に、
行為と思考に刺青する
数字と数字の距離を空けただけで
野獣は離れていくか

朱鱗洞が死ぬ一空白空白空白空空白空白空白空空白空白空白空八年に空白空空白空白空〇歳のロルカは処女作「風景と印象」を出版するが黙殺される。スペイン風邪が明けた一空白空空白空空白空〇年二空白空白空白空二歳の時にアルヘンチーナを据えた「蝶の呪い」で処女公演を果たす。そ の空白空白空白空白空年 間 に 何 が あ っ た か。桜井大造はそこに満を辞したコロナ明けの演劇、という視点を持ち込むが、本当にそうなのか。

座席の距離を詰めても空けても忘れ去られるだけなのだから
シニフィアン連鎖の間隔を空けることでこちらから忘れてやる
名前を覚えられないのではない
覚えないことで距離を置いていたのだと気付いた
野獣アルヘンチーナは脳内を舞う
他の名前は
覚えない

 

 

 

#poetry #rock musician

フジオ(一九四九〜二〇一三)

 

工藤冬里

 
 

マイナーに酔っ払ったフジオが観に来て、僕に、ションベンみたいな演奏だな!と言うので、確かにノイズのオルガンはションベンに似ているかも、とは思ったが、うるせえウンコ野郎、と言い返せば良かったのだと今日思い付いて、ほら、ションベンにウンコと返せば気が利いてるじゃん、タイムマシンがあったら、一九七八のマイナーに戻って、言い返したいな、フジオは反浜岡原発の時非常に知的な喋り方が出来る人間だと知ったけど、それとこれとは別だからな、即興舐めんなウンコ野郎、いつか言ってやりたいな

 

 

 

#poetry #rock musician

Please come to see me every now and then.
どうかときどきは私に会いに来て下さい。 *

 

さとう三千魚

 
 

I had
a father

my father is a peasant

he was the youngest child of a peasant
he became a soldier

the war was over before he went to the war in the foreign land

he drank and got rough
he must have been rough

I didn’t even talk to my father

the father once cried

I’m ruined
when I go home

my father cried

other
I had a father

I just think of them as my father

I have a poet’s father

I have a printmaker’s father
I have a photographer’s father

My brother-in-law was also my father

I have a peasant’s father

Please come to see me every now and then *

 
 

わたしには
父がいた

父は
百姓で

自作農の末子だった
父は兵隊になった

外地の戦いに行く前に
戦争は終わったのだった

酒を飲んで荒れた
心が荒れていたのだろう

最後まで
父とはまともに話さなかった

その父が
泣いたことがあった

駄目になって
帰省したとき

父は
泣いた

他にも
わたしには

父がいた

わたしが勝手に思っている
だけだが

詩人の
父がいる

版画家の父がいる
写真家の父がいる

義理の兄もわたしの父だった

わたしには
百姓の父がいる

どうかときどきは私に会いに来て下さい *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

What is he like?
彼はどのような人ですか。 *

 

さとう三千魚

 
 

yesterday

that person
died

that person was a photographer

that person was a tuna sailor
that person was a truck driver

in the precincts of a temple in Asakusa
the person took a picture of a person

“A man who learned to sing tanka at Aomori Prison” and **
“Young man who walked from afar” **

I can’t forget those portraits

there
was there

wrap human life in light
that person made a person stand

at the bottom of the light
the river was flowing

that person took a picture of a nearby person
the people nearby were those who walked from afar

What is he like *

 
 

昨日

そのヒトは
逝った

そのヒトは写真家だった

マグロ船船員だった
トラックの運転手だった

浅草の寺の境内で
そのヒトは人の写真を撮った

“青森刑務所で短歌を詠むことを覚えた男”と **
“遠くから歩いて来たという青年”の **

写真が
忘れられない

そこに
いた

人の生を光に包んで
佇たせた

光の底に
川が流れていた

そのヒトは近くの人を撮った
近くの人は遠くから歩いてきた人たちだった

彼はどのような人ですか *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

** 鬼海弘雄「世間のひと」(筑摩書房)より写真のキャプションを引用しました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life