塔島ひろみ

 
 

今朝方、部屋を焼いた
人間扱いされなくて仕事をやめ
お金がなくなり
飼い猫が死に
独りぼっちの女はタンスに猫の死体と広告紙を入れ
油を撒いて火をつけた
つかまるために、誰かに見られ、飼われるために
部屋を焼いた
そしてその、行列に並んだ
長い列はゆっくり進み、入口で一人一人検査を受け、合格者だけが中に入る
⬜︎私はロボットではありません
それは人間を判別する試験である
ボックスにチェックし図中の「消火栓」を示すと女は「人間」と認められ
他の人間たちに続いて、檻の中に入っていく
門が閉められ太い閂がかけられた

パンダが笹を食べていた
行列はのろりのろり進みながら子どもパンダの写真を何枚も撮り
サル山に移動し、そこでのんびり猿たちを眺める
秋の日差しはほのぼのと降り注ぎ、赤ちゃんをしっかり抱く母猿を見る人間たちはみな優しい表情だ
象を見て、キリンを見て、白クマを見て、少し汗をかき売店でソフトクリームを買ってベンチで食べ
ゴリラを見て、トラを見て、カバを見て、コンドルを見て、少し、悲しい気持ちになって
日が暮れ、お土産を買って家に帰る
翌日はまたつまらない仕事が待っているけど
翌日はつまらない仕事をし、翌々日もまたつまらない仕事をし、その次の日も次の日もつまらない仕事を続けたあげく、
仕事をしないではいられなくなる。ときどき弱いものを殴ったり、なでたりしながら。
それが「人間」という種類のロボットです。
シマフクロウが子どもに説明板を読んできかせる

門は閉まっていてびくともしない
⬜︎私は人間ではありません
チェックを入れる
☑私は人間ではありません
錠が解け、女は檻から放たれた

外では、檻に入れない人間でないものたちが、ワイワイ集まって、大道芸を見物していた
一本綱に片足立ちのパンダの着ぐるみを着た人間でないものが、笹を食べようとしてバランスを崩し、綱から落ちた
拍手と笑い 猫やハト、カラスもやってきて輪に加わる
女は、離れたところでそれを見ていた
見上げると空は雲におおわれ太陽の位置さえわからなかったが
鳥が飛んでいた 迷うことなくどこかへ向って飛んでいた
出頭する前にせめてパンダでも見ておきたくてここへ来た女は
動物園をあとにし
警察とは逆の方角へ向う

ここもまた檻の中かもしれなかったが

 

(10月某日、上野動物園で)

 

 

 

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