くにゃっと微笑む階段とカタツムリ

 

辻 和人

 

 

4月14日の土曜日
正午ちょっと前

初デート
阿佐ヶ谷の駅の改札を出たところで待つ
おや、あの人、ミヤコさんかな?
生身のミヤコさんだ
ムーミンママが細くしたみたいな柔らかい感じ
でも、タッタッタッ、力強く刻む足取りのリズムは
勤め人そのもの
曖昧に微笑むと
ミヤコさんの生身はピタッ、と止まった
「辻さん、ですか? 初めまして」

ぼくが予約したのは映画館に併設されたレストラン
空に浮かぶあのお城をイメージさせた
円筒形のユニークな形の建物だ
新鮮さの演出は初デートには欠かせない
さて、ここの名物って何だと思います?
実はうねうねした階段なんです
店のドアに辿り着くには建物をぐるぐる取り囲む階段を昇らなきゃいけない
店内に入って上の階のテーブルに行くのにも
くねった階段が待っていて
急角度できゅっ、と
笑っている
ミヤコさんも「面白い造りの店ですね」だって
やったね!
雨で滑りやすくて
「注意してください」とは言ったけど
残念、残念
手を取る程にはまだ親しくない
もどかしいなあ
婚活デートは普通のデートとはこういうトコちょっと違うんだ

席を案内され、いよいよ食事
さっきから着慣れないジャケットで肩が窮屈なぼくだけど
生のミヤコさんを改めて見ると
シックなグレーの丸首のカットソーに
いろんな種類の布をつなぎ合わせたスカート
上と下とで
アンバランスなバランス
チャッチャチャッ
固くて、そして柔らかいバランスだ
注文はイチゴと生ハム入りのサラダ、スズキのポアレにデザート&コーヒー
ここの料理はおいしいから安心
最近大学の社会人向け教養講座を受講していると聞いていたから
時事問題を切り口に話を始めたら
あーらら
止まらなくなっちゃって
日本は中国と厳しい関係にあるけれど敵視しないでつきあっていかなきゃいけない
なんてことまで喋っちゃった
しまった、喋りすぎか
いや、ちゃんとつきあってくれるぞ
「言うべきことは言わなきゃいけないと思いますけど敵対はダメですよね。」

この人、強いな
押すと、押し返してきて、引くと、押してくる
食事が終わったけれどまだ終わらせたくないなあ
よし、予定してなかったけど、誘っちゃえ
「ぼく、この後、松濤美術館へ北欧の陶磁器の展覧会に行くんですが
よければ一緒に行きませんか?」
え、OKですか? いいんですか? それじゃ
うねうねした階段を降りて
渋谷を目指した

雨に隔てられて
館内はとても静か
というよりほぼ貸し切り状態
デンマークのアールヌーヴォー様式の陶磁器を集めた珍しい企画で
あんまり宣伝してないのかなあ
でも今日みたいな日には都合がいい

にょきにょきっとキノコが生えた花瓶
トンボを狙うトカゲの皿
水を覗きこむ白クマのトレイ
クリスマスローズがゴテゴテ刻まれた香壺
海草がからみつく文皿
アンデルセン童話の「目が塔ほどの大きさの犬」を象った置き物

いやぁーこりゃ、日本人の感覚と全然違うな
ミヤコさんも目をまん丸くしてる
どれもリアルで立体的で、迫力がありすぎる!
陶器というより彫刻に近い感じ
絵も装飾としてでなく本気の「絵画」として描かれてる
洗練された感じはないけど
ムンムンとエネルギーが漲っている
しーんとした中で
花瓶やお皿や壺がガヤガヤ喋り出し
展覧会場がパーティー会場に変身だ

「楽しいですね。こんなデザイン日本にはなかなかないですよね。
あ、あれ面白くないですか?」
とミヤコさんが指さしたのは
蓮の葉を這うカタツムリの小皿
ころっとした殻にぬめぬめした体
ツノを震わせて一生懸命、エサになるものを探してるのだろう
真に迫ってる
突っついたら、こいつ、こっちを見上げて
くにゃっと微笑む
んじゃなかろうか?
「カタツムリとかトカゲとかヤドカリとか
日本の陶器では余りお目にかかれないのに
こちらでは堂々と主役張ってるんですねえ。」
ほんとだよ

主役になりにくいものが主役を演じて
バランスを取りにくいものがバランスを取って
うまくいく
ここはそんな場所
さっきのレストランの階段だって
傘の先っぽで
ちょんちょん
刺激してやれば
くにゃっと
笑って挨拶してくれたかもしれない
今はそんな時間

美術館を出たらまだ雨
「今日はありがとうございました。楽しかったです。」
「こちらこそありがとうございました。雨、止むといいですね。」
そんな挨拶を交わして別れたけれど
今日は止まなくてもいいんじゃないでしょうか
雨が作ってくれた
そんな場所、そんな時間を
もうしばらく持っていてもいい、そういう風に思って
電車に乗り込んだってことです

 

 

 

くにゃっと微笑む階段とカタツムリ」への2件のフィードバック

  1. いやあ、楽しくて思わずウキウキしてくるようないい詩ですね。
    こういうさりげなく軽い感じだけど、プロフェッショナルな?鈴木大先生を思わせるような大変な技巧が駆使されているような気がします。
    続編に大期待!

  2. 佐々木さん、ありがとうございます。ウキウキした気分させながら書いた作品です。読んでいただけて嬉しいです。

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