michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

そこ

 

塔島ひろみ

 
 

そこにあったそれがきょうはなくて
そこにべつのそれがある
そこにあったそれはどこにいったの?
それとも消えてなくなったの?
もうずっとないの?
そこにあったように
私の知らないどこかにあるの?
べつのそれはまるでずっとまえから
そこにあるみたいにそこにあるけど
ちがうよ 前はそこにはそれがあったんだ
そこにそれがないなら
そこはもうそこではない
そこはどこに そこはどこにも
青いかいじゅうが目にいっぱいなみだをためて
立っている あしもとに水たまりができている
そこがそこでないので
そこにはもう日はあたらない 影もできない
 

 

 

いない **

 
 

さとう三千魚

 

声が

きこえなかった
足音も

しない

縁側が
黯い

寒い夜の
道を

猫は歩いていった

ひとり
いった

 

・・・

 

** この詩は、
2026年1月30日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第25回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

都心の方には滅多に行かネイバー ※

 

工藤冬里

 
 

来る年も来る年も一連の祭りを行い続けているが
言葉と心が離れるようになって
無駄が増えた
降りていっても
国で止まる輩が多く
エントロピーが増大するのに
限定的テクノファシズムに行き着くのは何故か・・・
守れぬ法を与えて教えた
夢には影がない

 

※ZORN

 

 

 

 

#poetry #rock musician